抱き合ったまま泣いていたら三代目が受付所にはいってきた。そして、とっとと帰れ、と追い出された。三日の休みをくれてやるわい、その言葉に振り返ると、老翁はにんまり笑ってこっちを見ていた。
イルカの家に行きたい、とカカシが言うので、今住んでいるボロアパートに案内した。道々、カカシは繋いだ手を離そうとしなかった。またいなくなられたらたまんないよ、泣きそうな顔でそう言われた。
イルカの部屋はごくごく普通の独身男のものだ。洒落た飾りがあるわけでなく、趣味のいい調度品があるわけでもない。適当に整理整頓されている、といった程度だ。立て付けの悪いドアを開けカカシを中に招き入れた。薄いカーテン越しに西日が部屋を赤く染めている。
「そこ、座ってて。」
卓袱台の前に座布団を敷こうとすると、手を引かれて一緒に座らされた。ちんまりと正座したカカシはイルカの両手をぎゅっと握りしめる。口布を下ろした顔が赤いのは西日のせいだけではないだろう。
「あっあのね、空蝉、いや、イルカ、えっとね…」
もごもごと歯切れが悪い。なんとなくイルカも正座してカカシを見つめた。ちら、とイルカの目を見たカカシは更に赤くなる。
「獣じゃないんだから再会した途端襲いかかったりしちゃダメだってわかってて、その、9年間のことを話し合ったりとか、オレの気持ち聞いて欲しいとか、色々あるんだけど、その…」
もじもじと膝をすりあわせている。イルカはぷっと噴き出しそうになるのをこらえた。相変わらずズレていて、可愛い男だ。きっとこの男は9年間、「空蝉」に操立てしていたのだろう。顔も体も立派な大人になったというのに、照れる姿は少年のようだ。ぎゅ、とイルカもカカシの手を握り返した。
「カカシ。」
赤い顔のまま、カカシが目をあげる。口布を下ろした素顔は相変わらずイイ男で、その眼差しは純粋だ。
「オレ、空蝉の時と違ってオヤジ臭いだろ?」
何を言っているのか、という風にカカシは目をぱちくりさせた。イルカは苦笑いを零す。
「ボロアパートに住んでてさ、洒落た調度の一つもねぇ。妓楼のトップだった空蝉のホントの姿はこんな冴えない中忍だ。」
「なっ何言ってんの。オレがアンタの見た目だけで好きになったとでも…」
「思っちゃいねぇけどさ。」
カカシの必死さが今更ながらイルカの胸を打つ。だが…
「思っちゃいねぇけど、やっぱ9年は長い。」
9年の歳月を経てもこの男が愛おしい。カカシが必死で自分を求め続けてくれたのも本当だろう。同時に、思い出が現実以上に美化されるのも事実なのだ。
「空蝉は所詮、仮の姿なんだよ。オレもお前もガキだったしさ、遊郭なんてどっか現実離れした雰囲気のとこで、あそこ、高級妓楼だし、きらびやかだったろ…お前がオレのこと、本当に好いてくれたのは知っている。でも…」
「イルカ。」
とん、と両手を膝に下ろされてイルカは黙った。じっとカカシはイルカを見つめている。イルカは観念した。真っ直ぐな瞳に誤魔化しはきかない。そうだ、9年前のカカシもいつだってまっすぐイルカを見つめていた。カカシの前では自然と本音がこぼれ落ちた。
「怖ぇんだよ、バカ。」
「何が?」
「察しろ、このトンチキ。」
「言ってくれなきゃわかんない。」
カカシが微笑む。なにがそんなに嬉しいんだか。イルカは目をそらした。
「オレは空蝉じゃねぇ。空蝉なんてこの世にはいねぇんだ。お前、まだそれ、実感してねぇだけで…」
「『イルカ』、に失望されるのが怖い?」
当たりだ。核心を突かれてカカシを見る事ができない。イルカは俯いたまま唇を噛んだ。突然、ふわりと温もりが体を包んだ。
「相変わらずバカだねぇ。」
優しい声が落ちてくる。柔らかく包み込むようなカカシの抱擁、今更ながらイルカは、自分が体を強ばらせていたことに気付く。
「姿を消した時から変わんない。ほんっとお馬鹿さんだよ、イルカは。」
きゅ、と抱きしめる腕に力が込められた。
「オレにとっちゃね、空蝉だろうがイルカだろうがどっちでも同じなの。」
僅かに体が離れ、カカシの色違いの目がイルカの顔を覗き込む。
「アンタがいい、オレにはアンタが必要。」
ひどく真剣な眼差しだ。
「アンタはオレの運命の恋人だ。」
イルカは息を飲む。フッとカカシの顔がほころんだ。
「もうね、諦めて認めてよ。一生かけてアンタに信じさせてあげるから。」
情けなく眉を下げる。
