憧れの人
 

イルカとカカシは木の葉ホームセンターにいる。秋にチューリップの球根を買った店だ。ナルトと一緒にクリスマスパーティをしませんか、との提案に、カカシは大喜びした。聞けば、これまで「クリスマス」というのをやったことがないらしい。

『クリスマスパーティときたら、やっぱりツリーでしょ。』

ツリーは物置から、イルカが子供の頃のものをひっぱりだした。古ぼけてはいるが、ツリー用の飾りも見つかった。だが、流石にライトはダメになっていたので、新しいものを買いにきたのだ。
カカシは散々迷ったあげく、赤、青、黄色の混ざったライトを選んだ。ナルトみたいな子供には派手な方がいいでしょう、などと言っていたが、本当は自分が欲しかったのだろう。ついでに、と金銀の長いモールと色とりどりの丸い飾りのセットをカゴに入れていた。

クリスマス用品を買いそろえたら、今度は大門通りにあるモン・サン・木の葉へ向かう。クリスマスケーキを予約するのだ。
クリスマスまであと二週間もあるというのに、木の葉の大門通りはきらびやかなライトや装飾で一杯だった。賑やかなクリスマスソングも溢れている。

「いいですねぇ、こういうの。」

わくわくしてきます、とカカシが笑うのでイルカも嬉しい。

「なんだか、イルカ先生とデートしてるみたい。」
「なっ…デートっ…」

笑って流せばいいものを、イルカは妙に狼狽えた。デート、の一言に心臓が飛び跳ねる。

アッアホか、オレはっ。

自分でも何に焦っているのかわからないまま、イルカがあたふたしていると、突然ぐいっと腕を引かれた。

「え?」

そのまま大通り沿いの小洒落た喫茶店の中へ引っ張られる。いらっしゃいませ〜、二名様でございますか〜?という店員の声にカカシは頷き、そのまま空いていた窓際のテーブルにイルカを引っ張っていった。

「あの、カカシさ…」
「あ〜、ヤバかった。」

どさっと椅子に腰を下ろし、カカシははぁっと息をついた。それから親指を立てて窓の外を指す。

「ちょっとね、よ〜っく知ったヤツと鉢合わせるとこだったの。」

カカシの視線の先をみやると、そこには見知った上忍の姿があった。

「…ガイ先生?」
「あれ、イルカ先生、ガイの事、知ってるの?」
「えぇ、今年の卒業生の上忍師で…あの、カカシさんもガイ先生と?」
「そりゃ、腐れ縁もいいとこ。」

アイツ、空気読まずに絶対大声で話しかけてくるから、と眉を下げるカカシにイルカはそうですね、と笑った。つくづく、暗部の薬師というのは厳しい環境で仕事をしているのだと改めて思う。カカシの話を聞いていると、やっていることはほとんど戦忍と変わらない。それはそうだろう、上忍や暗部の任務についてその場で治療を施したり、必要な薬剤を調合したりするのだろうから。里が必死で素性を隠そうとするのもうなずける。

「ね、イルカ先生の憧れてる忍ってガイのこと?」

イルカが一人、暗部の薬師の大変さに感じ入っているところに、カカシの声が降ってきた。少し声が尖っていると感じるのは気のせいか。

「はい?」
「ほら、前に言ってたじゃない。すごく憧れている人がいるって。それってガイのこと?」

店員にエスプレッソ二つ、と勝手に注文したカカシはなんだか目が据わっている。

「えっ?えぇっ?違いますよ…ってか、なんでそうなるんですかっ。」

イルカが素っ頓狂な声をあげると、カカシはきまり悪そうにぼそっと答えた。

「だって、ガイの後ろ姿、なんか熱く見つめてたじゃない。」
「はぁ?」

イルカはただ、カカシの激務について考えを巡らしていただけなのだが、どうやら微妙な誤解を与えてしまったらしい。

「そんな、見てませんって、っつか、カカシさんがなんで怒るんです。」
「怒ってるわけじゃないけど…」

むすっと肘をついてそっぽを向くカカシは子供みたいだ。スラリとした美丈夫ぶりが店内の注目を集めているというのに。
お待たせしました、という店員の声とともに、やたら上等そうな小さいカップが二人の前に置かれた。

