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憧れの人
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「へぇ。」 イルカが自宅の玄関口に立ってカギを開けると、カカシと名乗った銀髪の青年がが意外そうな声を出した。 「一軒家って、ご家族がいらっしゃるんですか。」 「いや、寂しい独りモンですよ。」 苦笑いしながらイルカはカカシを中へ案内する。 「死んだ両親の残してくれた家でね。どうぞ、あがってください。」 「お邪魔します。」 きょろきょろと見回しながらカカシは玄関のたたきでサンダルを脱いだ。確かに男の一人暮らしらしく飾り気も何もない玄関だ。 「亡くなられたんですか、ご両親…」 「九尾の時に。二人とも忍だったんで。」 イルカが言うと、カカシがハッとした。 「すっすみません…」 まずいことを言ったとカカシが恐縮する。 「いや、気にしないでくださいよ。もう昔のことですし。」 イルカはカカシを居間に案内し、電気を点ける。ベストを脱いでアンダーのまま流しに向かうと、カカシの嬉しそうな声がした。 「あ、縁側。」 台所の隣の居間には濡れ縁があり、そこから庭に降りることが出来た。買い物袋を流しに置いたイルカは濡れ縁に面したガラスの引き戸を開け網戸にする。熱気の籠もった室内に夕風が入り込んできた。 「いいなぁ、縁側。」 カカシはひょこひょこと網戸により、庭を眺めた。薄暮の庭には、月見草が白っぽい花を咲かせている。 「オレ、今アパート暮らしなんですけど、ガキの頃はこういうとこで育ったからなんかなつかしですよ。」 縁側を喜ぶカカシの姿にイルカは思わず口元を緩めた。結構無邪気な人なのだ。 「カカシさんもお一人なんですか?」 「うん、オレもね、二親が早くに死んじゃって。」 「あ…」 今度はイルカが恐縮した。カカシが慌てたように手を振る。 「あっ、でも別に不幸じゃなかったですよ。先生や先輩達にオレ、すごく可愛がられたから。」 それからパタパタと台所のイルカのところへ寄ってきた。 「ささ、寂しい独り者同士、サンマ定食作りましょ。」 いそいそと買い物袋に手を伸ばすカカシにイルカは吹き出した。 「そうですね、サンマ定食。」 「結構料理好きなんです。二本刺身にして、三本焼きましょうよ。」 刺身はまかせて、とカカシが胸をはるので、サンマのことはカカシにまかせてイルカは飯を炊き、大根と揚げの味噌汁と大根おろしを作った。二人でたわいないことをしゃべりながら料理するのは楽しかった。カカシの包丁さばきにイルカが感心していると、先生仕込みなんですよ〜、とにこにこする。 ホントに先生、って人を慕ってるんだなぁ。 同じ先生と呼ばれる身だが、自分にはそれほどの徳はないなぁ、などとイルカは思う。 「刺身とビールで先にやってましょ。」 カカシが皿に盛りつけた刺身を居間へ運んだ。 「見事なもんですねぇ。」 イルカが冷えたビールを出し、刺身をつまんでいるうちに、飯の炊ける匂いとサンマの焼ける匂いが立ち上ってきた。イルカが茶碗を出し、カカシはいそいそと味噌汁や大根おろしを盛りつける。居間に食事の支度を整え、二人は卓袱台で向かい合った。 「いただきます。」 丁寧に挨拶をしてから食事をはじめるあたりも、先生から躾られたのだろうか。イルカの住んでいるのは一軒家なので、よく友人や同僚が押しかけてくる。飲みの二次会場になったり、酔っぱらった友人達が転がり込んできたりするのだ。イルカも気楽な独り身の上、頓着しない性格なので、友人達の好きにさせている。もちろん、翌朝きっちりこき使うことを忘れないが。だが、こんなふうに誰かと一緒に料理をして食べるということはあまりなかった。 旨い… ただの白飯に味噌汁、焼いたサンマなのにいつもより美味しく感じる。居間で夕食を食べる誰かがいる、というだけで、こんなに美味しく感じるものなのだろうか。 「美味しいですねぇ。」 イルカがつらつら思っていると、銀髪の青年がそう言った。 「イルカ先生と一緒に食べてるからかな。一人で食べるよりずっと美味しい。」 カカシも同じ事を思っていたのだと、イルカはなんとなく嬉しくなる。 「そうですね、一人の夕食は味気ない…」 ついポロリと零して、イルカは慌てた。知り合って間もない、というより、今日名前を聞いたばかりのカカシに自分は何を言い出すのか。普段、心の奥にしまい込んで自分でも意識しまいとしていたものが隙間から零れ落ちたような居心地の悪さにイルカは赤面した。 「オレもね、そう思います。」 その声に目をあげると、カカシはやけに真剣な面持ちをしていた。 「先生が死んでから、オレ、ずっと里の外だったんですよ。そりゃ、たまには帰ってきたりはしてましたが。」 そういいながら器用にサンマの身を骨からはずしていく。 「こうして里に落ち着くの、十年ぶりですかねぇ。」 ころり、とはずれた背中の身にカカシは大根おろしをのせた。 「でねぇ、夕暮れ時、アパートの部屋で一人、スーパーの惣菜とかひろげるでしょ、大好きなおかずなのに、窓からこう、夕焼けが見えたりするとね。」 たらっと醤油をその大根おろしにたらす。 「うわ、オレ、一人ぽっちだ〜、なーんて寂しくなったりするわけ。」 ホントは友達とか仲間とかいるのにね、そう言ってカカシはぱくり、と大根おろしをのせたサンマを口に入れた。 「んっまいっ。イルカせんせと食べると旨さ倍増っ。」 にこぉっ、と笑って御飯をかきこむ。イルカがぶっと吹き出した。素直な人だ、ちゃんと寂しいと言える真っ直ぐな人だ。 「イイ男目の前にしてるから飯が旨いんですよ。」 「わははは。」 「そこで笑いますか。」 「あっ、はい、そうです、イルカ先生はイイ男、飯がうまいな〜。」 軽口を叩きながら二人は笑い、そして飯を食べた。楽しい時間はあっという間で、片づけを終えイルカがお茶を淹れる頃には、もう十時近くになっていた。 「すっかり長居しちゃって。」 湯飲みを置いたカカシがぺこりと頭を下げた。 「あ、いえ、こちらこそ…」 一緒に夕食をとった時間が楽しすぎた。イルカの胸にふっと寂しさがよぎる。玄関まで見送りに出るが、なんとなく言葉が出ない。サンダルを履いたカカシが玄関の引き戸を開け、それからふと振り向いた。イルカと目があい、にこっとする。 「あのね、先生、また明日…ね。」 イルカは一瞬目をまたたかせ、そして笑い返した。 「はい、また明日。」 ぺこっとカカシは頭を下げ、帰っていった。イルカは、玄関の引き戸の先にカカシの後姿が消えるまで見送り、戸締りをする。さっきまで胸の中にあった寂しさがなくなっていた。 「まだま暑っちいなぁ〜。」 ぺたぺたと素足で廊下を踏み居間へ戻る。 また明日。 網戸ごしにカカシの喜んだ縁側と庭を見やった。 明日の特売は何だろう。 イルカは鼻歌まじりに、湯飲みと急須を片付けた。 |
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思春期イルカ?もじもじな二人はそれでもじわじわ距離をつめる…サンマと醤油をかけた大根おろしを同時に口に入れるのはオレの流儀です。おでんも卵の黄身と大根と芋とこんにゃくを同時に(誰もきいとらんっ) |
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