憧れの人
 

憧れの人、はたけカカシと一文字違いの名を持つ青年とイルカはそれからよく一緒に夕食をとるようになった。はじめは互いに遠慮もあり、特売品が偶数の時はレジの後、品物を分け合ってそれぞれ家路についていたが、イルカは内心それが残念でしかたがなかった。かといって、あまり頻繁に誘うのも馴れ馴れしいような気がする。

今日の特売が奇数でありますように。

スーパーに走りながらまるで小学生のような願掛けをしている己に、イルカはちょっと眩暈を感じていた。




夏休みの最後、明日からアカデミーが始まるという日、スーパー木の葉大門通り店の特売はぎょうざ二パックで三十両だった。イルカとカカシはレジをすませ、いつものように一パックずつ分ける。

今日は別々か…

アカデミーが始まると、夏休みのように六時にスーパー、というわけにはいかなくなる。早く終わる日もあれば残業もあるし、受付業務も夕方から夜の時間帯が割り振られるだろう。夏休み中はなんとか昼の受付をもぎとっていたのだ。カカシに会う機会が減るなぁ、と落ち込みつつ、品物を袋に詰め終わったイルカは挨拶をしようと顔をあげた。

「じゃあ、カカシさん、また…」

カカシがすでに詰め終わった買い物袋を握ったまま、神妙な顔で突っ立っている。イルカが顔を上げると、がしがしと片手で銀髪をかいた。

「あのね、イルカ先生。」

そこまで言ってカカシはきまり悪げに目を伏せた。

「一緒に御飯、食べちゃだめかなぁ。」

米代、払うからさ、と上目遣いにイルカを見る。それから畳み掛けるようにカカシは言った。

「ほら、最近よくイルカ先生んちで御飯食べるでしょ、そしたら、一人で食べる日って余計寂しくなっちゃったっていうか、やっぱセンセと食べる御飯がいいなぁ、って…その…図々しいのはわかってるんだけど…」

語尾がだんだん萎んでいく。

「めっ迷惑だなんてっ。」

思わずイルカははじかれたように声を上げた。

「いや、オレの方こそ、あんまり誘っちゃ悪いかなって…」

そこまで言って、イルカは照れたように頬をかいた。

「オッオレんちの米くらい、いくらでも食ってくださいよ。」

カカシの蒼灰色の瞳が大きく見開かれた。それからへにょっと力を抜く。

「じゃ…じゃあ、オレ、味噌持参でいこっかなぁ。」

ぶっとイルカは吹き出した。カカシもつられて笑い出す。

「オレ達、結構奥ゆかしい?」
「ははは…」

ガタイのいい大の男がなんとなく赤くなってもじもじ向かい合っている姿はある意味寒く、買い物途中のおばちゃんたちからじろじろ眺められていたが、当の二人はそんな周囲に気がつかない。仲良く連れ立って店を出る。

「白状するとね〜、オレ、特売が奇数でありますように〜、って毎日お祈りしてたんですよ〜。」

にこにこと言うカカシはどこか無邪気だ。イルカは肩をすくめた。

「実はオレもです。」

カカシが驚いたようにイルカを見た。へへ、とイルカは眉を下げる。

「オレ達、奥ゆかしいですね。」

ぶっと吹き出すのは今度はカカシの番だった。









その翌日のことだった。アカデミーは始業式だけだったので午前中で終わり、午後、イルカは三代目の使いで街へ出た。長く里の外で働いていた暗部づきの薬師が久しぶりに里へもどってきており、その薬師のために必要な材料を取ってきてほしいと頼まれたのだ。なんでも、非常に優秀な薬師だけに狙われるとやっかいで、素性を隠す必要があるのだという。使いだけなら下忍にもつとまることだが、取りに行く品々が特殊なうえ、薬師の帰郷自体が極秘事項なので、火影に近しい中忍のイルカに直々の声がかかった。

