是清万華鏡19
     
     
 



ご意見番に知られて拘束されようがどうでもいい。今はイルカの心が大事だ。カカシは静かに話しはじめた。

「アスマはわかるよね、暗部がここにいるって。アレね、オレを監視してるの。火影様の命令で。」

ちら、と木立に目をやる。

「ねぇ、テンゾウ、いい加減降りて来て証言してよ。」

それからわずかに体を離しイルカの頬の涙を拭った。じっと黒い瞳を覗き込む。

「あの日、イルカ先生、驚いたでしょ。帰って来たオレが子猫を連れていて、しかもイルカ先生に頼まれたってカレーの材料買って来たり、和菓子あ〜んで食べさせてって言ったり、いつもの『カカシ上忍』なら絶対にありえないもんね。」

イルカの黒い目が不安げに揺れた。思い当たることがたくさんあるからだろう。

「でもね、オレも戸惑ってたの。カレーの材料買って帰ったらいきなり『カカシ上忍』なんて呼ばれてさ、いつもだったらカカシ先生って呼ぶのに、上忍よばわりなんだもん。他の皆も妙にオレのこと怖がってて、里全体でなんか賭けでもやってんのかって思ったよ。」

カカシはくす、と小さく笑う。

「貧乏性なんて言ったら、確実にドルフィンパンチくらわせてくるはずのイルカ先生が大人しくてさ、オレも是清もびっくりしちゃって。いつもならオレにすぐ酒をたかる紅は妙に殊勝だし、アスマは名家がどうのなんてくだんないこというし。」

紅が目を見開き、アスマはごしごしヒゲをしごく。

「ガイなんて七三分けよ?オレ、ひっくり返りそうになったもの。でもね、よくよく周りを見回したら、ここはオレがいた木の葉じゃなかった。」

ぴょん、とカカシの肩の上に子猫が飛び乗った。ちらりと横目で見たカカシは僅かに微笑む。

「オレはね、こことは別の次元の木の葉から来たの。原因はわからない。たぶん、こっちのカカシはオレの木の葉に行っていると思うよ。」

イルカがぽかん、とカカシを見つめる。他の三人も唖然としているのがわかった。

「馬鹿な事言ってるって思う?オレも最初は信じられなかった。でも、確かにここはオレのいた木の葉じゃないんだよ。色んな所が違っている。歴史も違う。でも住んでいる人達はほとんど変わらない。どうなってるのかオレにもさっぱり。」

苦笑するカカシの後ろに降り立つ気配があった。カカシがホッと息をつく。

「やぁっと出て来てくれたね、テンゾウ。」
「先輩が規則違反するのがいけないんです。この話は五代目以外、他に漏らさないって約束ですよ?」
「こっちのお前も口うるさいんだねぇ。」

テンゾウが眉を上げる。アスマがようやく我に帰ってテンゾウに目をやった。

「おい、本当なのか。別の次元とか、そんなことが」
「僕も最初信じられませんでしたけど、間違いないようですよ?だいいち、こちらのカカシ先輩はそんなにチャラチャラしてません。」
「わ、ひどーい、テンゾウ。かわいくなーい。」

イルカを胸に抱き込んで口を尖らすカカシをテンゾウは指差した。

「ほらね。」
「だな。」
「えぇ。」
「だってばよ。」

三人は同時に頷いた。

「うわ、お前ら、オレの世界のアイツらにそっくりなってきてない?」

盛大に顔をしかめてみせる。それからイルカの頬を両手で包んだ。

「最初はね、みんな性格違うなーって、まるで別人みたいでそれが嫌でね、ま、そんなのオレの勝手な思い込みなんだけど、だけどね。」

カカシは目を細めた。

「あれこれ話したりやってること見てたりするとね、あぁ、やっぱり同じなんだなって思うことがあるの。別の次元でも案外本質は変わらないのかなって。」

イルカの表情はまだ固い。

「オレの世界じゃ、オレはイルカ先生にぞっこんだし、イルカ先生もオレにぞっこんよ。あの人は照れ屋だから滅多に口には出してくれないけどね。」
「里公認のバカップルでやんす。」

子猫がすかさず茶々をいれた。

「こっちのイルカ先生、あなたも『カカシ』を愛してくれてるじゃない。一緒だよ。だったらこっちのカカシもイルカ先生にぞっこんなはず。いや、絶対ぞっこんだね。本人が言うんだから間違いなーいよ。」

