オレアンダの咲く庭で


「おれの心の声…」

親友の長い髪が陽射しをあびて金色に輝く。金色の光。目の眩むような金色の閃光。
レオリオは我知らず、胸に溢れてくるイメージを追った。
まばゆい閃光を切り裂くように飛び込んでくる人影。その小柄な体は、敏捷で力に満ちている。
金の髪をはらい、まっすぐこちらを見つめる目には強い意志の光がたたえられていた。


「クラピカ…」


レオリオは顔をあげた。

おれがあいつに惚れたのは…。

クラピカとの口付けの感触が蘇る。レオリオは自分の唇に触れた。
あれは二次試験が終わって移動する時だ。あいつは深夜、喫茶室の窓辺に立って外を見ていた。
眼下には街の灯りがひろがっていた。星の粉をちらしたようだった。あいつは言った。
あれは人の営みだ、美しい、と。
きれいだった。あいつの横顔は、穏やかでたとえようもなく美しかった。

はじめてあいつにキスをした。おれはあのときからあいつに恋したのか。

「違う…」

レオリオは低く呟く。

違う。二次試験の間中、おれはあいつの姿を目で追っていた。何故だ。
いや、一次試験のときも あいつのことが気になって…

金色の髪を輝かせて走るクラピカ。金色の閃光。そうだ。あの時…

一次試験の途中、惑わし杉の幻覚を打ち破り、おれのもとに現れたのは三人の人物だった。
そのうちの二人、ゴンとキルアは、おそらくは生涯の友だ。
そしてもう一人、碧い瞳をしたクラピカ。

何が同情だ。弱かったのはおれだ。幻覚にとらえられ、身動きできなくなっていた。
だがあいつはそれを打ち砕き、幻影をなぎはらってまっすぐおれの中に入ってきた。
自分の運命に立ち向かい、切り開こうとしているあいつはけして弱々しくなどない。
あいつはいつも前を向き、しっかりとした足取りで歩んでいる。

なれるといいな、医者に。

走りながらあいつはおれにそう言った。澄んだ瞳に見つめられて、おれはどきまぎした。
いつまでもあいつと一緒に走っていたかった。

レオリオは記憶を手繰る。

あいつ、チビのくせにくそ生意気で向こう意気強くて…

非礼を詫びよう、レオリオさん、

素直な声で謝ってきた。にっこり笑ったあいつが眩しくて、まともに顔を見られなかった。
なんであの時あんなにハラがたったんだ。別に嵐の中、決闘までもちこむことなかったのだ。
なのにあいつのツケツケした物言いが妙にカンにさわって。
レオリオ、と呼び捨てにされたとき、おれはブチきれた。船に乗った時からおれのことずっと無視してやがったくせ…


……おれは船に乗った時からあいつが気になってたのか……


「ピエトロ、おれの好みは胸と尻のでかいかわい子ちゃんじゃなかったっけ」

だからお前は自分のことがわかってないんだよ、親友の声がしたような気がした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



ふいにノックの音がした。はっと我に返ったレオリオは慌ててドアを開けた。

クラピカが立っていた。


「ク、クラピカ」


驚いて部屋へ招き入れようとすると、クラピカは静かに首を振った。
それからレオリオの顔を見つめ、微笑んだ。レオリオの胸がどきんと鳴る。それは穏やかな微笑みだった。

「レオリオ」

クラピカはゆっくりと口を開いた。

「さっきはすまなかった。メンチさんの言葉で私も動揺したのだ。お前と同じく」
「クラピカ、おれは」

何か言おうとするのをクラピカは再び微笑むことで制した。

「部屋で一人になって私は考えた。レオリオ」

まっすぐにレオリオの目を見て、クラピカははっきりと言った。


「お前が好きだ。レオリオ。メンチさんがいうように、私達は錯角しているだけかもしれない。
だが、私が今、お前に感じているこの気持ちは真実だ。こんなふうに誰かに恋するとは思いもしなかった。」


