オレアンダの咲く庭で



飛行船はハンター最終試験の地へ飛び立とうとしていた。給油のために立ち寄った小さな空港のある街で、つかの間の自由時間を楽しんだ受験生達はとうに船に帰還している。帰還しているはずだった。

「遅いね」

心配そうな顔でゴンが外を覗く。

「どーせあの二人、つるんでんだろーけど」

ポケットに手をつっこんで、イライラしながらキルアも外に顔をつきだす。

「ヤバすぎだっツーの。試験受ける前に失格する気かよ」
「何かあったのかもしれないよ。オレ、ちょっと見てくる」

タラップを降りようとするゴンの腕を慌ててキルアは引き戻した。

「間に合わねぇって、ゴン。行き違いになったらどーすんだよ。」
「でも、何かあったに違いないんだ。そうでなきゃ」
「あと少しで船出んだぜ。お前まで失格する気か」
「おいていけないよ」

ゴンがキルアの手を振り切ってタラップを降りかけたとき、息せきって走ってくる二つの人影が見えた。

「レオリオ、クラピカ」
「はやくはやく」

必死の形相で二人が飛行船に駆け込むのと同時に、出航をつげるベルが鳴り響き、タラップがスルスルと引き上げられた。レオリオとクラピカはへなへなと背中合わせに座り込んだ。息をきらしながら、それでもレオリオはへらっと笑って背中のクラピカに声をかける。

「な…ま…まにあったろ」
「ギ…ギリギリではないか」

やはり息をはずませながら、クラピカは上目遣いに睨み付けた。

「だからあの時、きりあげようと言ったのだ。それをお前がもう一度乗ろうなどと言うから」
「だってお前、観覧車気に入ってたじゃないか」
「論点をはぐらかすな。観覧車を好きかどうかではなく、私が問題にしているのは」
「観覧車?」
「観覧車に乗ってたの?二人とも」

ゴンとキルアがいぶかしそうに聞き返してきた。思わぬ突っ込みにクラピカはうろたえたが、レオリオは平然と答える。

「いやな、おれ達遊園地にいたんだが、こいつが観覧車気に入っちまって」
「えっ、クラピカが?」
「へぇ〜」

ゴンは目をまるくして、キルアはいささかバカにしたような顔でクラピカを眺めた。慌てて言い訳するより先に、レオリオが嬉しそうに続ける。

「お前言ったじゃないか。これからは回転木馬のことより観覧車の方を自分は思い出すかもしれないって。何故っておれとお前が…」

言うか言わないうちに、レオリオはどがっと後ろから蹴り倒された。肩で息をし、レオリオを踏んだまま、クラピカは必死で取り繕う。

「あっあたりまえだっ。観覧車のせいで危うくハンター試験に落ちるところだったのだ。思い出さないわけがなかろうっ」
「クラピカ、回転木馬って、何?」
「…えっ」
「だから、回転木馬」
「そっそれはだなっ、回転木馬とは円形の台に木馬をとりつけそれが…」
「回転木馬で思い出すって何をさ」
「観覧車と何かあるの?」

核心をついたお子さまコンビの猛攻にクラピカは窮した。 まさか、レオリオと回転木馬でいい雰囲気になったあげく、観覧車でキスしてました、などと言えるはずがない。赤くなって口籠っていると、足の下でレオリオが情けない声をあげた。

「あれっ、レオリオ」
「なーんだ、まだクラピカに踏まれてたんだ」
「あっ、すまないっ、忘れていた」
「わすれるな〜」

服のほこりをはたきながらレオリオは立ち上がり、恨めしそうな顔をむける。

「は…ははは、大丈夫か、レオリオ」
「蹴り倒しといて大丈夫かはねえだろ。お前らもお前らだっ。ちったぁ助けようとかねえのか、えっ」
「存在感なかったんだからしょうがねーだろ」
「なんだと、このガキ」
「あ…あのさ、でも、間に合って良かったよね。二人とも。」

