シュウ君、大ピンチ 
  
  
  年が明けて、めでたく6ヶ月半のシュウ君、それは成人の日におこった。
  
  夕方、家へ帰ってくると、近所の子供達が血相かえてかけよってくる。
  
  「○○さ〜ん、シュウ君が、シュウ君がっ。」
  
  行ってみると、地上約、五・六メートルの高さの枝にシュウがしがみついていた。
  
  「大きな猫に追い掛けられて、あっという間に登っちゃったんです。私、見てたんですけど、どうすることもできなくて。」
  
  猫仲間の奥様がおろおろと木の下から飛んでくる。
  
「シュウく〜ん、シュウく〜ん。」
  
  子供達は一生懸命、下から名前を呼んでくれている。愛されてるね、シュウ君…
  
  じゃない、じゃなくてっ。
  
  困った、マジどうしよう。高すぎてどうしようもない。
  
  暗くなってきたので子供達や奥様にお礼を言って帰ってもらう。それにしても困った。家庭用脚立なんて、何の役にもたたない。下から呼んでもうろうろと体の向きをかえるだけ。ホントに恐くて降りられないらしい。プリンちゃんが足下でみ〜、と鳴いた。
  
  シュウ、勇気をだして降りておいでよ。
  
  
  …………ダメらしい…
  
  寒くなってきたので、プリンちゃんはとっとと家へ帰ってしまった。いや、薄情ものなんて言わないけどね、お母さん、ちょっと悲しい。登って呼ぶくらいのこと、できんかね(できんわな…)
  
  そこで金角は考えた。優しく呼んでも駄目ならば、尻をド突いて無理矢理おろそう。な〜に、落ちたところでたいした怪我はしないだろう。途中の枝がブレーキになるだろうし…
  
  まずは虫取り網、スライド式のすぐれものだ。蝉だろうがカブトムシだろうが一発さ。それを最大限に伸ばして…
  
  
  届かなかった…そりゃそーだ。
  
  
  今度は二メートルくらいある桜の枝をひろってきて、虫取り網をガムテープでくくりつけた。すご〜く安定が悪い。でもながくなったぞ。
  
  
  ………届かない。
  
  
  シュウ君、鳴く元気もないのか、じーっとうずくまっている。
  
  
  「よしっ。」
  
  
  と、突然威勢のいい声がひびいた。振り返ると完全防備の(寒さに対してだけど)亭主が立ってる。うわ、軍手してるよ、何する気だよ、こいつ。
  
  ぽかんとみてる間に、亭主、桜の木にとりついた。そして必死に登りはじめる。
  
  「ちょ、ちょっと、危ないって。やめなよ。」
  
  そりゃ、いくら若い時(注・高校、大学時代)は山男で崖登ってたからって、もう年なんだからさ、しかも太っちゃってハラ出てるし、やばいって。だいたい、桜の木の枝がお前の体重を支えきれるとは思えんぞ。
  
  下からそう罵…じゃない、心配して声をかけると、さすがに本人も自覚してるのか一番太い枝のところ(つまり一番下だ)で止まった。
  
  「おい、その虫取り網かせ。」
  「………」
  
  桜の木にくくりつけたまま虫取り網をわたすと、必死で亭主、シュウ君の尻に向かってそれを突き上げた。
  
  
  おおおおおっ、届いたっ。
  
  
  
  届いただけね…
  
  
  
  虫取り網は優しくシュウ君の尻をさわさわと撫でていた。シュウ君、微動だにしない。
  
  
  
  よじ登っていた木から降りて、亭主は家へ入ってしまった。なんか、心なしか肩が下がってたけど、とりあえず御苦労さん。
  
  
  
  って、御苦労さんじゃねーんだよ、うわ〜、なんか八方ふさがり、シュウ君が自力で降りるしか道はないんだ。うわ〜。
  
  
  その後はひたすらシュウ君をよびつづけ、メシは亭主が作ってくれたのでそれを食べてはまた呼びにいき…
  
  
  
  雨が降り出した…
  
  
  
  わ〜、どーしよ〜、雨だよ、塗れちゃうよ、風邪ひいちゃうよっ。
  
  
  パニクってると、猫仲間の奥様から電話があった。
  
  「消防署に電話してみたらどうでしょう。よくテレビとかでやってるじゃないですか。猫をたすけるって。」
  
  それナ〜イスッ。
  
  ソッコー、消防署に電話する。
  
  「すんません、猫が高い木に登って降りられないんです。で、雨降ってきちゃっててずぶ濡れだし、」
  『あ〜、よくテレビとかで消防が猫助けるってやってんですけどねぇ、直接の依頼っていうのは受け付けないんですよ。市役所にそういう係りがあって、そこから依頼があったときのみ、うちは動くんです。』
  
  ぎゃ〜、そりゃねーだろっ。しかし、消防署のおじさんは明るくこうおっしゃった。
  
  『だ〜いじょ〜ぶだいじょ〜ぶ。猫は登ったんだから降りられるんですよ。人間がかまわなきゃ自分で降りますって。』
  
  ホントだろーな、おい。それでウチのシュウ君が凍え死んだらアンタ、責任とってくれるんだろうなっ。
  
  なんてことは言わず、丁寧にお礼を言って電話を切った。雨はますますひどくなる。外灯に照らされて、ちんまりと桜の木の股にうずくまってる茶色い塊がみえる。
  
  
  シュウ君、寒いだろうに。
  
  
  その夜は心配で眠れなかった(寝たけどさ)
  
  翌朝、シュウ君が冷たい骸になって木の下に落下してないか確認したら、ちゃあんと木の上にいたのでとりあえずほっとする。で、役所が開いたと同時に電話。
  
  「ねっ猫が昨日の夕方から木の上で動けなくなっていて、一晩中雨にうたれててずぶ濡れで(なかば錯乱状態)」
  『いや〜、うちじゃそういう係りはないので』
  「でも消防署のおじさんが、市役所に言えっていいましたーっ。」
  『……暮らしの相談室へまわしますね。』
  
