オレアンダの咲く庭で



飛行船の長い廊下を、クラピカは俯き加減に黙って歩いている。レオリオは数歩遅れて、やはり黙って歩いていた。クラピカの表情はわからない。レオリオは、どうしようもない焦燥にかられながらも、言葉が出なかった。ただ、前を行くクラピカの背中を眺めるばかりである。
二人はお互いの部屋の前に来た。クラピカの足がとまる。レオリオは内心どきりとした。だが、クラピカは小さくおやすみ、と言い、そのまま自室へ入ってしまった。

最後まで振り向かなかった。



閉じられたドアの前で、レオリオは呆然と立ち尽くした。
クラピカは振り向かなかった。レオリオは独り、廊下に立っている。目の前には閉じられたドアがあった。
しばらく、ぼんやりとドアを眺めていたが、やがてのろのろときびすを返し、自室のドアを開けた。一度、振り向いてみたが、クラピカの部屋のドアは閉じられたままだった。

部屋に入ったレオリオはどかっとソファに腰をおろし、そのまま顔をおおった。

何故自分はクラピカに声をかけられなかったのだろう。

そうする機会はいくらでもあった。廊下を歩くときも、おやすみと小さく言われた時も。
閉じられたドアを叩き、強引に中にはいることだってできたはずだ。だが、自分はそうしなかった。いや、できなかった。そして、クラピカがあっさり部屋へひきあげたことに、どこか安堵している己自身を自覚して愕然となった。

「クラピカ…」

レオリオは呻くように名を呼んだ。

おれはあいつを傷つけちまった…

廊下を歩くあいつの背中は小さかった。あんな華奢な背中にいろんなもん背負って…


『同情を愛と錯覚する慌てん坊が…』


メンチの言葉が蘇る。

『同情なのか?』

じっと自分を見つめたクラピカの瞳。


「ちがう!」


レオリオは思わず声に出し、目の前のテーブルを叩いた。

「ちがうっ。同情なんかじゃねぇ」

それならば何故、あいつにはっきりそう言わなかった。
遊園地でのことが頭をよぎる。メリーゴーランドを見つめるあいつの寂しそうな横顔。
思わず自分は声に出していた。

クラピカ、おれはここだ、ここにいる。

「なにがおれはここにいる、だ」

レオリオは自嘲した。たかがメンチの言葉一つでこんなにも動揺している。

『クラピカ、おれはここにいる』

かえってあいつを傷つけちまったじゃないか。 おれはあいつを救えるとでも思ったのか。おこがましいにもほどがある。

あいつを傷つけちまった…

胸がギリギリと痛んだ。たまらずテーブルを力一杯叩く。

あいつを傷つけた… 





『相変わらずわかってないなぁ、レオリオ』

ふいに、死んだピエトロの声が蘇った。
レオリオの眼前に、燃えるように濃いピンク色がなだれ落ちてくる。オレアンダの花だ。咲き誇るオレアンダの中に親友の姿はあった。陽光をうけて長い金色の髪が輝く。
端正な顔に困ったような笑みを浮かべ、親友はそう言った。

「お前はホントに自分のことがわかってないよ、レオリオ」

そうだ、あれは…

レオリオは思い出していた。

あの日もおれはピエトロ相手にやけ酒飲んだのだ。珍しいことではない。女と別れる度、おれは親友相手に酒を飲んだ。いつもの場所で。だが、あの日、ピエトロはどこか違っていた。妙に真面目なことを言い出して。
暑い日だった。照りつける夏の陽射しに花が燃えるようだった。

「へぇへぇ、ほんと、世間はわかりませんよ。おれみたいないい男がなんでいっつもこんな目に」

ツタのからまった、朽ちかけたあずまやの石のベンチの上で、おれはぼやいていた。
どこぞの貴族様が住んでいたとかいう、今では廃屋となった屋敷の奥の庭園が、おれ達のいつもの場所だ。
ガキの頃は崩れた塀の下に開いた穴から、背が伸びてからは錆びた鉄柵を乗り越えて、おれ達はこの庭にはいりこんだ。大理石の彫像やらレリーフやらが散乱する荒れた庭は、それでも季節ごとにとりどりの花を咲かせた。何をするわけでもない、ただ、酒をのんだりぼんやりしたりするだけなのだが、結構おれ達は気に入っていた。

「お前は不誠実なんだよ。レオリオ」

あの時、いつものように女にふられて嘆くおれに、ピエトロはこう言った。おれはむきになって反論したっけ。
四人も五人も同時に女つくるお前に言われたかねぇ、おれはただ一人の女に誠意をつくしてるのに、と。

「惚れてもいない相手に惚れたふりをするのは不誠実ってんだよ。レオリオ」

奴のいうとおりだった。ふられたふられたと嘆いてみせるわりには、案外とおれは傷付いていなかった。
むしろ、ふられてほっとした、というのが正直なところだ。


「ピエトロ、お前、なんであの時あんなことおれに言ったんだ…」

ソファに身をしずめ、レオリオは今は亡き親友に語りかける。

おれは運命の相手を探しているのさ、

そうピエトロは言ったのだ。

だから、女達には、はっきり愛してはいないと言っている、それでもいいって女とだけ、おれは付き合ってるんだぜ。


「真面目な顔して不謹慎なことぬかしやがって」

レオリオは思い出の中のピエトロの言葉を辿っていく。

「直感を信じろよ、レオリオ」

ピエトロの声が心に響く。

「心の声を信じるんだよ。そうすれば運命の相手に出会った時に、間違うはずがないだろう。おれがお前を親友に選んだように、だ」

心の声…

レオリオは低く呟いた。

なんだよ、お前、いきなりそーゆーこっぱずかしいこと…

照れて誤魔化すおれを遮って奴は言った。ピエトロの口調が妙に真剣だったのを覚えている。

「レオリオ、いつかおれ達、お互い運命の恋人を見つけたら、この庭に案内しようぜ。そうだな、この季節がいい。オレアンダの花が咲いたらこの庭で四人で酒を飲もう。生涯の友と伴侶を得られたことを感謝しつつ…。
な、レオリオ、そうしよう」

だのに一人逝っちまいやがって…

あれがピエトロとの最後の酒盛りになった。あの後、奴は病に倒れて…

「ピエトロ、お前、運命の恋人見つけるんじゃなかったのか」

レオリオはぽつりと声にだす。死んだ友は花のなかで微笑んでいる。燃えるように咲き誇るオレアンダ。



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ここでブチ切るか〜って、いや、だから、細切れアップだってば。
ノンケのレオリオ、悩んでます編でした〜(なんじゃいな)