怪しくなった雲行きにゴンが焦って話題をそらす。それに救われたようにクラピカも答えを返した。

「まったくだ。心配かけてすまなかった」

そして、いまだ不審顔のキルアをよそに、クラピカはマントの下をごそごそと探り、なにやら取り出すとお子さまコンビに差し出した。赤い糖衣を着た小さな姫りんごが棒の先にさしてある。透明なビニール袋に包まれて、それはきらきら光を反射した。お子さまコンビの目が輝く。

「土産だ。案外とうまいぞ。りんごあめというのだそうだ」

二人はわっと飛びついた。
ゴンは「食べていい?」と一言いいおいて、キルアはそのまま袋をむしりとり、口にはこんだ。

「なかなかいけるだろ。おれ達も意外だったんでな、で、お前らにも買ってきたってわけだ。いやー、それが買うのに一苦労、売り場は蝶々の列で大変だったのなんのって」
「長蛇の列、だ。レオリオ」
「要するにだな、お前らにもこれを食わしてやりたいっという一念で、失格の危険を顧みずおれ達は…おい、聞いてんのか、お前ら」

レオリオのちぐはぐな言い訳など二人は聞いていなかった。透き通った赤い糖衣にひたすらかぶりついている。

「な、ゴン。喫茶室で岩石茶飲みながらこれ食おうぜ」
「そうだね。これ、甘くてとってもきれいだ。ありがとう、レオリオ、クラピカ。」
「ほんと・赤くってとってもきれいだねぇヲ」

突然、背後から降ってきた声にその場が凍り付いた。

「ゴ・ン・、おいしそうだねぇヲ君ごと食べちゃいたいよ・で」ボクのぶんはどこかな」」

後をも見ず、四人は喫茶室へむかって走り出していた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 


「あら〜、いいものもってるわねぇ、あんた達」

喫茶室に足を踏み入れた途端、メンチの声がとんできた。見ると、試験官達が岩石茶を前にくつろいでいる。

「よかったら君たちもこっちへいらっしゃいませんか」

サトツが柔らかい声をかけてきた。

「まだ試験中ですが、まあ、かまわないでしょう。最終試験地まであと二日かかりますし、なに、お茶を御一緒するだけですよ」

メンチに怯んだ四人だったが、穏やかなサトツのはなしぶりに引き込まれて、おそるおそる試験官達のテーブルについた。

「すみません。この人たちにも岩石茶を」

サトツはカウンターに呼び掛けると、受験生のほうへ向き直った。

「よくここまでがんばってきましたね。あともう一息です」

サトツの言葉に、四人は改めてお互いの顔を眺め、微笑んだ。

「にしても、意外よねぇ。ルーキーがこんなに残るなんて。しかもそのうちの二人はりんご飴舐めてるお子さまなんだもの」

メンチにじろじろ見られて、キルアはむっとした顔で睨み返す。ゴンが恥ずかしそうに笑って言った。

「でもメンチさん、これ、おいしいんだよ」

メンチはおかしそうに笑い返す。

「飴舐めていても、あんた達の実力はたいしたもんだと思うわ。それよりもなによりも」

じろりと横目でレオリオを見て、指を鼻先につきだした。

「あんた、実力で劣るあんたが残るなんて、これは奇跡としか言い様がないわね」

レオリオは不満そうに口をモゴモゴさせたが、一言も言い返せない。以前、覗きの嫌疑をかけられ、したたかに殴られたせいか、メンチには頭があがらなかった。

「メンチ、悪いよぉ、そんなにはっきり言っちゃあ」

はちみつマフィンを口にほうりこみながら、ブハラがフォローにならないフォローを唸る。メンチはフン、と鼻をならすと、ふと、思い出したようにサトツに話し掛けた。

「そういえば、今年は不発だったみたいねぇ、カップル」
「そうですね」

サトツはカップをテーブルにおくと手を組んだ。

「聞くところによると、毎年ひと組かふた組、必ずできるそうなのですが。これは試験に合格する、しないにかかわらず、らしいですね」

ブハラがココアマフィンを口に押し込みながら、うんうんと相槌をうつ。

「ねぇ、サトツさん。なにができるの?」

りんご飴を口いっぱいほおばりながら、ゴンが不思議そうに聞いた。サトツは優しい目でゴンの方を向く。

「カップルですよ。毎年、試験中、恋に落ちる人たちがいましてね。ライバルであるはずの受験生が恋人どうしになってしまうんです。ゴン君には少し早すぎますか、こういう話は」
「あら、もうそろそろ知っていてもいい年頃だわよねぇ、君も。それと…君はもうわかってるみたいね。」

