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憧れの人
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カカシが任務に発って二日が過ぎた。 今日はアカデミーの終業式、午前中で生徒を帰したイルカは、職員室で冬休み関係の書類をファイルにいれていた。午後からは受付業務だ。合間で整理整頓しておかないと、机の上がひどいことになる。 作業をしながら、ふと、行きたくないとごねるカカシの姿を思い出し、イルカは口元を弛めた。イルカとて、クリスマスイブにカカシがいないのは寂しい。だがそれ以上に、カカシがクリスマスパーティを楽しみにしてくれていたことが嬉しかった。 出立前だというのにカカシは、ツリーに飾ってナルトに探させてね、とクッキーを焼いた。そのことをナルトに話してやりたい。一人でも自分を気にかけてくれる大人がいると知れば、ナルトはきっと喜ぶ。そして来年のイブこそは一緒に… そこまで考えてイルカは首を振った。来年のイブも一緒などと、そんなはずないではないか。カカシは若くて優秀な男だ。恋人くらい出来ているだろうし、ヘタすりゃ嫁さん貰うかもしれない。 『オレ、アンタとナルトと、三人でクリスマスパーティしちゃダメですか。』 カカシの声がよみがえる。イルカはまた首を振った。何故こんなに胸がもやもやするのだ。カカシに恋人や伴侶が出来たからといって、つき合いがなくなるわけでもないだろうに。最近、いつもこんな感じで落ち着かない。あの若いくの一達がカカシを口説いた時以来、カカシの唇に触れた時以来… 「うわわわわ。」 余計な事までよみがえりそうになって、イルカは両手でぱたぱた空中をはたいた。そこへずいっと影がさす。 「あ〜えほん。」 「わっ、教頭っ。」 いつの間に来たのか、目の前で教頭が咳払いしている。 「一人で何をしとるのかね、うみの先生。」 「あっいやっ、資料の整理です、整理っ。」 ははは、と頭をかくイルカに、教頭はいささか呆れた声で言った。 「火影様の執務室へ行きたまえ。緊急の用件だそうだ。」 「あ、はいっ。」 「クリスマスだの何だので若い君が浮かれる気持ちはわからんでもないがね、うみの君、アカデミー教師たる君が…」 「すっすぐに執務室へ伺いますっ。」 イルカは大慌てで机の書類を脇に積むと、職員室を飛び出した。教頭の説教だけは勘弁だ。 長いからなぁ、教頭の話。 カカシの唇の感触を振り払うようにして、イルカは足早に歩いた。我知らず頬が熱くなるのをどうすることもできなかった。 ☆☆☆☆☆ ぴゅーぴゅーと耳元を風が切る。イルカと女性教師、そしていつもの同僚は暗い森の中を駆けていた。目指すはポイント1987、里の伝令として火影からの巻物を渡す任務だ。 昼間、火影に呼ばれたイルカは、またいつものお使いだろうと思っていた。火影はイルカを孫のように可愛がっていたが、同時にあれこれ私用を頼むことも多い。この間も期間限定、秋の栗菓子を隣の町まで買いにやらされたばかりだ。 「失礼します。」 ノックもそこそこに執務室へ入る。部屋には三代目火影が一人きりだった。その顔をみてイルカは悟る。 「今回はただのお使い、ではなさそうですね。」 イルカは受付を通さない任務の、伝令役もこなしていた。三代目は重々しく頷く。 「今回は特に重要での。誰ぞ信頼のおける、足の速い者を二人ほどサポートにつけるがよい。」 人選は任せる、と火影は任務書を机に置く。その隣には巻物と札が三枚。 「この巻物を届けて欲しい。結界内に入るための札を渡しておく。白虎屋の冬限定羊羹の買いだし、とでも言っておくがよい。あれはお一人様一本限り、と決まっておるからの。」 背が高くがっしりとした体をしているが、どうしてイルカは足が速い。悪戯小僧だったときの経験が生きているのか、敏捷で機転もきく。そのため、伝令役として重宝されていた。 しかも、いつもは火影のおやつの買いだしに走っているので、いざというときの隠密行動にはうってつけだった。イルカが、火影様のおつかいで、と言えば里ではそれで通ってしまう。さらに以前、極秘文書の伝達と勘違いされ、霧の暗部に襲われたときの武勇伝が里の内外に広まっていた。 霧の暗部に追いつめられたイルカは、いつものごとく火影のおやつの買いだし中だったのだが、絶体絶命の状況で、懐から羊羹を取り出し叫んだのだ。 『てめぇら、そんなに白虎屋の羊羹、食いてぇのかっ、だったら自分で行って並べっ。』 堂々たる開き直りぶりだったとか。