酔っ払いと唇(レオリオ編)
「いいかげんによさないか」
とうとうクラピカがワインボトルを取りあげた。
「子供相手にそのような話ばかり」
「何だ、妬けるか?」
鼻の頭に指をあて、半分できあがったレオリオが上目遣いに笑う。
「法螺ばかりふいて、恥ずかしくないのかと言っているのだ」
実際、法螺話だった。
キルアとゴンを相手に「君たちもいずれ経験しなければいけないことだから」と、
えんえん女について一講釈ぶっていたのだ。大風呂敷ひろげているとわかってはいても、
やはりクラピカにはおもしろくない。本人が誇る程もてたとは思えないが、かといって
まったくもてないわけでもなかった。レオリオはそれなりに「伊達男」なのだ。
「約一名、どーもまともに聞いておらんよーだ。いいだろう、」
レオリオは大仰に腕をくんだ。
「おれの千人斬りの話をきかせてやろう」
ちらりとクラピカに目をやると、憮然とした面持ちで ワインボトルを抱いている。
内心、レオリオはにやりとした。と、バナナミルクを飲んでいたゴンが心配そうに問 いかけてきた。
「レオリオ、まさかその人たち、殺したの?」
「んなわけねーって、ゴン」
あきれたようにキルアが言った。
「オレだってそこまで殺っちゃいねーっつーの、あのナイフじゃ絶ッテー無理」
小馬鹿にしたような目でレオリオを見やるとチョコロボくんをほおばる。
「だいたい、こいつの言うことまともに信じんなってぇの。な、クラピカ」
ひょいとチョコロボくんの箱をクラピカに差し出し、キルアは同意を求める。
「まったくだ」
つられて口に放り込んだチョコロボくんを飲み下しながらクラピカは横目でレオリオ を睨んだ。
そしてゴンのほうを向くと優しく言った。
「偽証は恥ずべき行為であるとよくわかるだろう。ここに生きた教訓がいる」
「あのねぇ、君たち」
多少ひきつりながら、それでも余裕の態度を崩さずレオリオは人さし指を顔の前でふ ってみせた。
「人殺しだぁ。誰がそんな野蛮な話をしている。
ま、お子さま達にわからないのも無理はない。これはいわば芸術なのだよ。
おれの得物がいかに立派かはクラピカの知るところであるから後で聞いてもらうとして
千人斬りというのはだな・・・」
バキッ。
クラピカの右ストレートが炸裂し、レオリオはつまみの皿とともにふっとんだ。
「い・・いきなり何を言いだす、この痴れ者めがぁっ」
頬を赤らめ、拳を震わせているクラピカをいぶかしげに見上げ、二人は質問を始めた。
「レオリオ、あのナイフの他、なんか得物持ってたっけかぁ」
「ねぇ、レオリオ、千人切れるって、すごく大きいの?」
「で、クラピカ、見たことあるわけ?」
「ねぇ、クラピカ、千人斬りって何?」
「料理かなんかじゃねーのー」
「何料理するの、ねぇ、クラピカ、クラピカってば」
「ゴ・・ゴゴゴン、キルア、もう休む時間だ、わわわたしもそろそろ失礼しよう。
あ、その前に少し片付けなければな、いや、かまわない、私一人で十分だ。」
うろたえつつクラピカは半ば強引にゴンとキルアをドアのほうへ押しやった。
「じゃ、また明日ね。おやすみ、クラピカ」
「ああ、また明日。ちゃんと歯を磨くのだぞ」
あからさまに不審な顔をするキルアと部屋の中へおやすみの声をかけるゴンに微笑み をかえし、
クラピカは大きく息をついてドアを閉めた。
「っっっ痛ぇ」
振り向くと、頬をさすりながらレオリオが椅子に這い上がるところだった。
「いい男が台無しになるじゃねーか。おー痛」
椅子の背にもたれ、恨めし気にクラピカを見る。
「自業自得だ」
突き放すように答えるとクラピカは飛び散ったつまみや皿を片付けはじめた。
「だいたいあの二人を相手に何の話を始めるかと思えば、まったく!何を考えている のだ、お前は」
てきぱきと働きつつ、くどくど文句を並べるクラピカを眺めながら、レオリオはぼん やり考えていた。
もとはといえば、おめぇのせいだろーがよ。
確かに、レオリオが女談義をはじめた責任の一端はクラピカにある。
本人が無自覚なだけにやっかいなのだが、クラピカは、いわゆる恋愛の機微なるもの に、はなはだ疎かった。
今日もレオリオは、クラピカを部屋へ誘うためにイタリアワ インを調達してきたのである。
バルベッラ・ダルバの赤、数種類のチーズ、生ハム、おまけに極上のマルサラ酒まで 手にいれたレオリオは、
当然、期待に胸ふくらませていた。
彼とてなにもスケベ心だけで動いているわけではない。
再会して以来、どこか張り詰めているクラピカに心を傷めていた。
少しでもクラピカの心をほぐすことができるならと、本日の運びとなったのである。
ほぐれたついでに甘い夜を、という下心も大きかったが。
ともあれ、いつになくスーツとネクタイに気を使い、ムスク系のコロンで本人いわく
ビシッときめたレオリオは、夕食の後、クラピカに声をかけた。
「いいワインがあるんだが」
クラピカはきょとんとした顔でレオリオを見上げた。
