さらさらと


さらさらと…

絹糸のような雨が降り注ぐ。さらさらと、さらさらと…






クラピカは一人、山道を辿っていた。雨を避けるマントをきていても、細かい水滴はしっとりとクラピカを濡らす。晩春とはいえ山に降る雨は冷たく、クラピカの体を芯から冷した。

クラピカは峠にさしかかると横道にそれた。もう長い間人の通った跡のないその路は、草や潅木に覆われてもはや往時の姿はない。しかしクラピカは迷いもなく進んでいった。

木々の葉がクラピカを濡らす。新緑が濡れて鮮やかだ。クラピカはたまに触れる足下の石の感触を確かめては、懐かしそうに目を細めた。

山へ分け入ってしばらく行くと、開けた場所にでた。ごつごつした石の塊が散在する草原だ。草原の真ん中を小川が横切っている。セキショウが一面、青紫の小さな花をつけていた。

クラピカはしばしその草原を見つめていたが、ふと我に帰ったように手前にある石積みに歩み寄った。崩れかけた石積みの脇の地面に手をついて念をこめる。ぱっと小さな砂塵があがり、穴が空いた。

クラピカはマントの下に手を入れると、小さな瓶を取り出した。透明な液体に何かがゆらゆら揺れている。それは緋色の眼球だった。蓋をあけ、そっと穴の中へ眼球を入れる。土をかけ、クラピカはしばらくその前に佇んだ。

さらさらと雨が降り掛かる。クラピカは目の前の石積みを眺めた。

かつてそれはクルタの村の門だった。その先の草原には家々が立ち並んでいた。
真ん中を流れる小川のはたには洗濯場があった。洗濯場の道を右手にすすんだところがクラピカの家だ。家の前には大きな木があって、その下には木のベンチが置いてあって、隣の薬師のじいさんがそこで薬草をすり潰すのが面白くてまとわりついていると母親が戸口から出てきて…

だめじゃない、クラピカ、またお邪魔して…

はっとクラピカは我に帰った。目の前にはただ草原が広がっている。さらさらと雨は草の上に降り注ぐ。しっとりと濡れたクラピカの髪から雫が落ちた。

何もかもが儚い夢のようだ…

クラピカはそっと石積みを撫でた。ぽろりと崩れた石屑がクラピカの足下に転がる。

全てはこの雨のようにさらさらと流れていってしまうのか。優しい日々も愛した人々も何もかも。いまだ悲しみと憎しみが胸を抉るのに、それと同時に沸き上がる空虚さは何なのだろう。

クラピカは空を仰ぐ。灰色の空から絹糸のような雨が降り注く。
あの惨劇の日、独り墓を掘ったクラピカの血と泥を洗い流したのはひどい雨だった。この雨が流していくのは何なのだろう。

思い出も感情も己の存在も、儚く流れさっていく。クルタの人々との記憶、旅団への憎しみ、ハンタ−試験、仲間との出会い、そして…

レオリオ

黒髪の男の姿が脳裏に浮かぶ。今、その男は、恋人は峠近くの山小屋で自分の帰りを待っている。

レオリオ…

黒い瞳の優しい男、心の強い男、何故自分は彼を連れてきたのだろう…

緋の目を取り戻しては故郷の土に返してきた。それが同じ村の者の目なのかどうかクラピカにもわからなかったが、同じクルタの大地に返してやりたかった。そしてそれを為すのはクラピカただ一人、クルタのクラピカの為すべきこと。

何故私はレオリオを連れてきた…

出かけようとしたクラピカに一言、レオリオが言ったのだ。

なぁ、一緒に行ってもいいか?

頷きもしなかったが断りもしなかった。レオリオもそれ以上問いかけはしなかった。いつ用意していたのか、旅行鞄をひょいと掴むと、黙って隣についてきた。

さらさらと雨が降りかかる。細い雨がクラピカを濡らす。何もかもが儚くおぼろげな中、レオリオの瞳の色だけが鮮やかだった。

レオリオは楔だ。黒耀石の瞳の男だけがクラピカを呼び戻す。日々を生きろと、そう言って。

クラピカは踵を返すともと来た道に向かった。

さらさらと絹糸のような雨が降る。草原に、崩れかけた石積みに、道を覆う木々に。
山道をわけいるクラピカは振り返ろうとはしなかった。








さらさらと降る雨をレオリオは眺めている。

峠にさしかかる手前の小さな山小屋の中に彼はいた。粗末な小屋ではあったが、暖炉と簡単なベッドがある。濡れて帰ってくるクラピカのために、レオリオは暖炉に火を入れていた。

窓辺にコップが置いてあり、青紫のセキショウの花がさしてある。クラピカを待って外を眺めていた時、ふと目に止まって摘んだのだ。山深いこの辺りの緑は柔らかく淡い。南国育ちの目には新しい風景だ。だがレオリオが目に映しているのは降りかかる雨と灰色の空、そしてこの山道の先にいる金髪の想い人。

