教室に駆け込んだ不二は机に突っ伏した。

うわ〜、ばかばか、僕ってばか。うっかり指切りげんまんなんかしちゃったっ。

ガキっぽいって思われたかなぁ、と一人でジタバタする。年の離れた姉がよく弟達を相手にやるのだ。
裕太は嫌がって逃げ回るのだが、素直さがたたって周助は姉のなすがままになっている。
今度から姉さんが指きりしてきても絶対逃げよう、そう心に誓いながら、嬉しさもこみ上げてきた。

手塚は嫌だといわなかった…

手塚とクラスが違うとわかったとき、自分でもびっくりするくらい不二は落胆した。それでも、廊下であった時くらいは話ができるだろう、と思っていたのだが、期待は見事に裏切られた。
いつも手塚は数人のクラスメートに取り囲まれている。近付くスキもなにもあったもんじゃない。

あの連中、崇拝者ぽくってやーな感じ…

不二は心の中でぶーたれた。あれじゃあ、手塚だって息苦しいだろ、そうは思うが、肝心の手塚が不二に関心を示さない。

そりゃあ、いつも仏頂面で表情がないけど、廊下で会った時くらい少しは笑ってくれるとかさ、そういうのないわけ?

なんとなく勝手に拗ねた不二だったので、部活でも自然と疎遠になっていた。それが今朝、クラブを一緒にしようと約束してくれたのだ。あ、だめだ、顔がにやけちゃう、机におでこを押し付けていると、ばこんと上からはたかれた。

「不二ー、な〜に、にやけてるにゃ。」
「英二。」

登校してきた菊丸英二だった。自分の机に鞄もおかず、菊丸は不二の前の椅子にかけた。
「学活でさ、クラブの希望出すじゃん。不二、何にする?」
大きな目をくるくるさせる菊丸に、不二は思わずに〜っと笑った。
「秘密。」
「え、何それ、不二はオレと一緒のクラブ、嫌なわけぇ〜。」
「だって、エージの趣味と違い過ぎるんだもん。だ〜から、秘密なんだ。」

ひどーっ、不二ーっと首をしめてくる菊丸に、だってワンニャン研究会なんてやだよっ、と切り返しているとチャイムが鳴った。担任が教室に入ってくる。朝自習の時間にクラブの希望を書いておくように、と言って用紙を振った。
「日直。」
不二は急いで用紙を取りに行く。用紙を配り終わって自分の希望を書く。

『園芸クラブ。』

くろぐろとした鉛筆の文字を不二は満足げに眺める。今頃、手塚も書いていてくれるだろうか、同じように。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。」

誰にも聞こえないように不二は小さく小さく呟いた。


☆☆☆☆☆☆


その日、部活が始まっても一年の間ではクラブ活動の話でもちきりだった。なにせ、勉強をしなくていい唯一の授業である。どのクラブは顧問がどうだの、先輩がやばいだの、噂話に花が咲いた。自然と、話をしたことのない者同志でも打ち解けていく。

「手塚君。」
手塚がコートにはいってきたのを見計らって不二は側に歩み寄った。ぼやぼやしていて、崇拝者どもに手塚のまわりを固められてはたまらない。

「あ…。」
仏頂面が少し和らいだような気がする。不二はただニコっと笑って、小指を顔の前でたててみせた。
「指きりしたからな…。」
手塚がぼそりと答えた。突然、不二の背後から菊丸が抱きついてきた。
「二人でなーに話してるにャ。」
不二が、クラブのことだよ、とじたばたしていると、人の良さそうな丸刈り頭の少年が話しかけてきた。
「あ、クラブ?いっそテニスやらせてくれたらいいのに、とホントに思ったよ。タカさんはすぐ決まったみたいだけど。あ、僕、大石秀一郎。」

クラス離れてるから話す機会なかったね、と少年は笑った。タカさんと呼ばれた角刈りの少年は大石の隣に立って照れたような顔をしている。
「タカさん、って呼んでいいのかな。えっと…」
不二が首をかしげるようにして微笑みかけた。
「河村隆…。タカさん、って皆呼ぶけどね。」
「タカさんは何にしたの?オレは通称ワンニャン研究会。なのに聞いてよ、この不二は嫌だっていうんだよ〜。しかも決めたクラブ、秘密だなんて、友達がいのない奴ーっ。」
不二にじゃれる菊丸を珍しそうに眺めながら河村は答えた。
「僕は空手クラブ。小学校までずっと道場かよっていたから、丁度いいかなと思って。君は?」
「うん、僕は園芸クラブ。」

不二が何気なく言った途端、その場の空気が凍った。

「おれも園芸にした。」

不二以外のその場にいたメンバーが、一斉に手塚を見た。皆、固まっている。その異様な雰囲気に不二も手塚も戸惑った。