憧れの人
 




うわ〜、うわ〜、オレ、写輪眼のカカシの報告書、受けちゃったよ〜〜〜〜っ



イルカは天にも昇らんばかりに浮かれていた。ともに命を助けられて以来の友人、タニシとゲンゴロウに、勤務中にもかかわらずこっそりメッセージの式を飛ばしたくらいだ。

ガラリ、と受付所の扉が開いて、銀髪の上忍が入ってきたときには、我が目を疑った。

しゃっしゃっ写輪眼のカカシだーーーっ

しかも、イルカへ報告書を出す列に並ぶではないか。

ひゃ〜〜〜


イルカはなかばパニックに陥った。憧れの人が目の前にいて、しかも報告書を自分に出してくれるのだ。興奮するなというほうが無理だろう。カカシが並んだ列の最後尾にいた忍も、後ろに写輪眼のカカシが立っているというだけでガチガチに緊張している。カカシはというと、受付所中の視線を集めていながら自然体で飄々としていた。器が大きいというか、流石としか言い様がない。

かっ恰好良い…

イルカは惚れ惚れとその姿にみとれた。格の違う忍は存在感から違う。あんまりぼぅっとなりすぎて、三代目から仕事をせい、と怒られ、やっと我に帰ったほどだ。
報告書受付の作業を再開したらしたで、今度はひどく緊張してきた。写輪眼のカカシの報告書を上手く受けられるだろうか、きちんと応対できるだろうか、よくイルカは報告にきた忍達にねぎらいの言葉をかける。同じ、とまではいかなくても、何か声をかけてもいいのだろうか。なにより、昔助けて貰ったお礼を言いたい。カカシにとって、命を助けた忍など掃いて捨てるほどいるだろうが、やはり感謝しているのだと伝えたい。だけど相手は超ビッグな有名人、一介の中忍ごときがおいそれと声をかけるのも憚られるし…

頭の中がぐるぐるしたまま、機械的に報告書をさばいていると、ふっと気配が変わった。

「御願いします。」

思わずびくっと見上げると、そこに立っているのは憧れの人、はたけカカシ。


ぎゃ〜〜〜〜、どーーーっしよーーーーっ


お疲れさまです、はたけ上忍、あ、報告書お預かりします。あの、こんな場で失礼とは存じますが、実は私は、十年ほど前はたけ上忍に命を助けていただいたことがありまして、いえ、覚えていらっしゃらないのが当然なんです、ですが一言、お礼を申し上げたくて。

用意していた言葉はすべて吹っ飛んだ。

「おっお預かりします。」

そう言うのが精一杯だった。というより、声を出せた自分を誉めてやりたい。憧れの人の顔が数十センチ上にある。

うひゃ〜〜〜〜

イルカは慌てて報告書に向かった。はたけ上忍の前で失態だけは演じたくない。震える指先を必死で押さえ、報告書を確認して印をついた。

「はい、これで結構です、お疲れさまでした。」

声がひっくり返っていなかっただろうか、イルカはもう顔が上げられなかった。

「どうぞ、次の方。」

緊張しすぎてなにがなんだかよくわからなくなっている。写輪眼のカカシは三代目となんかしばらく話をしてから、受付所を出ていった。受付所全体を覆っていた張りつめた空気がふぅっと抜ける。イルカも例に漏れず脱力した。ほえ〜っと椅子にもたれかかると、横から三代目が気遣わしげな顔でイルカを見ている。

「……イルカ。」

ヤベ。

イルカは焦った。態度がおかしかったのは重々承知している。だが、女学生ではあるまいし、まさか写輪眼のカカシがかっけーから緊張してました、などと言えるはずがない。

「あ〜はは、なんのこれしき〜〜。」

ぐっと力こぶしてみせると、三代目の眼差しが妙に優しげになる。

こいつアホと思ったな、三代目。

そりゃそうだ、自分でもわけのわからないリアクションをしてしまった。ふと、カカシの後ろに並んでいた忍と目が合う。互いにへへ、と笑みがこぼれた。

「オレ、緊張しちゃって。」

報告書を受け取りながらぽそっとイルカが言うと、その忍も小声で答えた。

「オレも、でもラッキーとか、ね。」
「そりゃ。」

もう一度、へへ、と笑いあい、イルカは報告書を受理した。

今日は良い日だ。

友人の当番を代わってやって本当によかった。これはきっと、人に親切にしたご褒美に違いない。情けは人のためならずって本当なんだ。
帰ったらカカシさんに報告しよう。最高に良いことがあったって。
『何?イルカ先生、嬉しそうに。』
そう言ってくすくす笑うカカシの顔を思い描きながら、イルカは本当に幸せだった。








