ピカデレラ......その3





「あ…わ…悪ィ…」

レオリオ王子は我に帰って手を離しました。二人とも赤くなってもじもじしています。
レオリオ王子が照れくさそうにピカデレラを誘いました。

「な…なぁ、す…座らねぇか…その…もう少し話を…かっかまわねぇか?」

おずおずと声をかける王子の様子が妙にかわいくて、ピカデレラは微笑みました。
「ああ、少しならば…」

そう言ってピカデレラは王子の横に腰をおろしました。並んで座ったものの、お互い気恥ずかしそうに黙っています。
さやさやと、夜風が木の葉を揺らしました。舞踏会のざわめきが流れてきます。

「い…いいのか?舞踏会の主役なのだろう?王子がこんなところにいては差し障りがでないか。」
ピカデレラが気づかわしげな声で問いました。

「かまわねぇよ。どうせ親父達が勝手にひらいた舞踏会だ。おれにゃ関係ねぇ。それよりも、なぁ」
あんた、なんでそんなに強いんだ、殴られた頬をさすりながらいぶかしがるレオリオ王子にピカデレラは恥ずかしそうに言いました。
「父の遺言なのだ。」
「…親父さん、亡くなったのか…悪いこと聞いちまったな。」
「いや、よいのだ…」

ピカデレラはぽつぽつと話しはじめました。
「亡くなる前、父は枕元に私を呼んで言ったのだ。人に頼らず武術の技を磨き身を立てよ、と。幸い私には武芸の才があるらしい。だが、それよりも父は知っていたのだな。私が新しいお母様に疎まれていることを。それで行く末を案じられたのだ。」
私はかわいげがないから、そういってピカデレラは寂しそうに笑いました。

レオリオ王子の胸に痛みが走りました。気丈に振る舞っているが苦労が絶えなかったのだろう、そう思うとピカデレラの細い肩を抱きしめたい衝動にかられました。
「しかし、残念だ。」
暗い話をしてしまったと思ったのでしょう、ピカデレラは明るい声をだしました。
「武闘会と思ってきたら舞踏会だったとは。おかしいとは思ったのだ。武闘会でこんなひらひらしたドレスを着るはずがないのにな。私も間が抜けている。」
てっきりドレスはハンデなのかと解釈していたのだが、とぶつぶつ言うピカデレラにレオリオ王子は問いかけました。

「…舞踏会だったらあんたはここへきたか?」
「まさか。」
「じゃあ、おれはあんたの勘違いに感謝しなくちゃな。」

レオリオ王子は嬉しそうに言いました。
「…?」
ピカデレラはレオリオ王子の顔を不思議そうに見上げます。
「なんでもねぇよ。」
王子は楽し気に笑いました。






それから二人はいろいろな話をいたしました。
ピカデレラは台所仕事をかねたトレーニング方法のことを話しました。王子は珍しそうにその話を聞きました。王子は今医学の勉強をしていること、本当は医者になりたいこと、しかし第一王子なので妃をとらなければならないことを話しました。

「なれるではないか、医者に。」
ピカデレラが真直ぐな瞳をして王子に言いました。
「おい、簡単に言うなよ。いくら医学をおさめたからってな、おれの親どもが…」
「病を癒すだけが医者ではあるまい。民を癒し、国を癒すのも立派な医者なのではないか。」
そして王子様はそれができる立場にある、ピカデレラはきっぱりと言いました。
レオリオ王子は目を見張りました。ピカデレラのいうとおりです。しかし、今までこんなことを言った人物に会ったことはありませんでした。王子は恥じ入りました。

「あんたのいうとおりだ。なんだかんだいって、おれは甘ったれだな。」
恥ずかしいぜ、と王子は呟きました。

ピカデレラは意外に思いました。
王子などというのはもっと尊大なものだと思っていたのです。レオリオ王子の素直な態度にピカデレラは心を動かされました。ふと気付くと、レオリオ王子が自分をじっと見つめています。ピカデレラは頬が熱くなるのを感じました。


こんなことは初めてです。胸がどきどきします。レオリオ王子の黒い瞳を見ることが出来ません。うろたえたピカデレラはなにか話をしてまぎらわそうとしました。


「い…いや、偉そうなことを言ってしまった…すまない…その…あとは美しい妃を選ぶのだな、楽しみなことではないか。ならば急いで舞踏会に戻った方が…」
ピカデレラは最後まで言うことができませんでした。レオリオ王子がピカデレラの手を取ってすっと体を寄せたのです。

「もう妃は決めたんだ。」

だから舞踏会には用はねぇ…王子はピカデレラの耳元に囁きかけました。
「お…王子…様…」
「レオリオでいい…」
レオリオ王子はピカデレラの手を握ったまま低い声で言いました。
「レオリオと…呼んでくれねぇか…」
黒耀石の瞳が間近にあります。耳に心地よい響きの声です。ピカデレラはぼうっとなりました。
「おう…じ…」
「…レオリオだ…」





唇が近付きました。
その時です。

十二時を告げる鐘が鳴り響きました。はじかれたようにピカデレラは立ち上がりました。十二時になったらボクの魔法、解けちゃうからね、魔法使いの言葉が蘇ります。

「おっおいっ、どうしたん…」
「すまないっ、急用を思い出したっ。」

目を白黒させている王子の前でピカデレラはドレスのすそをからげると馬車に向かって全速力で走り出しました。後を追おうとした王子の目はいきなりドレスの下からあらわれたスラリとした脚に釘付けになりました。
そして、レオリオ王子が鼻血を噴いている間にピカデレラの姿は見えなくなっていました。