「9年だよ、オレは辛くて死にそうだった。ねぇ、イルカ、またアンタが消えたらオレ、壊れちゃうよ。」
9年前、失うことを恐れてイルカはカカシから逃げ出した。そして今、傷つくのを恐れてまた逃げようとしている。わかっているけど、怖いものは怖い。
「臆病なんだオレは…」
「そんなの知ってる。」
ぎゅう、とまた抱きしめられた。
「9年前だってそうだったじゃない。アンタは誰かに心を開くの、怖がっていた。」
宥めるようにカカシの手が背中をさする。
「今度は中忍イルカが写輪眼のカカシにふさわしくない、なんてバカなこと考えてるんでしょ。それとも幻滅されてオレが離れていくとでも?両方かな?でもね、びびってんのはオレの方。」
「カカシが?」
意外すぎてきょとんと顔をあげると、目の前に困ったような笑みをうかべたカカシがいた。
「写輪眼のカカシなんてご大層に言われているけどこの程度か〜、とか、相変わらずモサモサ頭でカッコ悪〜、とか」
いったん言葉を切ったカカシの頬に、さぁっと朱色が走った。
「エッチへたくそ〜、とかね。」
「ぶっ…」
思わず噴き出した。カカシが耳まで赤くなる。
「お前、マジで照れてる?」
くつくつ肩を揺らして笑うとカカシがむすっと口を尖らせた。
「あっあったり前でしょーが。オレはねぇ、アンタに操立てして、誰とも練習してないんだからね。」
イッイルカはどうなのよ、とぼそぼそ小さく詰まるカカシにイルカは完全に白旗を揚げた。心がほぐれていく。温かいものだけが体を満たす。もう逃げない、怖くない。
「カカシ。」
赤くなった頬を両手で包む。
「あの時からオレは、お前だけ愛してる。」
そっと唇と寄せた。触れるだけのキスをおくり、イルカは微笑む。
「一生お前だけだ。」
もう一度キスをした。
「カカシ?」
反応のないカカシにイルカは少し体を離す。
「カッカカシ。」
カカシはかちこちに固まっていた。白い顔が茹で蛸のようだ。しまった、とイルカは改めて思い出す。コイツはベタベタスキンシップが好きな割にはとんでもなく奥手だったんだ。湖のほとりで初めてキスをした時も、真っ赤になったまま歯をくいしばっていたっけ。
「カーカーシ。」
名前を呼びながら今度はちゅ、と音をたててキスしてみた。埒があかない。イルカはカカシの首に両腕を巻き付けると、そのまま唇を重ねた。
やっぱり歯、食いしばってる。
なんだかそれが嬉しくて、イルカはあの時と同じように舌でカカシの前歯をノックした。9年前にさかのぼってまるでやり直しているような錯覚におちいる。ガチガチに噛み締めている歯を舌でねぶり歯茎まで愛撫していると、僅かにカカシの口が開いた。するり、と舌をさしいれる。奥に縮こまっているカカシの舌を絡めとり口の中を愛撫しているうちに、カカシの強ばりがほどけてきた。イルカの舌に答えてくる。
「キスの仕方、思い出した?」
そっと唇をはなしたイルカは吐息にのせて囁いた。
「空蝉っ…」
呻くように名を呼ばれたと思った瞬間、カカシの唇があわさってきた。深く舌を潜り込ませてくる。舌を絡め角度をかえて吸い上げるカカシにこたえながら、イルカは胸が詰まった。ずっと思い焦がれていた。何度も思い出して、その度に涙した。深く口づけあいながら、イルカはカカシの背にしがみついた。ふわ、と一瞬の浮遊感の後、どさり、と畳に押し倒される。貪るような口づけ、すがりつく男の体はあの時よりもはるかに大きくたくましい。
「イルカ…」
唇から頬、耳をカカシの唇が辿る。
「イルカ、イルカ…」
吐息とともに耳元で名を呼ばれ、涙があふれてきた。ぎゅっとしがみつく手に力を込める。
「カカシ…」
「覚えてる、なにもかも…」
カカシは首筋に唇を這わせながら、イルカのベストをはぎとった。アンダーの下に手がもぐりこんでくる。
「アンタの感じるとこ…どうやったらアンタが気持ちよくなるか、全部覚えてるよ…」
「ん…」
つっと乳首を潰されてイルカは震えた。
「全部アンタが教えてくれた…」
両手でイルカの肌を撫でさする。くすぐったいようなじんわりとした快感にイルカは身を捩った。
「だったら…」
次第に乱れる呼吸の合間にイルカはうっとりとカカシを見上げる。
「全部…脱がしてくれ…」
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