ピカデレラ......その5
レオリオ王子や家臣達の必死の捜索にもかかわらず、娘の所在は杳としてしれませんでした。
それでもレオリオ王子はあきらめず、くる日もくる日も鉛入りの靴を胸に抱いて馬を走らせました。
国中に娘を探す立て札が立ちました。二十キロの靴のレプリカがいくつも作られ、国中の娘という娘に家来達が履かせて回りました。
一方のピカデレラは相変わらず台所仕事と鍛練に明け暮れる日々を送っておりました。
ただ、舞踏会の日以来、どうしても頭からレオリオ王子の顔が離れません。耳には王子の声が、手には王子の温もりが残っています。姉達のもみあげをみただけで、王子の美しいもみあげを思い出し、涙がでそうになるのでした。
日に日に大きくなる王子の存在を振払うようにピカデレラはますます武術の鍛練に励みました。
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ある日のこと、小姓のハンゾーがレオリオ王子のもとに駆け込んで参りました。
「王子王子王子王子王子王子王子」
「相変わらず騒々しい奴だなぁ、おめぇは。」
「呑気なことをおっしゃってる場合ではございませんぞ。吉報でございます。吉報吉報吉報っ」
「見つかったのかっ」
レオリオ王子はおもわず跪いているハンゾーのつるりとした頭に飛びつきました。
「おーじっ」
「あ、わりぃわりぃ。で、どうなんだっ、見つかったのかっ」
ハンゾーは咳払いすると重々しい声をだしました。
「レオリオ王子、このハンゾーめは幼少の頃より王子におつかえすること十数年、日夜王子の御為になることならばいかなる労苦もおしまずこの身をささげ申し上げ…」
「わかった。よーくわかったから、で、どうなんだっ。」
「はっ、このハンゾーめ、粉骨砕身の努力のかいあってか、はたまた神がハンゾーめの王子を思う心を汲んで下さったか…」
「ハンゾーさん、君の努力は認めますが、この情報を手に入れたのは街にはなった家臣団でしょう。」
穏やかな声が後ろで響きました。宰相のサトツがあきれ顔で立っています。
「サトツさん。」
名を呼ばれた宰相は、頭のてっぺんまで赤くなった小姓の脇を通り抜け、王子の前にすすみでました。
「王子、はっきり申し上げて吉報かどうかまだ判じかねておるのですが。」
「どういうことなんだ?」
「はい、片足二十キロの靴をはいて疾走できる娘などそうそうおるはずがございません。しかし、二名程、この条件を満たす娘が見つかりました…ただ…」
「ただ、何だ?」
「上の娘などは二十キロどころか、百キロの靴をはいても平気な顔をしているそうなのですが、いかんせん王子のおっしゃられた娘の容姿とかけはなれておりまして…」
ふっと舞踏会での嫌なイメージがレオリオ王子の頭をかすめました。しかし、わずかなてががりでも欲しい今、王子はその娘達が住む屋敷へ向かうことにいたしました。
☆☆☆☆☆☆
「ピカデレラ、ピカデレラ、どこにいる。」
クロロお母様が大声でピカデレラをお呼びになりました。
ピカデレラは丁度大鍋にカボチャを放り込んだところでした。台所に入っていらっしゃったクロロお母様は鍋を一瞥すると嫌な顔をなさいました。
「またカボチャ料理か。最近、お前、カボチャばかりではないか。」
ピカデレラが俯いていると、お母様はおっしゃいました。
「まあいい。ところでお前、大急ぎで玄関と客間を磨いておけ。料理など後でいい。すぐにとりかかるんだ。」
なんといったって、レオリオ王子様をお迎えするんだからな、クロロお母様はそう言って胸をはりました。
ピカデレラは雷に打たれたように感じました。
レオリオ王子様がいらっしゃる…胸が早鐘を打ちはじめました。頭の中は真っ白です。しかし、立ちつくしているピカデレラの様子などクロロお母様の目には入りません。
「ピカピカにしろ。わかったな。」
そう言い捨てるとクロロお母様はそわそわと台所を出ていかれました。
「うぉぉぉぉぉっ、お母様ぁ、あたしのお気に入りのリボンをもみあげにむすんでちょーだいー。」
「もみあげに とまれよとまれ リボンの蝶々 字余り。」
お姉様たちのわめき声が台所まで響いてきます。
ピカデレラは小刻みに震えはじめました。
レオリオ王子様に会える…嬉しさでどうにかなりそうでした。レオリオに会える…その時、ピカデレラは自分の着ている粗末なドレスに気付きました。
クロロお母様やお姉様達がこの屋敷にいらっしゃる前、着ていらしたドレスです。華奢なピカデレラにはいつもこの古くて粗末なドレスが与えられていました。しかも、この頃の激しい鍛練のため、顔も手も擦り傷だらけでした。
こんなぼろぼろの自分に会ったところで、レオリオ王子はわかってくれるだろうか、そこまで考えたピカデレラははっとしました。
王子とは舞踏会の夜、ほんの数時間話をしただけなのです。そんな人間のことなど、とうの昔に忘れているかもしれません。いや、忘れるも何も、もともと覚えていないでしょう。なにせ相手はこの国の王子です。覚えているはずがありません。
自分のことなど…
ピカデレラは床に力なく座り込みました。
王子が自分を覚えているはずがないではないか…
笑いが込み上げてきました。
私は何を期待していたのだ、何を浮かれて…
『 レオリオと呼んでくれねぇか…』
王子の声が蘇ります。ピカデレラは掠れた笑い声をあげました。肩を震わせ笑いました。
なんて愚かなピカデレラ。王子の気紛れな一言に、こんなにもすがっていたのか。愚かな、愚かで哀れなピカデレラ…笑いはいつしか涙に変わり、ピカデレラは床を磨くため、のろのろと立ち上がりました。