二日間降り続いた雨がようやくあがり、三日目の朝、明るい太陽が顔を出した。不二は鎌倉時代に留まったままだ。まだ時空を越える兆候はなかった。だが、不二にはおぼろげにわかっていた。
次がきたら帰れる。
何故、と聞かれたら答えに困るが、妙に確信があった。だが、それがいつになるのかはわからない。
この二日、悶々と思いにふけっていた。雨音を聞きながら、国光のくれた陶片を眺めながら、自分が何に思い悩んでいるのかすら定かでなかった。
不二は畳の上から外を眺めた。朝陽が廊下に射している。空の高みからピチュピチュと鳥の声が聞こえてくる。
不二は廊下に出てのびをした。陽を浴びて気持ちがいい。部屋の板戸は国光が起きたときに全て開け放してくれた。
国光…
雨の降り続いた二日間、国光はずっと不二の側に寄り添っていた。不二の傍らで執務をとり、手が空くとそのまま不二を胸に抱き込んでじっとしていた。何を話すわけでもなく、ただ不二を腕の中に囲っていた。夜は不二を胸に抱き込んだまま眠った。不二も黙って国光に身を寄せかけた。静かで濃密な空間、そこに存在するのは不二と国光だけ、雨音だけが響いていた。
「それっておかしいだろ、僕…」
思い出して不二はかか〜っ、と一人赤くなる。
何やってんだよ、僕はっ。
ずっと国光にだっこされていたなんて、相当自分もおかしかったのだ。
だって、すごい雨だったし、結構冷え冷えしてて国光にひっついてるとあったかかったし…
色々理由をあげてみるが、言い訳にもならない。
「あ〜、考えるのやめたっ。」
不二はぶんぶんと頭をふった。じっとしているのがいけないのだ。だからろくな事を考えない。だいたい、閉じこめられてかれこれ一週間、体がなまってしかたがない。
「よしっ、今日こそ庭に出るっ。」
国光の態度も軟化してきているし、忠興と秀次は不二の味方だ。雨も上がった今日がそろそろゴネどきかもしれない。不二は朝日に向かってぐっと拳を突き出した。
「二日間も大人しくだっこされてやったんだっ、借りは返してもらうよっ。」
冷静に考えるとものすごく情けない啖呵だが、この際それは無視することにした。
「ジャージに着替えて馬に乗ろうっと。」
くいっと腕のストレッチをしながら不二は部屋へ入った。鬱々と落ち込んだ反動か、考え込むのをやめたらすっきりした。天気がいいと気分も上向くらしい。
我ながら単純。
朝食がくるまで、不二は準備運動に専念することにした。
結局、忠興と秀次の援護射撃もあって、渋々ではあったが庭での乗馬が許された。大喜びで馬の轡をとったのはもちろん忠興だ。他の郎党達も、久しぶりに御渡り様のお姿を拝見できると、仕事はそっちのけで見物に集まった。館周りの警護の郎党ども以外は国光も大目にみたせいで、しまいには下人、下女まで集まってくる始末だ。
不二は楽しかった。雨上がりの風が肌に心地いい。久しぶりの開放感だ。昼食を用意されてやっと馬から下りたが、食事中、忠興に弓の稽古の約束をとりつけて国光に渋面を作らせた。
弓の稽古を始めるとまた郎党達や下人、下女達が見物をはじめる。業を煮やした国光が忠興に用を言いつけ弓の稽古を終わらせても、不二は外をうろうろして部屋へ戻ろうとしなかった。
「わかった、おれが悪かった。」
日も暮れようかという頃、とうとう国光が音を上げた。
「ふ〜ん、一応悪かったって思ったんだ。」
半眼で見据える不二に国光は両手を上げて降参した。
「明日はなんなりと不二の好きにするがよい。」
「ほんと?」
不二はぱぁっと顔を輝かす。国光は苦笑を漏らした。斜めに射した夕陽が二人を赤く染めている。
「国光、僕、馬で砂浜に降りてみたい。出来ればね、ちょっと走らせてみたいんだけど。」
「好きにしてよいと言うておる。おれが見てやろう。」
嬉しくなって不二はにこにこした。
「じゃあさ、国光、砂浜でピクニックしよう。」
「ぴくにく?」
国光はどこかぽぅっと不二の顔を見つめていたので、よく聞き取れなかったようだ。不二は肩を竦めた。
「つまりね、何か食べ物をもっていって、外で一緒に食べるって事だよ。」
そうしよう、きまり、楽しげにそう言って不二は館の中へ入る。後に続く国光もどこか嬉しそうだ。
「御渡り様、夕餉の膳をお持ちいたしましょうか。」
「あ、お願いするよ、秀次。」
体を動かし、適度な疲労が心地よい。腹も減った。上機嫌で不二は部屋へ向かった。
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穏やかな日常…ふ…ふふ…ふふふふ…(キモイからやめいっ)