憧れの人
 

帰り道、カカシはどこかむっつりと黙り込んでいた。昼飯用に、と惣菜屋に寄ったときも黙りこくっていた。イルカもまた、教え子のくの一達に頼まれたことを言い出せない。

クリスマスイブ、カカシさんと一緒に食事したいってあの子達がね、せっかくですし、行ってみたらどうです?

台詞はもう決まっている。あとは声に出すだけだ。

可愛い子達でしたし、別に彼女達でなくても、これをきっかけに恋人、出来るかもしれませんよ。

恋人…

胸がもやもやする。こういう気分、鉛を飲み込んだような、とかいうんだっけ。だいたい、カカシが悪いのだ。むすっと不機嫌だから、声がかけられない。さっきはあんなに笑顔を振りまいていたくせに。女の子相手だったら、笑ったくせに。

なんだかイルカもムカムカしてきた。

女と一緒のほうがいいのかよっ。

思考がだんだん、的はずれの暴走を始めているが、止められない。

そりゃ、オレみたいな野郎と茶、するより、女がいいよな、女が。

家についても二人は黙ったままだった。カカシは居間へ入ると、ホームセンターで買ったライトやクリスマスの飾りを取り出す。そして黙々とツリーに飾りはじめた。最初に赤や青、黄色に光るクリスマスライトを。それから、金と銀のキラキラ光るモールをグルグルツリーに巻き付ける。それが終わると、いろとりどりの丸い飾りを枝に括り付けはじめた。一メートル足らずのツリーは、あっという間に飾りだらけだ。

「ちょっ…カカシさん…」

流石にイルカは声をかけた。

「木の部分が見えなくなっちゃいますよ。」
「お菓子もね…」
「…え?」

脈絡のない言葉にイルカは戸惑った。カカシはイルカの方を見もせずに、ひたすらツリーに飾りをつける。

「飾りにまぜて、お菓子もつるします。ナルト、まだ十二才でしょ?喜ぶと思うんですよね。ツリーに隠れたお菓子みつけたら食べていい、って、なんだかゲームみたいだし。」

カカシの背中が何故かひどく悲しげだ。イルカは息を飲んだまま、それを見つめる。

「それからちっちゃなプレゼントも隠しておきたいな。オレもナルトに贈り物していいですかね。そりゃ、今は素性、明かせないけど、
よく知らない大人がプレゼントくれるってのもいいんじゃないかなって。」
「…カカシ…さん…」

飾り付けをするカカシの手が止まった。ガシガシと銀髪を片手で掻き回した後、ふぅっと大きく息をつく。

「オレ、アンタとナルトと、三人でクリスマスパーティしちゃダメですか。」

ようやくカカシがイルカの方へ顔を向ける。

「初めてなんですよ、ホントに…クリスマス、するの…」

情けない程眉を下げてへにょり、と笑う。イルカはガン、と殴られたような衝撃を受けた。

「ごめんなさい、オレ…」

変な気を回して、教え子だからっていい顔をして…イルカは己が恥ずかしかった。女性教員がやきもきしていたのが今更ながらよくわかる。

「オレが悪かったです。エエカッコしぃでした。実はオレも、カカシさんがあの子達とクリスマスパーティいっちゃったらヤだな、って。」

イルカはがばっと手をついた。

「ごめんなさい。もう変な気遣いしません。」
「うん、もうしないで。」

カカシが笑った。今度は明るい笑顔だ。イルカも顔をあげて笑った。

「昼飯食べたらプレゼントやお菓子、買いにいきましょうよ。」
「そだね。」

カカシが笑っている。自分に笑顔を向けている。それだけでイルカは、さっき感じていた重苦しい胸の塊が溶けていくのを感じた。

「午後のデートはもう、絶対二人っきり、他の人なし、ね。」
「なんですか、そのデートって。」

いつもの軽口が戻ってホッとする。

「んじゃ、オレ、飾り付け全部おわらしちゃおう。」
「それ全部飾るんですか?ツリー、埋まっちまいますよ。」
「いーのいーの。イルカ先生、そこの袋、取って。」
「あぁっ、まだ買ってたかっ。」

