忍服のままカカシはカフェの順番待ちをしていた。流石に大混雑だ。
「ちょっと、なんでアンタがいんのよ。」
「営業妨害になるって言ったじゃない。」
そしてカカシの次に並んだのは紅、アンコとその一派だ。運が悪いことこのうえない。
「寒っ、クリスマスイブに野郎一人カフェって寒っ。」
「ってか、平気で順番待ちできちゃうその神経がわかんないわね。」
くそみそである。
「ちょっとちょっと紅。」
「アンコ、言い過ぎだって。」
流石に気の毒と思ったのか連れの女性陣が小声でたしなめる。
「この人、一応写輪眼のカカシでしょう?」
そう、一応里の看板忍者だ。だが二人ともどこ吹く風、というより、悪口にますます火がついた。
「看板忍者だろうが写輪眼だろうが気色悪いもんは悪いのよっ。」
「忍びとしては優秀すぎるんだけどね〜、カカシ。アンタ、ちょっとは普通の感覚、里で磨きなさい。」
「そうよ、クリスマスイブに一人でカフェに来るなんてしないでさ、来たけりゃ女の子の一人か二人、誘って付き合ってもらうとかさ、空気読みなさいよ。」
「うさんくさくてもアンタの知名度だったら付き合ってくれる子くらいいるでしょ。」
心配されているのか罵られているのかよくわからない言い様だ。
「連れはいるよ。後から来るの。」
「うっそ、誰よ。」
「そんな子いたんだ。」
あからさまに驚かれた。
「イルカ先生だけど…」
渋々答えると一瞬、シンとなった。それからはぁ、と呆れたようなため息をつかれる。
「な〜んだ、仕事だったの。」
「とことん無粋ねぇ、イブに仕事で待ち合わせかぁ。」
「ちょっと、なんで相手がイルカ先生だと仕事なの。」
思わず抗議したカカシだがアンコと紅は互いに顔を見合わせた。
「だって。」
「ねぇ。」
それから哀れむようにカカシを眺めた。
「アンタとイルカ先生じゃ仕事以外繋がらないじゃないの。」
「あ〜、からかう気もおきない取り合わせだわ。」
その時、戸外のテーブル席がほぼすべて空いた。かなりの大集団できていたグループが席をたったのだ。首尾よく席を確保できてカカシはほっとする。もう二時を過ぎているから、イルカはじきにやってくるだろう。
「ぎゃ〜、カカシの隣のテープルだわ。」
「せっかくのイブなのに〜。」
そっちだってせっかくのイブに恋人連れじゃないくせ、とは口に出さなかった。せっかくイルカと会うのだ。これ以上つつかれたくない。しかも、イルカから誘ってくれたのだ。受付棟の廊下でのことを思い出す。いつになく強引に待ち合わせを決めたイルカ、もしかしてイルカは気付いたのだろうか。六年前の待ち合わせの男がカカシだと、果たせなかった約束を思い出してくれたのだろうか。
「いや、過剰な期待は禁物だ。」
カカシは頭を振った。本当に仕事の話だったらシャレにならない。
「まぁ、これを機会にゆっくりと…そうだ、きっかけにしてゆっくりゆっくり…」
「やだ、カカシってばブツブツ独り言。」
「気色悪っ。」
「ここで自分が浮きまくりだって自覚ないのね。」
「………」
自覚は十分ある。お洒落なカフェに忍服姿で顔をほとんど隠した男が一人座っていたら周囲がドン引きすることくらいわかっている。だが迷惑をかけているわけでなし、そのくらい許してくれてもバチは当たらないと思うが、女性というのは本当に容赦がない。
紅達が騒ぐせいで周囲の女性客達までカカシに注目しはじめた。やっぱりクリスマスイブは厄日だ。やれやれ、と椅子に沈み込んだとき、一つの気配が近づいてくるのを感じた。カカシの大事な人の気配、でもなんだか必死だ。
「あら、イルカ先生、私服じゃない。」
「ホント、珍しいわねぇ。」
紅とアンコが驚いたような声で言った。カカシは顔をあげる。そのまま目を見開いて息を飲んだ。走りよってくるイルカはジーンズに薄水色のセーターを着ている。そして首にまかれているのは、あの白いマフラーは…
カカシのテーブルの前にイルカが立った。カカシは息を詰めたままだ。
「あの…」
何か言いかけたイルカはふっと顔を赤くして唇を噛んだ。
「オレは…」
緊張しているのか声が震えている。落ち着こうとするようにイルカは大きく息を吸った。