メンチはキルアに向かって片目をつぶった。サトツが岩石茶を口に運びながら続ける。

「だいたい、3次試験の頃になると、できあがったカップルについての報告がはいるのですが」
「今年は不発かぁ。つまんないわねぇ。ちょっと、あんた達、なに下むいてんのよ」

慌ててレオリオとクラピカが顔をあげる。サトツの話の途中から俯いていたのだ。そんな二人をチラリと見て、メンチはゴンとキルアのほうへ身を乗り出した。

「いい機会だからあんた達に教えたげる。いいこと、これから好きな子の一人や二人、できるだろうけど、これだけはよっく覚えときなさいよ」

それから、まるで宣告文を読み上げるような口調で重々しく言った。

「危機的状況でうまれた恋はすぐに破綻する」

レオリオとクラピカがぎくりと体を震わせた。メンチは二人の様子に気付いているのかいないのか、まくしたてる。

「要するにね、試験中に恋人つくったところでダメなの。所詮は錯角でしかないのよ。」
「おやおや、手厳しいですね。メンチさん」

サトツが目を細めた。

「例外、というものはありませんか?」

メンチはかか、と笑って手を振った。

「錯角は錯角。例外なんて考えられないわね。だいたいねぇ、ハンター試験受けようかって連中はね、大なり小なり事情かかえてるもんなのよ。ところがさ、ちょっとした同情を愛だって勘違いする慌てん坊が必ずいるの。ある意味悲劇ね」

いつのまにか俯いていたレオリオとクラピカが再びぎくりと顔をあげた。

「で、そういうのにかぎって、盛り上がったあげくフツーの生活に戻ったとたん壊れちゃうのよ。そりゃそーよねー。愛じゃなくて同情だけなんて、シャレになんないわよ」
「お…お言葉ですが…」

