バカップル、東の国へ旅行する


数人の男たちがずいっと道を塞いだ。
「大人しくハンター証を渡しな。そうしたら殺さねぇで見逃してやる。」
クラピカとレオリオは顔を見合わせ、盛大なため息をついた。




二人はバショウの国に旅行中だった。
もちろん、目的はクラピカのアニメグッズお買い物ツアーと映画鑑賞だ。レオリオに異議を唱える権利があるわけもなく、不本意ながらバショウの家に滞在している。そして今、封切られたばかりのアニメ映画を鑑賞して、バショウとの待ち合わせ場所に向かうところだった。

「お前らがハンターだって裏はとれてんだ。」
「おっと、抵抗しねぇほうが身のためだぜ。オレたちゃハンター狩りのプロだ。『地獄の幻獣』名前くれぇ聞いたことがあるだろう?」

いや、ねぇけど・・・

レオリオがクラピカを見ると、クラピカも首を振った。なりは一般人だが明らかに『悪者です』という顔つきの男たちは、ゲヒゲヒと嫌らしく笑った。

「オレ達を知らねぇなんざ、まだ新米かぁ。」
「そこの嬢ちゃん、ハンターなんて危ないよぉ。オレの女にしてやろうか。」

どうやらクラピカのことを言っているらしい。今日のクラピカはクルタ服を脱いでジーンズにTシャツと軽装である。レオリオがぶぶ〜っと噴出した。

「おい、お前のこと、女の子だと思ってるぜ、あいつら。」

クラピカはじろっとレオリオを睨んだが何も言わない。間違えられるのにはもう慣れた。しかし、今はこの男達をどうするかだ。せっかくの旅行だ、あまり騒ぎを大きくしたくない。クラピカはレオリオに耳打ちした。

「しかたがない。しばらく眠ってもらおう。」
「雑魚でも一応、ハンター狩りのプロだぜ。突き出さなくていいのか?」
「そんなことをしたら手続きだ何だで時間を取られるだろう。」

明日は駅の地下街のアニメショップに行くんだ、幻獣だの珍獣だのに構ってる暇はない、とクラピカは不機嫌に言った。いっこうに動じない二人にじれたのか、男たちはイライラと声を荒げる。

「なにごちゃごちゃしゃべってやがる。こちとら穏便にすまそうかと張ってりゃあ、ガセつかまされるしよっ。」

どさっと小さなボストンバッグが路上に投げ出された。カバンから中身が飛び出す。どれも悲惨な状態だった。切り裂かれ抉られ、原型をとどめていない。サッとクラピカの顔色が変わった。男は気づかず、中身ごとカバンを踏みつける。

「大事そうに抱えてやがるから何かと思やぁ、ただのタオルや人形じゃねえかっ、全部調べて損したぜ。」

どうやらこの連中、タオルや人形に大事なものが隠されていると思ったらしい。

ありゃ〜〜っ、とレオリオは天を仰いだ。

こいつら、生きてられっかな・・・

男はよほど腹に据えかねたのだろう、切り裂いたそれらをさらに靴底でぐりぐりと踏みにじった。

「さぁ、遊びは終わりだ、とっとと吐いて・・・」

男は最後まで言うことが出来なかった。ごぉっと空気が押しつぶされるような殺気が立ち上る。。ひっ、と息を詰めた男達の前にゆらりと影がさした。

「貴様ら・・・」

地獄の底から這い登ってくるような声だ。

「この私をクラピカと知っての仕業か、そうなのだな・・・」

怒りで緋色に染まった両眼が男達を射すくめた。真っ青になっていた男達の顔が恐怖で更に歪む。

「ク・・クラピカ・・って・・まさか・・」
「緋色の死神・・・」

そう、ハンター狩りのプロ達は物慣れない新人ハンターをターゲットにする。そして、安全に仕事をするため、襲ってはまずいハンターの名簿も出回っているのだ。ブラックリストハンター、クラピカの名前も当然その中にあった。

「ひいぃぃぃぃっ。」
「ゆっゆっ許してくれぇぇっ。」

男達の悲鳴を聞きながらレオリオは散らばったカバンの中身の残骸をとりあえず拾い集める。

あ〜あ、カカシさんがこんなになっちゃって。

クラピカが今はまっている忍者漫画の人気キャラの緑地のタオルはずたずたにきりさかれていた。

イルカ先生、無残・・・

二頭身キャラになった四センチ程の塩ビ人形は真っ二つだ。その他、主人公やその友人たちをかたどったぬいぐるみは全て中身をひっぱりだされ、五枚組みキャラクターカードは細かく切り刻まれ、シールは全てはがされている。

