閣下 お手をどうぞ7

 

 


「どういうことじゃカカシ」

執務室へ入ったと同時に一喝された。

「どう釈明する」
「釈明って」

カカシは困惑していた。三代目がイルカを可愛がっているのは知っていたが、ここまで腹をたてるとは。

「生涯伴侶と誓い合った、そのことに何の釈明がいるんです?オレに後ろ暗いことは何もない」

そうだ、自分のイルカに対する気持ちには一片の曇りもない。カカシの全てを捧げているのだ。イルカへの愛に釈明を必要とするような後ろ暗いところなどあるはずがない。まぁ、あらゆる手を使って恋敵を闇に葬ったことはこの際置いておく。だが、カカシの宣言に三代目のこめかみがひくりと動いた。

「しょっ生涯のっ…」
わなわなと体を震わせる。

「ちっ誓い合ったじゃと?」
「そうです」

ぐい、とイルカの肩を抱き寄せる。

「オレの誕生日に夫婦の契りをかわしました」
「なっ…」

里長はアゴがはずれんばかりにあんぐりとする。

「そっそれはまことに…」
「本当のことです、三代目」

俯いていたイルカがキッと正面を向いた。

「カカシさんのことを愛しています。生涯の伴侶と誓い合ったんです」
「イッイルカ先生」

感動のあまりカカシは腕の中のイルカを抱きしめた。恥ずかしがり屋のイルカがこんなにはっきりと言い切ってくれるなんて。

「先生、オレも先生のこと、愛してる」
「カカシさん…」

イルカの手が背中にまわされた。歓喜でうっかり踊りそうになる。だがここは『写輪眼のカカシ』。里長だろうが何だろうが、邪魔立ては許さないとビシッと決めねば。

「オレ達は愛し合っているんです。たとえ三代目でも口出しは無用」

ビシッとキマッタ。

里長を見ると頭から湯気をださんばかりの激昂ぶりだ。

「うっうつけめが、己の分をわきまえず契りを結んだなどと…」
「血圧上がりますよ、三代目」

カカシはふふん、と笑った。

「だいたい、己の分って、今時身分違いだと言い立てるんですか?」

イルカを背に庇うようにしてカカシは仁王立ちになった。

「木の葉の里長ともあろう御方がそんな時代遅れな感覚でいるから、イルカ先生もオレのこと愛してくれていたのに身分違いだって付き合うことを逡巡したんです。」

ビシリ、とカカシは人差し指を突き出す。

「身分の差がなんです。そんなもの、オレが打ち破ってやります。いえ、オレだって愛があれば何もいらない、なんて青臭いことはいいません。イルカ先生を守るためなら上忍の権利だろうが金の力だろうが利用してやりますよ。幸い、三代目以外にオレを従わせることのできる人間はいませんし、金もある」

そうだ、上忍が下位の者を恋人にすると、やっかまれて様々に嫌がらせをされる。イルカがいくらモテるからとはいえ、里中がイルカに優しいわけではない。中忍風情がと侮られることもあるだろう。

「オレは自分の能力、財力、全てをかけてイルカ先生を守ります。誰にも文句はいわせない」
「たったわけめが、おぬしのはした金ごときでなにが出来る」

さすがのカカシもムッとした。

「はした金って、火の国の年間予算くらいはありますよっ」
「はした金ではないかっ」

里長は頭までまっ赤になって怒鳴った。

「だいたい、おぬしは里の上忍であろうが。それがよりによって」
「上忍ですよ、だから何です。中忍と恋しちゃいけないんですか」

カカシも負けじと怒鳴り返した。

「それともイルカ先生が中忍だからってオレに遠慮するとでも?先生だってオレの階級に恋したわけじゃない、それを身分違いって糾弾するほうがおかしいんで…いてーっ」

スコーン、とキセルが額に飛んできた。

「なにすんですよクソ爺っ」
「身分違いはお前の方じゃ、カカシ」

がぁ、と火影が吠えた。

「上忍ごときが若の玉体に手をつけるとはーーっ」
「玉体ってそりゃ確かにイルカ先生の体は玉のようですけどなんで三代目がそのこと知ってんですかってか若って、へ?若?」

目をまたたかせるカカシの前で、老翁はがばぁ、と床にひれ伏した。

「若っ、お考え直しを。これではお父上様に顔向けができませぬーーっ」

ええ?

