あっけにとられている三人をよそに、クラピカはソファにもたれてすーすー寝息をたてている。

「しょうがねぇなぁ」
「なんだか、すごかったね、クラピカの酒癖」
「最後のなんて、すっげー迷惑」

 クラピカは気持ちよさそうに眠っている。苦笑いしながら、レオリオがクラピカを抱き上げた。

「クラピカはこのまま寝かせよう。お前らも部屋かえって休め。後はおれがついてるから。」
「あ、そーするわ、あー疲れた」
「ちゃんと歯磨いてから寝るんだぞ」
「クラピカとおんなじこというね、レオリオ」


 とっとといけ、という声を背中にうけながら、二人はバタンとドアを閉めた。

 一つため息をついて、レオリオはクラピカをベッドにはこんだ。

そっとおろすとシ ーツに金髪が散る。
ベッドサイドに腰をかけ、しばらくその寝顔にみとれた。

「やれやれ、結局おあずけか」

 優しく額に口付けると、毛布をかけてベッドを離れようとした。ふと、上着の裾がなにかに引っ張られる。
クラピカだった。

「わりぃ、起こしちまったか」

 クラピカは答えない。ただ、きゅっと上着を握りしめる。レオリオはその手に自分 の手を重ねると心配そうに聞いた。

「どうした、気分が悪いのか?待ってろ、今、水を持ってきてやる」

 クラピカの唇がわずかに震える。訴えかけるような眼差しで、何か呟いた。

「何だ?」

 問いなおすレオリオに、クラピカは消え入りそうな声でささやいた。

「……いかないでくれ……そばに…いて……くれ」

 レオリオは驚いた。これまで、クラピカの口から、こんな言葉がでたことはなかっ た。さっきの口説き上戸の続きか、とも思ったが、それにしても様子が違う。クラピ カの大きな瞳が不安げに揺れた。レオリオは裾を握った手をはずしてやると、両手で つつんだ。そして、優しく微笑みかける。

「安心しろ、ここにいる。そばにいるから」
「レオリオ……」
「ん?」
「レオリオ、私は変わったか………」

 レオリオの胸に痛みが走った。クラピカはわずかに震えている。たまらずクラピカを抱き寄せた。

「変わっちゃいねぇさ、何にもお前は変わってなんかいねぇ。」

 クラピカがレオリオを見上げる。

「お前は大事なおれのクラピカだ。」

 そのまま唇を重ねる。クラピカがすがりついてきた。
わずかに唇を離し、ぽつんと 呟く。

「恐い……」
「……何が恐い?何も怖がることはねぇ、おれがいる。おれがついていてやる」

 幾度も唇を押し当てながら、レオリオは熱っぽく囁いた。

「私は………」

 クラピカは言いよどみ、目をそらす。その悲し気な様にレオリオは当惑した。クラピカを抱きかかえたまま、頬に片手をそえ、その顔を覗き込む。クラピカは辛そうに 目を閉じた。長いまつげが震える。耐えきれぬように口を開いた。

「私は……お前に愛されなくなるのが恐い……」

 あまりに意外な言葉にレオリオは絶句した。堰を切ったようにクラピカは続ける。

「恐い。お前の愛情の冷めるのが。そうなった時、私は戦っていけるのか。いや、私 は戦いぬくだろう。だが、人であれるのか。お前の気持ちが離れてなお、人としての 心を保てるのか。私は何をよすがに生きればいい。私の手の中に残されているのは、 お前に愛されているという、その事実しかないのに、それを失ったらどうすればいい のだ。どうやって生きていけと……」

 最後のほうは声にならなかった。レオリオの腕をつかみ、ひたと見つめる。呆然とレオリオは見つめ返した。


「お前…そんな絶望……どっからくるんだ…」

 しぼりだすように問いかける。クラピカは答えない。ただひたすら見つめてくる。

「ばかだな、お前、ほんとにばかだな」

 力一杯抱きしめた。クラピカは首筋に顔をうめる。

「つまんねぇこと考えるな。おれの気持ちが変わるなんぞ、なんでそんなばかなこと思い付く」
「……人は変わる。人の気持ちも……」

 辛そうなクラピカの言葉を唇をふさいで遮った。そのまま長いキスをする。クラピ カの震えがおさまり、ぐったりと力が抜けて、はじめてレオリオは唇を離した。目に力をこめ、真摯に語りかける。

「宿命なんだ、信じろ。」
「……宿命……?」
「そうだ、おれがお前を愛したのは宿命だ。宿命を信じろ。」

 それから優しく微笑んだ。

「考えてもみろよ、ノンケの、しかもグラマー好みのこのおれが、どうしたわけか野 郎のお前に一目惚れだ。いまじゃぞっこん惚れ込んで、お前なしじゃあ夜も日もあけ ねぇ。これが宿命でなくてなんだってんだ。」

「……レオリオ……」


「世界中がお前に敵対してもおれはお前のものだ。お前がおれのことを嫌だといって もおれはお前から離れるきはねェ。つきまとって千回でも万回でも愛していると叫ん でやる。」

