翌日も朝から板戸は開け放された。あいにくの曇り空だったが、閉じこめられるよりは遙かに気持ちがいい。

朝食を運んできたのも秀次だ。不二の顔を見ると、秀次はほっとしたように笑った。

「殿には来客がござりまして。」

そう言いながら、どこか楽しげに食事の世話をやく。

「当主のくせにここに籠もるのが悪いんだよ。」

あんの馬鹿殿、んっとに馬鹿なんだから、そうわざと憎まれ口を叩いても秀次は嬉しそうにする。

「何、秀次、さっきから。」

青菜の煮浸しを口にいれながら不二が睨むと、秀次は慌てて手を振った。

「なっ何でもござりませぬ。ただそれがしは、仲直りなされたようでよかったと…」

不二は赤くなった。秀次は自分達の関係を気にかけているせいか結構鋭い。夕べ、結局互いに離れがたくなって、そのまま身を寄せ合って眠ったことを察したのかもしれない。

「なっ仲直りって、別に僕たちは。」

照れかくしにしかめっ面をすると、秀次がまた慌てた。

「あ、いや、そうではござりませぬ。」
「何がそうじゃないのさ。」

ごほん、と秀次は咳払いをした。そして真面目な顔できっぱりと言った。

「御渡り様の仰せらるるとおりでござります。それがしも殿は馬鹿じゃと思いまする。」
「すまぬな、馬鹿な殿で。」

むすっとした声が降ってきて秀次は飛び上がった。

「とっ殿っ。」
「国光。」

むっつりとした顔で国光が立っていた。

「そうだ、馬鹿殿だ。」
「そそそそれがしはっ。」
「別にかまわぬぞ、馬鹿殿だからな。」
「めめ滅相もござりませぬっ、そそそれがしっ。」
「馬鹿殿なのであろう。」

秀次の狼狽えようがおかしくて不二は吹き出した。

「おっ御渡り様〜。」

秀次が情けない声を上げる。もともと、馬鹿殿のネタを振ったのは自分だ。笑いながら不二は助け船を出すことにした。

「国光、お客さんじゃなかったの。」

国光の顔がふっと曇った。

「…たいした用向きではない。」

不二から目をそらした国光に首を傾げていると、どたどたと荒い足音が響いてきた。忠興の足音だ。なんだか久しぶりに聞くような気がして不二は嬉しくなった。待ちかまえるように茶碗を膳の上に置く。ほどなくして忠興が姿を現した。

「忠興。」
「おぉ、おぉ、御渡り様。」

忠興の強面がくしゃっと歪んだ。廊下にへたっと両手をついて座り込む。

「御渡り様ぁ。おいたわしや、御渡り様。」

忠興は武骨な手で目頭をぐっと押さえると国光に噛みついた。

「殿っ、いい加減になされませよっ。警護じゃいうて御渡り様を外へお出しせぬなど、本末転倒じゃ。我ら勇猛で知られた榎本党がお守り申し上げておるのじゃ、御渡り様へかようなご不自由を強い申し上げる必要なしと存ずる。」
「であるから、もうしばしの辛抱だと言うておる。叔父貴はお使者殿を丁重にお送り申し上げてくれ。」

国光は渋面を作った。忠興は不満そうに、それでも、諾、と答え、ついでに文句も付け加える。

「殿の愛想のなさも時と場合によりけりじゃ。嫁御のご実家のお使者じゃいうに、ああも素っ気なく扱うて婚儀がこじれなばいかがされる。」
「婚儀…?」

不二は思わず国光を見る。渋面のまま国光は視線を逸らした。かわりに忠興が返事をする。

「婚儀の日取りを決め、子細を話し合わねばならぬというに、殿がこれじゃ。なりかわって走り回る我らの身にもなってくださらねば、殿、聞いておられるか、殿っ。」

そっぽを向いたまま国光はぼそっと言った。

「叔父貴の好きにすればよい。」
「えぇ、わしが嫁を取るわけではないわっ。」

かーっ、と身を乗り出さんばかりに忠興が吠えた。

「わかったわかった、お使者殿に挨拶してこよう。」

渋々不二の部屋を後にする国光に続こうと腰を浮かせた忠興は、不二にへにょっと笑いかけた。

「待っていて下されよ。御渡り様、殿のお許しをいただいて、馬の稽古をいたしましょうなぁ。」

そしてまたどたどたと廊下をかけていく。遠ざかる足音を不二は寂しい思いで聞いた。

「御渡り様…」

秀次の声にはっと我に帰る。

「あ…国光も大変だね、色々。」

取り繕うように笑って不二はまた食事にとりかかった。婚儀、という言葉が喉に引っかかった魚の骨のようにちくちくと不二を刺す。機械的に箸を使うが、味も何も感じなかった。


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うはは、みんな、忘れてるかもな。国光君の婚儀の話。不二君にエンゲージリング?あげてるくせ、どうする、どうする国光っ、でもアンタ、結婚決まってますから、ざんね〜ん♪(だからギター侍、やめぃって、オレ)