手塚の誕生日前の日曜は快晴だった。二人は公園の中のテニスコートにいた。

「最近、打ってないからどう?僕の家の近くの、ほら、あのテニスコート、あそこなら朝、結構空いてるし。」

そう言って不二が手塚を誘ったのだ。手塚は二つ返事で頷いた。
青学高等部へ進学予定の者はあまり受験勉強の必要がない。もともと成績優秀な二人はまめに部活へ顔を出しているクチだ。だが、やはり二年生主体の練習なので、些か物足りない。
この日、二人は存分にボールを追ってたっぷり汗をかいた。

「もうお昼ちかくなっちゃったね。」

ラケットをバックにしまいながら、にこにこと不二が言った。

「本気で打つのは久しぶりだったからな。」

タオルで汗を拭う手塚の体は熱く火照っている。

「嬉しいな、本気出してくれたんだ。」
「本気のお前は恐いからな。」
「残念、今日こそ君を倒してやろうと思ったのに。」

くす、と肩をすくめてみせながら、内心不二はガッツポーズをとっていた。

手塚は感情が表面に出にくい質なのでクールな男だと思われがちだが、その実、結構な熱血漢なのを不二は知っている。そして、手塚がもっとも熱くなるのが本気の試合の後なのだ。だから不二は始めから手塚を叩きのめす気合いでコ−トに入った。案の定、手塚はすぐに夢中になり…


熱くなってる熱くなってる。


不二は心の中でほくそ笑んだ。


第二段階クリアね。


後は手塚の熱が冷める前に家の中に引っ張りこめばいい。次の熱を引き出す為に。準備は万端、ぬかりはない。不二は手塚の手をとった。

「ね、手塚。お腹空かない?母さんがサンドイッチ用意してくれてるはずなんだ。」

手塚が照れたように目を細める。不二は手塚の手を握ったままバッグを担ぎ、引っ張った。

「汗、冷えたら風邪ひいちゃうし、急ご。」

ああ、と短く答え、手を引かれたまま手塚も不二と駆け出す。秋の大気に金木犀の香りが漂う。笑いあいながら公園を駆ける二人の上で、空は爽やかに澄み渡っていた。



☆☆☆☆☆☆



「母さん、あれ、おっかしいなぁ。」

玄関で不二は首をかしげた。

「出かけちゃったのかなぁ。あ、手塚、上がってて。僕、キッチン見てくる。」

お邪魔します、と律儀に挨拶して手塚が靴を脱いでいる間に、不二は居間をぬけてキッチンに入っていった。

「母さん〜。」
「いらっしゃらないのか。」

手塚が居間へ顔を出した。不二がパタパタとキッチンから出てくる。

「うん、そーみたい。でもサンドイッチ、手塚のぶんまで用意してくれてるし、いいよ別に。」

いいよもなにも、始めからそのつもりなのだ。あらかじめ不二は母親と姉を追い出す算段をしていた。


日曜日、手塚と勉強するから、母さん達出かけてよ。だって、手塚、誰かいると気を使うんだよ、うん、お昼ベ−グルサンド作ってくれたら嬉しいな。裕太?この間電話したら帰ってこないみたいだよ。あ、スモークサーモンとチーズのサンドがいいな、じゃ、帰ってくるの、五時ぐらいだね、わかった。ありがと。


弟の裕太には思いっきり電話して嫌がられておいた。バカ兄貴、頼まれたって帰らねぇからなっ、そう怒鳴っていたのでまず大丈夫だ。



『ケースその1、家族と同居のあなた、誰もいないからって彼を誘うのはハズレ。律儀な彼はかえって身構えちゃう。事前に家族には出かけてもらって、さりげなく彼を家に呼ぼう。リラックスした雰囲気がポイント』



ビンゴ。確かに自然な流れで二人きりになったので手塚は特に意識していない。

「先にシャワ−浴びて。僕、サンドイッチ部屋に持っていっておくね。」

不二がバスルームに手塚を案内する。

「手塚、はい、タオル。」
「ああ、すまん。」

ためらいもなく手塚はテニスウェアを脱ぐ。不二はバスルームを出た。すぐに水音が聞こえてくる。



『上手く彼と二人っきりになったあなた。でも焦りは禁物。二人きりになったことを彼に意識させてはダメ。バスルームでいきなり迫ったりするのも厳禁。道徳家の彼がその気になるにはこれからが勝負。まずはさっぱりして、和やかな雰囲気で彼をくつろがせよう。』



