「いいか、レオリオ。常々お前には言っておかねばならんと思っていたのだ。だいた いお前は」

 グラス片手に延々と説教が続いている。すでにキールを作るためにあけた白ワイン も空になった。
 レオリオはソファの前に座らされ、神妙に説教を拝聴している。時折恨めし気にお 子さまコンビに目をやるが、二人はそしらぬ風でシロップいり炭酸水を舐めていた。

「ん……」

 グラスが空になったクラピカは再びずいっとレオリオの前につきだし、催促する。

「ク…クラピカ、もう酒もつきたことだし、そろそろ……」
「そこに一本残っているだろう。それとも、私に飲ませる酒はないというのか、え、」

 め…めざとい……

思わず三人は顔を見合わせた。

「おれは隠したはずだぞ、なんでわかるんだっ」
「酔っぱらってもクラピカはクラピカだね。」
「いつもより鋭くねぇ?」
「緋の目が発現しちゃってるもんね。」

 ごにょごにょと囁きあっているとクラピカの怒声がとんだ。

「私は酔ってなどいないぞっ。さっさとその酒、あけないかっ!」
「み…耳ざとい……」

 しぶしぶレオリオはトカイワインをあけた。おそるおそるつきだされたグラスに注ぐ。
 さすがに責任を感じたゴンが話題を変えようとクラピカに話しかけた。

「ね…ねえ、クラピカ。ハンター試験の後、喫茶室で吸ってたの、あれ、何?」
「ん?ああ、あれか、」

 甘いワインで機嫌をなおしたのか、ソファの背にゆったりともたれ遠くをみつめる ような目になった。

「あれは水煙草だ。仕事を終えるとよく父が飲んでいたのを思い出してな。」

 懐かしそうな顔をする。

「一度だけ、そう、私がゴンやキルアくらいの時だったか、あんまり父がうまそうに 飲むのでせがんだことがあった。父は、そろそろ大人の仲間入りしてみるか、と笑っ て吸い口を私にくれた。」

 クラピカは一口ワインをすすると、両手でグラスをつつみ、じっと見つめた。

「うまくはなかったが、誇らしかったな。父に認められたような気がして。もっとも 、父も私も、後で母にこっぴどく叱られた。そんなもの、大人になっても覚えなくて いい、ましてまだ子供なのに、と」

 母が怒ると恐かったな、とつぶやいたクラピカの瞳から、みるみる大粒の涙がこぼ れおちた。不意のことに三人はハッと胸をつかれた。あのクラピカが泣いている。改 めてクラピカの背負ったものに思いがいたる。言葉もなくただクラピカを見つめた。


☆☆☆☆☆☆☆


 涙はあとからあとから、とめどなく頬をつたう。クラピカはそれを拭おうともしな
い。ただじっと俯いている。レオリオはたまらぬ気持ちだった。

ああ、おれはお前の何を知っていたというのだろう。
お前の苦しみを、悲しみを、どうしてやることもできないのか。
せめてその、細い肩を抱いてやりたい、お前を抱きしめたい。

ゴンとキ ルアがいることも忘れ、レオリオはクラピカを抱きしめようとした。確かに、彼はお 子さまコンビの存在を失念していた。

 突然、二つの小さな影にはねとばされ、レオリオは絨毯にころがった。ころがりな がらソファをみあげると ゴンとキルアがクラピカの両隣りに陣取り、しきりに慰めている。
あいつらーっ、と 歯がみするが、すでに レオリオが握るはずのクラピカの華奢な手にはキルアの手がおかれ、レオリオが拭っ てやるはずの涙はゴンが ふいている。

「泣かないで、クラピカ」
「そうだぜ、オレ達、仲間じゃねーか」
「すまない……」

 クラピカは二人をみつめ、またはらはらと涙をこぼす。そしてくり返した。

「すまない。」
「謝ることなんか何にもないよ。大事な仲間なんだから」
「オレ達、一緒にやってこーぜ、なっ」
「いや、違うのだ、違う、私は己の行為を恥じている、本当にすまない。」
「???」

 クラピカはぽろぽろ大粒の涙を頬につたわせながら、キルアの手を握り返した。

「キルア、すまない、この間レオリオの部屋で最後のハムの一切れを食べたのは私な のだ。そのことでゴンともめているのを百も承知で私は……本当にすまないことをし た……」

