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憧れの人
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ナルトのためにツリーに隠すお菓子やおもちゃは用意した。モン・サン・木の葉にはチョコレートクリームのクリスマスケーキを予約した。料理はカカシが腕を奮うという。クリスマスイブまであと一週間、イルカはこっそり、カカシへのプレゼントも用意した。 今、カカシはスーパー木の葉大門通店の夕市全品五%オフで子供用シャンパンを調達しに走っている。つまみとせんべい類も買いだめておく、と張り切っていた。米菓子類はなかなかセールにならないのだ。 イルカはイブに夜勤が入らないよう、大量の書類を持ち帰ってさばいているところだ。米はしかけてあるので、カカシが帰ってきてからおかずをする。 大人の分のシャンパンも用意しなきゃな。 仕事が山積みだというのに、ついイルカは手を止めてクリスマスイブのことを考えてしまう。 奮発してワイングラスとか買ってみるか… クリスマスパーティなんて初めてだ、と言ったカカシを喜ばせてあげたい。色んなことをしてあげたい。カカシが笑うとイルカは胸がほこほこに温かくなる。こんなにクリスマスが待ち遠しいのは、両親が生きていた頃以来だ。 この家で、両親に慈しまれイルカは幸福だった。それだけに、突然独りぼっちになった時の辛さは言葉にできない。特にクリスマスや正月は辛かった。寒くて暗い部屋で、一人でずっと泣いていた。アカデミーを卒業し、中忍になって、部屋で一人泣くことはなくなったが、体のどこかに大きな空洞がいつもあった。特に冬になり年の瀬が近くなると、その空洞をひゅうひゅうと冷たい風が吹き抜ける。ただ、ここ数年は、ナルトが大きな救いになっていた。 別に己の寂しさを埋めるためにナルトを可愛がっているわけではない。教師としてナルトの一生懸命さを伸ばしてやりたいと思い、また大人として、里人から疎まれる少年の心を慈しみたかっただけだ。クリスマスや正月に自宅へ呼ぶのも、教師としてやるべき当然のことだと思っている。去年、大勢の生徒がいるのにナルトだけ自宅に呼ぶのは公正さを欠く、と問題視されたとき、家族のいない子供の面倒はせめて教師が見るべきだ、と職員会議でぶちあげ、以来クリスマスはイルカ、正月は火影の自邸でナルトの面倒を見ることが公認となった。巷が行事でわく季節のやるせなさを嫌と言うほど知っているイルカは、同じ思いを子供達にさせたくないと思う。ましてや、生まれた時から重い物を背負わされたナルトが不憫だ。歯をくいしばって寂しさに耐えるナルトが愛おしい。この子の笑顔を守ってやりたいと、精一杯の愛情を与えたいとイルカは思った。 でもなぁ、ずっとオレも寂しかったんだって、ナルトに教えられちまったなぁ… ナルトとクリスマスを過ごして、イルカは己の寂しさを再び自覚した。今まで、寂しいという感情に蓋をして、気づかないふりをしていただけだ。 なーんだ、ずっと寂しかったんじゃないか。 ただ、自分は寂しいのだ、と素直に認められるくらい、大人になったんだなとイルカは思う。本当に大事なのは、弱さを無理に克服するのではなく、きちんと受け止めることだ。それが大人になるということなのだ。 そして今年はカカシがいる。クリスマスと正月、カカシが一緒だと思うと、なんだか浮き浮きする。何故こんなふわふわとした気持ちになるのだろう。体の奥の空洞は温かいもので満たされている。去年までと変わらぬナルトと一緒のクリスマスにカカシが加わるだけで、何故心が浮き立つのだろう。 「あ〜、いかんいかん、仕事っ。」 イルカはゴシゴシと顔を擦った。気を抜くとすぐカカシのことを考えてしまう己が情けない。ふと、指が唇に当たった。 「…あ…」 突然、カカシの唇の感触がよみがえる。見た目よりも柔らかくて弾力があって温かかった唇… 「うわわわわっ。」 