「クラピカ…」

小さく名前を呼んでみる。たった独り重い荷物を背負って降ろそうとしない恋人は、本来はのんびり屋でちょっと抜けた可愛い性格だ。だのに運命とはなんと残酷なことをするのか。そして自分は、それに耐える恋人の横で木偶の坊よろしく突っ立っているだけだ。レオリオはぐっと拳を握りしめた。

おれは無力だ。

親友を亡くした時、力が欲しいと思った。金と力さえあれば大事なものを守れると思っていた。そして、ハンターになり、医者になった。それなりに力をつけることができたと思った。

だがどうだ。己の腑甲斐無さ加減を見ろ。ハンターで、腕の立つ医者と評価されるようになってもこのざまだ。この世で何よりも大切な想い人が苦しむ様をぼけっと見ている大腑抜けだ。

クラピカが緋の目を取り戻してくる度に、レオリオは言い様のない不安にかられる。仲間の目をクルタの大地に埋葬するため出かけていくクラピカをいつもは黙って送りだしていた。これはクルタのクラピカの為すべきことなのだから、そう頭では理解していた。

だが、緋の目を持ってクルタの地へ発つクラピカはどこか儚かった。このまま戻って来ないのではないか、クルタの地で、父祖の霊とともに消えてしまうのではないか、馬鹿げた妄想だと思いつつも、心はいつも叫んでいた。

行くな、お前の生きる場所はここなんだ。

不安な気持ちも限界だった。今回、どうしてもついていこうと思った。いつクラピカが出かけても一緒に発てるように、旅行鞄を用意しておいた。クラピカは何も言わなかった。

「お前はおれが来るのを許したんだよな…」

拒絶されると思っていたのがすんなりいったので、珍しく殊勝になったレオリオは、大人しくこの山小屋でクラピカを待つことにした。村までついていくのはまだ時期ではないという気がしたのだ。

しかし、こうして灰色の空を眺めていると、それが間違いだったのではないか、と不安になってくる。強引に村までついていって、ちゃんとまたクラピカを連れ帰るべきだったのではないか。そうしないとクラピカはあっさり、この手からすり抜けて消えてしまうのではないか…

「馬鹿げてるぜ…」

レオリオは頭を振った。

馬鹿げた考えだ。クラピカが消えてしまうなど。

レオリオは雨を眺める。灰色にたれこめた雲は晴れる様子もない。

「はやく戻ってこい、クラピカ…」

ここにはいない恋人に、レオリオは囁きかける。

「はやく帰ってこねぇと泣いちまうぞ。」

いまだ人影のない山道に、さらさらと雨が降り注いでいる。











山小屋から煙りが上がっていた。レオリオが暖炉に薪をくべているのだ。今更ながら、クラピカは自分の体が冷えきっていることに気付いた。

ブラックリストハンターなどという商売をしていると、凍てつこうが灼熱の中だろうが、寒いだの辛いだのという感覚を遮断するような体になってしまっている。

因果なことだ…

自嘲気味にクラピカは口元を上げた。
白い煙りののぼる先は灰色の空で、止む気配のない雨が降り注いでくる。クラピカは山小屋への道を辿った。

戸が開いて、黒髪の男がそこに立った。

「クラピカ。」

ふわり、と白いタオルをクラピカの頭にかぶせる。黙って顔を上げたクラピカの髪をごしごしと拭きながらレオリオは微笑んだ。

「おかえり。」

黒耀石の瞳が優しくクラピカを見つめる。

「雨、冷たかっただろ。」

小屋の戸を閉めると、暖炉で暖められた空気がクラピカを包んだ。レオリオはクラピカを拭きながらマントを脱がせ、戸口にかける。

「ずぶ濡れじゃねぇか。着替え持ってくるから、火の前に…」

レオリオの大きな手がクラピカの頬に触れた。温かなレオリオの手、突然、何とも言い難い激情がクラピカの中に沸き起こった。

伸び上がり、レオリオの唇にむしゃぶりつく。噛み付くように口付けていると、一瞬身を固くしたレオリオが濡れるのもかまわず抱きしめてきた。激しく口付けあいながら二人はもつれるように暖炉の前へ倒れこんだ。

キスを繰り返しつつ互いの服をはぎとろうとする。雨に濡れた服は肌に張り付き、焦れたクラピカは上にのしかかる男の首筋に歯をたてた。パチッと暖炉の火が爆ぜる。一糸纏わぬ姿で二人は固く抱き合った。冷えきったクラピカの肌が熱を帯びてくる。鎖骨から胸の飾りへ舌を這わせる男の黒髪を両手で掴むと顔をあげさせた。

