昼食にはさっそく「テニスボール」の塗椀セットが出てきた。汁椀に口をつけてみて、漆器の類いに縁のない不二にもえらくこれが高級品なのだということが理解できた。手にしっくり馴染み、触り心地もいい。そして中身は…


素材の味100%…だよねぇ…


貝の煮びたしを咀嚼しながら不二は涙した。

別にマズいわけではない。新鮮な食材を丁寧に料理してくれている。不二は神様だから、他の皆が食べているものからすると、これはきっとものすごく贅沢な膳なのだ。ここへ来てすでに十日あまり、日々の膳から、気を使って工夫して料理されているのもわかる。しかし、しかし…



カレ−が食べたい、激辛のカレー…


不二は根菜の煮付けをかじった。


ラ−メン食べたい、カップ麺でいいからラーメン…


焼き魚をほぐして口に入れる。


キムチ食べたい、
ボテチ食べたい、
コ−ラ飲みたい、
パン食べたい、
食パンでいいからパンにバター、
スパゲティのトウガラシ入ったヤツ、
ピザにタバスコかけて…

贅沢は言わないッ、ピザソース、舐めるだけでもいい〜〜〜っ。


現代っ子不二の味覚が刺激を求めて悲鳴を上げていた。



『この次参る折には菓子を持参しますゆえ、楽しみにしていてくだされよ。』

朝比奈義秀が帰るまぎわに言った言葉をふと思い出す。

『儂が持ってくる菓子は甘うござりまするぞ。そこな忠興めが塩羊羹とはわけが違いますからな。』

カッカッカッ、と高笑いする義秀に忠興が憮然としていた。
実は数日前、忠興が上機嫌で不二に羊羹を持ってきたのだ。和菓子が好きなわけではなかったが、久しぶりに甘いものが食べられると不二は大喜びした。そして数分後、不二は鎌倉時代をナメたらいかんと再び己を戒めたのだ。

羊羹は塩味だった。

『いや、郎党どもに聞き申した。御渡り様、羊羹を召し上がられて甘うないと驚かれた由、義秀、胸が痛みましたぞ。まっこと忠興の武骨一辺倒なことよ。』

どうも義秀と忠興はお互い張り合う間柄のようだった。家柄は格下の忠興に突っかかるということは、忠興の武勇に一目置くからなのだろう。だが、なんとも子供っぽい意地の張り合いをする。

実は反物一つ求めるにしてもお互い譲らず、結局別々の物を買い求めていた。忠興は緑地の錦、義秀は赤地錦で互いに自分の趣味がよいとこれまた譲らない。だから塩羊羹の一件を聞き及んだ義秀が、ここぞとばかりに言い立てたのだ。

流石に忠興は反論できず渋い顔で唸っていた。一人京より参ったという商人だけが、なんなりと御用立ていたしますぞ〜、とホクホク顔で帰っていった。

「でも、ホントに甘いお菓子、持ってきてくれたらいいけど。」

不二は膳を綺麗にたいらげ、箸を置きつつひとりごちた。何だかんだといって高校生、食欲は旺盛だ。

秀次が郎党に白湯を注がせる。茶よりお湯がいい、と不二の希望で、食後は必ず白湯が出された。例のごとく忠興が騒いだが、抹茶をお湯に溶いたようなものより白湯のほうがよっぽどいい。ましてや酒など、もう真っ平だ。

白湯を受け取った不二は、義秀の言葉を思いだしながら部屋の奥に奉られた三宝を見た。義秀と忠興が買った反物がそれぞれのせてある。直垂にしたてるのだそうだ。その横に、もう一つ三宝が据えられていた。何かのっているようにも見えず、不二は怪訝に思って近付いた。

「…あっ。」

それはミルクキャンディだった。七つの小さなキャンディの包みがスティック状のパッケージに入っている。

「これ…」
「おそれながら、御渡り様のお召し物を洗い申し上げた折、見つけましてござります。」

白湯を注いでくれた郎党がそう言った。

あ、ポケットに入れてたんだ…

不二はミルクキャンディのスティックを手に取った。




この世界にくることになったあの朝、手塚がくれたのだ。二人で歩いていた時、父のヨーロッパ土産だとかいって。

『え?なんか意外。手塚へのお土産がミルクキャンディなんて。』

そう不二が笑うと、手塚は少し照れた顔をした。

『おれは甘い物は別に食べないんだが、これだけは昔から好きで、だから家族はおれへの土産というとその土地で見つけたミルクキャンディを買ってくるんだ』

意外すぎて目を丸くした不二に手塚は肩を竦めた。

『やっぱり変か?』
『…いや、なんていうか…』

手塚って案外可愛い、というと額を小突かれた。

『結構旨いぞ。疲れもとれる。』

ぶっきらぼうに手渡してきたのはやはり気恥ずかしかったからだろう。嬉しくて不二は受け取ったそれをポケットにしまった。

『ありがとう、手塚がくれたんだから、僕の宝物にするね。』

冗談めかして本音をまぜた。手塚が笑ってくれたのが、また嬉しかった。





「忘れてた…手塚のキャンディ…」

手にとって不二は手塚の笑顔を思いだす。胸が締め付けられた。

また自分は手塚に会えるのだろうか、あの笑顔に出会えるのだろうか。

泣きそうになって、不二は慌ててキャンディに意識をそらす。

泣いたら秀次が心配する。そしてそのことを聞いた国光も…

不二はペリペリとパッケージをはがした。デフォルメした乳牛の笑っている絵がついた包み紙を剥がして一つ、口に入れた。久しぶりに味わう強烈な甘味とミルクの香り。じんわりと舌に、胸に甘さが沁みた。

