酔っ払いと唇(クラピカ編)



「おい、聞いているのかっ、レオリオ」
「はいはい、聞いてますって」


 クラピカはすっかりできあがっていた。ずいっとグラスをつきだす。

「あ…あの、もうやめといたほうが……」
「なにっ、この私に酒はつげぬというのか」

ソファにどっかり 大股ひろげて座ったクラピカはじろりとレオリオを睨んだ。その
迫力にレオリオはおもわず後ずさる。傍らでは、ゴンとキルアが途方に暮れていた。

「クラピカにお酒飲ませないようにしようね、これから」
「っつーか、すっげー説教上戸のからみ酒」
「こらぁっ、のんびり見てねぇで何とかしろ、もとはといえば、お前らのせいだろうがっ」

こわごわクラピカのグラスに酒をつぎながら、レオリオが情けない声で助けを求めた。
 確かに、こういう事態を引き起こしたのはゴンとキルアだった。
 だが、もとをただせば、レオリオのスケベ心が全ての発端なのだ。




「カクテル?」
「ああ、本で読んじゃあいても飲んだことねェと思ってな。」

 夕食の後、辺りにお子さまコンビがいないことを確かめたレオリオはクラピカを誘った。

前回、いくら洒落こんだところでクラピカにはピンとこない、ということを学んだレオリオは、
方針をかえた。
ハンター試験の後、クラピカの服とおそろいで買った、い わゆる思い出のネクタイを
いつものダークスーツにあわせる。部屋にはグレナーデンシロップとカシスリキュール、
ドライジンを用意した。 つまり、甘くて赤くて、しか し強い酒で口説こうという腹づもりである。
市場で目にしたトカイワインも、クラピ カのために購入した。
仕上げはグリーンノート系のコロンできめる。
洒落っ気には疎くても観察力は抜群のクラピカのことだ。いつもの香りと違う、くらいのことは
言っ てくるだろう。そうなればしめたもの、
ゼビル島で愛を交わした草のしとねを思い出 してな、とかなんとか耳もとで囁いて……

ようするに、レオリオは気合い十分であった。





「あぁ、確かに飲んだことはない。だが、飲む必要性が何かあるのか。」

 相変わらず身も蓋もない返事がかえってくるが、ここで引くようではクラピカの相 手はつとまらない。

「何ごとも経験、だろ?それに、」

レオリオは伊達眼鏡に指をあてると、すっとクラ ピカのほうへ顔をよせ、低い声で囁いた。

「今夜はお前と二人で飲みたいんだ、二人きりで」

 最後の「二人きり」で語調を強める。これも前回の失敗から学んだ ことだ。
 クラピカはきょとんと目を見開き、それからさっと頬に朱を佩いた。黙ってこくりと頷く。

 今夜はいけるぜっ、

レオリオは心の中でガッツポーズをとった。
かろうじて冷静な 態度は崩さず、それでも嬉しさのあまりはずんだ声になる。

「おれの華麗なるシェイカーさばき、見せてやるぜ。惚れるなよ。」

 余計な一言だった。

「レオリオ、クラピカに何か見せるの?」
「あ、オレも見る見る。」

 振り向かなくてもわかる。ゴンとキルアのお子さまコンビがレオリオの背後で好奇
心に目を輝かせているに違いない。ひきつりながら、レオリオは後ろに声をかけた。

「おめぇら、今日は食いもン、ねぇぞ」
「いらねぇよなぁ、ゴン、あんな変なもん」
「ごはん一杯食べたしね。ミトさんにも、ごはんの後にいろいろ食べたらだめって言 われてるし」
「あ、でもオレ、チョコロボくんのケース、取ってくる」
「じゃ、キルア、先にいってるね。」