イルカはブンブンと頭を振った。最近はいつもこうだ。カカシのことを考えると、唇の感触を思い出す。 ありゃ事故だったし、カカシさんだって飲み会なんかでもよくあるって気にしてなかったしっ。 知らず熱くなる頬を擦りながら、イルカの胸に小さなトゲが刺さる。 オレだけ、無茶苦茶気にしてる… もう一度、イルカは指で唇の触れた。 気持ちよかった…よな… ガラガラ、と玄関の引き戸が開いた。カカシが帰ってきたのだ。どきんっ、とイルカは飛び上がった。うわうわ、と頬をさする。何を変なこと、考えてるんだ、散れ散れっ、気を取り直し居間から玄関へ声をかける。 「おかえりなさい、カカシさん。」 「…………」 返事がない。 「カカシさん?」 いつもなら何が安かっただのどれがお買い得だっただのと大騒ぎしながらあがってくるのに。 「どうかしましたか?」 首を傾げながら立ち上がった。 「カカシさ…」 玄関に出たイルカは仰天した。 「カッカカシさんっ。」 玄関の上がり口にカカシががっくりと両手をついて項垂れている。 「カカシさん、どうしたんですっ、一体何があったんですかっ。」 カカシは答えない。じっと項垂れたままだ。思わずイルカは駆け寄った。 「あっ、もしかして子供用シャンパンが売り切れていたとかっ。」 目の前の体ががくり、と更に脱力したように見えたのは気のせいか。カカシは項垂れたままゆるゆると首を振った。 「シャンパンは大丈夫です。五%オフで二本、買いました。あとさきイカと醤油せんべいも…」 スーパー袋を左手で持ち上げてみせる。 「じゃ…じゃあ、いったい…」 「せんせ…」 カカシは泣きそうな顔をあげた。右手に白い紙を握りしめている。それをイルカの方へ力無く突きだした。 「任務、はいっちゃいました…」 「えっ。」 「イブに任務…」 「えええーーっ。」 あのクソ爺っ、そう呟いたカカシの右手で、任務書がボッと炎をあげて燃え落ちた。 ☆☆☆☆☆ 別にたいそうなことを望んだわけじゃない。イルカ先生とナルトと、ただクリスマスパーティやりたい、それだけだったのに。 「滝隠れの目をかいくぐれる限界は一週間と肝に銘じておけ。国境の包囲結界は絶対に存在を知られてはならない。」 振り向きざまの事故に見せかけてちゅーしたから、罰あたったの? 「戦闘は極力避けること、もし戦闘となった場合、すみやかに殲滅し痕跡を残すな。」 でも、でも、惚れた人の息がうなじにかかるくらい側にいたら、誰だってちゅーしたくなるってもんでしょ。 「ポイント1987にて里からの伝令と接触し、巻物を受け取る。三代目の術式を発動させれば任務完了だ。各自、装備点検し、二時間後に出立する。」 ………やわらかかったな、イルカ先生の唇… 「以上だ。」 パン、と資料を閉じ、散、と告げれば、任務に同行する中忍三名、上忍三名が頭を下げた。はたけカカシはゆっくりと踵を返す。これから出立までの時間、執務室で火影と、包囲結界の術式について細かい打ち合わせをしなければならない。 今日は二十日、これから出立して戻ってこられるのは二十七日過ぎだ。どうあがいてもクリスマスには間に合わない。せめて、とクッキーを焼いてツリーに吊してきた。イルカとナルトがゲームをするみたいに探して食べてくれたらうれしい。 「あ、しまった。飾り用マジパンのこと、イルカ先生に言い忘れたな…」 テーブルに飾れるよう、サンタやトナカイをマジパンで昨日作った。それを冷蔵庫の野菜室に入れてきたのだが、イルカにそのことを言っていなかった。 「先生、この時間、授業だし…任地から式、飛ばせるかなぁ…」 今回の任務は隠密度が高い。いつものように連絡はできないかもしれない。 絶対爺の嫌がらせだ。 本当はそうでないことくらい、わかっている。今回の任務の性格上しかたがない。指名されたのも、三代目の術式を正確に発動させるために、カカシの力が必要だったからだ。