こたつでしっぽり


それは不思議な光景だった。布の中に綿をつめた分厚いカバーをした低いテーブル、そこに皆が足を入れている。東の国の人々は、それで暖をとるのだという。どうぞ、と言われてためらった。何故ためらったのか、私はその理由を認識していた。そして、胸の奥が小さくうずいた。




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十二月も半ばを過ぎ、街はすっかりクリスマス気分に包まれていた。そして、これもまたクリスマスの飾り付け途中の部屋の真ん中で、男が一人、途方に暮れていた。大きなダンボール箱と、その中から出てきたわけのわからない物体に囲まれて。

「…テーブル…だよな…」

だが、不可思議なテーブルだった。テーブルが三つに分解している。天板部分とそれをのせる部分にテーブルの足だ。

「…ヒーター…だよなぁ…」

たしかに、天板を支えるテーブル部分中央にヒーターがついている。東の国の製造だが、ヒーター部分はちゃんとこの国の仕様になっていた。

「布団…?」

一緒に梱包されていたのは、綿入りカーペットと真四角の布団。

「あいつ、何考えてんだ?」

送り主のクラピカは、あと三日もすればここへ帰ってくる。レオリオは考えることをやめて、送られてきたものを部屋の隅に寄せた。金髪の恋人はたまに突拍子もないことをやってくれる。それはいつも、レオリオの想像の範疇を超えていて、頭を捻るだけ無駄なのだ。

「ま、帰ってくりゃわかるだろ。」

レオリオはクリスマスツリーの飾り付けを再開した。








クラピカが帰ってきたのは、イブの前日だった。ただいま、おかえり、のキスから甘い雰囲気に、と目論んでいたレオリオに向かって、恋人は開口一番こう言った。

「掃除するぞ、レオリオ。」
「…はい?」

スタスタと部屋に入ったクラピカは、部屋の隅に寄せられていた荷物を見て満足げに頷く。

「よし、着いていたな。」

くるりと振り向いた。

「ふき掃除をする。カーペットを敷いていなくてよかった。今日中に終わらせるぞ。」
「おおおおい、クラピカ。」

そのまま洗面所へ行こうとするクラピカの後をレオリオは慌てて追った。

「お前な、帰ってきて即掃除って、そんなに汚いか?あ?」

これでも疲れて帰ってくるだろう恋人のためにちゃんと掃除はすませたつもりだ。それが、キスもしないうちにふき掃除だと言われても承伏できない。むっと文句を言うレオリオに、クラピカはきょとんとした。

「いや、綺麗だぞ、部屋は。」

そしてにこにこする。

「もともとお前はきれい好きだからな。それに、いつも私のために掃除はしてくれているだろう?」
「あ…いや、まぁな…」

さらりと言われてかえってレオリオは赤面した。

「それより、ほら、急いでふき掃除するぞ。日が暮れてしまうだろう。」
「いや、だから、なんで…」

話が見えん。

レオリオが頭を抱えたとき、クラピカが嬉しそうに言った。

「『こたつ』を出すんだ。」
「はぁ?」

素っ頓狂な声が出た。

こたつ?こたつって何だ、てかもしかしてあの荷物か?

「東の国から送っただろう。部屋の隅にある、あれが『こたつ』だ。」

ほら、靴を脱げ、ぐずぐずするな、と雑巾を渡されたレオリオは、恋人との再会初日、黙々と床掃除に励むことになった。何で掃除するのに靴を脱ぐんだ、だの、ただいまのキスはどうなったの?だの、頭の中はぐるぐる回っていたが。


日がとっぷり暮れた頃、全てが終わった。綺麗に拭きあげられた床は、当然土足禁止で、ソファセットはそのままだが、ダイニングテープルと椅子二脚は寝室の隅に片づけられた。そして、ダイニングテーブルのあった場所には、でん、と『こたつ』が居座っている。

レオリオは唖然としてその光景を眺めた。もともとレオリオは、シックだがどこか華やいだ雰囲気をもったものが好みだ。だから、リビング全体がダークブラウンにまとめられた落ち着いた雰囲気の部屋を借りていた。家具付きの部屋だ。床よりも少し明るめのブラウンで統一された家具類は、優雅な曲線を持った柔らかいデザインで、細部に彫り込まれた草花の意匠が華やかさを添えていた。なんだかんだいってもハンターであるレオリオは、ハンターとして働いていなくてもそれなりに経済的余裕が生まれている。ちょっと洒落た部屋を借りるくらいはできるのだ。

