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憧れの人
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何がどうなってるんだ。 カカシは途方に暮れている。任務に出かけるまでは普通だった。あの偶然を装ったキスがいけなかったのかと思ったが、すぐにその可能性は打ち消す。だってイルカは、カカシがヘコむほど豪快に笑い飛ばしたではないか。 「なら何で…」 どんなに考えても思い当たることがない。 「ナルトがマジパン、間違えて食べたから、とか…」 んなわけあるか、と一人突っ込んで頭を抱える。イルカとおかしくなってもう四日、カカシは何度も話し合おうとした。だが、徹底的に避けられている。家を訪ねても出てきてもらえず、帰り道を待ち伏せしても目も合わせてくれない。忍服で受付所へ行けば、気配だけを残し、イルカは消えていた。 「オレ、なんかした〜?」 流石にカカシも限界だ。銀髪をかきむしりながらソファに倒れ込むと、後ろからべこっと蹴りが飛んできた。 「おいっ、誰もいねぇからいいがな、ここは上忍控え室だ。悩むんならてめぇの部屋で一人で悶えろ。」 「冷たい、髭。」 ソファの前に仁王立ちしている猿飛アスマをカカシは恨めしげに見上げた。アスマはふん、と鼻をならす。 「てめぇの看板に傷がついたら、オレが上に怒鳴られるんだよ、年の瀬にやっかいごと、起こすな持ち込むな引きずるな。」 「ひどっ。」 カカシの抗議などどこ吹く風で、アスマはどかりと腰を下ろした。 「愛しの君とクリスマスやったんじゃねぇのか。任務明けまでツリー飾っといてくれたんだろ?」 「ん〜、それがねぇ…」 はぁ〜っとカカシはソファで脱力する。 「追い出されちゃった…」 「……はぁ?」 胸ポケットから取り出した煙草を落としそうになりながら、アスマは目を瞬かせた。カカシは抑揚のない声で言う。 「そんで避けられちゃって、目も合わしてくんない。」 「……カカシ、無理強いはまずかろう。暴走しちまうおめぇの気持ちはわかるがな、恋愛の基本は和姦だ、和姦。」 「んなことするわけないでしょーがっ。」 がばり、とカカシが起きあがった。 「オレはあの人のこと、大事なの、愛しちゃってるの。お前と一緒にするな、っつか、和姦ってなによ、和姦って。」 アスマはあ〜、と唸った。 「いや、おれぁてっきり、おめぇが煮詰まって無体働いたんだと…」 「外道っ。」 アスマはきまり悪そうに肩を竦め、改めて煙草をくわえた。 「んじゃなんで追んだされたんだ。」 「それがわかんないから悩んでるんでしょーが。」 ぱふん、とカカシはソファにもたれた。意識せずともため息が大きくなる。 「任務に出る前までは普通だったんだよね〜。それが帰ってきた途端、帰れって言われてさ。わけわかんないのはこっちよ。」 「帰ってきた途端、ってなぁ?」 「そのまんま。帰ってきてお茶飲んでたら追んだされた。」 ぽっ、と指先の火遁で火をつけたアスマは黙ってぷかりと煙を吐いた。カカシはぼそぼそと続ける。 「やっぱ任務中に式飛ばして連絡しなかったのがマズかったのかなぁ。でも今回はヤバくて、しょうがなかったんだよね。」 「……お前、任務中にそんなことやってやがったのか。」 呆れ顔のアスマの横で、カカシの口元が少し弛んだ。 「そしたら、伝令にきたのがあの人でさ、任務中のあの人って、キリッとしてカッコイイの。『はっ』とか言って片膝ついちゃったりして、もう何これ、上官と部下プレイ?って、仲間いなかったら飛びついてたよ、絶対。」 「プレイ、じゃなくて実際上官と部下なんだよ…」 煙草をくわえたまま、アスマはこめかみを押さえている。 「でもさぁ、せっかくあの人がきたのに、上官プレイだけってのも寂しいでしょ?あの人も真面目だから、ほんっとに初対面ですって顔しててさ、だから火影様へ文頼むふりして、ちょっと話しかけたのよ。