三分間
その1
     
     
 

「元気そうだな、イルカ。」

受付業務を終えカウンターから立ち上り通用口へ向かったところで声をかけられ、イルカは振り向いた。

「ササギ上忍。」

報告書を持った長身の忍が片手をあげている。イルカは急いでカウンターの前に取って返した。

「お久しぶりです。長期任務、終えられたのですか。ご苦労様でした。」
「ほんとに久しぶりだ。」

受付の係に書類を差し出しながらササギと呼ばれた上忍はホッとしたように笑った。

「お前は変わらんなぁ、イルカ。お前の顔を見ると里へ帰って来たんだって思うよ。」
「はは、相変わらず冴えない中忍ですがね。」

イルカは照れたように鼻の傷をかいた。ササギはイルカが新米中忍の頃からなにかと声をかけてくれた上忍だ。イルカより三つほど年上で、金髪の見事な、なかなかの美丈夫だった。

「相変わらずねぇ。お前、お年頃だろうが。色っぽい話の一つでもないのか?」
「え?あ…あ〜、はは…」

頭をかきながらイルカは顔を赤くする。ササギは驚いてその顔をマジマジと見た。

「おい、まさかイルカ、彼女できたのか…」
「えっと、いや、彼女じゃないんですけど、実は…」
「イッルカせんせ、帰りましょ。」

ひょこり、と銀髪が通用口のドアから覗いた。

「カカシさん、アンタまた、通用口から勝手に。」
「だって、いくら待っても出て来ないんですもん。でも、迎えに入ってすれ違っちゃ困るでしょ。」

銀髪は甘えたような口調でにこにことイルカの側に歩み寄る。ササギが大きく目を見開いた。

「はたけカカシ…」

ん?とカカシはようやくササギに注意を向けた。

「あれ、ササギじゃないの。」
「あ、お知り合いでしたか。」

イルカはそう口に出した後、恥ずかしそうに肩をすくめた。

「そうですよね、同じ上忍同士なんですから。」
「ま、ね。昔なじみっていうか、ササギも上忍になったのが早かったから、結構任務とかでね。」
「なんだなんだ、素直に友人だって言ってくれよ、カカシ。」

ササギが大仰にため息をついた。

「数年ぶりだってのにこのそっけなさ、コイツは昔っからこうなんだよなぁ。で、イルカ、お前こそカカシとどういう…」

ササギの言葉を最後まで聞く前に、イルカは耳まで赤くなった。

「えっと、その、かっ彼女は出来てないんですけど、こっこっ恋人っていうか。」
「やだなぁイルカせんせ。恋人でしょ。里公認だから、もう夫婦って言ってもいいじゃない。」

むぎゅ、とカカシに肩を抱かれイルカはますます赤くなる。

「まっまぁ、そうなんですけど…」

ぽり、と鼻の傷を掻いた。ぽかんとしているササギにイルカは照れくさそうに言う。

「えっと、カカシさんと暮らしてるんです。」

ササギは目をぱちくりさせ、しばらく二人を交互に眺めていたが、そうか、と大きく頷いた。

「いや、驚いたな。イルカはてっきり可愛い女の子好みだと思い込んでいたから、意外というか、カカシもグラマー美人好きだと思ってたし、や、まぁ、しかし。」

パッと破顔する。

「めでたいじゃないか。二人幸せそうだし、よくよく考えりゃ案外割れ鍋に綴じ蓋かもしれんな、うん、似合いだよ。」
「割れ鍋はないでしょ。」
「や、すまんすまん、どうにもカカシのイメージで言ってしまった。」

上忍達の冗談口にイルカはにこにこと笑う。正直イルカは、カカシにこういう親しい友人がいることが嬉しかった。いつも飄々として人と距離を置くタイプだからなおさらだ。

「お二人、随分親しかったんですね。カカシさん、自分のことはあまり言わないから、オレ、知らなかったです。」
「こういう奴なの、カカシは。恋人のことなんだから、イルカ、遠慮せずガンガン聞いちまえ。」
「はい、そうします。」
「ちょっと、二人とも、それじゃオレがいかにも冷血みたいじゃない。」