レオリオは目を見開いた。


「レオリオ、お前の気持ちが同情だったとしても、私に責任を感じることは何もない。
この先、私達がどうなろうと、それは誰のせいでもないのだ。私はお前を愛して良かったと思っている。
ただ、それだけ言いたかった」

そうしてクラピカはふわりと笑った。

「今はお互い、ハンター試験に合格することだけを考えよう。邪魔して悪かった。ゆっくり休んでくれ」

それだけ言うとクラピカは踵をかえし、自室へ戻ろうとした。
思わずレオリオはクラピカの腕を掴んで引き戻す。振り向いたクラピカの瞳は穏やかだった。
レオリオが戸惑う程、静かな光をたたえていた。クラピカは柔らかく微笑むと、腕を掴んでいるレオリオの手にそっと自分の手をおいた。

「おやすみ。今日は楽しかった。ありがとう」

それからレオリオの手をはずし、にこっと笑う。レオリオの胸に熱いものがこみあげた。


失いたくない。


そうだ、おれは何に動揺していたんだ。かけがえのない大事なものがここにあるではないか。


レオリオはクラピカを抱きすくめた。
驚いてクラピカはじたばたもがいたが、しっかりと抱き締め離さなかった。

「レ…レオリオ、ここは廊下だ。その…人が…」
「おれにはお前が必要なんだ」

金色の髪に顔をうずめる。

「クラピカ、お前を失いたくない」

クラピカはもがくのをやめ、レオリオの腕の中でじっとした。
暫くそうしていたレオリオは少し体を離し、クラピカの碧い瞳を覗き込む。
澄んだ瞳だった。炎のような情熱を秘めた瞳だった。


『直感を信じろよ』


ピエトロの言葉が蘇る。
レオリオは嬉しそうに笑った。



見つけたぜ、ピエトロ。おれは運命の恋人をみつけたんだ。


そっとクラピカの頬を両手で包む。そして、愛しい唇に自分の唇をよせた。


「そうだ、レオリオ。心の声を信じるんだ」


ピエトロが笑って答えてくれたような気がした。




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そうだ、ピエトロ。オレアンダの花が咲いたら、おれはクラピカをお前に紹介するためにあの庭に行こう。
おれ達のいつもの場所へ。
よく冷えたワインを持っていくよ。あのあずまやの石のベンチで一緒に飲もう。
お前は驚くかな。なんたっておれが惚れた運命の恋人は男なんだ。おれ自身、自分にびっくりしているよ。
だが、たとえようもなく美人だぜ、おれのクラピカは。



燃えるような濃いピンク色がなだれ落ちる。海からの風が木々の葉を揺らす。
陽光の中、クラピカの髪も金色に輝くだろう。



『レオリオ、だから、お前は何にもわかってなかったんだよ、自分のことが』



ピエトロの笑顔が脳裏をよぎる。こころなしか安堵したような顔をしていた。



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優しい口付けをかわした後、二人はじっと見つめあった。クラピカの大きな瞳が微かに揺れる。
レオリオはクラピカの手を取ると、ドアのなかへいざなった。

静かに夜が二人を包む。薄闇のベールをまとい、恋人達の時がはじまる。
銀の粉を散らした夜空を飛行船は飛ぶ。

今はただ安らかに。星々が静かにまたたいていた。


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はいっ、細切れアップ、オレアンダ表、お終いです。で、続きは…ですわな。開けます。早く開けます。
「おとな」コーナー。「おとな」の第一号がこのオレアンダ…でしょうなぁ。
でも「こたつみかん」さんの裏に押し付けてるんですけどね。イベント売りはここまでです。
御存じでしょうが、オレアンダは夾竹桃のことです。(厳密にいうと違うらしいが…)
はじめ、「夾竹桃の咲く庭で」にしようと思ってたんですけどね、
それじゃあ高速道路の街路樹じゃん、ってことになって。だってほれ、咲いているでしょ、
高速道路の脇に白やピンクの「オレアンダ」わはは〜、雰囲気ブチ壊してどーするよ、オレ。