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憧れの人
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接触地点は国境近くの森だった。到着したのは深夜で、冬の満月が青白く地面を照らしている。音もなく移動してきたイルカ達は、ポイントを確認して、札を取り出した。札をかかげて一歩進むと、ずずっと異なった空間に入り込む。写輪眼のカカシが張った結界だ。 中に入ると、すでにそこには木の葉の忍が七人、月を背に立っていた。中央にスラリとした肢体の、背の高い忍がいる。イルカはハッと息を飲んだ。 しゃっ写輪眼のカカシだーーー 月影を纏った銀髪が揺れると光がこぼれた。一瞬、その姿に見惚れる。斜め後ろの同僚につつかれ、イルカは慌てて膝をついた。後ろの二人もそれにならう。 「はたけ上忍、火影様より巻物を預かって参りました。」 声は震えなかっただろうか。心臓がバクバクいっている。 「ん、御苦労様。」 穏やかな声が頭上に落ちてきた。イルカは懐から巻物を取り出すと、顔をあげ、写輪眼のカカシへ差し出す。月明かりに覆面をした顔が浮かび上がった。 かかかっこええーーー 写輪眼のカカシは真剣な眼差しで巻物をあらためている。鋭い眼光だ。 うは〜〜、すげ〜 しばらく巻物に目を通していた写輪眼のカカシは、納得したらしく、それを懐にしまった。鋭い眼光そのままに、部下の忍達を見回す。 「最後の仕上げだ。これですべて終わらせる。」 冴え冴えとした大気に写輪眼の声が凛と響いた。 「各自持ち場へ。オレは術の完成のみに専念する。」 うぉぉぉ、かっちょええよ〜〜 青白い月光を身に纏い、部下に指示を下す写輪眼のカカシは、まさに鍛えあげられた名刀、現世に降り立った闘神、その場にいる誰もが篤い信頼と尊敬の眼差しを向けている。 「アカデミーの先生方。」 突然、写輪眼のカカシがイルカ達に声をかけてきた。イルカは心臓が飛び出しそうになる。必死で平静を保ちつつ、頭を下げた。 「伝令任務、御苦労様です。現在、ここは包囲結界を含め、異空間が混在しています。帰還ルートを説明しますから、お二人、彼について結界の境界を確認してください。」 部下の一人を指し示す。女性教師と同僚が、はっ、と答えて一礼した。たかが中忍に丁寧な物腰だ。それがまた、人物の大きさを感じさせ、イルカは感動した。 「火影様への文を託します。お一人、残ってください。」 「はっ。」 今度はイルカが一礼する。柔らかな声音、イルカは奮えた。 写輪眼のカカシがオレに伝令… 感激で涙が出そうだ。写輪眼のカカシは再び部下達へ目をやった。張りのある声が低く響いた。 「結界を保持せよ。一瞬たりとも気を抜くな。」 散、という声とともに、忍達はサッと姿を消した。女性教師と同僚は部下の一人から説明を受けつつ、数メートル離れた大木の根元へ歩み寄っている。写輪眼のカカシはベストのポケットから一通の文を取り出した。 「これを三代目へ届けてね。」 うひゃ〜、オレ、命を受けてる〜。 内心の舞い上がりを押し殺し、イルカはスッと立ち上がった。中忍としてきちんと役目を果たしたい。真っ直ぐに写輪眼のカカシへ向き、文を受け取る。 「はっ、確かに。」 写輪眼のカカシがにこ、と目を細めた。 「あ〜、イルカせんせが来てくれてよかった〜。」 ……は? 一瞬、イルカはぽかん、とする。何?なんでオレの名前を?だが、写輪眼はにこにこしたままポン、とイルカの肩を叩いた。 「今回、式飛ばせなくてどーしようと思ってたの。あのね、冷蔵庫の野菜室にサンタとトナカイのマジパンあるんだけど、あれ、飾り用で食べられませんから。ナルトが間違って食わないよう注意しといてね。」 