ピカデレラ......その6





「レオリオ王子様のおなり〜。」


トランペットを高らかに吹き鳴らし、小姓のハンゾーがするすると紅い絨緞を玄関口まで広げました。

「ささ、レオリオ王子。」
「だーかーらー、おめぇをつれてくんのは嫌だったんだっ。」

馬上のレオリオ王子は顔をしかめました。

「なにを申されます。あなた様はこの国のお世継ぎであらせられますぞ。相応の格式というものがございます。」
「とにかく、その派手なじゅうたん、なんとかしろ。恥ずかしくって馬から降りられねぇだろーがっ。」
「王子っ、なんと情けないっ、このハンゾー、王子の御お為にかくも心を砕いておりますものをっ。」
「まったく、ハンゾーさん、これだからあなたにはまかせておけないのです。」
ハンゾーを遮って宰相のサトツが進みでました。
「どうぞ、王子。」

サトツは和紙でできた赤い日傘を差し出しました。その赤いパラソルにハンゾーが噛み付きます。
「失礼とは存じますが、大臣っ、わたくしめの絨緞が大臣のパラソルに遜色ありとは思えませぬがっ。」
「センスの差、としか言い様がありませんな。」
サトツとハンゾーの騒ぎを背中に聞きながら、レオリオ王子はパラソルと絨緞をさけて屋敷の玄関へ向かわれました。戸口では着飾ったクロロお母様が腰をかがめて王子を迎えておりました。

「レオリオ王子様、王子様のお越しをいただきこのうえない光栄と存じ上げます。」
クロロお母様は深々とお辞儀をなさいました。
「あ、ああ、突然ですまねぇな。ところで、本当にあんたの娘達は片足二十キロの靴を履いて走れるのか?」
クロロお母様は艶とした微笑を浮かべられました。
「私の娘達は百キロの靴をはいても走ることができましょう。」
いや、別に百キロなんて靴は必要ねぇんだが、とレオリオ王子が口ごもっている間に、クロロお母様は誇らし気に二人の娘をお呼びになりました。

「ウボォちゃん、バショウちゃん、さあ、オレのかわいい娘達。王子様に御挨拶するのです。」


「うおぉぉぉぉぉぉぉ」

すさまじい雄叫びとともに、もみあげにリボンをむすんだ、たくましい二人の娘が飛び出して参りました。
悪い予感が的中した、レオリオ王子は真っ青になりました。
「い…いや、悪かった、おれの家来の勘違いだ。邪魔したな、帰るぞハンゾー、サトツさん。」

そう叫んで踵をかえそうとした王子の腕をクロロお母様ががっしりと捕らえました。
すさまじい殺気です。
恐怖で王子も供の者も声がでません。クロロお母様はにっこりとお笑いになりました。

「ウボォちゃん、バショウちゃん、お靴をはいて御覧なさい。」
「はぁいっ、お母様っ。」

もみあげも見事な二人の娘達は、絹のクッションにのせて家臣が捧げ持っているガラスの靴に突進しました。

「レッレプリカを出せっ。」

慌ててレオリオ王子は叫びます。
金縛りにあったように動けないでいる家臣からサトツがガラスの靴をもぎとると、すんでのところでハンゾーがレプリカをおきました。

「うおぉぉぉぉぉぉっ。」
咆哮とともにウボォお姉様が靴をお履きになりました。靴は粉々に砕け散りました。

「次はあたくし。」

バショウお姉様がすすっと進み出ると靴に足を捩じ込みながら一句お詠みになりました。

「まことなら 我が足に添え お嫁にいきたい 字余り」

レプリカの靴はバショウお姉様の足の形にくにゃりと曲がるとぼっと炎をあげて燃えかすになってしまいました。
クロロお母様はさっとお顔の色を変えると、冷たい声音でおっしゃいました。

「ウボォ、お前はつま先を切り落とせ。バショウ、お前は踵だ。」
「ま…まぁまぁ、お母さん、そう興奮なさらずとも…」

場をとりつくろおうと試みたハンゾーは、クロロお母様にギロリと睨まれ言葉を飲み込みました。レオリオ王子は足を切ろうとする娘達をとどめるとクロロお母様にわびました。
「いや、それにはおよばねぇ。どうやらおれの家来の調査ミスだったようだ。手間をとらせて悪かったな。」
そして、靴をしまうよう家来に命じた時、宰相のサトツが王子に声をかけました。

