交流合宿最終日、手塚達青学生徒会は、梅林をとおって高校の正門に向かっていた。バスが迎えに来ているはずだ。

見送りに行こうよ、という鶴の一声ならぬ不二の一声で、青学写真クラブが渋々後ろを歩いている。相変わらず女子生徒達は火花を散らして牽制しあい、不二に声をかけたい三上が写真クラブから牽制されていた。

テニスコートにさしかかろうとした時、誰かがあっと声をあげた。皆の行く先に白梅の古木がある。

「わっ、何で?」
「散ってるよ。」

古木の枝には花が一つもついていなかった。全て夕べのうちに散ってしまったらしい。梅林の他の梅は、盛りをすぎはじめているとはいえまだ花をつけている。この白梅の古木だけが見事に散っていた。

「うわ〜、オレ、今日もこの木、撮ろうと思ってたのになぁっ。」

写真クラブ員の一人が残念そうに声を上げた。手塚が不二を見る。不二もまた、手塚を見ていた。






あの女の人、恋人が自分のところに帰ってこないって知ってたんだ…


夕べ、ぽつりと不二が呟いたのだ。

さすがにいつまでも抱き合っているわけにいかず、名残惜しく立ち上がった時だった。土を払った不二を手塚は再び抱き込んで歩き出そうとすると、不二がふと、白梅の古木を振り返った。

「手塚がさ、女の子に迫られてるの見て、かなりムカムカしたんだ。なんだかすごく辛くてね、そしたら誰かに呼ばれたような気がして…」

気がついたらこの白梅の木の下に来ていたのだと言う。

「あの人の心に同調したんだろうね。よくわかったんだ…あの人、どんなに待っても恋人が帰ってこないって知っていた。だけど待つのを諦められなかった…死んで灰になっても諦められなかったんだよ…」

それって辛い…そう目を伏せた不二を手塚は抱きしめた。耳元に口をよせて囁く。

「おれはお前から離れない…」

だからおれ以外を見るな、たとえ何かを哀れんだとしても…







手塚は不二を見つめる瞳に力を込めた。不二が微かに笑みを返す。

「手塚さ〜ん、これ、あたしのメルアドです〜。手塚さんのメルアド、よかったら教えてくださいませんかぁ。」

会計の女子生徒が手塚の学生服にメモを差し込んできた。

「ちょっと、生徒会の交流で個人的なことは困るんじゃないですかっ。」

青学の女子がすかさず噛み付く。

「あ〜、もうお前ら、いいからとっととバスに行けーっ。」

ここ二日のやりとりに辟易した担当教諭がとうとう音を上げた。




☆☆☆☆☆☆




女子はともかく、それなりに交流を深めた男子生徒達はなごやかに別れの挨拶をしていた。

「手塚さん、ホントに色々、ありがとうございました。」

おれらも都大会、勝ち残れるようがんばりますよ、と笑う三上に手塚も笑みを返した。

「夏の大会で会えるのを楽しみにしている。」

手塚が言うと、三上が嬉しそうに破顔した。やはり気持ちのいい笑顔だ。手塚も晴れ晴れとした気分で握手した。その横では担当教諭が写真クラブに声をかけている。

「お前ら、もう帰るだけなら乗っていかんか?旅費節約になるぞぉ。」
「お言葉はありがたいんスけど、オレら、生徒会じゃないッスから。」

写真クラブは相変わらず不二の周りをがっちり固めている。特にいつも不二の傍らに陣取っている男子生徒が優越感まるだしの視線を生徒会に送った。

「道中、クラブ員だけで盛り上がるってのも楽しいんスよ。」

なぁ、不二、とその男子生徒は親しげに不二の肩を叩いた。

その時だった。纏わりつく女子生徒達をかきわけ、ツカツカと手塚が不二に歩み寄って来た。不二はきょとんと手塚を見つめる。

「手塚?」

手塚はぐいっと不二の手を引き写真クラブのガードから引き離すと、やおら抱きしめた。あまりのことに不二はされるがまま手塚の胸に抱き込まれる。全員、呆気にとられて二人を見つめた。手塚は低く、しかしはっきりとした声で宣言した。

「不二、あまりおれをやきもきさせるな。」

お前の恋人は案外苦労性なんだ、そう告げて耳元に口付けると、手塚は写真クラブをギロッとひと睨みしてバスに戻った。

呆然とする写真クラブ、担当教諭も周りにいた生徒達も口をパカリと開けたまま固まっている。白く凍り付いた空気の中、手塚は一人、スタスタとバスに乗り込んだ。そして、誰よりも早く我に帰ったのは熱い抱擁を受けた当人、不二周助だった。首筋まで赤くなって拳を振り上げる。

