クラピカ、バレンタインにチョコを送る



それはバレンタインデーの数日前、女の子でごったがえす有名チョコレート店の前を通りかかった時だった。


クラピカ…?


きらっと日の光をはじいた金髪は間違いなくクラピカだ。レオリオは足を止めてガラス越しに店内を伺い見た。クラピカから数日中に帰るとメールがきたのは昨日の朝だ。

「意外と早く帰ってこられたんだな。」

しかし、レオリオの部屋にも寄らず、チョコレート店なんかで何をしているのだろう。レオリオはふと、チョコレート店の扉周りに飾られたプレートに目をとめた。



『聖バレンタインデー・チョコレートは愛のお菓子です、あなたの想いを込めておくってみては?』



うっわ、なんつーか、ある意味すげー即物的。


プレートの煽り文句に呆れながらも、レオリオはにんまり口元を緩めた。

そうかそうか、クラピカのヤツ、こっそりオレのためにチョコレートを。

なんでも、こちらの文化が東の国で不思議な流行を作り出し、それが逆輸入されているらしい。大学で友人達が話題にしていたのをレオリオは思い出した。

そーゆーことなら、二月十四日はサービスしまくらにゃなぁ、なんたってチョコレートは『愛のお菓子』なわけで、そのご期待に添わねば男がすたる。

「ま、いきなり押し倒しってのもムードねぇしな、花束でも予約しておくか。」

浮き浮きとレオリオは花屋に向かって歩き出した。当日まで、チョコのことは知らんぷりするつもりで。





それから一刻ほどして、クラピカがレオリオの部屋のドアを叩いた。

「早かったな、クラピカ。まさか今日とは思わなかったぜ。」

我ながら白々しいが、レオリオはクラピカを見かけたなどおくびにも出さず、帰還を喜んだ。レオリオのキスを受け、にっこり笑ったクラピカは、部屋へ入るなりがさごそと袋を取り出した。それはあのチョコレート店の袋だった。

レオリオは焦った。十四日はまだ先だ。もしかしてクラピカは日にちを間違えているのだろうか。花束は十四日に届くよう手配してある。だが、せっかくチョコをプレゼントしてくれるのなら、何も言わずに受け取って愛を囁き返したほうがいいのだろうか、いや、そのほうがいい、絶対いい。

鼻息荒くするレオリオの目の前で、クラピカはチョコレート店の袋を開け、綺麗にラッピングされたチョコを取り出した。

一個、二個、三個、四個、五個…



……ちょっと待て。


同じ形の同じラッピングを施されたチョコが何故いくつも…

男か、オレの他に男が出来たのか、しかし、それにしても、本命の前で他の男へのチョコを広げるなど、いや、誰が何と言おうと本命はオレだし…



レオリオがぐるぐるしているうちに、クラピカは二種類の封筒に何か書いた便せんとチョコを詰め始めた。宛先は、くだんの東の国、どうやら出版社宛らしい。雑誌と思しき名前が書かれた封筒にチョコを詰め終わると、クラピカは丁寧に封をした。その頃になって、ようやくレオリオは脳みそまで血液が回り始めた。

「え〜っと、クラピカ…」
「ん?何だ、レオリオ。」

二つ目の封筒に封をしながらクラピカが答える。

「その…それって…」
「バレンタインのチョコだ。」

きっぱり答えたクラピカはよくぞ聞いてくれた、とばかりに目を輝かせた。

「こっちはな、カカシ先生とイルカ先生、それからサスケ君、ナルト君のぶんだ。」

その、田畑の人形と海洋哺乳動物の名前は知っている。そいつらが恋仲だっていう話にクラピカが凝っているのも知っている。だが、サスケだのナルトだの、そいつらな何なんだ…

レオリオが尋ねるまでもなく、クラピカは熱心に説明をはじめた。

「ナルト君は主人公だし、なにより、声がゴンにそっくりなのだよ。つい、ほだされるじゃないか。」


…いや、ナルト君の声がって、だったらゴンに直接チョコを送ってやればいいんじゃないか、そのほうがゴンも喜ぶ。


「それにな、レオリオ、サスケ君は、一族の復讐を誓っている少年なのだよ。私と同じような境遇ならば、これはチョコを送るしかないではないか。」


ぐぐっと拳を握ってクラピカは力説する。


「お前もそう思うだろう?レオリオ。」


レオリオは白くなりかけた。


そんなに明るく言っていいんですか、いや、物事、明るくとらえられるようになったのはとても良いことだと思いますけどね、チョコ、送るしかないんですか、こういっちゃあなんですが、サスケ君の復讐って、所詮は絵空事なんじゃあないかと…


丁寧語で混乱しはじめたレオリオに、クラピカは更に追い打ちをかけた。

「それでだな、こっちの封筒はケロロ軍曹とギロロ伍長宛だ。」



……誰、それ…



「ほら、この間帰ってきたとき、お前の携帯にくっつけてやっただろう?」

確かに、前回、クラピカが何か言いながら、緑色のカエルと赤茶色のカエルの携帯ストラップをつけてくれた。もしかして、あのカエルのことを言っているのか?

「癒されるだろう?お前も。」



…カエルにか…?



崩れ折れそうな己を叱咤して、レオリオは最後の力をふりしぼった。

「…その…オレのは…?」
「お前は甘いもの、嫌いだろう?」

不思議そうに首を傾げられ、今度こそレオリオは崩れ落ちた。そんなレオリオにはかまわず、クラピカはいそいそと封筒と財布を手にした。

「ちょっとこの封筒を送ってくる。急がないと14日に間に合わないからな。すぐ戻る。」

そしてバタンというドアの音が響き、足音が遠ざかっていった。




負けた…



クラピカの足音を聞きながら、言いしれぬ敗北感にレオリオは打ちのめされていた。



負けた…カエルに負けた…



負けたのが両生類だったからといって、すでに田畑の人形と海洋哺乳動物に負けているのだから同じなのだが、それでもレオリオが受けた衝撃ははかりしれなかった。

その後、傷口に塩を塗りこめるように、東の国から持ち帰った「ケロロ軍曹」のアニメを延々見せられることになったレオリオは、せめてバレンタインデー当日くらい両生類の影を払拭しようと固く誓ったとか。レオリオの努力が報われたかどうかは、また別のお話。



☆☆☆☆☆☆
突発でバレンタイン。もう完全にクラピカさん、同人街道まっしぐらです…