カカシはそっと乱れた髪を撫で付けてやる。

「だけどこっちのオレは素直じゃないみたいだから、きっと好きって言えなかったんだね。妙ちくりんな身分制度に縛られてるのかもしれない。無理矢理上忍命令で世話役にしたって思い込んで、なのに先生には笑ってほしくて、そんな勝手だよね。何にも言葉にしてないんだから自分勝手にもほどがあるよ。先生は先生で『カカシ』のこと好きだって悟られないよう、世話役の分を越えまいってしてたでしょ。だからここのカカシはどうしようもなくなってセンセに酷く当たったんだと思う。」

こっちのオレ、馬鹿だぁよね…

小さく呟かれたカカシの言葉にイルカの顔がくしゃりと歪んだ。黒い瞳に涙の膜が張る。

「センセに手を出さなかったのもそれが理由。オレは嫉妬深いからね、センセに手なんかだしちゃったら、こっちのオレが激怒するでしょ?なにより」

カカシの目が優しい色を浮かべた。

「あっちのオレのイルカ先生が傷ついちゃう。いくら自分自身だからって、割り切れる人じゃないから。それはイルカ先生、あなたも同じでしょ?」
「あにさんは豪快に見えて案外一人でグルグルしちまうお人でやすからね。」

子猫が膝の前でくふ、と笑った。カカシはイルカの髪を撫で続ける。

「ねぇ、イルカ先生、こっちのオレを信じてあげてよ。そして笑って。きっとこっちのカカシもね、センセとイチャイチャしたいの。ただ臆病で手を伸ばせないだけ。」
「信じてって…」

ぽろ、と黒く大きな目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「オレは信じても…」

ぎゅっとカカシはイルカを抱きしめる。

「うん、信じて。そして臆病なこっちのオレを許してあげて。」

イルカがベストを握りしめてくる。

「ごめんね、イルカ先生、辛い思いばっかりさせて、ホントごめんね。」

嗚咽を堪えて震える背をカカシはゆっくりとさすった。

「さ、帰ろ。まだ話したいこと、たくさんあるし、こっちのカカシのことを聞かせてよ。」
「あっしらは向こうのあにさんのこと、たっぷり教えてやりまさぁ。」

子猫がぴょん、とイルカの肩に飛び乗った。カカシはイルカの肩を抱いたまま立ち上がる。

「テンゾウ、とりあえずアスマ達への説明、頼んだぁよ。ナルト、お前はもう遅いから帰れ。」

しょうがない、というようにテンゾウが肩を竦めた。

「じゃ、また明日ね。」

ひらひらと三人に手を振る。早く家に帰って、イルカとたくさん話がしたかった。











カカシ上忍は本当は優しい方なんです。

イルカはぽつぽつとこっちのカカシのことを話しはじめた。
叩くのは世話役をたくさん持っている上忍達の前だけだったこと、けして拳では叩かず、平手だったと。

「今ならわかります。あれは私…オレを守るためだったんだって。」

写輪眼のカカシの世話役ともなれば、同じ中忍達からはやっかまれ、カカシを妬む上忍達からはあら探しされる。だから外で冷たく当たることで少しでもイルカへの風当たりを弱めようとしたのだ。

「けなげなのか何なのか…」

アパートに帰り風呂もすませた二人は酒とつまみを前にあれこれ話をしているところだ。カカシはこっちのカカシの深緑の浴衣を借りている。イルカはいつもの紺の浴衣だ。髪を下ろした姿は相変わらず艶っぽくて目の毒だと思う。

「こっちのカカッさんは不器用でやんすねぇ。押せ押せであにさんを口説き落としたカカッさんとは大違いでさ。」

お猪口に注いでもらった酒を舐めながら子猫が感慨深げに言った。

「不器用すぎるでしょ。平手だとしてもイルカ先生を叩くなんて考えられない。」

カカシは銀髪をかきあげ口をへの字に曲げた。イルカが困ったように笑う。

「オレも思い詰めていたんで気がつかなかったんです。」

イルカが自分のことを私、と畏まっていうのが寂しくて、カカシは普段通りの言い方をしてよと頼んだ。こっちのカカシが戻って来て驚けばいいと思ったのも確かだが。
「自分が食べたい気分だ,とか何とかいって店屋物を頼むときはいつもオレが疲れていたり具合がよくなかったりした時でした。気遣って下さってたんですね。」
「わかりにくい男だぁね〜。」