や、冷蔵庫の野菜室にマジパン入ってるって言い忘れてたからさ。」 ぷかっ、とアスマがまた煙を吐いた。 「んで、任務終わって帰ったらこれよ。もう、わけわかんないし、話もしてくんないし…」 ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。 「カカシよ。」 ん?とカカシが顔をあげた。 「おめぇのイイ人ってぇのは、本当にわかってたのか?おめぇが写輪眼のカカシだってことをよ。」 「え?」 アスマは苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。 「写輪眼ブランドってぇのは里が総掛かりでこさえたもんだ。人の顔なんぞしちゃいねぇ。」 ギュッと煙草を灰皿に押しつけた。 「聞きゃあ、おめぇの惚れた男はブランドに擦り寄るタイプじゃなさそうだ。そいつはおめぇのことを一般人だと思ってたんだろ?それが実は写輪眼でしたって、まんま、はいそうですかって受け入れられるか、フツー。」 カカシの目が大きく見開かれていく。 「で…でも、あの人、オレの正体が凄い人でびっくりしたって…でも、カカシさんはカカシさんだからって…」 「そん時、一度でも写輪眼、って言葉が出たか?もしかしてお前らお互い、とんでもねぇ勘違いしてたんじゃねぇのか?」 カカシは呆然とする。アスマは顔を歪めた。 「おめぇがただの馬鹿な男だってわかってんのは、里じゃオレと紅、ガイくらいなもんだ。酷な言い方だが、おめぇが考えている以上に、『写輪眼のカカシ』ってぇブランドは重いんだよ。」 全身の血が引いていく。そうなのか、本当にアスマのいうとおり、勘違いしていたのか?イルカの固い表情が蘇る。イルカはあの時、なんと呼んだ? 『カカシさん…』 身を固くして、俯いたまま。 『写輪眼の…?』 はじかれたようにカカシは立ち上がった。 「おっおい、カカシ。」 「確かめてくる。」 「ちょっ待て、その恰好で。」 居ても立ってもいられない。イルカと話さなければ。とにかく、イルカに会おう。 「おい、カカシっ。着替えてから行けやーっ。」 アスマのどこか狼狽えた怒鳴り声を無視し、カカシは待機所を飛び出した。部屋へ入ろうとしていた数人の上忍がびっくりした顔でこちらを見ていたが、もうなりふり構っていられなかった。 ☆☆☆☆☆ イルカはぼんやりと座っていた。ストーブに火は入っていない。寒々とした居間で、イルカはクリスマスツリーを眺めている。 今日は大晦、カカシを追い出してから四日がたっていた。あれからカカシは、何度もここを訪ねてきた。話をしようと一生懸命だった。それをことごとく拒絶したのは自分だ。たまりかねたのだろう、受付業務中、忍服姿のカカシが自分を訪ねてきたときには、思わず逃げ出していた。 カカシが悪いわけではない。そんなことはわかっている。あの時、火影の執務室でカカシに会ったとき、自分が勝手に暗部の薬師だと勘違いしたのがいけないのだ。カカシは必死で謝ってきたではないか、正体がバレてイルカが離れてしまうのが怖かったと、一緒に飯が食いたいのだと、カカシは言ったではないか。 「カカシさん…」 写輪眼のカカシにずっと憧れていた。里の誇る上忍、伝説の忍、イルカにとって写輪眼のカカシははるか上空で眩く輝く星だった。遠くからその輝きを眺めていられればそれでよかった。 「なんでアンタなんだ、カカシさん…」 にこ、と無邪気に笑う顔が脳裏に浮かぶ。サンマが安かったと顔を綻ばすカカシ、テレビを見るときにはいつもチラシでゴミ箱を折っていた。エロ本が愛読書で、新刊が出ると書店へとんでいってたっけ。 『チューリップ植えましょうよ、学校の花壇みたいでいいよねぇ。』 『んっまい、イルカ先生と食べる飯はサイコー』 子供みたいに笑うくせ、どこか寂しそうな目をしていた。 『ごめんね、ガキの頃のこと、思い出しちゃって。』 