「わっ、なんだこのちっせぇの。」

思わずイルカが唸ると、カカシがいっそうそっぽを向いた。どうやらこのコーヒー、八つ当たりらしい。

「だから、見てませんよ。カカシさんの仕事って大変なんだなぁって考えていただけです。」
「ふ…ふ〜ん。」

ったく、こんなとこ、ガキなんだから

少々呆れつつもイルカはカカシがこんなふうに甘えてくるのが実は心地よい。根が世話焼きの子供好きだけに、庇護欲をかき立てられる。

オレも末期だよ〜

そう思いつつ、いかにも濃いコーヒーにミルクを入れようかどうしようかと逡巡したとき、カカシがまた爆弾発言をした。

「じゃあ、誰よ、その憧れの人って。」

げっ

イルカは洒落た細工物のミルク入れを手にとったまま固まった。

「ねぇ、オレの知ってる忍?男?女?」

まだ諦めてなかったか。

以前もカカシに何故かしつこく追求された覚えがある。あの時は話が誕生日のことになって流れてくれたが、まだ拘っていたとは。

「有名なんでしょ、その人。誰?それ。」

写輪眼のカカシですよ、とさらりと言えればどんなによかったか。だが、ここまで追求されると相手が有名人すぎるだけにかえって言いにくい。里の看板忍者で確かに皆のヒーローだが、姿を見ただけで大騒ぎするほど大好きです、などと、カッコ悪くてとても言えない。あ〜う〜とイルカが唸っていると、カカシの機嫌がまた下降した。ムッと眉を寄せる。

「別に言ってもいいじゃない。オレ、たぶん絶対知り合いだと思うし。」

だぁぁっ、そーーーだよ、そーーだったっ

イルカは初めて、その可能性に気が付いた。

っつか、カカシさん、仕事仲間だよっ。

写輪眼のカカシは暗部に長くいたという。暗部付きの薬師ならば知り合いどころか、完全に仲間内ではないか。

ぜっぜったい言えねぇって。

そんな、写輪眼のカカシに憧れてます、なんてこっぱずかしいこと、口が裂けても言えない。イルカはブンブン、と首を振った。

「言わないっ、絶対言わないっ。」
「なんで、ケチっ。減るもんじゃなし。」
「減るっ、絶対減るっ。」
「あっ、何ソレ、むっかつく〜〜っ。」
「あら、イルカ先生。」
「むっかつくって、あらイルカせんせって…はへ?」

顔をあげると、イルカ達のテーブルの横に、同僚の女性教師が立っていた。イルカの姉貴分の彼女だ。その後ろには、年の頃十七、八の若いくの一が二人、くっついている。と、いきなりその二人が黄色い声をあげた。

「え〜っ、うっそ、イルカ先生?」
「わ、なっつかし〜。先生、ちゃんと先生になれたんだー。」
「……あーーーっ。」

イルカは思わず立ち上がった。

「お前らか、そっか、うわ、そっかぁ。」

それはイルカが二十歳の時、任務の合間をぬって教育実習を受けたときの生徒達だった。

「おっきくなったなぁ。」

思わずしみじみと言うと、くの一達はきゃっきゃっとはしゃいだ声をあげた。

「やだ、先生、年寄りみたいなこと言わないでよ。」
「もう、綺麗になったくらい言ってほしいのにぃ。」
「ちょっとちょっと、あなた達、喫茶店で騒がない。」
「は〜い。」

女性教師に窘められ、二人のくの一は素直に従った。女性教師の側では、いつまでも小さな生徒の気分なのだろう。だが、箸が転がっても可笑しい時期、すぐに勢いを取り戻す。

「ねーねー、先生、イルカ先生達のテーブルでお茶したい〜。」
「いいでしょ、先生、すっごく久しぶりだし〜。」
「だめよ。もう、イルカ先生に迷惑でしょ。お連れの方もいらっしゃるんだから。」

女性教師がカカシに向かってすみません、と頭を下げる。カカシはにこっと笑った。

「え〜、だってぇ。」
「ねぇ、イルカ先生、いいでしょ?迷惑じゃないよねぇ。」

今度はイルカのほうに矛先を向けてきた。イルカは苦笑いする。攻略しやすいところから固めていくという基本が自然に身についているようだ。

「まぁ、オレはかまわないけどな。えっと、カカシさん、オレが教育実習してた時の生徒なんですけど…」
「あぁ、卒業生なんですか。」

カカシがよそ行きの顔で微笑んだ途端、二人のくの一はささっとカカシの横と正面に腰を下ろした。

「カカシさん、っておっしゃるんですかぁ?」
「はじめまして〜。イルカ先生の教え子です〜。」
「おわっ。」

当然イルカははじき飛ばされた。その横で女性教師が額を押さえている。

「……バカうみの。」
「……は…はぁ…」

しかたなく女性教師はカカシの正面に陣取ったくの一の横に座り、その隣にイルカは腰をかけた。すでに窓際のカカシを囲んでくの一の攻勢がはじまっている。女性教師とイルカは完全に蚊帳の外だ。カカシと言えば、さっきむくれていたときとは打って変わって、にこにこと愛想がいい。柔らかく微笑み、女の子達の話に付き合っている。イルカはその姿をどこかぼんやり眺めた。
二人のくの一は若く可愛らしい。はじけるような魅力を振りまく二人に囲まれたカカシはすっきりとした美男子で、洒落た喫茶店の雰囲気にしっくりと馴染んでいる。