「六年前、あなたは任務帰りのオレに甘いコーヒーとサンドイッチを食べさせてくれた、オレはあの時の新米中忍です。」
一息に言いきる。
気付いていたのか…
カカシは驚きで声が出ない。だが、イルカは黙ったままのカカシをどう思ったのか、不安げに目を彷徨わせた。
「その…わっ忘れてらっしゃいますよね、いいんです、話をしたのは一度っきりですし…」
困ったように眉を下げた。
「すいません、驚かれますよね。突然約束とりつけたあげく、こんな話をして。でも…」
赤い顔のまま、イルカは微かに口元をあげる。
「オレにとってはすごく大事な思い出なんです。あの日は曇り空で寒い日で…寒かったです…ひどい任務で…」
どこか切なげに黒い瞳が揺れた。
「任務の後、オレはいつもあのカフェを眺めてから里に帰還していました。平和な風景を眺めていたら、あぁ、オレも少しは役に立ってるのかなって思えて、だから見ているだけでいいと思っていた。だけどあの時あなたは…」
イルカは目を落とし、ふわ、と笑った。
「見ているだけじゃなくていいって、忍びだって平和な風景に入っていいんだって教えてくれました。」
笑みが深くなる。
「そしてあなたはオレにこれを巻いてくれた…」
イルカは首に巻いたマフラーを両手で大事そうに押さえる。
「温かかった…」
「最初からオレのこと、気付いていた…?」
ようやく声を絞り出したカカシにこくり、とイルカが頷く。
「あなたがいたからオレは教師になった、オレを励ましてくれた言葉を忍びの卵達に伝えたくて…なのに初めましてって、あぁ、やっぱりオレのこと、忘れてるんだなぁって。」
不安げにイルカはぼそぼそと続ける。
「無理もないです。あなたは高名な忍びで、あなたに救ってもらったり励まされたりしたのはオレだけじゃない…だからいちいち覚えていないのは当たり前です。でもオレはどうしてもあなたにまた会いたかった。」
イルカは吹っ切るように顔をあげ笑った。
「はは、覚えてらっしゃらないでしょうけど、あの日、あなたがカフェにおいでって言ってくださった日ってクリスマスイブだったんですよ。街にはクリスマスソングが流れていて、どこもかしこもキラキラしていて…」
また笑おうとしたイルカは堪えきれなくなったようにくしゃりと顔を歪ませた。
「でもカフェに行ったら急な任務が入ったって式が…任務じゃしょうがないです、忍びですし特にあなたは暗部だった…でもオレ、バカだからクリスマスイブの度にあのカフェに行ってみたりして、ホント、迷惑な話ですよね。今日だってクリスマスイブにこのカフェがオープンするって聞いたらどうしてもあなたと話がしたくて…」
すみません、と最後は消え入りそうな声で俯いてしまう。がたり、とカカシは立ち上がった。胸が一杯で言葉がでない。イルカは待っていてくれた、この六年、ずっとカカシを忘れずにいてくれた。俯いたイルカの頬に手を伸ばす。
「忘れてないよ。」
指先が震えそうになるのを必死で押さえる。
「アンタのこと、忘れるわけないでしょ。」
そっと撫でるとイルカがびくり、と肩を揺らした。
「イルカ…こっち見て…」
優しい呼びかけにイルカがやっと顔をあげる。泣きそうな顔だ。それが可哀想でカカシはもう一度頬を撫でた。
「オレがイルカを忘れるわけない。」
呆気にとられた紅やアンコをはじめ、周囲が自分達を注視しているのがわかった。だがどうだっていい。今はイルカの泣きそうな顔をなんとかしなければ。それだけが大切だ。カカシは口布を下ろし額当てを取り去った。シン、と辺りが静まり返るほどの、端正な美貌が露になる。
「イルカに会いたくて生きて帰ってきた。」
カカシは微笑む。イルカの黒い目が揺れた。
「でもね、イルカに忘れられてたらって思うと、怖くて言えなかった…」
「わっ忘れるわけないです、だってオレは…」
イルカはもごもごと何事が呟く。
「え、何?」
よく聞こえない。聞き直そうとするとずい、と綺麗にリボンをかけた紙袋が目の前に突き出された。
「メッメリークリスマスッ。」
イルカがぱぁっと耳まで赤くした。
「そっそのっ、クックリスマスプレゼント…」
「オレに?」
