憧れの人
 




スーパー木の葉はチェーン店である。

イルカはアカデミーにほど近い町中の一軒家に住んでいるのだが、買い物は近くのスーパー木の葉中央通り店ではなく、少し離れた大門通り店でしている。目的はチラシに出ない、午後五時から七時までの「ナイトセール」だ。幼い頃から『定価で物を買ってはならない』と母親にしつけられたイルカは、長じてもその教えを守っていた。そして、イルカは結構食いしん坊でもあった。大門通り店のナイトセールでは、日替わりで様々なものが半額になる。少々高めのよい食材や惣菜が思いがけず下がっていたりするので、イルカはほぼ連日通っていた。



ナイトセールでその青年を見かけるようになったのは、梅雨が明けてしばらくたった頃だろうか。うだるような熱い日だった。日中の熱気が籠もり、夕方になってもアブラゼミやミンミンゼミがうるさく鳴いていた。

アカデミーが夏休みに入ったため、突発に任務がはいることはあっても、おおよそ五時には帰宅できるようになったイルカは、私服に着替えてからスーパーへいくことにしている。いくら忍でもずっとあの忍服のままというのが気分的に鬱陶しい。

イルカはその日、迷わず惣菜コーナーに直行した。あまりに暑くて今日は料理をしたくない。途中、やはり『本日の特売』のキャベツをかごにいれたのは習性だろう。なにせ一玉6両、これは得難い値段だ。そして惣菜コーナーにさしかかったイルカは、どきり、と足をとめた。銀髪の青年が立っている。

写輪眼のカカシ?

それからすぐに、イルカは己の思考回路に苦笑した。なぜなら、青年がじっと考え込むように立っているのは、『本日特売、お肉屋さんのぜいたくコロッケ、五ケ二十両』の前だったのだ。

写輪眼のカカシがスーパーの特売なんかに来るわけないじゃないか。

里一番の忍の報酬は桁が違うと聞く。毎日料亭通いしたところで、痛くも痒くもないだろう。だが、目の前の青年が見ているのは、五個で二十両の特売コロッケだ。いくら青年の髪が憧れのはたけカカシと同じ銀髪だとはいえ、一瞬でも写輪眼のカカシではないか、と思ってしまった自分が可笑しい。

実物見たから、相当舞い上がってんだな、オレ。

だいたい、青年が身に着けているのは着古したジーンズと洗いざらしのTシャツだ。背が高くすらりとした体型だが身のこなしは一般人のもので、忍ではない。銀髪の青年はひどく整った顔をしていた。美形だが、コロッケの前で眉間に皺をよせて考え込んでいる姿に、イルカはふっと笑みを浮かべた。

そーなんだよ、迷うんだよ…

上質の合い挽き肉とじゃがいものバランスが絶妙な『お肉屋さんのぜいたくコロッケ』はイルカのお気に入りの惣菜だ。普段一個十両する。それが今日は半額以下、だが、五個というのがネックだった。

一人で五個は多いんだよなぁ。

割引特売品を目指してくるのは圧倒的に家庭の主婦が多い。だから、特売は家族持ちを想定して、四、五個単位という傾向があった。イルカのように、特売目指してくる二十代独身男性というのは珍しいのだ。

所帯持ちには見えないし…

イルカがこっそり伺い見ていると、背を丸めて悩んでいた青年は、一大決心をしたように顔を上げ、コロッケの五個入りパックをカゴに入れた。それから、レジに向かう途中、やはり本日特売の『キャベツ一玉、6両』を手に取る。

あの人の晩御飯、キャベツの千切りとコロッケ五個なんだろうな。

そしてしばらくはキャベツ料理が続くんだよなぁ、イルカは心の中で呟いた。案の定、青年はキャベツをカゴに入れた。そのカゴにはすでに『本日かぎり、火の国低温殺菌牛乳1000ml、14両』が入っていたのをイルカは見逃さなかった。青年の背中を見送り、イルカも惣菜コーナーへ行く。と同じように五個入りパックのコロッケを取り、ついでに同じ特売の牛乳もカゴに入れた。自分と同じような独り者を見つけたせいだろうか。なんだか妙に楽しかった。




以来、イルカは買い物の度に自然と青年の姿を探すようになった。そして、青年がイルカと同じ特売品を手に取るのを、密かな連帯感を持って眺める。そうやって半月もたった或る日のことだ。夏真っ盛りの夕刻、イルカは豆腐売り場のまん前にいた。