カカシが笑う。若くて綺麗な女の子達と笑う。そうだ、こうでなくてはいけないのだ。若くて優秀なカカシは、任務の疲れを癒してくれるような、綺麗な伴侶を持つべきで、イルカとなんかではなく、そんな女の人と笑いあって暮らすのが本当なのであって…

どすっと脇腹に肘打ちが入った。

「ふげっ。」
「なんて顔してんの、海野。」

盛り上がっているくの一達の横で、女性教師が顰めっ面をしていた。

「くの一が猛禽だってことくらい、知ってるでしょう。自分から獲物譲ってどうすんの。」
「えっ獲物って何です、獲物って…だいたいオレは別に…」
「まだそんなこと言う、この口はっ。」
「いでででで」

思いっきり口の横を引っ張られ、イルカは涙目になった。そこへすかさず黄色い声が入る。

「やだぁ、仲いいんだ、先生達〜。」
「あったりまえでしょ。コレはアタシが一から仕込んだ舎弟なんだから。」

女性教師の言葉に教え子のくの一達はきゃあきゃあと喜んだ。カカシが一瞬、妙な顔をする。だが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「あ、ちょっとごめんね。」

カカシが立ち上がった。その背中が手洗い消えた途端、輝くような笑みを浮かべていたくの一達がガバリっとイルカに向き直った。

「先生っ。」
「イルカ先生っ。」

その迫力はまさに猛禽だ。

「うひゃっ。」
「先生、あんなイイ男と友達だったのっ。」
「協力してくれるわよねっ、先生っ。」

口をぱくぱくさせているイルカにくの一達は詰め寄った。

「クリスマスイブ、あたし達、あの人誘うから、先生、お膳立てしてよ。」
「長期任務終わったばっかりだから、休暇中の今しかないのっ。」
「お馬鹿っ。」

バシバシっ、と女性教師の鉄拳がくの一の頭に落ちた。

「いたぁい、せんせ〜。」
「アンタ達が図々しいからでしょう。イルカ先生の迷惑考えなさい。」

怒られて流石にしゅんとなる。そして悲しそうな顔になった。

「先生も知ってるじゃないですかぁ、アタシ達くの一、掴めるときにいい男掴んどかないと、出会いなんてぜんっぜんないし。」
「里外任務ばっかりだと、里に帰ってきた時、イイ人欲しいし。」
「イイ人欲しいわよね、疑うのと騙すのが商売みたいなもんだから。」
「里に帰ったときくらい、素直に人、好きでいたいわよ。」
「でないと辛いもの、ねぇ、先生。」
「イルカ先生、だめ?私達じゃダメかなぁ。」

彼女達が言うのは嘘ではない。だが、けして真実でもない。わかってはいるが、だが、悲しそうに目を伏せる姿を見ると、イルカはつい頷いていた。

「わ…わかった、カカシさんに話、してみるから。」
「海野っ。」
「きゃあ、先生、ありがとうっ。」
「これだからイルカ先生、だ〜い好きっ。」

女性教師がこめかみを押さえた。

「あんた達…」
「え〜、なんですかぁ、せんせ〜。」

笑顔全開の教え子達に、女性教師ははぁ、とため息をついた。

「あんた達が立派なくの一に成長したって、しみじみ実感したわよ。」

それから諦めたように言った。

「当然、イルカ先生もクリスマスイブ、一緒でいいんでしょうね。」
「そりゃあ、途中から抜けてくれるんだったら、大歓迎ですよぉ。あ、そうだ、友達とか先輩とか、先生に紹介しちゃう。そしたら途中から抜けてそっちと合流ってどうですかぁ?」

本当にくの一は容赦がない。イルカは肩を竦めた。

「あぁ、わりぃ、その日は生徒を呼ぶんだ。お前らで楽しんでこいよ。」

今度こそ女性教師はがっくりと肩を落とした。お礼に絶対可愛い子を紹介する〜、と騒ぐくの一達を横目で見ながら、そっと囁く。

「ごめんね、アタシが声かけたばっかりに…」

いや、そんなことは、と言いかけるイルカを手で遮った。

「海野、泣きたくなったら胸、かしてあげるから。」

丁度、その時、カカシが帰ってきた。くの一達が更に黄色い声をあげる。

「やだ〜、先生達ってホント、仲良し〜。」

イルカとカカシがくの一達から解放されたのは、それから更に小一時間ほどたってからだった。





 

イルカ先生、相変わらず押しに弱い…カカシさん、色んな意味で前途多難