べなちゃんこ・ドン2
     
     
 


目の前に夙川アトムが立っている。

イルカは呆然とそれを眺めた。いや、ピンクのセーターを肩にかけて茶色い大きなサングラスをかけているのは同じだが、この夙川アトムは銀髪で、しかも黒い口布までしている。シン、と静まり返った職員室の入り口で、イルカはただ硬直するばかりだ。夙川もどきが口を開いた。

「ど〜も〜、ル〜イカせんせ。」

ビシリ

張りつめた空気に亀裂が入った。

ルーイカせんせってオレ?

たらり、と冷たい汗がイルカの背をつたう。夙川もどきは猫背をさらに曲げ、顔だけあげてヘラヘラと言った。

「今夜あたりべなちゃんこ、ご一緒どうです?」

ビキビキビキ

空気の裂け目がひろがったように感じるのは気のせいか。

「いずれ都でギロッポンのダイニング若、ご招待しますんで、今夜のとこは木の葉のザギン通りに、はい、予約、入れときます〜。」

夙川もどきは黒い手帳をひらめかせる。

「それともく〜に〜、いきますかく〜に〜、ぶしゃぶしゃお好きで。チャンネェ呼んでぶしゃぶしゃ、いや、今夜はチャンネェよりもオレ付きで行きましょうっ。」

派手に両手を広げ夙川もどきはピンクのセーターを揺らす。驚愕のあまり言葉を失っていたイルカがようやく声を絞り出した。


「…カッカカシ…先生?」

夙川もどきは威勢良く答えた。

「正解、ドンっ。」

バタバタとイルカの後ろで、職員達が倒れふす音が響いた。












「うっうずまきナルト君っ、春野サクラ君っ。」

任務を終えて帰還した二人のところに、若い上忍達が真っ青な顔で駆け寄ってきた。

「ちょうどよかったっ。」
「探していたんだよっ。」

「なっなんです?」

「早くはたけ上忍を止めてくれっ。」
「はぁ?」

戸惑う二人に上忍達は悲鳴をあげるように叫んだ。

「あの人を止められるのは教え子の君達しかいないんだーーっ。」

事情を聞かされた二人はそのままアカデミーに向かって猛ダッシュしていた。




上司であるはたけカカシという人物は、すぐれた忍者であるにもかかわらず、自己評価が尋常でなく低かった。
里の英雄に新米上忍達が冗談口などたたくはずもなく、次期火影に内定してからはますます敬意をもって接せられているだけなのに、本人は嫌われているのかと落ち込む始末である。

だいたい、三忍をしのぐと言われた父を持ち、不当な形でその父を失ってからも里のトップに育てられた天才だ。しかもこれまで、化け物クラスの敵を相手に体をはって里を守ってきたのだから、いくら驕っても許されるだろうに、自分のことを気の小さい取るに足らない男だと思い込んでいる。二人の教え子はそれがはがゆくてしょうがなかった。

そんな上司がアカデミーの恩師、うみのイルカに惚れていると知ったのはいつだったろうか。イルカを食事に誘う勇気すら持てない上司に焦れて、二人掛かりでイルカの感触を探りにいったことも数知れない。そして教え子達は悟った。

だめだこりゃ。

恩師の好みは何度確認しても『可愛い人』であり、180センチをこえる身長の年上の男に出る幕はない。カカシに対する認識もひたすら尊敬と憧憬ばかりで、恐れ多くて食事などもってのほかなのだそうだ。教え子達に出来るのは、ただ、上司の心が傷つかないよう気遣いながら、その恋が終わるのを見守ることくらいだった。それなのに…

「やばい、やばい、やばいってば。」
「よりによってなんでシノなんかにっ。」
「やばいってばよぉぉぉぉっ。」

お笑いピン芸人の格好で食事に誘ったりなんかしたら幻滅されるのは確実で、それを知った時上司がどうなるか、想像するだに恐ろしい。

「間に合ってくれってばーーっ。」

しかし、アカデミーの校門に辿り着いた二人は絶望した。そこには、ピンクのセーターを肩にかけた夙川もどきと、黒髪を一つくくりにした恩師が立っていた。

遅かった。

ナルトとサクラは立ちすくんだ。
やらかした、銀髪の上司はきっとやらかしたはずだ。昨日もお笑い番組でやっていた「ぎろっぽんでべなちゃんこ」ネタを、かの里の英雄は恩師の前でやったに違いない。礼儀正しいイルカのことだから、あからさまな態度はとらなかっただろうが、内心呆れ果てたはず。

