学校では誰が本命にお返しをしただの、振られただの、かしましかった。
松平玄九郎はいつものように不二に笑いかけ、不二も微笑んでそれに答えていた。だが、手塚は腹を括っていた。
不二が手塚を友人以上に見ることはない。そんなことは百も承知で、ただお返しを渡すだけだ。そこにもう意味をみいだすなど、愚かな考えは二度と持つまい。
腹は据えたが相変わらず眉間の皺は深かった。そんな様子を乾は面白そうに、大石はハラハラしながら注視していたが、当の手塚はまったく気付いていなかった。
☆☆☆☆☆☆
「不二、少し待っていてくれ。」
部活の終わりに手塚は不二を呼び止めた。怪訝な顔をする不二に手塚はもう一度いった。
「竜崎先生に日誌を届けたらすぐ戻る。」
「あ…う、うん…」
不二はこくりと頷いた。
「なに?なになに?何かあるのにゃ〜っ。」
目をキラキラさせながら菊丸がよってきたのを、大石が慌てて引き止めた。
「エージ、いいから、ちょっと付き合え。」
「なっ何にャ〜。」
「いいからっ。ほら、鞄っ。」
ぐいぐい大石は菊丸を引っ張って部室を出る。
「じゃ、おつかれ〜。」
大石に続いて部員達は次々に帰っていく。部誌を持って職員室に走ろうとする手塚の背中を乾がポンと叩いた。
「ま、がんばって。」
しれッと笑って乾も部室を後にした。手塚が振り向くと、不二がにこっと笑う。
「手塚、ここで待ってるから。」
手塚はそのまま職員室に急いだ。部誌を提出したあと、今さらながら手塚は緊張してきた。
お返しだ、お返しをわたすだけだ。
そう己に言い聞かすのだが、どうにも心臓の音がうるさい。制服のポケットに突っ込んだ紙包みがカサっと音をたてる。職員室から部室へ帰る道々、手塚はじっとり手に汗をかいていた。部室のドアを前にして、少し躊躇う。
待っていてくれなど、一方的すぎたのじゃないか。不愉快な顔をしていたらどうする…
意を決してドアを開けた。不二はベンチに腰をかけていた。
微笑んで、しかしその笑みはどこか悲しげで儚くて、手塚は思わず息を飲んだ。
ああ、好きだ…
不二を見つめながら手塚は今さらながらにそう思った。不二の白い肌が窓から射し込む夕陽に染められている。微笑みを浮かべる唇がどんなに蠱惑的か、首をかしげると着替える時には努めて目を逸らしているほっそりとした項が露になる。はらりと一房、髪の毛が首筋を流れた。
諦められるのか、これほど愛しい存在が人のものになっていくのを見ていられるのか。
手塚の胸がぎりっと軋んだ。
いっそここで抱きしめてしまおうか。好きだと、誰のものにもなるなと叫んで、唇を塞いで…
「手塚?」
不二の声で我に帰った。不二が不思議そうな顔をしている。
手塚は慌てた。本人を目の前にして、その首筋に口付ける己を思い描くなど不埒千万だ。
「手塚。」
不二が立ち上がって近付いてくる。
うわっ…
自制がきくかわからなくなった。とにかくこれを渡して逃げ出さなければ、何を口走るかしれたものではない。焦った手塚はがさがさとポケットから包みを取り出し、ずいっと不二に突き出した。
「やる。」
「………てづ…」
「お返しだ。」
ぽかんとしている不二の手に包みを押し付けると、手塚は部室を飛び出していた。後ろを振り向くなど恐くてできなかった。走りながら己に言い聞かす。
諦めろ、諦めろ、不二を失いたくないのなら想いを殺せ。あれはただのお返しだ…
「くそっ。」
いつの間にか校門を抜けて通りに出ていた。
「くそっ、くそっ。」
震える拳を握りこむ。
「……畜生…」
あんなに愛しい存在を本当に諦められるのか。
手塚の中で何かが切れかけていた。
☆☆☆☆☆☆
不二は呆然としていた。一人、部室に突っ立ったまま手塚の飛び出していったドアを見つめている。手の中の包みがかさっと音を立てた。はっとそれに目を移す。よく行くスポ−ツ用品店の包み紙だった。
手塚に待っていてくれと言われた時、不二は覚悟を決めていた。
自分はきっぱりと拒絶されるのだろう。不二の気持ちに気付いた以上、あの手塚が曖昧にしておく筈がない。
辛い言葉を聞くために待つ時間はひどく長くて残酷だった。斜に射し込む夕陽の赤は心が血を流しているようだとぼんやり思った。
なのにこれ…
手を動かすと、またカサリと包みが音をたてる。拒絶の意志を示すにしても、スポ−ツ用品はないだろう。不二は恐る恐る包みを開けた。
リストバンド?
ベージュでロゴが刺繍してあった。手塚の愛用しているメーカーのものだ。
「手…手塚…?」
拒絶しないの?
不二は混乱したままリストバンドを両手で握りしめた。手塚は不二の気持ちを受け入れるというのだろうか。だが、そんな態度は微塵もみせていない。しかし、不二を拒絶するのにリストバンドなどくれるだろうか。
「お返し…」
手塚はたしかにお返しだと言った。好きだと言われたわけではない。お返しとはいったいどういう意味なのか。
「どういうつもりなの?手塚。」
わからない。手塚の考えていることがわからない。
部室を出て見回しても、手塚の姿はどこにもなかった。自分はどうすればいいのか、明日、どんな顔で手塚に会えばいいのか。しかも…
「あ〜っ、バカ手塚っ。部室の鍵〜〜っ。」
鍵は手塚が持ったままだ。不二は頭を抱えた。これから職員室に行って鍵をかりてこなければならない。
「人待たせといて、鍵持って帰るなよ〜っ。」
だが、手塚がこんなポカをやらかすなんて、それほど慌てていたということなのか。そして、あの手塚をそこまで動揺させたのは自分なのだと自惚れていいのだろうか。
「好きっていってもいいの?ねぇ、手塚…」
勘違いだったらとんでもないことになる。
「好きって言っていいよね…」
不二はリストバンドを胸に抱き込んだ。
「手塚…」
もう想いを堪えるのは無理かもしれない。夕陽が一瞬、金色の光を一筋放ち、グランドの先に沈んだ。残照に染まる空を見上げ、不二は口を引き結ぶ。
「決めた。僕はもう怖がらない。我慢もしないから。」
だから覚悟しといてね、手塚。
そう小さく呟くと、不二は校舎に向かって駆け出した。
自分の気持ちを言葉にしよう、そう決めた不二はすっかり忘れている。手塚が自分に向けられる恋情にとんでもなく鈍くてストイックなことを。
恋は盲目、他からみたらまるわかりな愛のサインも当人達にはさっぱり届かない。まだまだ右往左往しそうな予感をはらみ、ホワイトデーは暮れていく。
おわり
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バレンタインに続いて、ホワイトデー、お終いです。さ〜て、ハラを括った不二君、でもねぇ、手塚君は諦めようと躍起になってるんだよ。どーやって壁をこえる?玄九郎もしつこそうだしね。さ〜て、こんどは告白編だべさ。(やっと)今度こそくっつきます、
そのくっつき編ですが、オフ本です。すまん。「瑞香」で完結しました。くわしくはオフラインコーナーで。「瑞香」にはおまけ本、「バー桜へようこそ、手塚誕生日編」がつくんですが、相変わらず下品なので嫌いな人はいらないって言ってね。