卓袱台の横に置いてあった買い物袋には、キラキラ光るオーナメントが入っていた。枝が足りねぇって、と半ば呆れつつ、イルカはカカシの後ろに腰を下ろす。、カカシは袋のオーナメントを脇にばらまくと、せっせと飾り付けを再開した。
イルカは手伝うでもなく、その姿をぼんやり見つめる。こうして間近にみると、カカシは逞しい。着やせするタイプらしく、スラッと細身に見えるが、その実、鍛えられた体をしている。肩から二の腕にわたる筋肉の隆起など、イルカよりも分厚くて、以前、カカシの上半身をみて密かにショックを受けた覚えがあった。アイボリーのタートルネックセーターを着ていても、そばに寄るとその筋肉の動きがよくわかる。カカシが飾りを手に取るたび、両手でツリーに括り付けるたび、背中や腕の付け根の隆起が移動する。イルカの視線は背中から首筋、うなじへとうつった。

色白のくせ、首とか結構太くて逞しいんだよな…

カカシが動くたびにふわふわとした銀髪が揺れる。綺麗な男だ。立派な成人男子のくせ、カカシは綺麗だ。イルカは片膝立てて座ったまま、体を前に少し倒した。少し悪戯心もあったかもしれない。カカシの銀髪が鼻先をかすめる。

カカシさんが近いなぁ。

カカシが振り向いたらキスできそうな距離だ。

振り向かないかな、そしたら「わっ」とか言って、カカシさん脅かしたりして、そしたら仰け反ってびっくりするだろうなぁ。

カカシが動く、銀髪がイルカの目の前で揺れる。

振り向かねぇかなぁ。

キスできるくらい近づいているのに。

振り向けよ、カカシさ…

「ねぇ、イルカ先生、こんな感じで…」



うぁっ…?



突然カカシが振り向いた。避ける間もなく、振り向いたカカシの顔に唇がぶつかる。

ふに。

そのまま唇に柔らかい感触。

うぉあっ。

イルカの唇にカカシのそれが重なっている。イルカは動けなかった。かちこちに固まったまま前方を凝視する。それはカカシも同じようで、目を見開いたままピクとも動かない。

うわぁぁぁっ。

心の中は大絶叫だというのに、間近にあるカカシの色違いの瞳に魅入られたようにイルカの体は動かない。感じるのは唇の柔らかさだけ、息を詰めたまま後は真っ白だ。どのくらいそうしていたのか、カカシがフッと身じろぎした。途端にイルカは我に帰る。

「うっうわわわっ。」

飛びすさるようにカカシから離れた。よほど驚いたのか、カカシはどこかまだぼぅっとしている。

「すっすっすっすみませんっ。オレ、あんまり近くにいすぎちゃってて。」
イルカはブンブンと手を振った。

「や、もう、まさか顔、ぶつかるとは思わなくて、なんつーか、でも、飲み会とかでよくあるってか、あはは。」
「……え…あ…」

ようやくカカシも驚きからさめたように、目を瞬かせる。

「あ、そっそうですよね、飲み会なんかではしょっちゅう…」

はは、と笑って頭をかく。

「それより口の中、切ったりしませんでした?オレ、不用意に振りむいちゃったから。」
「いえ、全然大丈夫ですよ、もうホント、すみません、あんなとこにオレがぼけっと座ってたから。」
「や、オレのほうこそ。」

カカシはもう気にしていない、という風に手をヒラヒラさせると、ツリーを指さした。

「どーです?こんなもんで。」
「派手ですねぇ、でもナルト、喜びますよ、きっと。」

イルカも、もう唇が合わさったことなど忘れたように答える。だが、本当はまだ心臓がバクバクいっていた。

気っ気にしすぎだろ、オレっ。

平静を装うのに精一杯で、カカシが何を言っているのか今一つ耳に入ってこない。

「そっそろそろ昼飯にしましょうか。」

イルカは台所へ早々に逃げ込んだ。一人になった途端、顔がカッカと熱くなってくる。カカシがツリー周辺の片づけにかかって台所へ入ってこないことに心底胸を撫で下ろした。




 

初ちゅー。初ちゅーがこれ?これかいっ、て殴らないで〜〜きゃ〜〜、イルカせんせは心臓ばっくばくなんだし〜〜。鈍いイルカせんせ、自覚のないまま爆走中…