憧れの人
 

パンパンパン


何かを叩くような音でイルカは目を覚ました。


何だよ、朝っぱらから。

今日は土曜日、せっかくアカデミーが休みなのだから、もう少し眠っていたい。


パンパン、バサッ。


庭のほうからだ。眠い目を擦りつつ、イルカはカーテンを開けた。イルカの寝室は居間の隣で、南側の窓は縁側の隣にある恰好だ。

「あ、おはようございます、イルカ先生。」

イルカが窓を開けると、庭にいたカカシが振り向いて笑った。

「おはようございます。いつも早いですねぇ。」

カカシがイルカの家で寝泊まりするようになって五日がたつ。カカシは朝の早い男だった。五時頃には起き出して散歩にいっているらしい。七時にイルカが起きる頃には朝ご飯が出来ていて、最初はひどく恐縮したものだ。

オレ、料理好きだし、お世話になっているんだからこれくらいさせてくださいよ。

そう屈託なく笑うカカシにイルカは甘えることにした。件の上忍達は何でも裁判中で拘束されたままらしいが、どこに仲間がいるとも限らない。三代目は危険が及ぶ心配はないと保証してくれたが、イルカはいつもそれなりに気を張っていた。だが、任務時ならまだしも、アカデミーと受付の仕事に追われる日常で、早朝五時の散歩に付き合ったり七時前に起きて一緒に朝食を作る元気まではない。


パンパン


イルカを起こした音の元はカカシの手にある洗濯物だ。カカシは洗ったハンカチを丹念に叩いていた。

「何をしているんです?」
「ん〜?手アイロン。」

カラコロとつっかけを鳴らし、カカシはイルカのいる窓の側まで歩いてきた。

「こうしてね、干すときに叩いて皺を伸ばすの。そうしたら乾いたときアイロンかけたみたいにちゃんとなるから。」
「あ…それでオレのハンカチ、あんなに…」

毎朝、カカシから渡されるハンカチが皺一つ無く綺麗なわけだ。もっとも、それを意識したのは、昨日年かさの女性の同僚から、「最近イルカ先生のハンカチ、アイロンかかってるわね。彼女でも出来た?」と言われたせいなのだが。

「カカシさん、アイロン使ってるのかと思ってました。」
「ハンカチだけなのに、電気代もったいないでしょ。」

これくらい手アイロンで十分、とカカシはまた一叩きした。

「もうすぐ干し終わりますから。顔洗ってきてくださいよ。朝ご飯、食べましょ。」
「すっすみません、洗濯ばかりかご飯まで…」

ひたすら恐縮するイルカにカカシはにこりと笑うと、洗濯かごの所へ戻っていった。パンパンパン、と布を叩く音が響く。少しでも手伝おうとイルカは大急ぎで洗面所へ向かった。顔を洗って居間へ入ると、カカシはすでに洗濯物を干し終わって味噌汁をよそっている。

「あっ、すみません、オレがやります。」
「いーのいーの、イルカ先生、毎日忙しくて疲れてるでしょ。オレ、休暇中みたいなもんだし、気をつかわないで。」

すでにご飯とシャケを焼いた皿は卓袱台の上に並んでいる。座って座って、とうながされ、イルカは腰を下ろした。

「何から何まで…」
「なーに言ってるの。」

申し訳なさに身を縮めるイルカにカカシはくすくす笑った。

「イルカ先生はオレを守ってくれたから、ね。」

カカシの恩返しです、とおどけて笑う。イルカは吹き出した。

「いや、オレ、奥ゆかしい性格だから。」
「奇遇ですねぇ、オレも奥ゆかしいんですよ〜。」

休日の朝、軽口を叩きながら取る朝食はひどく旨かった。カカシとすごす時間はひどく穏やかで温かい。時計の針は午前八時を指している。今日もいい天気だ。暑さはまだ厳しいが、例の上忍達はいまだ拘束されているようだし、どこか気晴らしに出かけてみようか。そんなことを考えつつカカシを見ると、美味しそうに白飯をほおばっている。

なんか無邪気だよな。

イルカは口元をほころばせた。






朝食が終わり、イルカは片づけは自分の番だから、と主張すると、じゃあオレは庭の水まきしてきます、とカカシは縁側から外へ出た。マメな人だよなぁ、と改めてイルカは思う。台ふきで卓袱台を拭きながら庭を見ると、楽しそうにカカシはホースで花や木に水をやっていた。
居間の隅においてあるカカシの植木鉢も縁側に出されている。植木鉢には『ウッキー君』とマジックでかかれたシールが貼ってあった。『ウッキー君』はすでに水をたっぷりもらって、朝陽を浴びている。庭の木々や花、そしてカカシの銀髪が朝陽にキラッと輝いた。イルカは居間から眩しそうにそれを眺めた。

同じカカシでも写輪眼のカカシと正反対だろうな。

写輪眼のカカシの人となりなど一介の中忍にわかるわけはなく、一度助けられた時のイメージと、後は数ある写輪眼のカカシの武勇伝から推測するしかないのだが、少なくともあんなにマメに洗濯物を叩いたり庭木に水をやったりはしないだろう。任務に向かうとき以外自宅で姿を見かけず、噂では遊郭に居続け里一番の花魁を侍らせているというから、住む世界が違う人なのだ。

ってか、花魁ってどんな感じなんだろ。

テレビの時代劇でたまにみかけるような、顔を真っ白に塗って綺麗な着物をきた女の人が、『お茶でありんす』とか言うのだろうか。居続けって、じゃあ写輪眼のカカシはあの覆面したまま殿様みたいなキラキラの着物を着ているのだろうか。

イルカの頭の中では、キラキラの覆面をした写輪眼のカカシが光舞い散る中、綺麗なお姉さんと『お茶でありんす』をやりはじめた。

「あ〜、片づけ片づけ。」

ご庶民のオレも一度くらい『ありんす』ってやってみてぇもんだ、と台ふきをたたみ庭に目をやると、キラキラ光るホースの水しぶきのなかにカカシがいる。

こっちのカカシさんは、本人が一番綺麗だけどな。

ふふっとイルカは頬を緩めた。

「さって、オレんちのカカシさんにはむさい男がお茶でも煎れてやるかな。」

居間を片づけたイルカは鼻歌交じりに台所へ立った。誰かのためにお茶を煎れるのがこんなに楽しいとは今まで思いもしないことだった。

 

イルカ先生、写輪眼のカカシはアンタんちで洗濯物に手アイロンかけたり水まいたりご飯ほおばったりしてますってば。