写輪眼のカカシが受付所に姿を現してから一刻ほど後、イルカは火影の執務室に来るよう式を受け取った。ついでに、朝、暗部の薬師のために受け取ってきた品々を届けるように、ともある。

そういや、火影様、今度その薬師に直接会って話を聞け、とかなんとか言ってたな。

一介のアカデミー教師なんかが直接会って大丈夫なのか、とも思うが、昔から火影の元で様々な巻物や薬剤に触れてきたイルカは、案外と知識が豊富だ。生来の好奇心旺盛な質と相まって、アカデミーでは薬剤関係一切を取り仕切っている。たしかに、暗部で薬師をやるほどのスペシャリストに話を聞けたら、これから先、おおいに役立つだろう。案外、今日、その薬師に会わせて貰えるかもしれない。夜中までぶっ続けの受付任務なので、さっきからちょこちょこと、気分転換のような雑用が入っているから、あり得ることだ。

それになんか、ラッキーデイっていうかな。

なんといっても、写輪眼のカカシの報告書を受けられたのだ。イルカにとってこれ以上のラッキーはない。

「ちょっとオレ、火影様の用事。」

受付事務の職員達にそうことわり、イルカは頼まれものの茶色い紙袋を持って執務室へ向かった。







執務室はアカデミーや受付所の一番奥に位置している、背の高い建物の最上階だ。火影警護の暗部に目礼すると、イルカはドアを叩いた。入るがよい、と火影の声がする。ドアを開けたイルカは、一瞬ぽかん、と呆けた。

「カカシ…さん?」

何故、はたけのカカシが執務室にいるのだろう。火影の脇には暗部が一人、その前に立つTシャツ姿はいかにも場違いだ。

もしかして上忍達の処分のことを火影様が直接…?

さぁっと腹の底が冷たくなった。だが、これからも共同生活をしたい、ということは夕べ伝えている。カカシもイルカと一緒に飯を食いたいと言ってくれた。ここは素直に謝るしかない。

ごめんなさい、カカシさん、オレ、一ヶ月も前に上忍達の処分のこと、聞いていたんですけど、なかなか言えなくて、言ったらカカシさん、自分ちへ帰っちまうのかなぁって思って、ホント、すみません。

一気にそう謝ってしまおう、イルカはすぅっと息を吸った。

「あの、カカシさ…」
「ごめんなさい、イルカ先生。」

はい?

目の前でカカシが九十度の角度で頭を下げている。イルカは目をぱちくりさせた。

「カッカカシさ…」
「ごめんなさい、貴方を騙すつもりじゃなかったんです。でも、どうしても言い出せなくて。」

カカシは頭を下げたまま、怒濤のように言葉を続ける。

「貴方と一緒のご飯がおいしくて、あの家に帰れるのが嬉しくて、だから黙ってました、オレの正体がばれたらイルカ先生、もう飯食ってくれないんじゃないかって、怖かったんです。夕べも任務に行く前に言わなきゃって思ったんですけど、でもダメで…」

イルカはぽかんと口を開けたままカカシを見つめた。カカシは何を謝っているのだろう、任務って、忍じゃないカカシが何故任務なんて…

その時、イルカはカカシが小脇に抱えている紙袋に気づいた。それは見慣れた紙袋、いつもイルカが薬問屋から受け取る紙袋だ。頭を下げたままのカカシ、暗部の薬師のための紙袋、

『イルカ先生、明日、オレは先生を、きっとひどく驚かせてしまうと思う。』
『オレの正体がばれたら…』

あっ。

イルカの中で、一本、線が繋がった。

もしかして、カカシさんが暗部の薬師?

よくよく考えると納得できる。長く里を離れていてようやく帰ってきたというカカシ、自分の仕事について話したがらないはずだ、里の中でも正体を隠さなければならないほどの重責をになっているのだから。仕事が不規則なのもうなずける。暗部は常に動いているのだ。

暗部づきの薬師だったのか…

驚きはあるが、不思議と怒りはわかなかった。むしろ頭を下げ続けているカカシが気の毒になる。

「カカシさん。」

呼びかけると、カカシはびくり、と体を震わせた。イルカはカカシの側まで歩み寄り、膝をつく。

「カカシさん、頭、あげてください。」

おそるおそるあげられたカカシの目が不安に揺れている。イルカは一瞬、その色違いの双眸に見惚れた。

「怒ってないの…?」
「怒るも何も。」

イルカはにへへ、と鼻の傷を指でかいた。

「カカシさん、ホントはすごい人だったんだって、オレ、今感動してます。」
「……イルカ先生…」

イルカはカカシの両肩に手をかけ、立ち上がった。カカシも身を起こす。

「カカシさん、夕べ言ってくれたじゃないですか。オレと飯食いたいっていう気持ちはホントだって。それだけで十分です。貴方は里の宝だけど、なんて言うのかな、オレにとっちゃやっぱカカシさんなわけで、こういうの、失礼になりますかね。」
「いいえっ。」