困り顔のカカシにイルカはまた笑った。ササギじゃねぇか、と呼ぶ声がするので、イルカは一礼する。

「ではササギ上忍、ゆっくりとお疲れ、癒してくださいね。」
「あぁ、そのうち飲みながら話、聞かせてくれよ。」

片手を挙げてササギは呼ばれた方へ歩み去った。

「さ、帰りましょ。」
「はい。」

受付の同僚達に挨拶をするとイルカは小走りにカカシの後を追った。通用口をくぐって外へでるとカカシがきゅっと手を握ってくる。

「アイツが色男だからって浮気しちゃダメですよ。飲みに行くときは必ずオレ同伴にするように。」
「もう、何いってるんですか、カカシさんってば。」

カカシはいつもイルカにこんなことを言う。自分なんて冴えない中忍なのに、カカシはどうもイルカがモテると勘違いしているのだ。

「オッオレなんかに声かけてくれるのはカカシさんくらいですよ。」

もそもそと抗議すると体を引き寄せられた。

「ったく、アンタはねぇ、もちょっと自覚してくれないと、オレ、心配で心配でたまんない。」
「カカシさん、こんな人通りのあるところでっ。」

木の葉の大通りの真ん中で抱き寄せられ、イルカは慌てて身を捩った。だが、カカシの手はがっちりと体を抱き込んで弛まない。

「いーからいーから。こうして見せつけとかなきゃ安心できないからね。」
「カカシさん…」

真っ赤になりながらもイルカは抵抗をやめた。抱き込まれるようにして歩き始める。カカシが赤くなったイルカの顔を覗き込んで目を細めた。

「か〜わい、イルカせんせ。」
「まっまたそんなこと言う。」

体格はカカシとほとんど変わらないし、顔だってカカシの方がよっぽど綺麗だ。だが、カカシがそう言ってくれると照れるけれども嬉しい。ぴゅう、と夕風が通りを吹きすぎた。十月にはいり朝夕はめっきり冷え込む。

「寒くない?イルカ先生。」
「はい、大丈夫です。」

自分を抱き込むカカシの手の温かさにイルカは微笑んだ。

「冷えてきたし、なにかあったまるもの、作りましょうか。」
「シチューなんかどう?」
「はい、じゃあ、途中で買い物してから。」
「ん、そーね。」

夕食の相談をしながら家路をたどる相手がいるなら、冷たい夕風も平気だ。カカシの体温を感じながらイルカは幸せをかみしめていた。









今夜は一人かぁ…

アカデミーを終えたイルカは道々こっそりため息をついた。カカシは昨日から任務にでていてまだ帰らない。自分がこんなに寂しがり屋だとは思わなかった。カカシと暮らし始めるまでは一人でとる夕食など当たり前だったのに。

弁当にすっかな。

カカシがいないと食事を作る気力もわかないなんて、相当重症だと思う。あの人がいつもイルカを甘やかすからだ。カカシは優しい。イルカが寂しがり屋なうえ、すぐ不安がることをよく知っている。だからあの人はありったけの愛情をくれる。態度で示してくれる。

「オレもカカシさんの役に立てたららなぁ…」

イルカだってカカシが好きだ。世界で一番大事だと思う。カカシはとても強いから、忍としての自分はきっと役には立たない。だけど、せめてあの人の心だけでも守りたい。強いあの人だって疲れたり落ち込んだりする時もあるから、癒してあげられたらいいと思う。柔らかい体も美しい顔も持っていないが、カカシを大切に思う気持ちでは誰にも負けない。

