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憧れの人
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素顔を曝したカカシは玄関先に仁王立ちのままイルカを睨み付けた。 「じゃあやっぱり、アンタ、オレが写輪眼のカカシだってこと、わかってなかったのっ。」 イルカはギクッと身を固くする。そうです、とも答えられず、目をそらした。途端にカカシからぶわり、と怒気がふくれあがった。 「何、何と勘違いしてあんなこと言ったのっ、凄い人だけどカカシさんはカカシさんだから、なんて、どの面下げて言えたんだっ。」 辺りを押しつぶしそうな怒気にイルカは息が詰まる。と同時に、ムカムカ腹も立ってきた。畑野カカシに恋をして、なのにその正体は憧れの人、写輪眼のカカシで、それがどんなにショックなことか、わかってんのかコノヤローっ。気がついたら怒鳴り返していた。 「しょうがないだろっ、暗部の薬師に会わせてもらえるってとこにアンタがいたんだから、勘違いもするさっ。」 「えっ、何それ、信じらんない、する?フツーそういう勘違い、ってか、受付所でオレ、報告書出したじゃない、なんでその時気がつかないのよっ。」 イルカは真っ赤になった。怒りのためか羞恥のためかわからない。 「わかるかよっ、天下の写輪眼のカカシが報告書出しにきたんだぞ、テンパるだろ、フツーはっ。」 「何、その天下の写輪眼っての。」 ビリビリとカカシの怒気で空気が震える。だが、イルカは足を踏ん張った。 こいつ、こいつ、ほんと人の気も知らないで。オレにとって写輪眼のカカシは特別だったんだ、畑野カカシはもっと特別だったんだ、それなのに… 「写輪眼のカカシっていやぁ天下の、だろ?なのにそれがアンタだったんだ、一緒に飯くってるアンタが写輪眼だったんだ、オレだってどうしていいかわかんなくなんだよっ。」 ひやり、と空気が変わった。辺りを圧する怒気は消え、凍り付くような冷気が満ちる。イルカはハッとした。 「写輪眼…だから…?」 カカシの白い顔がさらに血の気を失っている。 「オレはアンタの前でも、写輪眼のカカシでいなきゃダメだったの…?」 「…カカシさ…」 冷え冷えとしたカカシの気、だが、その底にあるのは深い悲しみの色だ。今更ながらイルカは己の言葉の足りなさを後悔した。しかし、何をどう言えばいいというのだろう。イルカだってどうしていいかわからずオタオタしているのだ。 「オレは…ただのカカシなのに…アンタまでそんなこと言うの?」 イルカはひゅっと息を飲んだ。 「写輪眼のカカシは強くなきゃいけない、カッコよくなきゃいけない、金も女も思いのままのスーパーヒーロー?それって誰よ、誰のことよ。」 イルカは声もない。握りしめられたカカシの両拳が震えている。 「花街に居続け?はっ、ほんとのオレは惣菜買って、上忍宿舎で独りで食ってたよ、オレの居場所はそこだけで…」 カカシの色違いの目に透明な膜が張る。 「でも、でもあの時、スーパーでアンタが…」 ぽろ、と一粒、青い瞳から雫がこぼれおちた。 「アンタが一緒に飯、食ってくれるって言ったから…」 ぽろぽろと、両眼から涙が落ちた。イルカは息を飲んだままそれを見つめる。 「一緒に飯食うと旨いって…これからもずっと、ずっと…」 カカシは肩を奮わせた。 「オレと飯、食ってくれるっていったからっ。」 後から後から溢れる涙もそのままに、カカシは叫ぶ。 「アンタが言ったんだ、オレとずっと飯食ってくれるって。」 がん、と殴られたような気がした。自分は何をした、一緒の時間が心地よくて、カカシを手放したくなくて、なのにカカシの正体を知った途端に突き放すような真似をして… カカシがふっと俯いた。ぱたぱた、と涙が落ちる。 「クリスマスしてくれるって言ったじゃない…」 弱々しい呟きだった。 「年越しそば作りましょうって…」 落ちた涙が忍服に黒いしみをつくる。 「お正月だって一緒に…」 「カカシさん。」 考えるより先に体が動いていた。額当てを握りしめたまま泣くカカシに駆け寄り、手の平で涙を拭う。 「カカシさん、カカシさん…」 この人に涙を流させたくない、笑顔にしてあげたい、そう思っていたのではなかったか。なのにこんな悲しい顔をさせてしまった。イルカの目にも涙が滲む。 「ごめん、カカシさん、ごめん。」 こんなにカカシが大事なのに、自分は何をやっていたのか。写輪眼のカカシだろうが、憧れの人だろうが、そんなことはもうどうだっていい。 「泣くなよ…カカシさん…」 ここにいるのはただのカカシだ。チューリップを植えたがり、クリスマスツリーに大喜びする、イルカの大事なカカシなのだ。 「イルカせんせ…」 拭っても拭ってもカカシの瞳から涙が溢れる。カカシが微かに笑った。 「ごめんね…写輪眼のカカシがこんなんで…」 切ない笑み、何もかも諦めきったような、虚ろな笑み、こんな笑い方をさせたかったわけじゃない。 失望させてごめん… カカシは小さく呟くと目を伏せた。イルカはもうたまらなかった。 「いいんだよっ。」 カカシの肩を掴んで叫んでいた。 「オレのアンタはそれでいいんだ、オレはっ…」 あぁ、オレ、馬鹿だ。 「オレはそんなアンタに惚れちまって、アンタが好きで、好きでたまらなくて…」 なんであんなに混乱したのか、今ならそのわけがはっきりわかる。 「でも、アンタが写輪眼のカカシだってわかったら、オレ、もう口説くこともできねぇのかって、それがショックで。」 