「手っ手っ手塚のバカーーーッ。」

その声を合図にしたかのように、大慌てで青学生徒会と生徒会担当教諭はバスに乗り込んだ。

バスが動き出す。不二は赤い顔でまだ何やら叫んでいる。手塚は窓越しに不二をみやると、楽しそうに肩を揺らした。


触れるな、触れちゃいけない、触れたら蹴られる…


青学生徒会の面々は意識を逸らそうと必死に務めている。凍り付くような空気の中で、手塚一人上機嫌だった。


そうだ、不二、お前が受け入れた男はとてつもなく独占欲が強くてやっかいなんだぞ。


ここまできたら遠慮はしない、よからぬ虫は追い払う。そして…


誰よりも強くお前を想う…


灰になっても恋人を想う女、その情念に自分達は引き寄せられた。
手塚は最期にかいまみた、女の悲しい表情を思い出す。激しく、そして哀しい想いだ。

だが、自分達は生きている。生きて、これからの人生をお互いに形作っていくのだ。まだ高校生の自分達には、この先、何があるかわからない。惚れたはれたですまない様々なことが起こってくるだろう。


だが、おれ達は離れない。この想いだけは何があっても。


白梅の女の情念に飲み込まれなかったおれ達の想いは何があっても本物だ。そうだろう、不二。


手塚は心のなかで不二に語りかける。口元には自然と笑みが浮かんでいた。


手塚さんが笑ってるよ…


男子生徒はもとより、担当教諭も女子生徒達も必死で手塚から目を逸らした。恐かった。とっても恐かった。伝説のメデューサも手塚の笑顔にはかなうまい。


見るな、見ちゃいけない、見たら石になる…


帰りつくまで生徒会役員と担当教諭が精神的苦行を続けていたとは、手塚には思い及ばぬことだった。




☆☆☆☆☆☆




一月後、手塚達が二年生になってはじめての学校新聞が発行された。トップにでかでかと掲載された写真は、青学高等部のみならず、高校テニス界にも大きな衝撃を与える事になる。

『熱愛発覚、手塚国光?不二周助』

手塚が不二の耳元に口付けている瞬間が絶妙の角度で撮影されていた。


「よりによって写真クラブの真ん前であんなことするから〜〜〜っ。」
「梅の林に咲く恋、か。言い得て妙だな。」
「なに新聞のあおりに感心してるのっ。じゃなくってっ。」

真っ赤になって抗議しにきた不二に手塚はしれっと答えた。

「これで少しは虫よけになるだろう。」

不二はがっくり脱力する。

「何だか手塚、すっかり居直ってない?」
「当然だ。」

手塚はぽふっと不二を抱き寄せた。

「お前ごとあの女に持っていかれるところをやっと取り戻したんだ。これ以上、つまらん虫にたかられてたまるか。」
「…手塚、ここ、部室…」
「それがどうかしたか。」


居直った手塚は恐い…


部員達が見てみぬ振りをしたのはいうまでもない。




気持ちを押し殺してきた反動かどうなのか、手塚は堂々と不二に構った。不二は不二で、はじめのうちこそ戸惑っていたが、あの天然な性格である。すぐに手塚のラブビームをにこにこ顔で受け止めるようになった。

誹謗中傷の入り込む隙もなく、周囲はそれをある意味畏敬の念をもって遠巻きに見守る事になる。至上にして最強のバカップル誕生であった。







おれは始めからこの恋を諦めていた。臆病なおれの心は、不二が好きだと叫びながらこの想いが涸れる事を望んでいたのかもしれない。

だが、不二を失いそうになっておれは思い知った。失うくらいなら、もしくは、諦めきれず死んでなお思い続けるくらいなら、当たって砕け散ったほうがいい。いや、おれの場合、幸運にも砕け散ることはなかったが。


灰になっても相手を想い続ける女、あれはなったかもしれないおれの姿だ。

あの女はいつまで梅の木に留まり続けるのだろう。愚かな激情、そして哀しい激情だ。 おれはその一途さを哀れとも愛おしいとも思う。

だが、少なくとも生きて伝えなければ、想いは虚しく消えるばかり、たとえそれが数百年経た熱情だとしても空回りを繰り返すだけだ。

あの女はその虚しさを抱えてどこまでいくのだろう。救われる日が来るのだろうか。




不二周助、愛しいおれの同級生、たとえ四年間だとしても、あの女の激情に負けてはいない。この想いを生涯おれはお前に捧げつくすだろう。

恋をすると詩人になるんだとおれの綺麗な恋人は言った。だがおれは詩人にはなれそうもないし、詩人の考える事も相変わらずさっぱりだ。

ただこれだけは断言できる。
恋することはやはり幸せで、恋が叶うのはもっと幸せなことなのだ。
そしていつかお前に告げよう。

不二周助を愛した手塚国光は世界一の幸せものだと。


☆☆☆☆☆☆☆☆
白梅記、くっついて終わりました。さて、次は『桜恋歌』に続きます。途中まででおあずけくらってる手塚国光、さぁ、これからいよいよ身も心もひとつにっ、てときになって、またまた不二君、変なものにとっつかれたりなんかするのだ。梅の次は桜か〜〜〜、という国光の悲痛な叫びがきこえてきますね〜(なんか、オレのほうが恨まれて祟られそう…)
ところで、「桜恋歌」はオフです。「白梅記」と一緒に収録してあります。コピ本の限界に挑んだといっても過言ではない分厚さです(単に締め切りに間に合わなかっただけなんだけど…)くわしくはオフラインコーナーに。「桜恋歌」のあとがきにあるパスワードをいれたら、「初夜」が読めるようになってます。上達編希望が多いので、そのうちやりますです(ってことは、初夜の手塚はヘタクソ…こらっ)