オレなんかが用意したイチゴのホールケーキなんかで泣いたりして… 青と赤の瞳からこぼれる涙は宝石のようだった。あの時、イルカは思ったのだ。 この人を守りたい、寂しい目はもうさせたくない… 「オレ、アンタに惚れちまってたんだな…」 畑野カカシに恋をした。誰にも渡したくないと思うほど、いつのまにか身の内に、カカシへの恋情が渦巻いている。だが、自分達は男同士、しかもイルカは美形でも何でもない。ただでさえ見込みのない恋なのに、相手が実は写輪眼のカカシだなんて。 「オレにどうしろっていうんだよ…」 どうしていいのかわからない。イルカは混乱したままだ。ただ、カカシを見ると、裂かれるように胸が痛い。だから逃げている、わけのわからないまま逃げ続けている。 「わかんねぇよ、カカシさん…」 午後の日射しは居間の奥まで射し込んで、クリスマスツリーの飾りを明るく照らしていた。日の光の下で見ると、ツリーもオーナメントもやたらとけばけばしていて安っぽい。イルカの子供時代の飾りなど、煤けてはげちょろだ。 『オレ、クリスマスするの、初めてなんですよ。』 楽しみだなぁ、とカカシは笑った。ツリーの星飾りを手渡すと、ひどく真剣に飾り付けしていた。あちこち金色がはげているちゃちな星飾りを、まるでとても大事な宝物みたいに。 ひしゃげたモールのサンタを丁寧に伸ばしていたカカシ、枝がかくれてしまうほど飾り付けして、赤や青や黄色のライトなんてちっともお洒落じゃないのに、頬杖ついて嬉しそうに、綺麗ですねぇって… ずきり、とイルカの胸が激しく痛んだ。 カカシさん、アンタ、写輪眼のカカシのくせに、なんでそんなちっぽけなことで嬉しそうに笑うんだ。写輪眼のカカシなんて、里中の尊敬と憧憬あつめて、金なんか腐るほど持ってて、女なんてよりどりみどりで、オレなんかが逆立ちしたってかなえられない煌びやかな幸福に囲まれてんじゃねぇのか。 『ツリー、片づけないでね。帰ってきたらイルカ先生とパーティするんです。』 そんな顔するなよ、アンタが望みゃ豪華なパーティも立派なツリーも思いのままじゃねぇか。アンタが呼びゃ、みんな大喜びで集まってくるよ、オレみたいな中忍相手にしなくったって 『それから、お正月の準備ですね。正月飾りなんて、子供の頃以来だなぁ。』 だからそんな顔するなっ。 イルカはダン、と畳みに拳を打ち付けた。 あの人はきっと一人だ。大晦日も正月も、きっと一人で何もしない。一緒にお飾り、買いにいこうって約束したのに、クリスマスだめになったかわりに、年末年始の休みを二人分貰ったからとはしゃいでいたのに。 イルカは財布をつかみ、上着をはおった。まだ自分がどうしたいのか、よくわからない。カカシと会っても、ちゃんと話せないかもしれない。恋心なんて伝えられないし、気持ちだってぐちゃぐちゃだ。だけど、カカシを一人にしちゃだめだ。約束したのだから。一緒にパーティするって、お飾りして、おせち食べようって。 「くっそぉぉっ、なんでアンタが写輪眼なんだよーっ。」 なかばやけくそになりながら、イルカはドタドタと足音荒く家をとびだそうとした。玄関のタタキでスニーカーに足を突っ込む。その時だ、ガラガラピシャーン、とすさまじい勢いで玄関の引き戸が開けられた。 「イルカ先生っ。」 「うわっ。」 口布に額あてをした、忍服のままのカカシが飛び込んできた。 「先生っ。」 「ぎゃーっ、写輪眼のカカシのまんまでオレに話しかけるなーーーっ。」 「ななななに、それっ、それってどういう意味っ。」 写輪眼のカカシは額当てをむしりとり、口布を下ろした。そこに現れたのは端正な美貌、確かに畑野カカシの顔だった。 |
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サイトアップは次で最終回です。二人とも煮詰まってぐるぐるぐる〜〜 |
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