だが、八つ当たりできるのが火影しかいないので、八つ当たっている。 「オレとイルカ先生のらぶらぶクリスマスを邪魔したかったに違いないっ。」 「お〜お〜、ぶすっくれやがって。」 カカシがブツブツ文句を呟いているところに、執務室へ向かう廊下の先から、アスマがからかうような声をかけてきた。 「だーれがぶすくれてんの、ただ機嫌が悪いだけ。」 「それをぶすくれるってんだろ?部下ども、びびってたんじゃねぇか?」 カカシはむっつりと答えない。アスマは可笑しそうに肩を揺らした。だが、アスマは知っている。不機嫌な写輪眼のカカシというのは、それはそれで人気があり、鋭利な刃物、だとか冴え冴えとした凄みがある、とか言われているのだ。 「ま、知らぬは本人ばかりなりってか。」 「は?」 「いーや、なんでもねぇ。」 アスマは歩きながら煙草を胸ポケットから取り出した。これから上忍控え室で一服するつもりだ。 「おめぇも色々大変だってことよ。」 煙草をくわえ、控え室のドアを開けた。 「んじゃな、カカシ、任務がんばってこいや。」 その時、サッと中へ目を走らせたカカシがアスマを中へ蹴飛ばすようにして押し込んだ。 「どわっ、なにしやがるっ。」 「聞けっ。」 「何をっ。」 「オレのちゅーの話。」 「はぁっ?」 丁度出払っていて控え室には誰もいない。アスマは顔を顰めた。これはまた、ろくでもないことを聞かされるに違いない。カカシはというと、廊下とは打って変わって情けない顔になっている。本人も外ではカッコつけておかないと上にしぼられるとの自覚はあるらしい。諦めてアスマはソファにどかりと座った。 「なんだ、ちゅーってな。」 「だからキスよ。」 「……ほ〜。」 アスマは意外そうに目を瞬かせた。 「こないだまで写輪眼のカカシだとばれんのが怖ぇ、とかぬかしてた割にゃ大進展じゃねぇか。」 それからおもむろに煙草に火をつけ、ニヤリと口元をあげた。 「ノロケか?」 「あ…いや…それが…」 カカシは口ごもった。それからぼそぼそと話はじめる。 「クリスマスツリー飾ってるときにね、その…オレの真後ろに座ったわけよ、あの人が。」 「おぉ。」 ぷかり、とアスマは煙を吐き出す。 「それがもう、吐息かかっちゃうくらい近くって…キッキス…したいかなぁ〜、なんて…」 ぷかり、ぷかり、と紫煙が上がる。 「で、振り向いた時、近すぎてぶつかっちゃった、ってことにしたらいいよねぇ、な〜んて…」 カカシの声が小さくなった。 「…まぁ…そんで、話しかけるふりして唇にこう…ちゅって…」 「……カカシよ。」 ふぅ〜っとアスマが煙を吐いた。 「そりゃ、キスとはいわねぇ。」 かくり、と肩を落としている里の誉れをアスマは気の毒そうに眺める。 「んで、少しは意識してもらえたのか、百歩譲ってそのちゅー、とやらでよ。」 カカシは力無く首を振った。 「飲み会とかでよくあることだから〜って、豪快に笑われちゃった…」 ぷか〜っと紫煙が立ち上る。 「カカシ。」 ぽん、とアスマの分厚い手が項垂れているカカシの肩に置かれた。 「男はな、一つ恋を失うたびに強くなれる。」 「お前、鬼だろーーーっ。」 カカシが目を剥いて抗議しようとしたとき、戸口に人の気配が立った。床にへたりこんでいたカカシが表情を改めスッと立ち上がる。コンコン、と扉がノックされ、事務官が顔を覗かせた。 「はたけ上忍、火急の用があられるとかで、火影さまがお呼びです。」 「すぐ行く。ありがとね。」 カカシがにこっと目を細めると、事務官は赤くなって頭を下げた。 「んじゃね、アスマ。」 「おぅ。」 部屋から出ようとする同僚に、アスマは声をかけた。 「帰ったらいい加減教えろや。名前もまだ聞いてねぇぞ。」 カカシは背中越しに笑った。 「大事だからねぇ、ま、考えとく。」 ヒラヒラ片手を振ってカカシは扉の向こうに消えた。 |
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