カカシはがしっとイルカの手を両手で包んだ。

「いいえっ…いいえ…」

言葉は続かず、カカシはただ、首を横に振る。

「いいえ、イルカ先生…」

イルカはカカシに手を握られたまま照れくさそうに笑った。

「でもオレ、恥ずかしいなぁ。貴方はこんなにすごい人なのに、守るなんて大口たたいちまって。」

タイミングよく暗部が現れてあの上忍達を拘束したはずだ、ずっとカカシを護衛していたのだろうから。それを思うとイルカは顔から火が出そうになる。

「なんだか出しゃばった真似したっていうか、余計なことしちまったっていうか…」
「そんなことありません。」

カカシがひどく真剣な顔でイルカの言葉を遮った。

「オレ、すごく嬉しかったです。今までオレを、里での役割を担ったオレじゃなく、オレ自身を守ろうとしてくれたのは、死んだ先生とイルカ先生だけ。」

カカシの瞳が切なげに揺れた。

「オレを一人の、ただの人間として見てくれたのも…」
「カカシさん…」

その表情にイルカは胸を突かれる。この人は今まで、どれほど己を殺してきたのだろう、そして辛い思いを乗り越えてきたのだろう。やっぱり守ってあげたい、カカシさんが屈託なく笑ってくれるのなら、自分は何もいらない…

「カカシさん、オレ…オレ、やっぱりあなたを…」
「うぉほん、おほん、おほんっ。」

突然の咳払いにイルカはハッと我に帰った。

「ほっ火影様。」
「なーにを大の男が手を握りおうておる。しゃんとせんか、しゃんと。」

これ以上ないほど渋い顔の火影に、イルカは慌てて手を振りほどいた。

「や、これはっあのっ…」
「まったく、薬草の話でもして聞かそうかと思うておれば、何をやっとる。」
「すすすみませんっ。」

最敬礼で頭を下げるイルカの横で、カカシは不満そうに口をとがらせた。

「もう、無粋だなぁ、三代目。」

今までの殊勝な顔はどこへやら、すっかり呑気な態度に戻っている。

「空気読んでくださいよ〜。」
「ちょっカッカカシさんっ。」

伊達にイルカは三代目の側で育ってきたわけではない。火影のこめかみがひくり、と動いたのを見逃さなかった。

ヤバイッ

慌ててカカシの口を塞ごうとする。だが、カカシはへらり、と脳天気に笑った。

「あんまりカッカなさると血圧あがりますよ。ほら、脳梗塞とか怖いじゃないですか。」
「あわわ、カカシさ…」
「たわけーーーっ。」

火影の怒号が響きわたると同時に、イルカはカカシの頭を押さえて最敬礼した。

「わっ、イイイルカ先生っ。」
「申し訳ありません、三代目っ。」

それからカカシを引っ張って執務室を飛び出す。

「ではこれで失礼いたしますっ。」
「こりゃ、おぬしらっ。」
「失礼いたしま…わ〜、せんせ〜。」

イルカはカカシを引っ張ったまま建物の外へ走り出た。外はもうとっぷりと日が暮れ、外灯が点り始めている。建物の玄関口で止まったイルカは、ほ〜っと息をついた。ふと、カカシと目が合う。

「ぶっ…」
「ぶわっはは…」

二人はげらげらと笑い出した。

「カッカカシさん、あんなこと言って〜。」
「イルカ先生こそ、血相変えて飛び出すんだもん。」

ひとしきり腹を抱えて笑った後、二人は照れくさそうに顔を見あわせた。

「じゃ、オレ、仕事に戻ります。」

イルカが鼻の傷をかきながら言うと、カカシがへへ、と笑った。

「ん、オレはイルカ先生んちへ帰ります。」
「はい。」

なんだかひどく気分がいい。

「帰り、遅いですから休んでいてくださいね。」

カカシが肩を竦める。

「やだなぁ、夜食作って待ってろって言ってくださいよ。」
「う〜ん、じゃあ、夜食、楽しみにしてますから。」
「まかして。」

もう一度二人は互いに顔を見あわせ笑った。本当にいい気分だ。

「仕事、がんばってね、イルカせんせ。」

片手をあげてカカシに答えると、イルカは受付所の建物へ急いだ。まだまだ報告書提出で混雑しているはずだ。

「夜食かぁ。」

自然と鼻歌がでている己にイルカは気づいていなかった。



 

あぁぁ〜〜、中忍を責めないでやってください〜〜、憧れの人の登場に舞い上がっていたんです。そして、火影様まで巻き込んで、お互い勘違いのしたまま事態は進展…