「ねぇ…何?」
「な…なにか問題でもあるのか?」

「…もしかして、二人とも…知らない?」
恐る恐る菊丸が口を開く。
「だから、何をさ。」
「何だ、いったい。」
「僕が説明しようか。」

困惑する二人の背後で抑揚のない声がした。振り向くと、四角い眼鏡をかけたよく表情の見えない少年が立っている。
「乾貞治。よろしく。ところで、君たちが園芸クラブに希望をだしたことで、ここにいる全員に走った衝撃の理由だが。」
四角い眼鏡がきらりと光った。
「青学名物といえば、全国に名をしられたこのテニス部の他にもう一つあるんだな。」
淡々と話しながら、口元ににぃっと笑みを浮かべた。

「園芸クラブ、別名、牛糞クラブ。」

不二と手塚は目を見開いた。乾は面白そうに続ける。
「テニス部顧問の竜崎先生は乗馬が趣味でね、当然乗馬クラブだの、牧場だのに顔がきく。要するに牛糞だの馬糞だのが簡単に手に入る立場にあるというわけだ。」
二人の顔から血の気が引いていく。
「その竜崎先生がクラブ活動においては園芸クラブを担当しておられる。この意味、もうわかるね。」
菊丸がたまらず絶叫した。
「不二ーっ、三学期になったら、園芸クラブ名物、土作りがはじまるんだってばーっ。」

土作り、つまり、落ち葉や牛糞をまぜて寝かせておいたたい肥を花壇の土に交ぜ込む作業である。当然、落ち葉や牛糞のたい肥を一輪車に積む作業、および、運んだたい肥をおろす作業をしなければならない。
そう、園芸クラブ員は、たとえ寝かせてあったとはいえ、牛糞や馬糞に触れねばらなぬ宿命を背負っているのだ。まみれる、と言ったほうがいいかもしれない。長靴や軍手で武装したところで、いかほどの効果があろうか。都会っ子の多い青学の生徒にとって、それはあまりに苛酷な試練であった。

「あんまり希望者の少ない年は、竜崎先生自らがテニス部員をスカウトしていくそうだ。」
そういう意味では、君たちは理想の部員だよね、四角い眼鏡がまたきらりと光った。白く固まっていた面々の中で、はじめに悲鳴をあげたのは不二だった。
「てっ手塚っ、君、知らなかったのっ?」
「知るわけなかろう。だいたい不二が言い出したんだろうが。」
「牛糞だよ、手塚、牛糞っ。」
「リピートするなっ。」
「僕はただ一緒のクラブって言っただけじゃないかっ。」
「花壇で言うお前が悪いっ。おれだって思い付かなかったんだ。」
「それで園芸って、安直すぎっ。」
「ふ…不二も手塚も落ち着いて…」
「タカさんは黙っててっ。」
「ふむ、さすがに牛糞がからむと本音が出るな。」
「乾、あおっている場合じゃないだろう。二人とも、もうすんだことは…」
「済んだこととは何だ、大石っ。」
「そーだよっ、自分は牛糞触らないからっ。だいたい何で英二、教えてくれなかったんだよっ。」
「八つ当たりだにゃ〜っ。」
「そこの一年っ、何を騒いでいるっ。」

突然、部長の怒声がとんだ。ぎくっと強ばったところに更に追い討ちがかかる。
「部活中にたるんどるぞっ。全員校庭二十周っ。」

これを境に、騒ぎの当事者、及び巻き添えを食ったメンバーは奇妙な連帯感を持つようになった。休み時間に廊下でつるむようになり、おかげで寂しがるクラスメートも増えたとか。


☆☆☆☆☆☆


「ホントにラッキーフラワーだったね。」

今日はいよいよ、青学名物、土作りの日である。
長靴に軍手、エプロン、と武装して覚悟をきめた不
二は、思わぬところでこの花に出会った。沈丁花の花を指で弄びながら不二は手塚に出会ったころを思い返し、くすりと笑う。

牛糞クラブって聞いた時の手塚の顔ったら…

不二はクスクス笑いながら、一塊の沈丁花を摘んだ。

「沈丁花か、不二。」
ふいに後ろから声をかけられた。

「手塚。」

手塚も不二同様、長靴軍手、エプロン姿である。
「去年、初めて会ったときにお前がこの花をくれたんだ。」
「あれ、覚えていた?」
嬉しそうに不二は顔を輝かせた。
「当たり前だ。試合の後に花をくれる奴なんか普通はいないぞ。」

仏頂面がどことなく優しい。不二は手塚の制服のポケットに摘み取った沈丁花を入れた。
「またあげるよ。僕のラッキーフラワー。」
ふわりと花が芳香を放つ。手塚はちょっと考える仕種をして不二を見た。
「一つ聞こうと思っていたんだが…。」
「うん?」
「あの時、お前が言っていた良いこととは何だったんだ?」
くすり、と不二は笑った。
「さあね。」
「だが、あの日いいことがあったんだろう?」
クスクス笑いのまま、不二は自分のポケットにも沈丁花の花を入れた。
「秘密。あ、君、今ぶーたれたでしょ。」
「当然だ。お前はすぐそうやって…」

素直に肯定した仏頂面が口をつぐむ。はたと、自分が口走った言葉に気付いたらしい。照れたように踵をかえすと、行くぞ、と小さく言う。不二はニコニコ嬉しそうに手塚の後を追った。

「あ〜あ、ついにこの日がきちゃったねぇ。」
「おれはもう覚悟を決めた。」
「僕はまだ揺れてるよ。」

ふと、手塚が足を止めた。ポケットの沈丁花を取り出すと、不二の鼻先にくっつける。
「お前のラッキーフラワーに強烈な思い出が一つ加わるな。」
悪戯っ子のような笑みが手塚の口元に浮かんでいる。
「あ、そーゆー意地悪言うわけっ。」
「お前が秘密にするからだ。」
「じゃあ、君も沈丁花の匂いかいだら、牛糞思い出すようにしてやる。」

お互いに沈丁花を鼻先にくっつけあいながら用具倉庫に二人は向かう。春先の日だまりのようにほのぼのとじゃれあう自分達の姿を、見てはいけないものを見てしまったような顔で眺めるクラスメ−ト達がいたことを二人は知らない。






運命の出合いというものは本当にあるのかもしれない。
ただ、沈丁花の香りとともに始まった恋を自覚するには、手塚も不二もあまりに幼すぎた。
木の芽はまだ固く、空気は凛として冷たい。だが、春はもうそこだ。 冴え冴えとした大気に漂う甘い香りが優しくそう告げていた。





fin
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えーと、出会い編です。
ワシらんトコの二人はここから始まってます。結構二人とも子供。
つか、まだ小学生〜中1だもんねー、こんなもんでしょう。
この後、ヨコシマなおねぇさん(ワシらか?)にいいようにされ
るとは、とーてー思えないほど純真。
OFF本にすでに収録済みのお話ですが、これ読んでもらわないと
話がまるっきり分からなくなる可能性・大 なので、そのままの
せます。