「へ……?」

 ぽかんとするキルアの手をさらに強く握り、すまないと繰り返しながらクラピカは 涙を流す。
それから、ゴンにむかうと、

「すまないが、ゴン、もう一杯ワインをくれないか。」

と、涙にかきくれながらグラ スをさしだした。

「あ、でも、もうやめといたほうが……」

 ゴンが言うか、言い終わらないうちに、クラピカの目からぱたぱたとまた涙が落ちた。

「そうだな、私にはゴンにワインを頼む資格などないな。すまない。無理なことを言った。本当にすまない。」
「あ、い…や…っと、あの、ク……クラピカ、今ワインつぐから、だから、だから、 ねっ」

 大慌てでゴンがボトルを抱えると、片手で目頭をぬぐいながらクラピカはグラスを さしだす。
そして、泣きながらぐいっと飲んでしまった。

「も…もしかしてこれって……」
「これって、絶ってぇ、ただの泣き上戸」
「そ…そのようだな……」

 三人がまたしても顔を見合わせ、ごにょごにょ囁きあっていると、いきなりクラピ カがレオリオの名を呼んだ。
「レオリオ……」

 いつになくしおらしい風情で、じっとレオリオを見つめる。

「お…おう、なんだ」
「レオリオ、私は……はじめて会った時、私は…お前のことを…」

 大きな瞳を潤ませる。 レオリオは、おもわずどきりとした。だが、自ら伊達男を 任ずるレオリオである。ふっと微笑み眼鏡を押し上げると、優しくクラピカの肩に手 をおいた。

「何も言うな、クラピカ。わかってるさ、都会の洗練された香りってやつに触れたこ とがなかったんだな。
おれに会ってあこがれちまうのも無理はねぇ。別に恥ずかしがることじゃ……おいお い、そんなに泣くなよ。目が溶けちまうぜ。」

「レオリオ、すまない。私は本当にお前のことを馬鹿で単純で底の浅い奴だと思った のだ。実際、みかけより馬鹿ではないのにな。どうしてあんなにお前が馬鹿にみえた のだろう。心より謝罪する。馬鹿だと思って悪かった。」

 ぶぶっと、お子さまコンビがふきだした。

「酔っぱらうと本音がでるっつーけど」
「よかったね、レオリオ。謝ってもらって。」
「う…うるへーっほっとけっ」

 どかっと床に座りなおす。んっとに、かわいくねーっ、と、むっつりクラピカを見上げると、きょとりとした 顔でレオリオを見つめていた。

や…やっぱかわいいな…。

どぎまぎしてレオリオが見つめ返すと、にこっと笑う。無邪気な顔だった。 もう涙は乾いている。
つられてレオリオは微笑んだ。ゴンとキルアも微笑みあう。
すると、クラピカはさらににこにこ 笑った。四人の間に笑顔がひろがる。そのうち、クラピカは鈴をころがすように、ころころと声をたててわらいだした。
何がおかしいのか、レオリオをみてはくるくる笑 い、ゴンとキルアに向き直ってはまた楽し気に笑う。

「……これってさぁ、なんつーか、笑い上戸…」
「特質系って、お酒飲んでも発現するのかな」
「あらゆる酒癖を100%引き出してるみたいだからな」
「っつーことは……」
「今度は何がでてくるんだろうね。」
「はははは………」

 三人は力なく笑った。クラピカは相変わらずころころ笑っている。と、ふいに笑うのをやめ、とろんとした目を三人にむけた。そして、ぎくりとした三人に、ぽぉっとした顔でつぶやいた。

「…水……」

 三人は弾かれたように動いた。

「気持ち悪いのかっ」


 レオリオが大慌てで洗面器をつきだす。

「こ……これで拭いていいぜっ」

 キルアが大きなタオルをさしだした。

「あ、このガキ、こりゃおれ様のバスローブ」
「せこいこというなよ、タオルでできてんだから同じだろっ」
「……香水臭い……」
「臭くて悪かったな、おめぇが気持ち悪いっつーから」
「あのね、みんな、クラピカ、お水飲みたいんでしょ」