事態を把握できずにぽかんとするカカシの背後から静かな声がした。

「頭をあげよ、じい。これは私が決めたことなのだ」

イルカの声だった。だがいつもの溌剌とした声ではなくひどく静かで落ち着いている。

「すまぬ、じい。だがそなたのせいではない。罪があるとすればこの私だ」
「若ーーーーっ」

足下にひれ伏した老翁は滂沱と涙を流している。

えええええ?

いったい何がどうなっているのか、唖然と二人を交互に眺めていると、くるぶしをしたたかに打たれた。

「いってぇ」
「無礼者が」
「はぁ?」

ずざざざ、と老翁は膝でいざってイルカの前へ移動する。押しやられたカカシはぽかんとしたままだ。里長はすく、と立ち上がり両手でイルカを仰ぎ示した。

「こちらにおわすをどなたと心得る」
「は?」
「オーシャン財団総裁のご子息にして木の葉の里の真の火影、うみのイルカ様じゃぞ」

老翁の大喝が部屋中に響いた。

「頭が高い、控えおろうっ」
「はいーっ?」

某時代劇の効果音が聞こえたような気がして、カカシはただあんぐりと口を開けていた。

☆☆☆☆☆

そしてカカシは今、ぴらっぴらの財団のローブを着せられ豪華な財団本部の館にいる。広大な「家庭菜園」や「霧立ち高原牧場」のある「庭先」を通り過ぎ、館の執務室でイルカ先生によく似た、でもとっても恐いお父上、財団総督うみのオルカ様に怒鳴り散らされた。それが原因でイルカ先生とオルカ総督の親子喧嘩が勃発し、オタオタしていたら一見淑女実は昼ドラヲタなイルカの母上に救出されて今にいたる。庭をあるけば『イルカお兄様』のお嫁さんになるのだという親戚の小娘に因縁つけられるし、護衛の自意識過剰な美青年からは喧嘩ふっかけられるし、イルカのおばあさまからは使用人扱いされてガン無視されるしで良いとこなしの木の葉の上忍はたけカカシだ。

でもカカシ、負けないもん

ぐぐっと心の拳を固める。何も望まず生きてきたカカシがイルカに会ってはじめて欲しいと思ったのだ。身分違いだからと引く気はさらさらない。
幼い頃から独りぼっちで死線をくぐり抜けてきた。伊達に上忍張ってはいない。無理矢理カカシから奪うというならとことん戦うまでだ。
だが、総督の怒りはイルカを溺愛しているからだ。ならばやはり認めてもらえるよう頑張ろうと思う。愛情ゆえに頑な心は同じ愛情で溶かせるはずだ。イルカを大事に思う気持は同じはず、それにイルカの母君の応援も心強い。

にしても、オヤジが生きていたとはね…

死んだはずのサクモが生きていた。今から会いに父の部屋へ行く。二十年前、いったい何があったのか、そして何故父がここにとどまり続けているのか。一つ一つを解きほぐしていけば進むべき道が見えてくるかもしれない。バサリとカカシはローブの裾をひるがえした。この長い廊下の先に父がいる。緊張と子供のような父への思慕、そしてほんの少しの恨めしさ、混ざり合う様々な色の感情をぐっと押し込め、カカシはまっすぐに行く先を見据えていた。



閣下、お手をどうぞ オンライン版 おわり


 
ネットでの『閣下、お手をどうぞ』はこれで終わりです。全部アップするわけいかんのですまんです〜(平伏)
オフ本では三代目に連れられてイルカと一緒にうみの家を訪れてドタバタやってます。サクモパパに会いに行くところまでで「お手をどうぞ」は終わり。「閣下、仰せのままに」で完結です。サクモパパが隠れ子煩悩です。南国の小島へハネムーンに行くため、カカシ、がんばりまくってます…