ぶんぶんと子供みたいに首を縦に振る。
「あの時の任務報酬で買ったんです。ずっとおにいさんに渡したくて…」
そう言った後、イルカは口を押さえ赤い顔をますます茹であがらせた。
「すっすいませんっ、しっしっ失礼な呼び方をっ…」
六年前のなつかしい呼び方、カカシは思わず口元を綻ばせた。確かに、立派な体躯の成人男性の使う言葉ではないだろう。だが、相手がイルカだというだけでなんだかくすぐったい。イルカの醸し出す雰囲気が六年前と変わらず初々しいせいだからか。カカシは紙袋ごとイルカの手に自分の手を重ねた。
「ありがとう、イルカ。」
こくこく頷くイルカを座らせる。
「あの時もオレのこと、おにいさんって呼んでたもんね。」
「いやっそのっ…名前、あの時は知らなかったし、何て呼んでいいかわからなくて…」
茹で蛸になったままイルカが慌てる。カカシはくすくす笑いながらモカジャバとカプチーノを注文した。六年前のクリスマスイブを取り戻している気分だ。
「いいもんだね、久しぶりにそう呼ばれるの。」
カカシはにっこりした。
「開けていい?これ。」
丁寧にリボンを外して紙袋を開けるとアンゴラうさぎの毛を織り込んだやわらかな白いマフラーが出てきた。イルカがそわそわした眼差しでカカシを見ている。
「あったかそうだ。」
忍服の上からマフラーを巻く。
「お揃いみたいだね。」
へへ、とイルカは鼻の傷を人差し指でかいた。照れたときの癖も変わっていない。
「おにいさんには白が似合うから。」
「そっか…」
無垢な色を似合うと言ってくれるイルカ、幸福が胸に満ちてくる。テーブルに身をのりだしちょいちょいと手招きした。きょとんとイルカが顔を寄せてくる。
「メリークリスマス。」
カカシはそっとその頬にキスをした。
☆☆☆☆☆
「はい、カカシ、アンタ宛のラブレター。」
どさり、と封書の束が目の前に放られる。紅は不機嫌極まりないと言いたげな顔でカカシの目の前のソファに腰を下ろした。
「ん〜、こういうの、困るんだけど。」
イチャパラを読んでいたカカシは眉を寄せる。そのいかにも嫌そうな態度が紅の癇に障ったらしい。黒髪の美女はキッと柳眉を吊り上げた。
「それはこっちのセリフよっ、なんでこのあたしがアンタなんかの仲介やんなきゃいけないのよ、ムカツクったら。」
クリスマスイブのカフェで素顔を晒して以来、カカシは「近寄りたくない忍トップスリー」から「抱かれたい忍No.1」になっていた。おかげでやたら周囲がかしましい。イルカのために晒した素顔だったはずが、これはカカシも大誤算だ。しかも紅やアンコに仲介を頼む女性が多いせいで、二人からの風当たりは前にもまして厳しいことこのうえない。
「別にオレが仲介頼んだわけじゃないし、断ったら?」
「それができたら世話ないわよっ、女同士の付き合いってもんがあんだからねっ。」
「うわ、そんな怒らなくても…」
これは早々に退散した方がよさそうだ。イルカを迎えにアカデミーに行こう。確か今日は夕方からの受付業務はなかったはずだ。カカシは愛読書をポーチに突っ込むと立ち上がった。
「ちょっと、このラブレター、持って帰んなさいよ。」
紅の怒鳴り声を背中に聞きながらカカシは上忍待機所から逃げ出した。せっかくイルカに会うのに他の女の手紙などとんでもない。
イルカとの付き合いは順調だ。お互い、まだ告白はしていないが、同じ気持ちだというのは感じている。恋人同士になるのも時間の問題だろう。今だってあいた時間は二人で過ごしている。
そろそろオレから告白してみるかなぁ…
幸い、バレンタインデーとかいう絶好の告白イベントが間近にせまっている。昔かよっていた隣街のカフェで待ち合わせをしてみようか。二人の出会いを思い出しながら愛を囁き合うのもいい。
これからまた、カカシは街角のカフェに座るだろう。人々の暮らしを眺めながら、平和な風景の一部となりながら。
そうやって日々を過ごす自分の向かいにイルカが座ってくれるだろうということが、このうえなくカカシを幸せにしていた。
終
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