「え、だって、だって…」
「おれは誰からも受け取っていない。」






手塚ははっきり言い切った。不二の体から力が抜ける。
ぼうっと突っ立っていると、手塚が言いにくそうに口を開いた。


「それで…お前は受け取ったのか…その…剣道部とやらの…」
「えっ、手塚っ、そんなこと考えてたのっ。」
思わず不二は大声をあげた。


「ぼっぼくが貰うわけないじゃないっ。僕だって誰からも貰ってないよっ。」
「庇ったそうじゃないかっ。」
「だって、彼のこと、立派だって思ったからっ。」
「じゃあ、そのチョコはいったいっ。」
「これはっ。」
そこまで言って、お互いはたと気がついた。いったい何を怒鳴りあっているんだ…
「…ごめん。」
「いや…すまん。」
手塚がきまり悪そうにドアの方を向いた。不二も鞄を持ち直す。
「その…帰るか…」
手塚がドアノブに手をかけた。瞬間、弾かれたように不二が駆け寄る。
「手塚っ。」
驚く手塚の手にチョコの箱を押し付けた。


「これ、あげるね。」


そのまま不二は外へ走り出した。不二、と呼ぶ手塚の声が聞こえたが、不二はそのまま逃げるように走り去った。





わーわーわー、どーしよーどーしよーどーしよーっ。


不二は全力速で走った。


手塚に渡しちゃった、どーしよーっ。


しかも、なんだか訳がわからないうちに、押し付けるように手渡した。


手塚…嫌だったかな…


やっと立ち止まってぜいはあ息を吐く。耳まで赤いのは走ったせいばかりじゃない。
息を整えて空を仰ぎ見る。冷たい夕風が火照った頬に気持ちよかった。不二の唇に笑みが浮かぶ。


失恋したわけじゃなかったんだ。


可能性は依然低いが、それでもゼロというわけではない。


「僕も勇気、ださなきゃね。」


不二は今日自分に告白してきた剣道部の主将のことを思い浮かべた。
あの時、嫌というほど自分の臆病さかげんを思い知らされた。鬱々と悩む自分を卑怯だと自覚した。
「よし、決めた。当たって砕ける。」
それから、あきらめない。
「いい加減、僕も煮詰まっちゃってるからね。」
ひとり呟くと、不二は鞄を抱えなおし、家路についた。久しぶりに晴れ晴れとした気分だった。





☆☆☆☆☆☆





部室のドアの前で手塚は呆然と突っ立っていた。
手にはチョコの箱がある。頭の中では不二の声がぐるぐるまわっていた。


手塚、これ、あげるね。


これって、これって、本命チョコとか思っていいのだろうか…


いやいや、と手塚は首を振った。
自惚れてはいけない。単に不二は余ったチョコをくれただけで、別におれのためだとかは…


手塚は手の中の箱を見つめた。
緑と青の包み紙、手塚の好きな色だ。ベージュのシールが貼ってある。もしかして、不二は本当におれのために用意してくれたのだろうか。期待してはいけないという思いと、もしかすると、という思いが入り乱れる。ただ、一つだけ、嫌というほど自覚したことがあった。


不二を誰にも渡したくない。


大石から剣道部の主将の話を聞いた時、目の前が歪むほどの激情にかられた。あれは嫉妬だ。このまま、想いを封じ込めて、不二が誰かのものになっていくのを見ていけるだろうか。そんな自信はない。


いっそのこと、想いのたけをぶつけてしまおうか…


だが、そのことで不二を永久に失ってしまうのは恐ろしかった。失うくらいなら、友人としてあるために自分の恋心くらい押し殺す。


不二を失いたくない。
不二を渡したくない。


二つの願いの狭間で手塚の心はひどく乱れる。
足下に這い寄る夕闇のように、手塚には取るべき道が見えなかった。






☆☆☆☆☆☆





バレンタインデーの翌日は噂話の嵐だった。


本命と噂されたクラスメートは、嫉妬していた女子達には陰口をたたかれ、友人にはかばわれている。
ほっとしたとはいえ、さすがに不二も心底同情した。嫉妬がからむと人間本当に恐い、それが不二の実感だった。

不二に告白してきた真田弦一郎似の剣道部主将は、猛アタックを開始して、手塚をやきもきさせている。


不二は妙に腹を据えていて、なにやら飄々としていた。
乾はノ−ト片手に楽しそうで、大石が乾に近付いて、ひそひそ話をすることが増えた。最近は菊丸まで加わっている。

手塚は部活の前に、一言、チョコのお礼をいった。不二はただ、にこっと笑っただけだった。
緑と青の包み紙でベージュのシールがとめてあるチョコのことを知る者は誰もいない。互いの真意が掴めないまま、二人はもうその話をしなかった。


自分の気持ちから逃げないと決めた不二、しかし、気持ちを押し殺そうとする手塚。歯車は噛み合わない。
失うことを恐れるあまり、二人の恋には道が見えない。ただ、袋小路に入り込んだ互いの心に微妙な変化は現れてきている。






中学2年のセント・バレンタインデー、甘くほろ苦い季節に少年の心は少しだけ大人に近付いていた。






Fin
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はい、お疲れさま、お二人さん。
バレンタインデーが終わってもしつこく続く連載に
おつきあい頂いて、読んで下さった方々も、お疲れ
さま&ありがとうございました。

「真田弦一郎似の剣道部主将 」又、からんできます。
初めてのWEB運営で、連載っちゅーコトでうーん、
どうだったんでしょ?読んでておもしろかったっすか?
まあ、楽しんでいただけたらうれしいんですけど。

この話はサイトアップしている「沈丁花」から始まる二人の恋物語の一つです。手塚が持っている不二の写真は、オフ本「菜の花」での出来事。手塚の自覚話はやはりオフ本「蝉しぐれ」です。オフですみません。サイトの「続・ビター&スィート」に続きます。