よし、気付いてないな。

不二はくすりと笑った。

二人きりになったことを意識させてはダメ、か。確かに、手塚がそれを意識していたらあんなにすんなり服を脱がなかっただろう。

部活の後みたいに無防備になっちゃってて…

クスクス笑いが止まらない。

あんなとこが可愛いんだよね、手塚は。

ベーグルサンドとグレープフルーツジュースをトレイにのせて部屋へ運び、窓を開けて風を入れる。これからがホントの勝負所だ。不二は緩む口元を引き締めた。

「さー、油断せずにいこ〜。」

秋風にのって金木犀が香ってきた。



☆☆☆☆☆☆



「先に食べてて。」

そう言って手塚と入れ違いにシャワーを浴びた不二が部屋へ戻ると、手塚は窓にもたれて外を眺めていた。

「お腹すいてたでしょ。食べてくれててよかったのに。」

髪をふきながら言う不二に手塚は振り向いて目を細めた。

「お前と一緒がいい。」
「うん、そう言うんじゃないかと思ってた。」

にこりと笑って不二は手塚の向いに座る。そして首をかたむけ、髪の毛先をタオルでふいた。襟刳りの大きく開いた綿Tシャツから首のラインと鎖骨が見えるように角度をつける。これは鏡で何度も練習済みだった。手塚がはっと目を見開き、それから慌てたように視線を泳がせる。どうやら、やっと「恋人と二人きり」な状況に気付いたらしい。手塚の反応に手ごたえを感じた不二は、しかし素知らぬ振りで微笑みかけた。

「一応ね、『母さん自慢のサンドイッチ』らしいから。なんだか、最近、ベーグルサンドに凝りはじめちゃって、休みになるとこれなんだ。」

たわいない話をふりながら、不二はグレープフルーツジュースを注ぐ為に前屈みになった。ゆったりしたTシャツの首元が大きく前に開く。鎖骨から下のほう、乳首のあたりまでが手塚の目に入るはずだ。案の定、手塚が息を飲む気配がした。ゆっくりとした動作で不二はジュースを注ぐ。それから、はじめて手塚の視線に気がつきました、といった風に顔を上げた。ん?と目をぱちくりしてみせる。手塚は大急ぎで目をそらした。

「はい、ジュース。」

手渡してやると、もごもごと口を動かしている。

たぶん、すまん、とかなんとか、礼を言ってるんだろうけどね。

もう一押し、不二は雑誌の最後のポイントを心の中で復唱した。


『さあ、いよいよ最後の仕上げです。とにかく彼をその気にさせなきゃ。だからって急にベタベタしたり、あからさまな挑発はダメ。自然な色気で彼を落とそう。ラフだけど清潔なイメージの服装は重要ポイント。襟元や裾から覗く素肌効果に注目。』


素肌素肌、呪文のように唱えながら不二はベーグルサンドをかじっていた。もちろん、話に夢中、といった風情で首をかしげたり前屈みになったり、なかなか忙しい。由美子が読んでいた恋愛小説を参考に、指についたクリームチーズをぺろりと舐めとる仕種までやってみた。じっと手塚が不二を凝視する。

結構、イケてる?

不二は密かにほくそえんだ。
ヤりたい、という本来の目的からはずれて、なんだか面白くなってきた。手塚が自分の一挙手一投足に反応するのが楽しくてたまらない。

不二はだんだんと調子にのってきた。おしゃべりしながら髪をかきあげてみる、上目遣いで首をかしげてみせる、唇をちろっと舐めてみる、その度に手塚はぎくりと体を強ばらせたり、喉をならしてみたり。

僕ってもしかして魅力的かも〜。

クスクス笑いを押さえられない不二は自覚していなかった。
同級生にくらべて華奢で色白な自分がいかに中性的な魅力を持っているか、そして今の態度がどれほど手塚を煽っているか。



不二がベーグルサンドを食べ終わっても手塚のそれはほとんど手付かずのままだった。手塚はひたすら不二を見つめている。素肌チラリのネタが尽きてきたなぁ、と呑気にかまえる不二は、その貪るような視線に今一つ気付いていなかった。

ふわっと窓から秋風が入ってくる。不二は何気なく、窓の側に寄ろうとした。ごそごそ這うような格好で手塚の横を通る。突然、腕を掴まれた。はっとする間もなく、床の上に押し倒される。引きずり倒すような勢いに、不二は後頭部をしたたかに打ちつけた。