我ながらイヤんなる、とカカシはぼやいた。

「それに、オレが熱を出したときはずっと看病してくださったんです。あの時はヤれないと困るから、とかなんとか言って。」

その時のことを思い出したのか、イルカは幸せそうな笑みを浮かべた。

「あの人は色んなサインを出してくださっていた。頑なになって拒んでいたのはオレの方だったんです。オレの態度があの人を傷つけていた。」
「や、わかりにくすぎるオレが悪いと思うよ〜。」
「まったくでやす。こっちのカカッさんはややこしいお人でやすねぇ。」

へっ、と鼻で笑う子猫の額をカカシは黙ってはじいた。

「何しやがんですっ。」
「……自分で自分の悪口いうのはいいけど、お前がいうと腹立つね。」

ぴゃーぴゃー文句を言う是清を放っておいて、カカシはイルカのグラスに冷や酒を注いだ。

「じゃあ、こうやってオレと酒飲むなんてやったことないの?」
「はい、カカシ上忍はここで食事はなさいますが、酒を飲まれることはなかったです。」
「つくづく、こっちのオレってバカだね〜。」

カカシは呆れたように首を振った。

「あの、カカシ上忍は…」
「カカシ先生、でしょ。」

カカシ上忍って呼ばれ方は慣れないから勘弁してと伝えたら、イルカは照れたように鼻の傷をかいた。

「カカシ先生は向こうのオレとよく自宅で酒を飲まれるのですか?」

ん?と手酌で酒を注いだカカシは目をあげた。

「そりゃあ、翌日任務がない時は絶対飲むよ。酔っぱらったイルカセンセって可愛いもん。」

へら、と相好を崩す。

「オレのイルカせんせはね〜、普段は意地っ張りで照れ屋さんだから絶対甘えないんだけど、酔っぱらったときは甘えん坊なのよ。それがまたギャップ萠っての?」

ぐふふふ、とスケベな顔をするカカシにイルカは吹き出した。

「向こうのオレは押しが強いんですね。」
「そりゃもう、夫婦喧嘩しようもんなら起爆札飛びますぜ。」

カニかまをくわえたまま子猫が口をはさんだ。

「はた迷惑なバカップルでやすよ。」
「失礼だぁねー、お前は。」
「事実を言ったまででやす。」

イルカは楽しそうに笑っている。

「カカシ上忍が帰って来たら、オレ、一緒に酒飲んでもらいます。」

へへ、とイルカは嬉しそうだ。

「酒飲んで、ちょっとくらい甘えてみます。」
「あにさん。」

子猫がチッチ、と前足を振った。

「ちょっとじゃ足りねぇと思いやす。写輪眼のカカシは案外寂しがり屋で人恋しいお人でやんすからね。」

きまり悪げにカカシが頭をかいた。それからニッ、と笑う。

「鼻血噴くくらいたくさん甘えてやって。もし表情が変わらなかったら、相当キタって証拠だからね。」
「はい。」

この世界に来て半月、これほど和やかに寛いだ気分になったのは初めてだ。話の種は尽きず、酒盛りは夜がふけるまでずっと続いた。







それからの毎日、カカシは仕事が終わる時間になるとイルカを迎えにいった。それはアカデミーだろうが受付だろうが変わらない。夜勤のときは手作りの弁当を届けた。揶揄してきたりイルカに嫌味を言ったりする輩は力づくで黙らせた。伊達にビンゴブックに載っているわけではない。

アスマと紅は収まる所に収まった。猿飛家の連中相手にアスマはこれからが正念場だろうが、吹っ切ったアスマとどこか肝が据わった紅なら大丈夫だと思う。

カカシの行動に年寄り連中がようやく騒ぎだした。だが五代目は全く取り合おうとしない。案外、里の有り様を変えたいと思っているのだろう。上忍師やスリーマンセルに医療忍者をくわえるやり方に興味津々で何やらプランを練っているようだ。

テンゾウは相変わらずカカシに貼り付いているが、時折姿を見せて話していくようになった。そのうち、ナルトをまかせられるのではないかと思う。

ナルトはカカシの世界の自分はどうなのかとさかんに聞きたがった。精進につながるようカカシはアレコレ脚色して話してやったが、美化しすぎたかもしれないと少し反省する。だが、向こうの自分への負けん気とやる気が出て来たからよしとした。