呆気にとられた霧の暗部は毒気を抜かれ、本当に限定羊羹の買いだしだったと確認されたイルカは命を拾った。火影はこの事件を上手く使い、イルカには少々面白くない理由だが、カムフラージュにはうってつけ、と極秘任務の数が増えた。今回もそのクチだ。イルカは巻物と任務書、札をベストの中へしまった。 「おぬしの足で半日の行程じゃ。だが、くれぐれも悟られるでないぞ。ことは里の防衛にかかわってくる。」 いつになく厳しい火影の表情に、イルカは真剣な面もちで頷く。火影はふっと表情を和らげた。 「カカシばかりでなく、おぬしまでクリスマスに間にあわなんだら、ナルトが気の毒じゃからな。気を付けていくがよい。」 どうやら火影は、クリスマスパーティのことを聞き及んでいたらしい。 カカシさんが騒いだんだな。 イルカは一礼して執務室を辞すると、急いで職員室へ戻った。サポートには先輩女性教員といつもの同僚にはいってもらうつもりだ。それぞれ幻術と体術のスペシャリストなので、イルカと組むにはバランスがいい。幸いアカデミーは冬休み、調整がいらない分、急な任務には都合がいい。 職員室へ戻ると、件の二人はイルカのクリスマス予定を聞こうと張り切っていた。カカシを誘って欲しいというくの一達に、イルカがことわりをいれたのがもう伝わったらしい。 「どこ行ってたんだよ、イルカ〜。」 「うみの、あの子達になんて言って断ったのよ。白状なさい。」 目をキラキラさせて首を突っ込んできた二人に、イルカはにかっと笑って任務書を押しつけた。 「なによコレっ。」 「イルカぁ〜。」 案の定二人の悲鳴があがった。 「またアンタの任務のお付き合い?」 「へへ、すいません。」 全然すまないと思っていない顔でイルカは笑った。その時、任務書を眺めていた同僚が素っ頓狂な声をあげた。 「おい、イルカ、お前、これっ。」 「なんだよ。」 「ここだよ、これ、ほら、ここの隊長名。」 執務室で任務確認はしたが、急いでいたのでまだメンバーの欄までは目をとおしていなかった。イルカは手元の任務書をあらためる。 隊長名隊長名っと… 「……えっ…うそ…」 かぁ〜っと頭に血が上った。任務書の下の欄に記されている隊長名、つまり、巻物を手渡す相手とは 『上忍・はたけカカシ』 「しゃっしゃっしゃっ…」 イルカの手が奮えた。 「写輪眼のカカシ…?」 憧れの人、写輪眼のカカシが隊長、イルカはぽぅっと任務書を見つめた。 写輪眼のカカシへの伝令、任務をとおして写輪眼のカカシに会うことが出来る。 夢みてぇ… ずっと思い描いていた。忍として、憧れの人、写輪眼のカカシに関わることができたらどんなにいいだろう、と。写輪眼のカカシの任務ランクは高すぎて、ほとんど中忍とは組まない。めったにないことだが、たまに写輪眼の下についた中忍の話を聞くと、羨ましく思ったものだ。今回、伝令という形だが、同じ任務で憧れの人に相対することができる。 「……ゆ…夢じゃねぇよな…」 ぎゅむ〜、と頬がつねられた。 「あだだだだっ。」 「ほらっ、夢じゃないわよ、イルカ先生っ。」 イルカのかわりに女性教師が頬をつねってくれたらしい。 「よかったわねぇ、イルカ先生、写輪眼に会えるのよ。」 同僚がイルカの肩をバンバン叩いた。 「うわ〜、イルカ、写輪眼から話しかけられるんだぞ、どーするお前ーっ。」 「あ…あは…あはは…」 天にも昇る気持ちだ。 よし、この任務、立派に務めよう。 イルカはグッと拳を握った。 んでもって、カカシさんが帰ってきたら、この話をするんだ。 この際だ、もう、憧れの人は写輪眼のカカシなのだと白状するしかない。やっぱり、憧れの人と任務が重なった感動をしゃべりたいではないか。ミーハーと思われようが、憧れてるのは事実なのだから。 もしかしてカカシさん、写輪眼のカカシと親しかったりするかもしれないし… 知り合いだったら、なにかの折に挨拶とか出来るかもしれない。 オレってとことんミーハー、と自分に突っ込みを入れながら、すぐに出立できるよう手続きをとった。 そして今、イルカ達は写輪眼のカカシと接触すべく、森を駆けているところだ。今のところ、他里の忍に気づかれることなく、イルカ達は秘やかに移動している。この分では月が中天に上るころには目的地へ着けるだろう。イルカは枝を蹴る足に力を込めた。 |
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あ〜あ、どうなることやら。知〜らないっとぉ。それにしてもイルカせんせ、とことんミーハーです。 |
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