カカシがどこか呆然ととイルカを見つめている。だが、イルカはかまわなかった。ここまできたら、すべてぶちまけてしまえ。 「ただでさえ男同士でハードル高いのに、今度は写輪眼ときたら、オレなんか相手にされねぇって勝手に思っちまったんだよっ。」 「…イッイルカせんせ…」 「でもやっぱりアンタはオレの宝物だ、今すぐ答えくれなんて言わねぇ、だから一緒にっ。」 色違いの瞳が涙に濡れたまま大きく見開かれる。 「ここにいて、一緒に飯、食えよ。そんでもって、そんでもって…」 イルカは真っ赤になって怒鳴るように言った。 「オレのこと、好きになれーーっ。」 「せんせっ。」 がばり、とカカシが抱きついてきた。 「うぉわっ。」 「せんせ、せんせ、イルカせんせーっ。」 ぎゅうっと腕に力をこめてくる。 「ちょっちょっと、カカシさ」 「好き、オレもイルカ先生が好き、大好き。」 肩に顔を埋めたカカシが言う。泣き声なのは気のせいではないだろう。 「せんせが好き…」 イルカはしばらく固まっていた。が、ふっと苦笑をもらす。 この人、わかってんのか、オレの好きは恋してるの好きなんだけどなぁ… イルカは赤い顔のまま、ぽんぽん、と逞しい背中を叩いた。 「好きってアンタな、そんな風に言うと、オレ、また勘違いしちまいますよ。それだけは勘弁…」 「勘違いじゃないよ。」 ふっとカカシが顔をあげた。吐息がかかるほどの距離にイルカはどぎまぎする。 「オレだってずっとせんせのこと、好きだった。事故にみせかけてキスしちゃうくらい。」 「えっ。」 今度はイルカが目を丸くする。 「じゃ、あれ、わざと…」 ふわ、と柔らかくカカシが微笑んだ。まだ涙の滲んだまま、嬉しそうに。イルカの大好きな笑顔だ。 「ね、せんせ、クリスマスしたい。」 甘えた口調でカカシがねだった。 「それから、大晦日もお正月も。」 赤と青の瞳がうっとりとイルカを見つめる。 「オレとずっと…ずっと一緒に飯、食って。」 甘い吐息が近づいてくる。 「…オレを恋人にして…」 自然と唇がかさなった。 あぁ… 泣きたいほどの幸福が胸に満ちてくる。 この人が愛しい… きゅっとイルカはカカシを抱きしめた。ふと、カカシの唇が離れる。 「写輪眼が恋人でもいい…?」 カカシの瞳が不安の色を浮かべている。くす、とイルカは笑みを零した。そんなもの、もう今更だ。 「アンタが里でどう呼ばれていようと、オレにとっちゃ、大事なカカシさんだ。」 ちゅ、と軽く口づけて、それから人差し指でカカシの唇をなぞった。 「一生アンタを守ってやるから、だからここにいればいい。」 すこしびっくりしたようにカカシが目をまたたかせ、それからへにゃりと相好を崩した。 「うん、イルカ先生、おっとこまえ〜。」 そうだ、この人は外でなんと呼ばれていようと、イルカの大事な可愛い人だ。うんと甘やかして、うんと我が儘聞いてあげたい。そして、移りゆく季節をともに過ごしていくのだ。季節のものを料理して、一緒に飯を食って。 イルカはカカシの額にこつん、と額をくっつけた。 「カカシさん、今からオレ、買いだし行くんですけど、一緒に行きます?クリスマスケーキ買って、それからおせちもお飾りも準備しなきゃいけないし。」 「あっ、行きます、オレも一緒に行くっ。」 カカシが慌てはじめた。 「ちょちょちょっと待ってて、オレ、着替えなきゃ。このカッコでスーパーいったら上に怒鳴られるからっ。」 わたわたとサンダルを脱ぐ。部屋へ駆け込もうとして、カカシが振り向いた。 「あのね、今日のナイトセール、四時からなんですよ、知ってました?大晦セール、急がなきゃ良い物からなくなるよね。」 そしてどたばた家の中へ走っていく。ぶっとイルカは吹き出した。そう、イルカの惚れたのは、こんな男なのだ。居間の障子をあける音がして、それから嬉しそうな声が聞こえてきた。 「あ、クリスマスツリー。」 憧れの人、写輪眼のカカシは、寂しがり屋の普通の男だった。 バーゲンセールが大好きで、おいしくご飯を食べるのが好きで、家事がうまくて、つまりカッコよさから程遠い男、だが、イルカは幸せだ。遙か彼方の星を仰ぎ見るのもいいけれど、やはりこの手で抱きしめられる温もりの方が断然いい。 オレはずぅっと側にいるから、アンタもオレの側にいて… ドタバタと足音をたて、カカシが駆け戻ってきた。いつものアイボリーのタートルネックにコットンパンツ姿だ。 「お待たせ。行きましょ、イルカ先生。」 先にケーキ買ってお飾り買って、それからナイトセールですね、とカカシが笑う。 「はい、行きましょう、カカシさん。」 イルカはカカシの手をきゅっと握った。一瞬、カカシが目を見開く。それから嬉しそうに握り返してきた。 すりガラスの引き戸を閉めて、手を繋いで門を出る。 穏やかな年の瀬、冬の陽が柔らかい。暮れの最後の陽ざしを浴びて、イルカとカカシはともに歩き出した。 終わり |
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とりあえず最終回です。年末買い物と年越しラブラブ(なんだそりゃ)はオフ本になっちまいました。すまん〜〜。本編のクリスマスツリー買いにいく場面の前とイルカが伝令任務受ける前の部分にオフ本用エピソードがはさんであります。オフ用エピソードのオチは書き下ろし部分でやってたり。 |
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