そして…

「カカシィ、ご意見番方が心を痛めておられるぞ。風紀委員長としても最近のお前の言動は見過ごすことが出来ん。今日はじっくりお前と話をしようと思ってなっ。」

出たよ七三分けのガイ

カカシは露骨に顔をしかめた。

「我が親友でありライヴァルでもあるお前は木の葉の模範となる上忍ではなかったか。情けないぞカカシィ。」

腰に手を当て親指をビシリとたてるポーズは一緒なのに、七三分けというだけで何故ここまで気持ち悪くなるのだろう。おかっぱ頭のガイが今は爽やかだったと思えるから不思議だ。

「答えろ、我がライヴァルよっ。」
「あのさー、ガイ。」

ガシガシと銀髪をかきまわしたカカシはずい、とガイに体を近づけた。

「ちょっと頭、出して。」
「なんだ?」

素直に突き出された頭をガッと掴む。

「こっこら、何をするカカシッ。」
「大人しくしといでよ。お前にふさわしい髪型にするんだからさ。」
「なっなにぃっ。」

頭を押さえられてさすがのガイも身動きがとれない。

「うわ、お前、何この整髪料、最悪。」

カカシは隠し持っていたブラシで七三分けを崩しはじめた。

「なななにをするーーーーっ。」
「危ないから動かないでよ。」

固められた七三をクナイで手早くカットする。

「はい、でーきた。」

櫛を通しトン、とガイの体を起こしてやる。見事なおかっぱ頭にカカシは満足した。

「うん、いい出来。」
「オッオレの髪に何を…」

狼狽えるガイの目の前に手鏡をかざしてやった。とたんに悲鳴が響き渡る。

「オレのトレビアンな七三分けがぁっ。」
「いやいやいや。」

頭を抱えて絶叫するガイの両肩に手を置きカカシは首を振った。

「ガイ、お前は自分の美点を殺していたとオレは思う。お前の取り柄はその美しい黒髪じゃないの。ま、オレのイルカ先生には負けるけど、常々その髪を整髪料で固めてしまうのは惜しいと思っていたのだーよ。」

重々しく言ってやる。

「……そっそうなのか?」

怯んだガイにうんうん、と厳かにカカシは頷いた。

「オレはね、親友として、ライヴァルとして、お前には常に輝いていて欲しいの。さすがはオレのライヴァルって思えるようにね。」
「カッカカシ…」
「お前、よっく思い返してみてよ。心までその七三分けみたいに整髪料で固めていたんじゃない?ほら、整髪料から解放された髪の毛はサラサラになった。この黒髪のようにお前の心も今、解放されたんだぁよ?規則とか身分制度とかにガチガチに固められたお前の心が自由になったこの瞬間、素晴らしいことだよね。」
「この髪のようにか…」
「そう、マイト・ガイは生まれ変わった。髪型とともに新しいガイになった。」

がし、とカカシは肩を抱いた。

「友よ、この里も古い楔を抜き、お前のおかっぱ頭のごとく自由な世界へと解き放とうじゃあないの。」
「カッカカシィ。」

だぁーっ、とガイは涙を溢れさせた。

「お前、それほどまでにオレのことを思ってくれていたとは。」

男泣きに泣きながらガイは自らカカシの肩を抱き返した。

「わかった。お前の言う通りだ。古くさい考えを捨て、お前とともに里を自由へと解放しようっ。」
「そう、君は今から風紀委員長ではなく、解放委員長として里の未来を切り開くの。」