「この家にはもう一人、お子さまがございますな。せっかくです。そのお子さまにも試していただいては。」
クロロお母様はせせら笑いました。
「確かに、この家にはもう一人おりますが、あれはとてもとても王子様の御前に出せるようなものでは…」

ふっと、王子の心に予感めいたものがはしりました。
「いや、試してもらおう。ここへ呼んでくれ。」

レオリオ王子の強い語調に、クロロお母様はしぶしぶピカデレラを呼びにやりました。しばらくして、粗末な身なりの金髪の娘が戸口にあらわれました。

床を磨いたため、あちこち黒く汚れております。レオリオ王子の心臓がどきりと跳ねました。胸の高鳴りを押さえ、レオリオ王子は娘に声をかけました。

「なぁ、あんた…手数だがこの靴をはいてみてくれねぇか…」

娘はしばらくためらっていましたが、心を決めたように顔をあげました。
そしてまっすぐに王子を見つめました。


あの娘でした。
汚れて、傷だらけでしたが、まちがいなくあの夜の娘でした。喜びのあまり、王子は動くことも口をきくこともできません。
宰相のサトツがガラスの靴を娘の前におきました。

「…これを履けばいいのだな。」
靴は娘の足にぴったりでした。サトツが柔らかい声で言いました。
「この靴で走ることができますか?」
「造作もない。」

ピカデレラは軽く五段蹴りを披露すると不敵な笑みを浮かべました。
「この靴を落として以来、重しを三十キロに増やして鍛練しているからな。」
サトツは目を細めるとレオリオ王子に向き直りました。

「殿下。」
「まちがいねぇ。おれの探していた娘だ。あの髪も瞳も、ドレスからちらっとみえた脚も…」
「レオリオ王子、鼻血を。」
「あ…ああ、すまねぇ。」

サトツのハンカチで鼻血を拭いたレオリオ王子は、やはり鼻血を噴いているハンゾーにそれを押し付けるとピカデレラに歩み寄りました。そして、戸惑うピカデレラの手を取ると、はっきりといいました。


「あんたをずっと探していた。おれの妃になってくれ。」


ピカデレラは王子のあまりに意外な申し込みに驚いてぽかんとしていました。クロロお母様と屈強な二人のお姉様もぽかんとしています。
レオリオ王子はもう一度繰りかえしました。
「おれと結婚してくれ。妃になって欲しいんだ。」
「お…王子…さ…ま…」
「レオリオ、だ。そう呼んでくれっていっただろ。」
「レ…レオリオ、しかし私は…」
言い淀むピカデレラの言葉をレオリオ王子は遮りました。

「あんたはおれに国を癒す医者になれと言ってくれた。おれはなる。だからあんたはおれの側で手伝ってくれ。妃としておれとともに国を治めてくれ。」

レオリオ王子の真摯な言葉にピカデレラは心うたれました。
なにより、好意をよせた王子から愛を告げられているのです。ピカデレラはどうしてよいかわからず俯きました。

「うんと言ってくれ。おれが嫌いか?」
「き…嫌いではない…わ…私も王子のことを…」
ピカデレラは蚊の鳴くような声で答えました。
「だが、妃にはなれない…私は…」

「愛しているんだ。」

ピカデレラははっとして王子を見上げました。黒耀石の瞳がまっすぐ自分を見つめていました。
「あんたを愛しているんだ。側にいてくれ…」
ピカデレラの瞳が潤みました。唇が微かに震えます。
「わ…私でいいのか…王子…」
「おれにはあんたしかいねぇ。」
「本当に…本当に私でいいのか…」
不安そうに繰り返すピカデレラの肩をレオリオ王子は優しく抱き寄せました。
「愛している…なぁ、名前、教えてくれねぇか…」

「ピ…ピカデレラ…」

頬を染めてピカデレラは恥ずかしそうにレオリオ王子の胸に顔をうずめました。