あの人が帰って来た時気持ちよく寛げるよう掃除でもすっかな。

弁当食って風呂掃除でもすっか、と勢い良くスーパーに足を向けたときだ。ぽん、と後ろから肩を叩かれた。

「よ、新婚さん。」
「ササギ上忍。」

ニコニコ笑って立っていたのは先日長期任務から帰って来たササギだった。

「やっやだなぁ、新婚さんって。」
「何言ってる。カカシがいなくて寂しいです〜って顔してたぞ。」
「そっそんなわけ…」

カカァ、と赤くなってイルカは俯いた。

「はっはっ、図星か。ったく、わかりやすい奴だなぁ。」

バンバンと背中を叩かれ、イルカは思わず前へつんのめった。

「かっからかわないでくださいよ。」
「あ〜、悪い悪い。あんまりお前達が熱々なんでつい、な。」

それからササギはくい、と酒を飲む仕草をした。

「どうせ今夜は一人なんだろ?酒でもどうだ。ついでにカカシとの馴れ初めとか教えてくれよ。」
「ついでじゃなくてそれが目的ですか。案外ササギ上忍も野次馬ですね。」

上目遣いに睨むとササギは降参したというように両手を挙げる。

「だってなぁ、ほれ、里離れてるあいだの最大のニュースなんだぞ。やっぱ興味あるっていうか。」

素直に白状するササギにイルカはくすりと笑った。変に誤摩化されるよりよっぽどいい。それに、ササギはカカシの親しい友人だといっていた。写輪眼のカカシが自分のような男とくっついたとあればやはり知りたくもなるだろう。

「いいですよ。どうせ弁当でも買って帰ろうと思ってたところですから。」
「よし、じゃあ、お前の行きつけに案内してくれ。オレぁ里のことはまだよくわからん。」
「はい。」

カカシの友人に存在を認められたような気がして、イルカはなんだか嬉しかった。









 

……ここは…

ふぅっと意識が浮上する。ひどく寒い。

確かオレ、ササギ上忍と居酒屋で飲んでたんじゃ…

記憶があやふやだ。旨い酒だから、と勧められた一杯を飲んで、その先を全く覚えていない。

「もう目が覚めたか。流石、中忍だけのことはあるな。」

ふいに上から声が落ちて来た。薄目を開けて状況を把握しようとする。イルカは草の上に転がっていた。辺りは真っ暗だ。遠くからフクロウの鳴く声がする。森の中らしい。手を動かそうとするが、がっちりと何かで拘束されている。印が組めないよう指までがんじがらめだ。

「気を失った振りをしても無駄だぞ、イルカ。」
「……ササギ上忍。」

イルカは顔をあげた。ササギが、イルカの転がっている先の木の切り株に腰掛けてこちらをみている。

「いったいこれは何の真似です。」

キッと睨み上げたイルカをササギはふん、と鼻で笑った。

「何の真似もどうも、お前を連れて里抜けるのさ。」
「なっ…」

思いも寄らない言葉に愕然とする。ササギはゆっくりとした動作で立ち上がった。

「まさか写輪眼がお前に手をつけるとはな。こんなことならさっさと犯ってオレのものにしとけばよかったよ。」

信じられない言葉の羅列にイルカはただ呆然とするばかりだ。

「まぁ、オレが写輪眼のイロを連れてくるって言ったら、連中、大喜びだったからな。いい手土産になったと思えばいいか。」

ササギはイルカの傍らにしゃがむと、つい、と指で顎を持ち上げた。

「向こうでゆっくりお前を犯してやるよ、写輪眼のことなんか忘れるくらい、仕込んでやる。」

ササギは整った顔を歪めて笑った。

「それとも、ちょいとここで味見してみるか。連中が来るまでまだ少し時間があるからな。」
「なん…」

イルカは絶句する。抜ける先の相手とここで落ち合い、自分を連れて行く気なのか。イルカはカカシの恋人だから、敵にとっては格好の材料となる。

「あっあなたはカカシさんの友達だったんじゃないんですかっ。」
「は?友達?誰が?」

ササギは大仰に驚いてみせた。

「冗談じゃない。あんな奴、友達だなんて思った事もないね。」

眉を上げて首をかしげた後、ササギは憎々しげに吐き捨てた。


 

 

 
     
     
 
イルカに「もう、カカシさんってば」と一度言わせてみたかったオレです。わはは、どんな動機だ。さて、イルカ先生、貞操の危機、大ぴ〜んち、なのに続いたりする〜(鬼)