国光にも食べさせてあげよう…

不二はふとそう思った。ミルクキャンディが好きだと言った片思いの人にそっくりな男の顔を思い浮かべる。手塚と同じように、国光もミルクキャンディを好きだろうか。手元をみると、6個ある。

忠興にもあげよう、それから義秀にも。

喧嘩になったらいけないもんね、と不二は小さく呟いた。

病気の国光のお父さんにも食べさせてあげたい。毎朝、不二が見舞うのをあの人はとても楽しみにしている。それがわかる。

不二は後ろを振り向いた。秀次と、よく秀次が手伝いをさせる若い郎党が控えていた。

「秀次。」
「ははっ。」

嬉しげに近寄ってくる不二に秀次は平伏した。何があっても礼をかかさないのがこの男である。

「ねぇ、秀次、これあげる。」

不二は小さなキャンディを包み紙ごと秀次に渡した。それから、その隣に控える若い郎党にも一つ渡す。

「君にもね。でも、誰にも言ったらダメだよ。皆のぶん、ないから。」

不二は唇に指をあてて悪戯っぽく笑った。おそらく不二や秀次とあまり年のかわらないその郎党は不二に微笑まれて真っ赤になった。うやうやしく手渡されたキャンディを捧げると、しげしげと手の中のそれを眺めた。秀次もじっとキャンディを睨むように見つめている。

「な…なにやら描いてござるが…なんでありましょうや…」
「宝のように光っておりまする…」

秀次がぽつっと漏らすと、若い郎党は頬を紅潮させたまま言った。手触りといい色といい、包み紙が不思議でならないようだ。不二はぷっと吹き出した。

「見てないでその紙、あけてごらんよ。」

おそるおそる二人は包み紙を開ける。中からは当然、乳白色のキャンディが現れた。

「ミルク味、おいしいよ。」

ほら、と不二は口をあけて自分が舐めているキャンディを見せた。秀次と若い郎党はおずおずともらったキャンディを口に入れる。数回、もごもごと口の中でキャンディを転がした二人は、次の瞬間、惚けたように動きを止めた。目を見開いたまままばたきもせずじっとしている。

「え?ちょっちょっと、秀次、ねぇ、君、大丈夫?」

尋常でない様子に不二は慌てた。

ミルクキャンディは鎌倉人にはマズかったか、やっぱりジャンキーなんだろうか、不二に貰った物だから吐き出せないでいるのか、

焦って不二が、吐き出してと言おうとした時、秀次と郎党がペチャペチャと涎を垂らしそうな勢いでキャンディを舐めはじめた。一心不乱に舐めている。その異様な迫力に不二は声もかけられない。黙ってみていると、口の中のキャンディがなくなったのか、二人はほうっとため息をついた。うっとりとした表情だ。

「…この世のものとは思えぬ美味でござりました…」

秀次がぼうっとしたまま呟いた。まだ唾が出るのだろう、口をモゴモゴさせている。

「なんでござりましょう…匂いまで甘うござりました…いまだ鼻の奥まで味がいたしまする…」

ごくっと秀次は喉を鳴らした。二人とも目線が宙を漂っている。

「…ひ…秀次…?」

不二はますます狼狽した。秀次もこの郎党もどこかおかしくなったのだろうか。不安げに名を呼ばれた秀次はぼんやりと不二を見返し、へらっと口元を緩めた。

「…こってりとした乳のような…なのに甘うて…唾がとまりませぬ…」

極楽浄土をみたようじゃ、と秀次が呟くと、こくこくと若い郎党は子供のように頷いた。

「…まこと…天上の食物にて…」

若い郎党は意識がどこか飛んでいるようだ。


なんだ、要するにおいしかったんだな。


不二は安堵した。

おいしすぎてああいう反応だったわけね。

納得すると、むらむら悪戯心が沸き起こってきた。
鎌倉人、面白すぎる。忠興は義秀と並べて食べさせた方が面白そうだ。とりあえず今は…

「ねぇ、国光は?」

秀次がまだ霞みのかかった目でのろのろと答えた。

「あ…殿には本家へ出向かれたまままだお戻りになられておりませぬ…」

な〜んだ、つまらない。

ぼうっと座り込んだままの二人を置いて不二は部屋を出た。国光の父親の部屋へ向かう。手の中のミルクキャンディをきゅっと握った。

「疲れもとれる、か。」

手塚の言葉をそのまま繰り返す。病床にある国忠に持っていこう、少しでも元気になればいいな、そんなことを考えなが 。

☆☆☆☆☆☆☆☆

鎌倉時代に飛ばされたら、まず私ならばカレー禁断症状がでること間違いなし。あとコーヒーと生クリームたっぷりのケーキとチョコと焼肉のたれと…(だから太るんだよ、オレ…)
可哀想に、国光君、秀次達が天上のくいもんで至福味わってるときに本家三浦に行ってます。ストレスだねぇ、国光。