 誰も来ていいなどと言っとらんぞ、第一、お前らがこの間食べた「変なもん」がいくらしたと思ってんだ。
チョコロボ、ケースごとって、そんなに居座る気かっ、

言い たいことが多すぎてレオリオが口をパクパクさせている間に、ゴンはクラピカの手をひいてレオリオの部屋へ行ってしまった。





 もくろみははずれたが、希望を捨てたわけではない。

大人の雰囲気を演出してお子さまには退屈していただき、はやめにご退出願おう、

そ う決めたレオリオはカクテルについてのうんちくを披露することにした。

「まずは軽くキールをつくってやろう。」

 クラピカ、ゴン、キルアの三人は、ソファに並んで座り、しおらしく聞いている。

「キールってのはな、赤ワイン使うのは邪道でな、必ず白でなきゃいけねぇ。それも フルーティな奴だ。
でなきゃ、このカシスの色と香りが台無しになるからな。ほら、クラピカ」

 マドラーで二つの酒をまぜあわせ、クラピカのグラスにそそぐ。

「きれいな赤だ。それに甘くておいしいな。」

 クラピカがレオリオに微笑みをかえす。美しい微笑み。

 かーっ、いい展開だぜ、
レオリオは心中もだえた。
こいつらさえいなけりゃあっ……!

 クラピカの両横では、涎をたらさんばかりにお子さまコンビがグラスを見つめている。

「あ……あの、レオリオ、ゴンとキルアにもなにか作ってやってくれないか。その 酒以外のものを」

 困った顔でクラピカが言う。

「あ、オレも赤いのがいい。甘いやつ。」
「キルアと一緒。赤くて甘いの。」

 メシの後、もの食うなっていわれてんじゃねーのかよ、
そう思いつつしかたなくグ レナーデンシロップと炭酸を混ぜてやり、ほらよっと渡してやる。
その時、シロップ の横にあったシェイカーがお子さまコンビの目にはいった。

「レオリオ、あれ何」
「あ?シェイカーのことか?」

 深く考えずにレオリオは答えた。

「例えばだな、こうやってドライジンとこのシロップをいれて」

 ポーズをきめて振ってみせる。次の瞬間、レオリオは自分が致命的な過ちをおかし たことを悟った。
お子さまコンビがシェイカーに突進してくる。

「オレオレオレやるっ」
「あ、ずるい、キルア」
「じゃあ勝負だっ。ゴン」

 こうして、一秒間に何回シェイカーを振ることができるか勝負、が始まってしまった。 すさまじい勢いでカクテル、もしそう呼べるなら、がグラスに注がれる。

「早いだけじゃだめなんだからね。味も勝負のうちなんだから」
「その言葉、そっくり返してやらぁ」
「おいっお前ら、そんなに作ってどうするよ。おれは甘い酒なんぞ飲まねェからな」
「しかたがないな、私がいただこう」

 クラピカが苦笑いしながら並んだグラスに手をのばした。

「はやく、はやくそれ飲んで、クラピカ」
「なあ、オレのどう?」
「ああ、うまい。」
「おれはっ」
「ゴンのもうまいよ。」

 顔色ひとつ変えず、クラピカはグラスをあけていく。

 つ…強ぇ……
レオリオは内心舌をまいた。甘い酒とはいうものの、ベースはジンで ある。
分刻みに出されるそれを、つまみもなしに平然と片付けていくのだ。十分ほどでジンのボトルはほとんど空になった。

 そして、三人はやっと気付いたのだ。

赤くなっているのはクラピカの顔ではなく。瞳だということに。



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「酔っ払いと唇」クラピカ編のはじまりだぁっ。甘いぞ、熱いぞ、覚悟はいいかっ。
このレオリオ編の続き、やはり「ウォンブル」さんに無理矢理押し付けたものです。オフ本ではレオリオ編と一緒に収録してました。しっかし、ホント細切れアップだぁね。一挙にどど〜んとのせりゃいいのにさ。いや、だって、時間ないんだよ、ファイルゆっくりつくっている時間。え、言い訳?そんなぁ〜