「いったー、手塚、何…」

言い終わるか終わらぬ間に、すさまじい勢いで唇が塞がれた。

「む〜…ンッむむ〜っ」

うなり声しかでない。噛み裂かれるかと思う程、滅茶苦茶な口付けだ。思わず手塚の背中を叩くと、いったん引いた手塚が不二の両手を床に押し付ける。

「痛いっ。」

今度は本当に噛まれた。二の腕の噛まれたところが赤くなる。手塚は不二の悲鳴もかまわず、首筋に吸い付いてきた。きつく何度も吸い上げられる。あまりの急展開に不二はパニックに陥った。

「やっやだ、手塚っ。」

暴れようとするが、手塚の足ががっちりと下半身を押さえ込んでいる。なにより、固いものが腰にあたって不二はぎょっとなった。手塚の手がTシャツのなかにもぐりこみ、せわしなく肌をまさぐってくる。

「手塚っ。」

不二は涙声になりながらふと、手塚の顔を見た。その表情たるや…

わっ、すごい顔。

涙も何もいっぺんで引っ込んだ。
手塚はすごい顔をしていた。鼻の穴はみっともない程ふくらみ、眼鏡がどこかにふっとんだこともわかっていないのだろう、血が上って赤い顔に目がぎらついている。

うわ〜、これ、手塚ファンには絶対見せられない…

いや、手塚ファンの女の子達だけではない、同じテニス部の面々だとて、腰をぬかすこと間違いない。あの手塚が、ポーカーフェイスでクールだと言われる手塚が、自分の上で我を忘れている。

なんか、可愛い…

不二は嬉しくなってきた。自分のせいで手塚がこんなにみっともない顔をしている。全然クールじゃないし、かっこよくもない手塚、それは不二だけのものなのだ。ちゅっちゅっ、と手塚は不二の胸に夢中で唇を落としている。

「あっ…」

乳首を含まれ、不二の体を甘いしびれが駆け抜けた。手塚はそれを舌でころがしながら手を下半身にのばしてくる。愛撫とよべないほど性急にさわってくる手塚が愛しくて、不二はぎゅっと手塚の頭を抱き込んだ。

「ああ…不二…」

こらえきれないため息とともに、手塚がうっとりと呟いた。

「…手塚…」

ズボンの前が開けられる。下着の上から手塚はそこへ顔を埋めようとした。

「…不二…」
「兄貴ーっ。」

ガタガタガタ、ドサッ、

「兄貴、いねーのー?」

玄関で荷物を放り投げる音がする。一瞬、二人は凍り付いた。

「でかけてんのかよーっ。」

ドタドタドタ。

がばっと手塚は跳ね起きた。


☆☆☆☆☆☆


「ったく、せっかくオレが帰ってやったのによ〜。」

玄関のタタキで乱暴に靴を脱ぐと、不二裕太は帰省バッグを傍らに放った。

ハラへったな〜、キッチンになにか、あ、その前に荷物、部屋にあげとくか〜。

階段に向かおうとした裕太の前にいきなり人影が飛び出してきた。正確には上ろうとした階段を誰かが駆け下りてきた。

「あ、あれ?手塚さん?」

不二裕太の憧れ、青学No1の実力者、手塚国光その人だ。ただ、その憧れの手塚さんは異様に慌てていた。

「あの〜、」
「あ、や、ゆっ裕太君。」
「オレの名前、覚えていてくれたんスか。」

光栄だな〜、照れくさそうに頭をかく裕太は手塚が赤くなったり青くなったりしているのに気付いていない。

「もう帰られるんスか?あれ、何やってんだ、兄貴の奴。」
「いいいいいや、いいんだ、もう帰るところでっ。」
「そうなんスかぁ〜。もっとゆっくり…」
「邪魔した。それじゃあ。」