 ゴンが困った顔をしてコップを持ってきた。ところが、クラピカは自分でコップを 持つことができない。
ゴンが口にあててやるが、頭が揺れてうまく飲めない。

「ん、……水……」

 ぼんやりとまたつぶやく。

 チャンスだ、レオリオは奮い立った。実のところ、レオリオの我慢は限界に近かっ たのだ。

 ポロポロ泣いたり笑ったり、これ程無防備なクラピカをみるのは初めてだった。
いや、説教されているときから、レオリオはクラピカにみとれていたのだ。
酔っぱらったクラピカには、いつもの、おそらく本人も自覚していないであろう、他人を拒絶す るような雰ヘ気がなくなっていた。再会してからは常に、薄いベールのようなもので 隔てられているようなもどかしさを感じていたレオリオだったが、大変な思いをして きたみたいだし、自然に身についちまったんだろう、そう思うことで己を納得させて いた。だがやはり一抹の寂しさは否めない。
ところが今、クラピカはまったくの素の 顔をみせている。冷静でいろというほうが無理だった。

 もう、お子さまコンビに遠慮などしていられない。水が欲しいのにコップで飲めな いというのなら、おれが口移しで飲ませてやろう、口移しで水を飲ませ、おれが面倒 をみるからと、お子さまコンビを追い払う。それからベッドへ、いや、もうそのまま ソファの上で……
そう決めた。

 決めたはいいが、あまりがつがつするのもみっともない。
レオリオはゆっくり立ち 上がると、腰に手をあて、いつものポーズでサングラスをおしあげる。
そしてゴンと キルアに向かって一歩すすみ、低い声で言った。

「どうやら自分で飲めねぇらしいな、クラピカは。しかたねぇ、おれが飲ませてやろう。代われ、ゴン、キルア。ただ、ちょいと大人のやり方だからな、子供は部屋へ帰ってろ。後はおれが面倒をみる。」

「クラピカ、はいっストロー。これなら飲めるでしょ」
「あ、よかったなぁ、ゴン。飲めたぜ」

 レオリオのセリフは宙に浮いたまま、介抱するゴンとキルアの声にかきけされた。
なんて気のきくお子さま達………。今更ながらに、体裁つくろった己の甘さが悔やま れる。が、後の祭り、相変わらずクラピカの両横はお子さまコンビに陣取られたまま だ。所在なくレオリオは突っ立っている。

 水を飲み終わったクラピカは少し気分がよくなったのか、ふいと顔をあげ、三人をみた。その表情に、レオリオは、いや、ゴンとキルアもたじろいだ。そこには、たと えようもなく妖艶なクラピカがいた。

 今までとうって変わって、緋の目が凄みを帯びている。唇は赤みをまし、傲然とし た笑みを浮かべていた。
すっと目を細めるといきなりキルアの腕を取り、自分のほうへ引き寄せる。

「こっちへ来い、キルア。」
「うわっ」

 びっくりしたキルアがたじたじと後ずさると、クラピカは体をキルアの方へ傾け、無理矢理抱き竦めた。

「逃げなくてもいいだろう。私が嫌いか。ん?」
 今にも口付けんばかりに顔をよせる。
「ゴ…ゴン〜」

 じたばたもがきながら、キルアは必死で助けを求めた。


「あ…あの…あのさ、クラピカ……」

 助けを求められたゴンが律儀にクラピカに声をかける。と、キルアを胸に抱き込ん でいたクラピカは 斜にゴンを みおろした。緋の目が妖しい輝きを放つ。思わず逃げ 出そうとしたゴンを片手でとらえ、ぐいっと膝の上に乗せた。

「かわいいなぁ、ゴンは。」


 頬擦りされて今度はゴンが悲鳴をあげた。

「キ…キルア〜」

 一瞬、逃げ出そうとしたキルアだったが、仲間を裏切るな、という父親の声が脳裏に響く。
ゴン救出にきびすを返した途端、クラピカに再び抱きすくめられた。

「かわいいな、二人とも。かわいい子は大好きだぞ。」

 ぎゅっと抱きしめられ頬擦りされて二人は同時に泣きそうな声をだした。

「レオリオ〜〜ッ」

 うらやましそうに眺めていたレオリオは、一人ぽつりとつぶやいている。

「口説き上戸って奴か……なんで、目の前のおれ、口説かねぇかなぁ」

 突然、ぱたりとクラピカの手が落ちて、はずみでお子さまコンビはソファから転げ落ちた。

「ーっ痛ーっ」
「ク…クラピカ?」

 三人は驚いてクラピカをみた。クラピカは………

「寝てるよ……」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

いや、だからこーゆーところで切るなってばよ…

はい、酔っぱらったクラピカさんですね。さて、いまのうち、ガンガンファイル作ってアップ作業すませないとな。がんばれ、オレ達、やることは多いぞ…(遠い目)