『本日限り、ざる豆腐・二丁三十両』

いつもは一丁三十両の高級豆腐が半額だ。

「う〜ん。」

イルカは腕組みして唸った。この暑さ、冷や奴にしてビールをきゅっといったらさぞ旨いだろう。だがこの豆腐、一丁がえらくでかい。食べるとしても半丁、今夜はそれでいいとしても、そんな豆腐を二丁も買ったら毎食豆腐になってしまう。いくら旨い豆腐だといってもそこまで続くのは嫌だ。

「でもなぁ…」
「そ、半額なんですよねぇ。」

のんびりとした声が横でした。どきっ、として見ると、あの銀髪の青年がイルカの隣で腕組みしている。青年もイルカと同じ豆腐を眺めていた。

「二丁だと毎食豆腐になっちゃうでしょ。でも半額の魅力は捨てがたいし、ホント困りますよ。」

それから青年はイルカの方を向き、こんにちは、と笑った。

うわっ。

イルカは内心、目を瞠った。遠目で見ても整った顔立ちだと思っていたが、間近で見ると本当に男前だ。白い肌にけぶるような蒼灰色の瞳をしている。左目は銀髪に隠れて見えないが、縦に走った傷が見えた。だが、その傷は端正な面差しを損なうことなく、かえって精悍な雰囲気を与えている。

「こっこんにちは。」

イルカは慌てて挨拶をかえした。青年はにこり、とまた笑う。

「おいしいんですよね〜、このトーフ。」

間延びした物言いのせいか、美青年に愛嬌が加わる。イルカも笑って頷いた。

「オレもこれ、好きなんですよ。でも定価じゃちょっと。」
「そうそう、豆腐のくせ、結構なお値段だからね。それにオレね、ガキの頃定価で物を買うなってしつけられたもんだから、いまだにダメなのよねぇ、定価っていうのが。」
「オレも同じですよ、母親にそう仕込まれて。」
「へぇ、オレは先生からよ。」

変なところで気が合うね、と青年が笑った。イルカもなんとなく嬉しくなる。

「ところで、初対面でなんだけど、このトーフ、一丁ずつわけるのってどう?」
「あ。」

イルカは目を瞬かせた。

「名案です、でも、いいんですか?」
「いいもなにも、そしたら半額でトーフ、食べられるよ。」

それに、今日みたいな暑い日はビールと冷や奴っていきたいじゃない、と青年は笑う。

「オレも同じ事かんがえましたよ、冷や奴とビール。」

イルカが答えると、青年は特売の豆腐を二丁取った。

「じゃあ、決まりね。オレ、もうレジにいくから、会計すませて待ってますよ。」
「あ、オレもすぐに。」

イルカは青年のカゴの中を指差した。

「そのヨーグルト取ってきたら終わりですから。」

お一人様一点限り、13両のヨーグルトが青年のカゴに入っていたのだ。

「あはは、じゃあ、レジのところで。」

イルカは乳製品売り場へ直行し、青年はレジに向かった。買ったものを袋につめながらイルカは青年に十五両わたし豆腐を受け取る。
青年と別れ自宅への道をたどるイルカの足取りは軽かった。熱気のこもる夕風もあまり気にならない。なんだか胸がほこほこするのは、手に入れた高級豆腐のせいばかりではない。イルカは、いつのまにか鼻歌交じりになっている自分が可笑しかった。




すごいっ、すごいもの頂いちゃったよ〜〜。
「憧れの人」イメージイラストをKIOSUKのばいおばさんから頂きました。スーパー木の葉でイルカが見かけた、コロッケを買うか迷っているカカシさんです。
うわ〜〜、もう、感涙だ〜〜。ありがとうございます〜ばいおばさん〜〜v(ばいおばさんの素晴らしサイトには、リンクページからでも、上のサイト名からでもとべます)

更にすごい物、いただいた、っていうか、おねだりしたおした、と言った方が正確だけど、「靴下の穴をかがるカカシ」絵をゲットゲット。ばいおばさんが自宅の日記に描いて下さっていたイメージイラストを「ほっしいほっしい」の大合唱でもってきちゃいました。かわえぇ〜の〜。「憧れの人・8」の最後のところにぺたっと貼り付けましたんで、読まなくてもいいからイラストだけは必見なんだってばよっ。




生活感溢れるカカイル目指してGOGO(なんのこっちゃい)