靴を履き終わるのもそこそこに、手塚は玄関を飛び出していった。裕太はぽかんと閉まったドアを眺めていた。
と、後ろに人の気配がする。

「おわっ。」

いつのまにか兄が立っていた。

「あっ、あにき、びっくりさせ…」
「裕太。」

にっこりと兄は微笑んだ。

「日曜に帰ってくるなんて思わなかったよ、裕太。」
「だってよ、電話でなんか変だったし…ってか、あ…アニキ?」
「うん、そうなんだ。嬉しいよ。」

な…なんか、今日のアニキ、恐ぇ…

本能的に危機を察知した裕太が逃げ出すより早く、不二が満面の笑みを全開させた。

「ところで、裕太。久しぶりに打たない?」


☆☆☆☆☆☆


西空が赤く染まる頃、裕太は公園のコートでぼろぼろになっていた。もちろん、それは「青学の天才、不二周助」が本気の本気で聖ルドルフのルーキーを叩きのめしたからであって、その「天才」は息一つ乱さず微笑みをたたえている。

オレ、マジでなんかしたっけ…

汗と涙で霞む先に夕陽を浴びて佇む兄は、なにやら壮絶なほど色っぽかった。
「ご飯よ〜。」という天使の歌声が響いてはじめて、裕太は神々しくも残酷な兄の腕から解放されたのだった。



明かりもつけず、手塚は自室でぼんやり夕空を眺めていた。

危なかった、本当にそう思う。あの時、不二裕太が帰ってこなかったら、自分は最後までとまらなかっただろう。

全く、自覚があるのかないのか…

手塚は一つ、ため息をつく。不二は自分がどれ程魅力あふれているのか、全然わかっていないのだと思う。ただでさえ、死に物狂いで欲望を押さえているのだ。あんな無防備な色気を振りまかれてはたまったものではない。こめかみを押さえた手塚は、眼鏡を忘れてきたことに苦笑した。

機嫌が悪いだろうな、不二は…

どういう意味で機嫌が悪いのか見当がつくだけにやっかいだ。不二とて健全な男子、性に興味があることぐらいわかっている。しかし、だからこそ自分は必死で我慢している。

もしセックスしてしまったら、箍がはずれたように不二に溺れていくだろう。ただでさえ夢中なのだ。歯止めがきかなくなる。そしてそのうち、お互い相手を愛しているのかセックスがいいのかわからなくなる。そうなったら不二を失うかもしれない。手塚はそれが恐かった。

絆が、何ものにも負けない絆が欲しい。

性にとらわれやすいこの時期だから、大人でも子供でもない不安定な自分達だからこそ、今はセックスをしてはいけない。そしてゆっくりと積み重ねるのだ。二人の時間を、愛情を。たとえこの先、どちらかが誰かに心奪われたとしても、それに負けない絆が欲しい。結局手塚は不二を手放す気などさらさらないのだ。そのせいでたとえ不二が傷付いたとしても。

オレも大概、欲深いな…

手塚は不二の肌を思い出す。

いつか、もっと大人になって、しっかりと一人で立つことが出来るようになったら不二と愛しあおう。誕生日にかこつけて不二が欲しいと誘ってもいい。しかし、その時までどうやって納得させるか。

手塚はまたこめかみを押さえた。敵はなかなかに手強い。しかも自分はどうにも口下手で。ただ、これだけは伝えよう。

「不二、オレはお前に溺れているんだ。」

小さく手塚は声にだしてみる。
もうすぐやってくる誕生日、平日だが、なんとか二人きりになって不二にキスしてもらおう、誕生日プレゼントは不二からのキス、我ながらいい考えだ、手塚の口元にふっと笑いが浮かんだ。夕食に呼ぶ母親の声に答えながら、手塚ははじめて、誕生日が早くくればいいと願った。




誕生日、一つ年を重ねるごとに、少しづつ前へ進みたい。大事な人と繋ぐ手を確かなものにしていきたい。
ハッピバースデー、大人ではなく子供でもない、幼い恋人達に祝福を。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うわ〜、十月終わってるよ、でもまぁ、「手塚君、誕生日おめでとう」ってことで。え?手塚全然いい思いしてないじゃないかって?お触りできたじゃあないっすか、お・さ・わ・りv 中坊にとっちゃ大事件だよ〜ん。てことで、初体験物は「おとな」コーナーオ−プン記念にやりましょうっ。当然、二人とも成長後です。う〜ん、いくつでヤらせましょうかねぇ(コラッ)っつか、はやく「おとな」コーナーあけなきゃ。年内には開けよう、絶対開けよう、ハンターのほうは展示物あるんだけど、塚不二「おとな」もの、今からかかなきゃなぁ〜、いや、苦手なんだよ、正直、エッチってさ、ほれ、純情だからさ、わしらって。誰か「おとな」な展示物、くれ〜〜〜。(他力本願)