「どっどうしよう、サクラちゃん…」
「とにかく、なんとかしてフォローしないと…」
「オレ、イルカ先生にシノのせいだって言う…って、あれ?」
「……え?」

あの二人、手ぇ繋いだ?しかもにこにこして嬉しそう。

「付き合うことになったそうだ。」
「ぎゃっ、シノ、どっからわいたってばっ。」
「わいてなどいない。なぜなら、君達に話しかけるのに忍術を使う必要がないからだ。」

いつものマイペースな口調だ。相変わらず黒い眼鏡の奥の表情はわからない。

「ちょっ…付き合うって?」
「もちろん、カカシ先生とイルカ先生の関係をさしている。なぜなら、的確なアドバイスを受けたカカシ先生が先程アカデミーの職員室で告白したからだ。」
「えっ…こっ…」

あの夙川もどきのまま告白したぁ?

絶句するナルトとサクラに説明を続行するシノはどこか得意げだ。

「イルカ先生の嗜好にそって告白するよう進言した。なぜなら、どんな局面でも成功のカギは情報収集にあり、その情報を有効に活用することこそが要だからだ。」
「……いや、それはそうかもしれねぇけど…って、んなわけねぇだろっ。どこの世界にお笑い芸人の格好で告白されて喜ぶバカがいるよっ。」
「あそこにいる。」
「………」

シノの指差す方向には恩師がいた。夙川もどきを見つめ、蕩けそうな笑みを浮かべている。
ナルトは目眩を感じた。意外性ナンバー1忍者なんて言われているけど、もしかして自分を認めてくれた人のほうがはるかに『意外性』忍者なんだろうか。
だいたい、お笑いの嗜好と恋をごっちゃにしていいわけがない。そんなことをしたら最悪な状況をうむことくらい、恋愛に疎いナルトにだってわかる。普通はそうだ。
なのにあそこには、『好みは可愛い人』と言っておきながら、夙川もどきに一発で落とされた恩師がいる。もしかしなくても自分の大切な恩師という人は…

「ねぇ、ナルト。」

言わないでくれってばよサクラちゃん。

「イルカ先生って…」

眼前に突きつけられた真実からちょっと逃避しかけたナルトの耳に、サクラの冷徹な一言が突き刺さった。

「イルカ先生って変、よね…」

オレもそう思うってば、とは、流石に口にできなかった。上司が変わった人だというのは知っていたが、恩師までそうだったとは。意外性などと言われているが、自分のほうがよっぽどまともだ。

「感謝の言葉はいらない。なぜなら、君達の大事な人の幸福は友であるオレの喜びでもあるからだ。」

シノだけが満足そうに頷いていた。








後日、ナルトとサクラは職員室で帰り支度をしている恩師をつかまえ、付き合うきっかけを聞いてみた。

「いや、そりゃあオレだって初めは驚いたよ。だってあのカカシさんだぞ。凄腕の英雄が夙川のカッコして『べなちゃんこ』だぞ。」

うんうん、と恩師は首を振りながら腕組みする。

「フリップこそなかったけど、口調も動作も夙川アトムそっくりでな、さすが写輪眼のカカシっていうか、凄い人だよなぁ、やっぱり。」

二人にはよくわからない感心の仕方をした恩師は、にへら、と笑み崩れた。

「だけどな、完璧に夙川演じてるのにどこか不安そうなんだよ。正解、ドン、とか言った後、断らないでってなオーラだされてみろ、こう、胸がきゅんってな。」

………へ?

「もう、すげぇ可愛いんだ、その様子がさ。カカシさんって本当は可愛い人だったんだなぁって。」

そこかーーっ。

どうやら庇護欲を刺激されたらしい。

「それにな、お前ら知ってるか?カカシさんの肌って白くてきめ細かいんだぞ。そこらのくノ一なんかぜんっぜん太刀打ちできないくらいでな、だからピンクのセーターが映えるんだ。もう、すっげ可愛いっていうか、モロ好みっていうか。」