レオリオは遠い眼差しでまだ暴れているクラピカと一方的にボコられている男達を眺めた。その気になれば瞬殺できる程度の相手をまだボコっているということは相当頭にきているのだろう。風にのって切れ切れにクラピカの声が聞こえてくる。

「何のために私が毎日、チーズハンバーグ弁当を食べたと・・・聞いているのかっ、えぇっ、」

そうなのだ。今、レオリオが拾い集めている残骸は、ただのキャラクターグッズではなかった。この地域に根をはる弁当チェーン、『○っかほか亭』の映画記念キャンペーングッズだったのだ。

この『その場で当てよう、オリジナルグッズ』を手にいれるためには、デミグラハンバーグ弁当、チーズハンバーグ弁当、等七種類のキャンペーン商品を購入してスクラッチカードを貰わなければならない。

すなわち、二等の『カカシさんのハンドタオル』を手に入れるため、クラピカはくる日もくる日もチーズハンバーグ弁当を食べ続けたのだ。そしてめでたく、クラピカは『カカシさんハンドタオル』と大量の『はずれ』シール、その他、三等、四等のグッズを手に入れた。嬉しくなって今日、小さなボストンバッグにその『宝物』を入れたばかりだったのだ。それが仇になったとは。

「こら、珍獣どもっ、私の苦労を聞け、聞いているのかっ、おいっ。」

クラピカ、もう聞こえてねぇって・・・

バショウの家を家捜しした男達は、大事そうにしまわれたバッグに何かあると踏んで持ち出して調べたのだ。だがよりによって・・・

ものが悪すぎたな。

レオリオは携帯をとりだすと、ハンター協会の刑務官と医師の出動を要請した。





☆☆☆☆☆☆




ハンター協会の刑務官が男達を回収に来たときには、クラピカはぐちゃぐちゃになったカバンを抱きしめてほろほろ泣いている最中だった。男達の容態は「死ななかったが一生動くことはできないだろう、」というものだ。どうせこれまでの所業を考えると終身刑は免れないのだから、案外病院で過ごすほうがマシかもしれない。
刑務官が書類を持ってレオリオのところへ来た。

「あの、クラピカさんはどちらに・・・」
「あ〜、あいつはあそこだけどな、オレがかわりに手続きしとくわ。」

レオリオが書類にかきこんでいると、刑務官が心底不思議そうに言った。

「それにしても連中、なにをとち狂ってベテランのブラックリストハンターなんか襲ったんでしょうねぇ。返り討ちにあうくらいわかるでしょうに。」
「・・・そりゃ、あれがベテランのブラックリストハンターだってわかってりゃな・・・」

あの男たちだとて伊達にハンター狩りを生業にしていたわけではない。リストに載っているハンター達の情報くらい集めていただろう。

だからこそわからなかったのだ。映画館からアニメのパンフを胸にかかえて嬉しそうに出てきたのが、けして笑わないと言われている『緋色の死神』だ、などと。

「気の毒になぁ・・・」

レオリオは本気で男たちに同情した。

「そう思うなら協力してくれるな、レオリオ。」
「どわぁっ。」

背後からの突然の声にレオリオは飛び上がった。いつのまにかクラピカが背中に張り付いている。

「キャンペーン期間はあと一週間ある。私とともにチーズハンバーグ弁当、食べてくれるな。」
「なっ・・・」

なんでオレが、と言うつもりを涙を一杯にためた大きな瞳でじっと見つめられ、レオリオは思わず頷いていた。クラピカがにこっと笑う。

「二等のカカシ先生が当たるまで、がんばろうな、レオリオ。」

バショウにも頼んでみよう、とクラピカはまたニコニコした。レオリオはがっくりと肩を落とし、書き終わった書類を刑務官に力なく渡す。

「な、わからなかったんだよ、あいつら・・・」
「・・・なんだか、私も彼らに少し同情します・・・」

一礼すると、刑務官は担架に乗せられた「地獄の幻獣」を連行していった。ダメにされたキャラグッズを、それでも捨てられないらしく大事に胸に抱えたまま、クラピカがレオリオを待っている。にっこり微笑むその先には、弁当屋の灯りがオレンジ色に光っていた。




一週間後、めでたく『カカシ先生』のタオルをクラピカは手に入れた。その横では、三食弁当漬けにされたレオリオとバショウが、入院中の『地獄の幻獣』を始末しにいこうと本気で考えていたとか。
だがそれはまた別の話。



おわり
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ちなみにわしは四等の「二等身イルカ先生」とはずれのシールをあてました。娘さんは一等の「サスケ人形」。でも正直、二等の「カカシ先生ハンドタオル」がほしかったな〜(いつ、どこで使う気だ、オレ)