 もっともそれじゃあ、とレオリオは笑った。史上最悪のストーカーだな。
クラピカも笑みを返した。

「つまんねぇ心配しねぇで、ゆっくり休め。」

 クラピカを横たえると、レオリオは上着を脱ぎ、その脇に体をすべりこませた。そして、クラピカを包むように腕をまわした。

「ずっとこうしていてやる。だから、もう寝ろ。なんにも心配するこたぁねぇ。」

 レオリオの温もりに包まれて、クラピカは目を閉じた。ほどなく安らかな寝息をたてはじめる。
胸にクラピカの吐息が熱い。

「据え膳食わぬも、男の器量ってか」

 クラピカを起こさぬようにそっと体をずらし、寝顔を眺めた。
愛おしかった。レオリオは低い声で囁きかける。

「明日、おれはお前を抱くよ。お前が二度と、そんなつまんねぇ心配しなくてもいいように、ちゃんとお前を口説いてやる。おれの思いを言葉にして、お前の心に届くま で何度でも繰り返そう。口説いて口説き落として、それからお前と抱き合おう。」

 クラピカは眠っている。穏やかな寝顔だった。
ふいにレオリオは胸が詰まった。涙が溢れてくる。クラピカの髪に顔をうめて、レオリオは静かに泣いた。




 翌朝、目覚めたクラピカはがんがん響く頭を抱えて、再びシーツに沈み込んだ。

これが二日酔いという奴か、

頭痛と耳鳴りにおもわずうめき声をあげる。

それにしても

「私は夕べ……」

 ゴンとキルアがシェイカー合戦していたところまでは覚えている。しかし、その後の記憶がさっぱり無い。

「レオリオの部屋で寝ているということは、酔いつぶれたのだろうが……」

 ふと、レオリオのコロンの香りに気付く。そして、微かなぬくもりにも。

「レオリオ……?」


 どうやら添い寝をしていてくれたらしい。しかし、

「あの男が悪さもせず、よく添い寝だけで我慢したな。」

 いぶかしくおもっていると、突然ドアが勢いよく開いてお子さまコンビが飛び込んできた。

「あ、クラピカ、起きたー」
「んったく、夕べはひでぇ目にあったよなー」
「クラピカって案外すごいんだねー」
「……す…すまないが、もう少し小さな声でしゃべってくれないか……」

 クラピカは青い顔で頭を押さえ、それでもなんとかベッドの上に起き上がる。
そして、言いにくそうに問い返した。

「その…私は夕べ、何か……」
「えーっもしかして覚えてねぇのー」
「あれだけ酔っぱらっていたらムリないかもね。」

 二日酔いとは別に、クラピカは頭を抱えたくなった。
やはり何か失態を演じたらしい、最悪の気分で額を押さえているところへ、レオリオが朝食を運んできた。
いやに 上機嫌である。

「気分はどうだ?って、最悪に決まってるだろうがな。だが、腹には何かいれたほうがいいぜ。」

 いそいそと食べる支度を整える。


「いらん」

 ぶっきらぼうにクラピカは答えた。

「せっかく運んでもらってすまないが、下げてくれないか。なにかを食べる気分ではない」
「そりゃわかるが、食わねぇとよけいに具合悪くなるぞ。」


 無愛想なクラピカの態度に機嫌を損ねるふうもなく、レオリオはコップにジュースを注ぐ。

「レオリオ様特製のミックスジュースだ。二日酔いにきくぞ」
「いらんといっている」
「未来の名医の言うことは素直にきくもんだぜ。なんなら、おれが飲ませてやろうか」
「うるさい男だな。私にかまうなといっているのだ」

 なかば八つ当たり気味に悪態をつくが、レオリオはいっこうに動じる気配がない。
ゴンとキルアに、お前らも朝飯を喰ってこいと、部屋から追い出すと、とん、とベッドサイドへ腰をおろした。そして、いきなりクラピカの両の肩に手をおいてふっと笑 う。ぎょっとしたクラピカに力強くこう宣言した。

「いいんだぜ。お前の心はわかってる。なんにも心配するな。」


 クラピカは確信した。

夕べ、私はなにかこの男を喜ばせるようなことを言ったに違いない、
しかも、このにやけぶりから察するに、相当に嬉しがらせるようなことを何か……

 クラピカは脱力した。
今となっては、自分が何を言ったのか知りたくもない。
ため息をひとつつくと、レオリオのするにまかせた。レオリオは嬉しそうに世話をやく。

 いらんというのに抱きかかえて朝食をたべさせてくれた。
 自分で飲めるというのに、やはり抱きかかえてジュースを飲ませてくれた。
 果物を嬉しそうにむいてくれた。
 頼みもしないのにさすってくれた。


……いったい私はこの男に何をしゃべったのだろう………


 まあ、たまにはこういうのもいいかもしれない、
二日酔いの気分の悪さは相変わらずだったが、世話をやかれるのも悪くない。
ホーリーチェーンを袖の中に収め、不思 議 な心地よさにクラピカは身をゆだねることにした。



 その夜、承諾もなしにレオリオはクラピカの部屋を引き払い、荷物を移動してきた 。
ゴンとキルアも相部屋だ、まぁ、部屋代の節約ってとこだな、と、聞かれもしないのに言い訳をしながら。


当然、その夜、クラピカが熱烈に口説かれたのは言うまでもない。


 レオリオは思う。
あの告白は、クラピカ自身も気がついていない、心の奥底の声だったのだろう。
だから、大切にしまっておく。レオリオの胸の中だけに。
クラピカが流した、ひとすじの涙の記憶とともに。



え〜、クラピカ編、終わりです。甘かったですねっ、砂吐きましたねっ。
しかしっ、甘い話はまだまだ続く。今度はレオクラ編です。でも、これは「おとな」コーナーいきなンで…
だ〜か〜ら〜、はやく「おとな」コーナーあけなきゃいけないんだってば。が…がんばろう…