可愛いのか、あのガタイのいい三十男が可愛くみえているのか。

ひきつる二人の視線の先で、アカデミーの職員達が諦めたように首を振っている。頬を赤らめ嬉しそうに惚気ていた恩師は、時計をみておっと、と声をあげた。

「そろそろカカシさんが迎えにくる時間だ。悪いなお前達、また今度、ラーメンおごってやる。」

帰り支度をそそくさとすませた恩師は、足取りも軽く職員室を出て行った。ナルトとサクラは複雑な気分でふわふわとしたオーラの漂う後ろ姿を眺める。

「……まぁ、先生達が幸せならオレはいいってばよ。」

ぽつり、と呟いたナルトの言葉に、サクラも深く頷いていた。








幸せってこういうことを言うんだ。

オレはしみじみと噛み締める。
まさかイルカ先生と恋人同士になれる日がくるなんて。やっぱ人間、何事も諦めちゃダメなんだね。継続は力なり、って違うかっ
あ、この『違うかっ』ってのもイルカ先生の好きなお笑い芸人の決め言葉なの。

ふふ、付き合いはじめて三ヶ月、すでに同棲状態のオレ達です。
もう、あの時、シノ君に相談していなかったら今のオレはないね。本当にシノ君には感謝だ。お礼に北の国に生息する珍しい蟲の卵をプレゼントした。シノ君は恐縮しながら、『当然のことをしたまでです。なぜなら、友の上司の喜びはオレ達全員の喜びでもあるからです。』なんてすごくもったいないこと言ってくれた。
謙虚でいい子だなぁ。ったく、ナルトとサクラに爪のあかを煎じてのませてやりたいね。

イルカ先生と同棲するにあたって、あ、オレはもう、結婚したって思ってるんだけど、そういう法律がないから『同棲』なのね。
で、一応二人で火影様に挨拶に行ったら、何故かすごく怒られた。一時間ほど説教されて、その後、六代目を襲名するなら仲を認めるって言われたからしかたなく承諾したんだぁよ。
その時、やっぱりイルカ先生の好きな芸人の言葉で「かしこかしこまりましたかしこ〜」って返事したら五代目から特大の拳骨をくらった。
お笑いネタはイルカ先生と二人っきりの時でないと使っちゃダメだって。もう、固いんだから、五代目は。

火影になるのはめんどくさいけど、イルカ先生がずっと側にいてくれるっていうから我慢しようと思う今日この頃です。
五代目は里のとなりに自前の賭場を開きたいのだそうだ。そのうち木の葉ラスベガスにするって、好きだなぁ、五代目も。
まぁ、ナルトに経験をつませてとっとと七代目を襲名させれば、あとはイルカ先生とのイチャイチャライフだ。本腰いれてアイツを鍛え上げよう。側近のチョイスもしておかなきゃな。今、サスケが暗部で色んな経験つんでるし、有能な子達が多いから里の未来は明るいと思う。

あ、そういえば、最近、サクラとアスマんとこのイノちゃんがオレとイルカ先生の私服の管理をはじめた。五代目直々の特別任務なのだそうだ。デートの時もくつろぐときも、彼女達のそろえた服を着ないとこっぴどく怒られる。イルカ先生に告白したときにかけていた茶色いサングラスも取り上げられてしまった。
メモリアルなのにひどい。
でも、悲しくて一人嘆いていたら、綺麗な紫のビロードをはった木箱にサングラスをおさめてくれた。大事に金庫で保管したほうがいいでしょう、って。さすがはオレの教え子、ちゃんとわかっているんだ。


世の中は落ち着いてきたけど、やっぱり色んな思惑はなくならなくて、だからオレは一つ一つ、きな臭いものを潰して行く。もう誰も泣かなくていいように、そしてこうやって大好きな人とお笑い番組を見て笑っていられる世の中が続くように。
ちっぽけな力しかないオレだけど、これからも一生懸命がんばっていこう。それが、大きな幸せを貰ったオレのみんなへの恩返しにだ。そういう恩返しもありだよねってイルカ先生に言ったら、先生はにっこり笑ってこういった。

「あると思います。」

センセ、それ、エッチなお笑い詩吟の決め文句、ホント、お茶目なんだから。
で、オレがエッチのお誘いするとき、吟じてもいい?って聞いたら、イルカ先生、今度は「いわせねーよ」だって。もう、センセってば、会話がお笑いネタ満載すぎ。

オレ達はそして、腹を抱えて大笑いした。


 
     
     
 

50万ヒットリクエストにかなっていたでしょうか、maruko様〜〜(汗)えっと、お笑い芸人ネタとアホの子カカシとそれにベタ惚れイルカになっていたらいいのですが。ふふ、そしてわかる人にはわかるってネタでしたね。毎週お笑い番組欠かさない生活ってどうよ…もう少し人生を真摯でシリアスにとらえていく努力をしようと思います(思うだけ)