ピカデレラ......その4






レオリオ王子は放心して庭に座り込んでおりました。
先程まで腕の中にあった甘いぬくもりは十二時の鐘とともに跡形もなく消え去っています。

あの美しく気丈な娘は幻だったのだろうか…

王子は頬を押さえました。殴られたところがずきんと痛みました。
幻じゃねぇ…よろよろと王子は娘が走り去った方へ歩き出しました。ふと、大理石の階段の中程になにか落ちています。それはガラスの靴でした。レオリオ王子は階段を駆け降りました。
たしかに娘のものに違いありません。ドレスの裾をからげたときにチラリと見えたあの靴です。王子は胸震わせながら靴を拾い上げました。

ガラスの靴には鉛が仕込んでありました。
重量二十キロの靴にバランスを崩したレオリオ王子はそのまま階段を転げ落ちていきました。

「あら〜〜〜〜」

転がりながら王子は心に決めました。どこの誰なのか、名前すら聞かなかった。だが、この靴を頼りにあの娘を探し出す、そして必ず妃にするのだ。全身打撲を負っても心には希望の光がさしておりました。





「うわったったったっ」

道に投げ出されたピカデレラは腰をさすりながら起き上がりました。かたわらにカボチャがころがっています。ねずみ達が急いで茂みに駆け込んでいます。美しいドレスはもとの粗末な服に変わっておりました。

「十二時の鐘とともに魔法が解けたのか。」

結構時間に細かい魔法使いだな、ピカデレラはカボチャをもって歩いて帰ることにいたしました。その時、片足が妙に軽いのに気がつきました。靴が片方ありません。
「しまった。落としてしまったか。」
おそらく、鐘を聞いて全速力で走った時に脱げたのだろう、ピカデレラは城の方を振り向きました。たいまつに照らされた城は暗い丘の上にぼうっと浮かび上がっています。
突然胸に一人の男の面ざしが蘇りました。

『レオリオと呼んでくれねぇか…』

ふいに涙がこみあげてきました。もう二度と会うことはない、優しい目をした男。
ピカデレラはとぼとぼと家路につきました。帰ったところで、ぬくもりも居場所もない家…

「レオリオ…」

きゅっとカボチャを抱きしめて、ピカデレラは微かな声で呼びました。涙があとからあとから溢れてきます。ぽろぽろと涙をこぼしながら、ピカデレラはカボチャを抱いて夜の街をさまよいました。




☆☆☆☆☆☆




「無理だよ、レオリオ兄様。そんな体で、しかもそんな重いもの持って出かけるなんて。」
「止めてくれるな、ゴン。」

第二王子のゴンが必死で制止するのを振り切って、レオリオ王子は馬によじ登りました。
「宰相達が国中におふれをだしてるし、助力を申し出てきてる近隣の王侯、貴族も一杯いるよ。彼等にまかせて…」
「ゴン、こいつはな、おれ自身の手で探し出さなきゃいけねぇんだ。そうでなきゃ、あの娘はおれの妃になってくれねぇ、そんな気がする。」

「止めても聞きゃあしねぇって、ゴン。」

そう割って入ったのは隣の国のキルア姫でした。
「だって、キルア。兄様はひどい怪我してるんだよ。」
困惑顔のゴン王子をポンとこづくと、キルア姫はレオリオ王子に片目をつぶってみせました。
「惚れた女はてめぇで口説く、だろ?」
レオリオ王子はにっと笑うと馬に鞭をあて、城外へと走り去りました。懐にいれた二十キロの靴の重みを確かめながら。


「あ〜、行っちゃった。」
ゴン王子は大きくため息をつきました。

その傍らに立ったキルア姫はちらりとゴン王子を横目で見るとぼそぼそと言いました。
「なぁ、ゴン、もし…もしさぁ、お前だったら…その、オレがぁ…」
「え、何?」
「あ…な…なんでもねぇ、部屋かえってチョコロボくん食おうぜ。」
慌てて城の中へはいろうとする キルア姫の背中にゴン王子が声をかけました。
「キルア、もし、オレがキルアを見失っちゃったら、やっぱり兄様みたいに自分で探し出すよ、キルアのこと。」
驚いてキルア姫が後ろを振り向くと、ゴン王子が明るい瞳でにこっと笑っておりました。それからゴン王子は赤くなったキルア姫の手を握ると元気よく言いました。
「キルア、オレ達、いっぱい子供作ろうね。」
「−ーーーー!!!!!」
「しっかりこうのとりさんにお願いしなきゃ。それともキルアはやっぱりキャベツだと思う?赤ちゃんが産まれてくるのって。」
「……………」

慌てたオレが馬鹿だったぜ、そう小さく呟いたキルア姫の顔には、それでも幸福そうな笑みが浮かんでおりました。