「クラピカ?」
「もう、きてくれ…」

挑むようにクラピカはレオリオを見つめた。緋色の目が燃えるようだ。

「きてくれ…レオリオ…」

レオリオは戸惑った。これまで数え切れないくらい体を重ねてきたが、こんなクラピカは初めてだ。

「クラピ…」
「もう…」

緋色の瞳が揺らめいている。

「私に楔を打て。」

目の前が白くはじけた。レオリオの中に炎があがる。レオリオはクラピカの足首を掴むと大きくひらかせた。まだほぐれていないクラピカの蕾に猛ったモノを押し当てる。

このまま入れたら切れる…

レオリオの頭の隅で警鐘が鳴った。だが、体が止まらない。レオリオはぐいっとクラピカの中に押し入った。衝撃でのけぞる細い体を抱きしめ、レオリオはそのまま奥まで突き上げる。クラピカが痛みに悲鳴を上げた。

「…くっ…」

ぎちぎちに締め付けてくるクラピカに、レオリオは呻いた。苦しい。だがレオリオはそのまま激しく抜き差しをはじめた。クラピカは痛みに悲鳴を上げ続ける。レオリオの背に爪をたて、ぽろぽろと涙をこぼした。

レオリオは腰を振りながら痛みに力をなくしたクラピカ自身を扱きはじめる。刺激にゆるゆると力を取り戻し、先端から涙を零しはじめる頃には悲鳴は甘い喘ぎに変わっていた。下に流れた先走りと無理な挿入のせいで切れた部分の血がまざりあい、レオリオが腰を打ちつける度にぐちゅぐちゅと音をたてる。レオリオはよく知ったクラピカのいいところを集中して攻めた。そこをレオリオのモノがさするとクラピカの背に快楽が電流のように走る。

「あっあぁぁっ…」

レオリオの腰に足をからめ、クラピカは揺すられた。

「ひっ…あっ…あうっ…」

レオリオはクラピカの楔だ。さらさらと降る雨に流されるように消えようとする心を大地へ繋ぎ止める楔だ。

クルタの、父祖の眠る地でクラピカは楔を打ち込まれ、生きる喜びに体を震わす。暖炉の薪のはぜる音と肉の打ちつける音、もう雨音は聞こえない。

「あぁっ、レオリ…」
「クラピカ…」

抜き差しが激しくなる。最後を求めて二人は揺れた。

「あっ…やっ。」
「…うっ…」

レオリオがぶるっと腰を震わせるのと同時にクラピカも欲望をはじけさせた。












はぁはぁと荒い息をつきながら、二人は抱きしめあった。息が整ってきた頃、きまり悪そうにレオリオが顔をあげる。

「…あーっと、その、悪かった…」

きょとんと見つめるクラピカから視線をはずし、ぼそぼそと言う。

「がっついちまって…き…切れ…ちまった…」

くすっとクラピカが笑った。うろうろ視線をさまよわすレオリオの首に手をまわし、軽く唇にキスを送る。

「忘れたのか?私は多少の傷は自分でなおせるのだぞ。」

そのまま背中に手を這わすと、いてっ、とレオリオが顔を顰めた。そういえば、クラピカがしがみついてずいぶん爪をたてたのだ。

「あ…すまない…」

今度はクラピカがバツの悪そうな顔をした。レオリオがぷっと吹き出す。

「まぁ、おれも一応医者だからな。」
「意地をはるな、なおしてやる。」
「な〜んか、釈然としねぇなぁ…」

レオリオがぼやき、それから二人はまたくすくす笑った。笑いながらレオリオが優しくクラピカの額の髪を梳く。気持ち良さそうに目を細めたクラピカにレオリオは囁いた。

「おかえり、クラピカ。」
「…ただいま。」

微笑みあい、二人はまた固く互いを抱きしめた。

「ただいま、レオリオ。」

歩いていける、お互いがいれば、大地に根をはり、しっかりと生きていける。生きていく。降り注ぐ雨は地を固めるのだ。

峠近くの山小屋の外では、晩春の雨が止むことなく降り注いでいた。



おわり

☆☆☆☆☆☆☆☆☆
5001キリリクSS、「さらさらと」よろしかったでしょうか、ぴのさん。できれば大人っぽいのを、ということだったので、大人部屋用にしてみたりして…大人…大人っぽい話なのか、不安〜〜〜。でもぴのさんに捧げます。ほんと、お待たせしてしまって申し訳ありません。ちなみに、この話の背景っつーか、クルタ話はオフ本、「驟雨」にかいたやつです。雨三部作?「雨上がり」「雨宿り」「驟雨」ときてこの話、と思っていただければ。いや、オフ本読んでなくてもわかるんじゃないかとは思うんですが。
ところで、おまけがついてます。「大人っぽい」イメ−ジ(大人っぽいのか、ほんとにこの話)崩したくない方はよまないでね。所詮この二人はバカップルよ、と阿呆OKなかただけ、おまけをクリック。


         おまけ