からからと高笑いするメンチに、レオリオがおそるおそる声をかけた。

「なによ」

ぎろりと睨まれて一瞬ひるむ。が、なんとか口を開いた。威圧されているせいか、多少声がうわずっている。

「お言葉ですが、試験官殿。たとえ同情でもそれがきっかけとなり愛情をはぐくむということも…」
「あっまーい、甘い甘い」

メンチは大仰に手をブンブン振った。

「言ったでしょ。錯角から愛は生まれないの。顔に似合わず甘ちゃんなこというわねぇ、あんたも」
「し…しかしっ」

気おされながらもレオリオは食い下がった。

「すべからく恋は錯角のようなものだとすれば、同情も愛の生まれるきっかけという解釈が」
「同情なのか?」

突然割って入ったクラピカの声にレオリオはぎょっとなった。大きな瞳がひたと自分を見つめている。

「お…おれが言いたいのは、つまり、同情うんぬんじゃなく、その、きっかけについてであって」
「同情…だったのか?」

レオリオはぐっと詰まった。クラピカはじっとレオリオを見つめている。そんな二人の様子をメンチは面白そうに眺めていた。

「どうしたの、クラピカ。こわい顔して」

ただならぬ雰囲気に、ゴンが不安そうな声をかけてきた。キルアは飴をくわえたまま、横目で見ている。はっとしてクラピカはゴンに微笑みかけた。

「あ、いや、何でもない」

そしてそのまま目を伏せた。その横顔はどこか寂し気だった。レオリオの胸がキリと痛んだ。

「クラピ…」

呼び掛けようとしたまさにその時、鼻先に、いきなりメンチの指が突き出された。

「ねぇ、あんた。あんた、遊び人気取って結構女の子に声かけてまわるタイプでしょ」

突拍子もないメンチの言葉にレオリオは面喰らった。何か言う間も与えず、メンチは続ける。

「そうねぇ、今までかなりの女の子と付き合ってるけど、絶対長続きしない。平均約一ヶ月ってとこかな」

レオリオはうろたえた。実際そうなのである。ある程度たくさんの女と付き合ってきたが、その実、一ヶ月ももてばいいほうであった。

「おやおや、君の顔をみるかぎりでは図星のようですね」

サトツが穏やかに言った。ブハラはレーズンマフィンにむせている。メンチはおかしそうに笑った。

「へぇ〜、そーなんだ。けっこー情けねーでやんの」

キルアが小馬鹿にした目でレオリオを見る。

「でも、すごいよ。レオリオ。いっぱい女の人と付き合ってきたんだね」

妙なところに感心するゴンの言葉にレオリオはますますうろたえた。クラピカは何も言わず、俯いている。

「いいこと。こういう思い込みの激しいタイプがある意味一番タチ悪いからね。本人が気付いてないんだから話がややこしくなりやすいのよ。間違ってもこんな男に引っ掛かっちゃ…って、あ、あんた達、皆男の子なのよね。じゃ、心配することないわねぇ」

それにさぁ、と、メンチはレオリオを眺めおろした。


「あんたは完全にノンケみたいだし、天地がひっくり返っても男にはねぇ。手をだすことがあるとしたら、それこそ気の迷いって奴よ。ま、これから恋人作る時は自覚することね。自分ははた迷惑なタイプだってこと」

くそみそに言われても、レオリオは反論できなかった。ただ、クラピカの横で焦るばかりである。クラピカはじっと下を向いていた。

「まあまあ、メンチさん、そう彼ばかりいじめては酷というものです。レオリオ君、彼女の言ったことを気にすることはないのですよ」

サトツがやわらかく取りなした。ブハラもチョコマフィンの皿を平らげながら唸った。

「そうだよ、メンチ。まだ最終試験のこってる受験生いじめたらかわいそうだよ」
「あらら、そんなつもりじゃなかったんだけど。だって、あんた、女好きそうなのに何で誰も口説かなかったのか不思議でさ。結構いたじゃない、四次試験までは女の受験生。ほら、なんていったっけ。あのかわいい蜂使いの子、あの子なんかあんたの好みじゃない?」

コトリ、とクラピカが立ち上がった。


「すみません。疲れたので今日はもう休みます。お茶を御一緒できて楽しいでした」

試験官達に礼を言うと、ゴンとキルアに向き直って微笑んだ。

「今日は心配かけてすまなかった。先に部屋へ帰っている。ゆっくりしてきてくれ」

そしてレオリオのほうは見ずに、喫茶室をでていった。慌てたのはレオリオである。ガタガタと立ち上がると口の中でモゴモゴ挨拶を言い、それからクラピカの後を追った。

「じゃ、オレらも部屋、帰るか。ゴン」


お茶を飲み終わったキルアも立ち上がる。ゴンが、まだ早いから展望室に行こうと誘い、試験官達への挨拶もそこそこに駆け出していった。
四人がいなくなると、サトツが苦笑いしながらメンチに言った。

「少し苛めすぎたんじゃないですか、メンチさん」
「あら、あたしがつっついたくらいでダメになるようじゃ、所詮ダメよ」
「でもさぁ、メンチ。せっかくできたカップルなんだよ。今年の試験ではあのひと組だけなんだから、壊しちゃかわいそうだよぉ」

ブハラが、今度はプレーンマフィンに取り組みながら言うのを鼻先でせせら笑う。

「これくらいで壊れるんだったら、いずれダメになっちゃうわよ。だったら早めにつぶれた方が身のためでしょ。あの二人」
「でも、なんだかかわいそうだぁ」
「つべこべ言ってる間にどんだけ食べてんの。また太るわよ」


メンチの悪態にめげず、ブハラはオレンジマフィンに取りかかっている。

「まあ、いずれにせよ、楽しみではありますね。今後」

サトツは目を細めると、優雅な手つきでカップを口に運んだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「回転木馬」の続き、「オレアンダの咲く庭で」です。図々しくも「こたつみかん」さんに押し付けた第二段。
オフ本収録済ですが、在庫なくなってきたので、アップします。本はイベント売りのみということで。
さ〜、こまぎれアップのはじまりだぁ〜っ。