職員室の事務仕事にいささか飽いていたイルカは、二つ返事で薬草を商う店へ向かった。真昼の太陽がじりじりと照りつけ、カラカラに乾いた道に陽炎が立つ。

夕立でも欲しいなぁ…

イルカは空を仰いだ。真っ青な空をゆったりと雲が流れている。ふと、イルカは夕べのことを思い出した。アカデミーが始まって残業することもあるし、夕方の受付任務も入るとカカシに話したら、じゃあ、上手い連絡方法を考えましょう、と言われたのだ。

『イルカ先生が忙しい時はオレが買い物しておきますよ。』

カカシはにこり、と目を細めて言った。

『無理はしたくないけど、時間があう日はイルカ先生と一緒に夕食、取りたいなぁ。』

縁側もあるし、とカカシは悪戯っぽく笑った。そう、カカシは縁側と庭をずいぶんと気に入っていた。

夕立がきたりしたら喜んで縁側に立つんだろうなぁ…

庭から立ち上る雨の匂い、軒先ではじける雫、あの人は縁側に立って笑うような気がする。初めて家に呼んだときのカカシの様子を思い出してイルカの口元が自然と弛んだ。黙っていれば落ち着きのある美丈夫なのに、笑うと途端に子供っぽくなる人だ。大の大人をつかまえて失礼な気もするが、本当に畑野カカシは無邪気に笑う。

ガキの頃はこんなところで育ったから…

カカシの声がよみがえり、イルカはふっと胸が痛んだ。両親も早くに死に、師と仰いだ人もすでに鬼籍に入っているのだという。大事な人達と死に別れた後、長く里を離れていたので、生まれ育った家はすでにないのだとも。

縁側のある居間というのは、カカシにとって、里での優しい思い出そのものなのだろう。イルカも両親を失っているが、思い出のつまった家や庭は残っている。何もないカカシは里に帰ってきてからどれほど味気ない食事を取ってきたのだろう。両親と食事をとったあの居間がカカシの心の慰めになるのなら、いつだって来てくれていいのだ。

…合い鍵、渡すか…?

そこまで考えてイルカは赤面した。恋人でもあるまいに、合い鍵も何もないだろう。夕べの今日で自分は結構浮かれているらしい。

どうにもあの人、ほっとけないっていうかなぁ。

イルカは頬をはしっと叩いた。

いかんいかん、里内での使いとはいえ、今オレは極秘任務中だ。

気が付くとカカシのことを考えている自分に苦笑し、イルカは気持ちを切り替えた。その時、カカシの声がした。

「何、アンタ方。」

……空耳?



うわ、相当ヤバいぞ、オレ。

一瞬狼狽えたイルカの耳に再びカカシの声が響いた。

「用がなければ離してほしいんだけどね。」
「なんだ、てめぇ、それが木の葉の上忍に向かってとる態度か、あぁっ?」

イルカはぎょっと声の方へ振り向いた。

「カッカカシさんっ。」

道の向こうにカカシがいた。白い綿シャツにジーンズのカカシの腕を木の葉の忍服を着た三人の男達が掴んでいる。
見覚えのある顔にイルカはハッとした。腕は立つが素行が悪いことで知られている上忍達だ。傍若無人な狼藉を受けても、報復を恐れて誰も訴え出ようとしない。無体の証拠がないため、里の上層部も処分の下しようがなく困り果てているところだ。よりによってカカシがそんな連中に絡まれるとは。イルカがそこへ走り寄ろうとしたその時、カカシが掴まれた腕を振り払い、皮肉げに口元を上げた。

「上忍?チンピラかと思った。久しぶりに帰ってきたけど、木の葉の忍も落ちたもんだね。」

ガッと拳が唸り、カカシが地面に倒れる。殴られたのだ。そこを別な上忍が蹴り上げた。浮いたカカシの体をもう一人が踏み付ける。

「やめろっ。」

イルカは夢中で割って入った。

「一般人相手に何をするんだっ。」
 

「畑野カカシ」さん、大ピ〜ンチ、颯爽と駆けつけた?イルカ先生、まさに白馬の王子様っ、ポイントかせぐチャンスだぜぃ。