  
  『はい、暮らしの相談室』
  「猫が〜以下同文」
  『いや、うちではそういうのは…』
  「だって、消防署のおじさんが〜以下同文」
  『…高さ、どのくらいです?』
  「三階建ての窓と同じ高さ」
  『………消防署に電話しますんで、折り返し電話まってくれます?』
  
  五分後に消防から電話があった。
  『あはは〜、まだ降りてきませんか。』
  
  夕べのやつだな、コイツ…
  
  
  それでも来てもらえることになった。近くにきたらもう一度電話するっていうから、待ち状態でほっとシュウ君の様子をみる。様子をみると…
  
  桜の木の股には小さい茶色の塊、つまりシュウ君、で、その上の枝に…
  
  カッカッカッカラス〜〜〜ッ?
  
  カラスが一羽、とまってる。
  
  …でかい、シュウよりでかい。
  
  するとそいつ、やおらカーカーと鳴き始めた。そいつがカーカー、と鳴くと、どこからともなく返事がある。
  
  カーカー
  カーカー
  
  次第にその返事が多くなり…
  
  カラスが集まってきた。
  
  うそ〜っ、とベランダから身をのりだしてると、カラスめら、隣の建物の屋上だの、周囲の木のてっぺんだのにとまりはじめる。そのうちの二羽がシュウ君のいる木に移ってきた。皆シュウ君をみてる…
  
  く…食う気だ。シュウを食う気だ。
  
  やばい。でも今電話の側、離れるわけにはいかない。ああでも、でも、シュウくんが襲われるっ。
  
  三階の猫仲間の奥様に電話した。
  
  「すっすいませんっ。カラスが集まってきたので、石、なげてもらえませんかっ(もう必死)」
  「ええええ〜、カラスっ?」
  
  幸い?出勤前の御主人が何故かカラスの生態に詳しくて、カラスは金属音を嫌がるんだっ、とお二人でベランダに飛び出していかれた。そして奥様はガンガンとベランダの金属手すりを打鳴らし、旦那様はその背後で娘さんのタンバリンをシャンシャンと。
  
  カラスは皆、逃げていった。
  
  でもまだシュウ君は桜の木の上。
  
  雨は上がったけど、とても寒い。
  
  早く来て、消防署のおじさん…
  
  
  
  そしてついに、レスキュ−隊が到着した。そう、堂々と消防自動車でやってきた。
  
  
  
  って、わ〜、消防車だよ、あの真っ赤でデカくて、火事の時水かける、あの消防車がきちまったよ。道ばたに消防車が止まって、トーゼンだけど、紺の征服にオレンジ色の消防ジャケットきた隊員が四人もおりてきた。隊長さんとおぼしきおじさんと若手三人。
  
  
  「猫どこ?降りなかったんだね〜。まぁ、ホントは降りられるんだけどねぇ、猫だから。」
  
  
  …コイツ、電話のオヤジだな…
  
  
  桜の木の下へ移動したおじさん、猫好きらしく、にこにこシュウ君に話しかけてる。
  
  
  「お〜い、ネコ、なんでおめ〜、そんなとこのぼったんだ〜。」
  
  
  その間にも若手はてきぱきと足場をかため、消防車からスライド式の梯子を降ろしてきた。(もちろん真っ赤)
  
  一人が下で支えて一人が梯子を伸ばし、一人が登る。ところがシュウ君、知らない人がやってきたってパニックおこした。消防隊員が手を伸ばしても、必死で木の幹にしがみついて離れない。
  
  
  
  ブギャ〜
  
  
  ブギャ〜、じゃねぇっ。人様に迷惑かけて税金使って、このバカ猫っ。
  
  
  なんとかシュウ君を引き剥がしてだっこすると、こんどはその隊員さんに爪たてやがった。
  
  
  くぉらっ、そのお方はお前の命の恩人様なんだぞ、なんつー不敬なことをっ。
  
  
  じたばた暴れるシュウ君を、恩人様から受け取ってバスタオルでくるみ、家の中へ放り込んだ。それからすぐ取って返して、もうペコペコとお礼申し上げ、ポンカン一山包んで押し付けて、(ホントは貰っちゃいかんらしいが個人的ってことで〜と押し付けた)それからにこやかに去っていかれる消防隊員様方へ最敬礼のお辞儀してお見送り申し上げてからお家へ帰った…
  
  
  ホントに、本当に、うちのバカ猫のためにありがとう。
  
  
  シュウを心配してくれた子供達、ありがとう。
  猫仲間の奥様、いろいろお世話になりました。
  タンバリン叩いてくださった旦那様、本当にありがとう。
  市役所の暮らし相談室のおじさん、ありがとう。
  消防隊員の皆様、ホントにホントにありがとう。
  消防車まで出動して、税金使って御免なさい。
  
  
  よかったね、シュウ君。カラスに食われなくて…
  
  
  シュウ君、その日はさすがに外へでなかった。風邪も引かず(馬鹿は風邪ひかんか、と亭主が暴言を吐いたが、否定はしなかった、というよりできなかった)翌日からはまた元気に外へ飛び出していっている。
  
  
  皆々様、迷惑かけてごめんなさい。そしてありがとう。シュウっ、二度目はないからなっ。肝に銘じておけっ。(二度目、三度目があったらどうしよう…) 
  
   
 

  
  
  救出されたシュウ君、寝てます。わかってんのか、お前、どれほどオノレが人様に迷惑かけて、税金の無駄遣いさせちまったってことをっ。
  
  
  
 
 
  