カカシはビシ、と木の葉の青空に指をさす。

「あの青空のように自由で明るい木の葉の里を。」
「カカシィっ。」

ガイは滂沱と涙を頬に伝わせカカシの両手をとった。

「よし、ご意見番の方はオレにまかせてくれたまえ。何があってもオレは親友の味方だからなっ。」

ぶんぶんと振ると、早速直談判だ、と駆け出していく。

「ん、よろーしくね。」

おかっぱ頭を靡かせ走る後ろ姿にカカシはひらひら手を振った。ごそごそとポケットから子猫が這い出してくる。

「単純な野郎でよかったでやんすね。」
「ホント、素直な奴。」

くるりとカカシは踵を返した。これでこっちのカカシが帰ってきても、ある程度楽ができるだろう。

「さ、イルカ先生誘ってお昼ご飯たべよーか。」
「今日はどこでデモンストレーションするんで?」
「もっちろん、アカデミーの食堂だぁよ。」

鼻歌混じりに職員室へ足を向けた、その時だ。グラリ、と地面が揺れた。

「うわっ。」
「ひゃあっ。」

突き上げるような揺れだ。カカシと子猫は地面に這いつくばった。揺れはすぐにおさまる。

「……是清、この揺れって。」
「たぶん、当たりでやんす。」

ゆっくりと一人と一匹は体を起こす。恐る恐る辺りを見回した。さっきまで立っていた場所に違いはない。ただ…

「夏だね…」
「夏でやんす…」

蝉が鳴いていた。照りつける陽射しが痛い。確かに木の葉の里ではあるが、季節が違った。

「次元を跳んだのは間違いないでやんす…」
「帰ったんだよね?あそこの一月がオレの木の葉の数ヶ月だったってことで…」

カカシは縋るように言う。

「だったらよかったんでやしょうが。」

子猫はヒゲをひくひくさせた。

「カカッさん、匂いが違いまさ。」

カカシの肩がわずかに下がる。

「ここもオレの木の葉じゃないってこと?」
「まぁ、そうなりやすかねぇ。」
「あ〜、なんだか…」

額を押さえるカカシを子猫が下から覗き込んだ。

「泣きやすか?」
「……泣かなーいよ。」

泣きたいけどね、カカシが力なく笑う。子猫はぴょん、とその肩に飛び乗った。

「とりあえずこっちのあにさんがどんなお人か、確かめに行きやせんか?」
「……そだね。」

埃をはらって立ち上がる。地面からむわっと熱気が上がってきた。暑い、真夏日だ。照りつける太陽をうんざりした気分で眺める。季節は夏になっているが、時刻はほとんど一緒の昼飯時だ。

「無事にあそこのオレ、元の世界に戻れていたらいいけどねぇ…」

こんなに急に移動してしまうのだったら、あの世界の人々に別れの言葉の一つも言っておくのだった。本来、あそこにいるべきカカシが戻ったのならそれでいいのだが、あの世界のイルカや綱手達に二度と会うことはないのだと思うと、急な別れはやはり心残りだ。

「凹んでもいいことはありぁせんぜ。まずは腹ごしらえでやすよ。」

相変わらず子猫は呑気だ。苦笑するとカカシはアカデミーへ足を向けた、その時、渡り廊下の向こうから見慣れた黒髪のしっぽが見えた。イルカだ。

「あにさん。」

子猫がきぃきぃ名前を呼んだ。カカシもイルカに向って手を振る。

「イルカ先生。」

イルカの黒い目がカカシの姿をとらえた。

「カカシさん。」

やはりカカシのいた木の葉ではない。元の世界のイルカはカカシのことを『カカシ先生』と呼んでいた。

ここのイルカ先生は『カカシさん』なんだぁね。

カカシはにこにことイルカの目の前まで歩み寄った。

「イルカ先生、昼飯すんだ?まだだったらオレも…」
「公の場で馴れ馴れしくしないで下さいと何度言えばわかるんです?」

へ?

よく見るとイルカの表情は険しい。

「えっと…イルカせん…」
「オレはまだ仕事中なので失礼します。」

一礼したイルカはカカシの脇を通り過ぎる。唖然とその後ろ姿を見つめていると、くるり、と振り返った。

「夕方から受付ですので遅くなります。飯はいりませんから。」

それだけ言い捨てスタスタと歩き去る。カカシはぽかんと突っ立ったままだ。

「なんといいやしょうか…」

子猫がぼそりと呟いた。

「ややこしいことになっていやせんかい?」
「勘弁してよ…」

頭を抱えたカカシの上に、じーわじーわとアブラゼミの声が降り注いでいた。





是清万華鏡酷カカシ編 おわり

 
     
     
  ようやく誤解もとけてめでたしめでたし?とりあえずネットでの最終回です。オフ本書き下ろしは「酷カカシ」がカカシの世界に飛ばされて好意全開のイルカや里の人々に戸惑いまくるお話。そんでもって是清とカカシ、次は眼鏡イルカのいる世界にとばされました。ツンツンイルカをツンデレに改造できるのか?「是清万華鏡眼鏡っ子イルカ編」から「カカシ中忍編」「完結編」と続いてしまった。ホントはこの世界だけで終わらせるつもりだったのに…オフ本ですまんです…