そしてそのちょっと洒落た部屋の真ん中に真四角の天板をもった『こたつ』。

いそいそとクラピカはこたつのプラグをコンセントに差し込んでいる。壁際のコンセントが遠いので、延長コードのコンセントだ。

「ふむ、問題はないな。」

満足げに頷いたクラピカは、ぽんぽんと自分が座っている隣の座布団を叩いた。

「何をしている、レオリオ。こっちへきてこたつにあたったらどうだ。」
「あ…あぁ。」

レオリオは呆然と突っ立ったままだったが、クラピカに促されてこたつに入った。

「な、あったかいだろう?」
「あ?あっあぁ、あったかいな。」

そうか、あの布団はこうやって使うのか。

レオリオは分離したテーブルと布団の謎がようやくわかった。しかし、妙な気分だ。こたつ敷きの上とはいえ、床に腰を下ろしているのと同じ目線なのが落ち着かない。

「こたつ布団とこたつ敷きはソファの色にあわせたんだ。」
「……」

たしかに、ソファと同じワインレッドだ。しかし、こうも「東の国情緒たっぷり」な模様の布団とこたつ敷き、ついでに言わせて貰えば、「座布団」とかいうクッションの取り合わせは、この部屋でかなり浮きまくっている。

「流石に疲れたな。どこかへ食べに行くか?」
「あ、いや、もう準備はすませてあるんだ。」

はっとレオリオは我に帰った。

「久しぶりにオレのパスタ、食べたかろうと思ってな。」

座ってろ、というと、立ち上がりかけたクラピカは笑って座り直した。やはり疲れているのだろう。キッチンに入る前に振り向くと、もぞもぞこたつの中に潜り込んでいくところだった。




「お待たせ〜。レオリオ様特製、ペスカトーレだ。」

湯気のたつパスタを大皿に盛ってリビングに入ると、クラピカが目をこすりながら起きあがってきた。

「…喉、乾いた。」
「ほら、ビタミン補給。」

グレープフルーツジュースを大きなグラスについでやる。クラピカは一気に飲み干すと、目の前の大皿をみて目をキラキラさせた。

「おいしそうだ。」
「おいしいんだよ。」

軽口を叩きながらレオリオは取り皿にパスタを取り分けてやる。こういうとき、本当に幸せだ、としみじみ感じる。湯気のたつ食事、暖かい部屋、目の前の可愛い恋人、本当に幸せだ。幸せだが、しかし…

なんだかなぁ…

東の国情緒豊かなこたつ布団と天板の上に、白磁に青の模様も美しい南欧風のパスタ皿とクリスタルガラスのワイングラス。

美味しそうにパスタを頬ばるクラピカの顔を眺めつつ、まぁ、いいか、と思いながらも、明日のクリスマスイブにレオリオは一抹の不安を感じていた。






朝起きると、クラピカはそのままこたつにもぐりこんでいた。
実は夕べ、自分で感じる以上に疲れていたクラピカが先にぐうぐう眠ってしまい、レオリオは泣く泣く夜の営みを諦めたのだ。だが、今日はクリスマス・イブ、熱くとろけるロマンティックナイトの準備は万端だ。ぐぐっと密かに気合いを入れたレオリオに、クラピカが暢気に笑いかけた。

「おはよう、レオリオ。」

そしてぽんぽんと座布団を叩いてこたつに誘う。結局、こたつで朝のお茶になった。白磁にターコイズブルーと金をあしらったティーカップが妙に浮いていたのは言うまでもない。

当然のごとく、朝食もこたつだった。クラピカはよっぽどこたつにご執心とみえて、暇さえあればもぐっている。昼になって、レオリオが昼食と買い物に誘うまで、クラピカはこたつでごろごろしていた。




カフェで軽い昼食を取った二人は、イブのご馳走を色々買い求めた。クリスマス飾りでキラキラした街並みを楽しみながら、店を覗いて回る。盛りつけるだけのサラダやサンドイッチ、ローストビーフ、チーズや生ハムなどを買い、もちろんケーキとシャンパンも買って部屋へ戻った。なんといっても華やいだ街でのデートは楽しくて、帰り着いたの頃には日がとっぷり暮れていた。いよいよ、計画通り、クリスマスイブ・ロマンティックナイトを成功させなければならない。