じゃ、気をつけて帰って、と言い、写輪眼のカカシはその場からかき消えた。イルカはその場に立ちつくす。 今のは何だ、何を言われたんだろう、写輪眼のカカシはオレに何を言ったんだ? どくどくとこめかみが脈打つ。頭の中がぐるぐると混乱してわけがわからない。 野菜室にマジパン…? ふと脳裏を、銀色の髪を持つ、もう一人のカカシの顔がよぎった。ブンブン、とイルカは頭を振る。 んなわけないじゃないか、そんな、ありえねぇ… 心臓が嫌な音をたてている。 んなわけ… 「おー、イルカ、帰るぞー。」 べしっ、と背中を叩かれた。 「何ぼけっとしてんだよ、火影様への文、受け取ったんだろ?」 「……しゃ…」 「あぁ?」 「写輪眼のカカシだよ…な、ここにいたの…」 「はぁっ?」 同僚が呆れたようにイルカの頭をこづいた。 「お前、ここ大丈夫か?さっきまで本人がいただろうが、ってか、お前が写輪眼から文受け取っただろ。」 「だっだよなっ、ありゃきっと空耳…いや幻覚、幻術…」 「おい、マジ、大丈夫かよ。」 「そっとしておいてあげなさい。」 女性教師が優しい声で言った。 「この子、憧れの人に直接あって、ちょっとおかしくなっているのよ。」 「あ、そっか、わりぃ、イルカ。邪魔しちまって。」 冷静に聞くと随分な言われようだが、イルカはそれにも気が付かない。ブツブツと空耳だ、だの幻術だ、と呟き続けるイルカを二人が引っ張って帰り、無事、伝令任務は終了した。 ☆☆☆☆☆ 火影に文を届け、自宅へ帰ったのは二十三日の夕刻だった。日の入りは早く、すでに辺りは薄闇に包まれている。居間へ入ったイルカはどさり、とベストを放ると、そのまま座り込んだ。そのままぼんやりと目の前のクリスマスツリーを眺める。様々な飾りに混ざってカカシが焼いたクッキーが見えた。 『冷蔵庫の野菜室にサンタとトナカイのマジパンあるんだけど…』 違うっ。 イルカはぶるり、と身震いした。写輪眼のカカシがそんなことを言うはずがない。 「は…はは…」 イルカは額あてをむしりとり、髪をかき回した。 「オ…オレ、テンパってたから、きっとありもしねぇこと聞いた気になってんだ。」 そうだよ、とイルカは己に言い聞かせた。写輪眼のカカシがイルカを知っているわけないではないか。ましてや、冷蔵庫の中身なんて。直接命を受けたから、頭がどうにかなっていたに違いない。 「カッカカシさんのことばっか考えてたから、あんな幻聴になったんだな、うん、そうだ、そうだよ。」 イルカは独り言を続けた。声に出さなければ不安でたまらなくなる。ぶぅ〜ん、と冷蔵庫が唸りをあげた。イルカはビクッと身を竦ませる。薄暗い台所で白い冷蔵庫が妙に鮮明だ。 確かめればいいのだ… 居間に座り込んだまま、イルカは台所を見つめた。冷蔵庫の野菜室を開けて、確かめればいい。きっとそこには何もない。マジパン細工のサンタやトナカイなんてないに決まってる。こんなの、笑い話になって、カカシさんが帰ってきたら一緒に笑って… イルカは動くことが出来ない。 怖い… 確かめるのが怖かった。野菜室の中を見たら、何かが壊れてしまうような、大事なものがなくなってしまうような、そんな不安がのしかかってくる。火の気のない冷え冷えとした居間で、イルカは身を固くしたままいつまでも座り込んでいた。 クリスマスイブは晴天だった。任務に出たので、今日は終日休みだ。イルカは朝から掃除をしたり料理の下ごしらえをしたりと忙しく立ち働いていた。何かしていないと、余計なことを考えてしまう。 「え〜っと、買い物、行かないとな。ケーキも取ってきて…」 イルカはまだ、野菜室を開けていない。幸か不幸か、買い置きをしていなかったため、あれこれ言い訳しつつ野菜室に手を触れていないのだ。 「おっと、子供用シャンパンを冷やしとかねぇと。」 『ナルトが間違って食わないよう注意しといてね。』 違う、あれは写輪眼のカカシが言ったんじゃねぇ。 イルカはガッと財布を掴んだ。買い物に行かないと、そうだ、買い物に行こう。 「カカシさんが帰ってくんの、明後日だったよな。」 クリスマスツリーを片づけないでいて、とカカシは強請っていた。 「もう一回、クリスマスやってやるか。」 昨日からイルカは独り言ばかりだ。 「ナルト誘って買い物するかな。アイツの好きなもん、買ってやろ。」 もう、一人であれこれ考えるのは限界だった。 ☆☆☆☆☆ 「彼女のいないイルカ先生のために来てやったってばよっ。」 ナルトは相変わらず賑やかだ。 「ばっかやろ、生意気言ってっと、ケーキ食わせねぇぞ。」 この子のお日様みたいな笑顔には、いつも救われる。イルカは金色のとんがり頭をグシャグシャとかきまわした。居間にはいると、ナルトはツリーを見つけて大はしゃぎした。ナルトのためにクッキーを焼いてくれたお兄さんの話をすると、目をキラキラさせて喜ぶ。 「じゃあ、来年はその兄ちゃんとも一緒にパーティするってば。」 「明後日、帰ってくるからすぐ会えるさ。」 「パーティはパーティだってばよ。」 「そうだな…」 胸にわだかまる影を振り払うようにイルカは笑った。 「来年は一緒にパーティしような。」 カカシが買ったクリスマスライトが色とりどりの光を部屋になげかけていた。 クリスマスパーティはいつもに増して豪華で賑やかだった。ツリーに吊されたお菓子やクッキーはキラキラした紙に包まれていて、ナルトは声を上げて喜んだ。赤と緑に金色でツリーや雪の模様が描かれたナプキンや、星空の紙のテーブルクロスを用意したのもカカシだ。イルカはそういうことには気が回らない。なんかその兄ちゃん、イルカ先生の彼女みたいだってば、というナルトの言葉に、イルカは妙に動揺した。 その夜はナルトを泊め、枕元にサンタクロースのプレゼントを置いてやる。カカシと一緒に選んだ手袋だ。いつものように式が来ないかと窓を見るが、外は暗く闇に沈んだままだった。 翌朝、サンタのプレゼントにまた大騒ぎしたナルトは、袋一杯のお菓子をお土産に帰っていった。今日は朝から受付業務が入っている。朝飯の片づけをして、忍服に着替えたイルカは、出勤しようとして冷蔵庫の前で足を止めた。じっと野菜室の扉を見つめる。おとといから開けることのなかった、開けられなかった野菜室。イルカは奮える手をそれへ伸ばした。 たいしたことじゃない、確かめて、そして笑い話になるだけだ。カカシさんと写輪眼のカカシが同一人物なわけないじゃないか。 取っ手に指がかかる。 そうだ、あんなに呑気で、食いしん坊で、そんな人を写輪眼じゃないかって疑うのがおかしいんだ。 「はは、オレって馬っ鹿じゃねぇの?」 イルカはグッと力をこめ、野菜室を引き出した。 どうせ開けたって、なにがあるわけじゃなし… ころん、と使いかけのニンニクが目の前で転がった。あと中にあるのは、使いさしの長ネギに三分の一ほど残った大根としょうがの切れっ端。 「ほらな、マジパンなんてあるわきゃねぇ…」 野菜室の奥の隅に見慣れない紙袋がある。ハッとイルカは息を詰めた。小さな茶色い紙袋、イルカは手を伸ばしそれを掴んだ。がさがさと乱暴に口を開ける。そしてイルカは、そのまま力無く腕を下ろした。 紙袋の中には、マジパン細工のサンタとトナカイが入っていた。 |
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やばいよ〜、雲行きあやしくなってきたよ〜、大丈夫かこの二人ぃ〜(お前が言うなっ) |
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