「メシの前にシャワー、浴びとくか。」

さりげなくレオリオが促すと、クラピカは素直に頷いた。わずかに頬が染まっていたということは、クラピカもその気十分ということだ。

うしっ、いけるぜっ。

いそいそとレオリオは雰囲気作りにとりかかる。ソファテーブルの上に、赤いバラの一輪挿しとろうそく立て、窓の横においたクリスマスツリーには落ち着いた色合いのライトを飾ってある。ルームライトの光量を落とし、ライトの電源を入れると、夢のように煌めく空間が出来上がった。手際よく買ってきたサラダやローストビーフなどを盛りつけ、シャンパンと一緒にソファテーブルに置いた。後は自分がシャワーを浴びるだけだ。

ソファに並んで食事をとり、シャンパンをあけ、盛り上がったところで押し倒す…

浮かれたレオリオの頭からはこたつの存在がすっぽり抜け落ちていた。






シャワーを浴びて出てきた恋人は、ほかほか湯気を立てていて、まさに食べ頃だった。用意していたオフホワイトのセーターがよく似合っている。クリスマスツリーやろうそく立てを見て、恋人は感歎の声を上げた。

「すごいな、本当に綺麗だ…」

そう言ってにっこり笑った恋人に思わず突進しそうになる己をレオリオは必死で押さえる。ここで押し倒してはロマンティックナイトがだいなしだ。

「オレも浴びてくるわ。」

そう言うと、レオリオは着替えを持って浮き浮きとシャワールームに向かった。

実はレオリオのセーターはクラピカとおそろいにしてある。照れ屋な恋人にさりげなくアピールするつもりだ。シャンパンをあけ、ある程度食事をすませてから、とっておきのワインをグラスに注いでやる。赤いワインがろうそくの明かりにゆらめくだろう。甘いもの好きな恋人に、ケーキを食べさせてやるのもいい。ろうそくとクリスマスライトの明かりだけでほんのりと色づいたクラピカはどんなにか魅力的だろう。

上手くいきゃソファの上で生クリームプレイ、なんつーのもありかな…

期待はふくらむ。クフクフと笑いを漏らしながらレオリオは機嫌良くシャワーを浴びた。色々してやるつもりだし、してもらうつもりもあるから、念入りに洗う。そして、鏡の前でにやけた顔をひっぱたき、気を引き締めてからドアをあけた。

「クラピカ…」

そしてそのまま固まった。明るさ最大限に、煌々と部屋を照らすルームライト、ソファテーブルの上から料理が消えており、ただ、ろうそく立てと赤いバラの一輪挿しだけが取り残されている。

「どうした、レオリオ、早く食べるぞ。」

料理と酒、全てがこたつに移動していた。

「ほら、レオリオ。」

クラピカがぽんぽんと座布団を叩いた。






吟味しただけあって何もかもが美味しかった。シャンパンも旨い。そして目の前には恋人の可愛い笑顔。

オレのロマンティックナイト…

レオリオは心の中で号泣した。
確かに、道具立てが変わったわけではない。クリスマスツリーは相変わらず煌めいているし、ソファテーブルの上ではろうそくの炎が揺れている。しかし、いつもの明るい電灯の下では、どこか間抜けだ。
白磁に小花をあしらったディナーセットは真四角の小さなこたつの上で窮屈そうにひしめきあっていて、雰囲気も何もあったものではない。バラの花はすっかり無視され、ろうそくの火も危ないから、とすぐ消されてしまった。

「食べないのか?なら私がもらうぞ。」

頬をバラ色に染めて恋人はイチゴの乗ったケーキを頬ばっている。
可愛い、ものすごく可愛い。
ぽぉっとレオリオはクラピカに見とれた。レオリオのケーキを手前に寄せたクラピカはマジパン細工のサンタからとりかかっている。口の端に生クリームをくっつけて、嬉しそうに。

ああ、舐めてぇな…

レオリオはクラピカの口元を見つめながら、ぼんやりそう思った。慣れない胡座に痺れてきたせいか、無意識にぐっとこたつの中で足を伸ばした。

ふにゃ。

右足が何か柔らかいものを押した。

「…へ?」

なんだこれ?

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

なんでしょね、ふにゃって。はい、問題です。レオリオの足に触ったモノはなんでしょう。正解者にはイーヨの熱い抱擁を(いらんって。)さ〜て、さくさく濡れ場へれっつらご〜。