しまった・・・
壁に片手をつき、もう片方の手を黒い伊達眼鏡にそえて、
本人言うところのビシッときめた ポーズのまま、レオリオは固まった。
・・・こいつ、嗜好品には疎いんだった・・
クラピカは、博学なうえ容姿に恵まれているため、食文化へのこだわりが大きいよう に思われがちだ。
しかし、クルタの民はルクソの山奥で、ひっそりと暮らしてきた人々である。
有り体に言えば、クルタの民であるクラピカの食文化とは、腹がふくれればそれでい い、
その程度のものであった。
さらに栄養のバランスがとれていれば申し分ない。
なんだかだといって自分の好みに忠実なレオリオとは、この点相容れなかった。
クラピカは大きな瞳を見開いて、ぽかんとレオリオを見つめている。レオリオは焦った。
「あ、いや、なんだぁ、うまいもん仕入れてきたんだが、おれの部屋に・・・」
途端にクラピカはにっこり破顔した。
「ゴン、キルア、レオリオが御馳走してくれるそうだぞ」
こうして、レオリオの思惑は完全にはずれ、お子さまコンビをまじえた四人の宴会と
なったのである。
夕食を食べたばかりだと言うのに、お子さまコンビとクラピカの食欲は旺盛だった。
わずか三十分程の間にとっておきの食材をほとんど食べ尽くしてしまったのである。
レオリオは泣きたい気分だった。
若草の香り豊かな極上の生ハムは影も形もない。
添えて食べようと思っていた生モツ ァレラは、
「味しないよ、これ」
「ふむ、確かに、妙なものだな」
「チョコロボくんと口にいれりゃぁ何とかなるぜ」
という、なんとも情けない会話とともに三人の胃袋におさまった。
上等のゴルゴンゾラチーズにいたっては
「臭いよ、腐ってるのかな」
「ふむ、菌による成分の変化という意味では、発酵と腐敗は同質と言える」
「チョコロボくんと口にいれりゃぁ食えるぜ」
と、だったら食うなよと叫びたくなるような会話とともに、やはり三人の胃袋におさ められた。
それまで、手近にあったドライジンでお茶を濁していたレオリオであったが、ここへ きてついにあきらめ、
ダルバの赤を開けたのである。
せっかく考えたクラピカへの口説き文句もあきらめた。
「お前の唇は、極上のマルサラ酒」
そして、女の口説きかた講釈がはじまったのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「部屋、帰るのか」
散乱したものをある程度片付けたクラピカにレオリオは声をかけた。
「あ?ああ、まだ何か?」
その愛想のない言い方にレオリオはカチンときた。
仮にもおれはお前の恋人だぞ、そーゆー言い方はないだろう、と、腹が立ったが
素直に言うのもしゃくにさわる。かわりに憎まれ口をたたいていた。
「なんだよ、これから本格的におれの千人斬りの武勇伝、聞かせてやろうと思ってた
んだがなぁ。 ま、あんまし妬かれてもおれが困るからな、おれが」
今度はクラピカがむっとした。
だいたい、先ほどからの講釈にかなりムカッパラは立 っていたのだ。
ずんずんとテーブルに戻ると、取りあげていたワインをドンッとおいた。
そしてどっかりと腰をおろすとレオリオのグラスになみなみとワインをそそぎ、
挑む ような目つきになった。
「では、お前の千人斬りとやら、聞かせてもらおうか」
「お・・おうよ」
こうなっては後に引けない。
ぐいっとグラスのワインを空けると不敵に笑った。
「まぁ、地元じゃあこのおれ様とダチのピエトロとで女どもをキャーキャー言わせた もんよ」
「前置きはいい。さっさとひとり目からはじめたらどうだ」
かっ、かわいくねー!!
ムキになったレオリオは、再び満たされたグラスを一息にあおると、
昔の話だ、妬く んじゃねぇぜ、
と言いおいてとうとうと女の名前をならべはじめた。
「黒髪の色っぽい女でな、マリアっていったっけか、
おれは愛をわけた女の名前は忘 れねぇタチなんでな」
黙ってクラピカはレオリオのグラスを満たす。ぐいっとあおってレオリオは続ける。
「いい乳だったぜ、尻なんざバーンとはって牛なみよ」
片肘をテーブルについてにんまりするレオリオに、だったら牛と寝ればいいだろうと
罵りたいのをクラピカはぐっと押さえ、黙ってまたグラスを満たす。
レオリオは一気に飲み干す。ボトルはほとんど空になっていた。
クラピカはマルサラ酒の壜をとりあげ、封をきった。
「あ、その酒はぁ・・」
「なんだ、もう飲めぬのか」
むすっとグラスをつきだすが、手許はかなりあやしくなっている。
とろりとした目でレオリオはクラピカを眺めた。
あぁ、かわいい顔して睨んでやがる。おめぇはほんとにかわいいや。
この酒だっておめぇのために・・・えい、くそ、もすこし妬かせてやれ。
意地になっているレオリオは、威勢よく酒をあおると
「イザベラってぇ女なんかな、栗色の髪の豊かな上玉よ、
肌なんざ陶器みたいにすべ すべしててな・・」
黙ってクラピカが酒をつぐ。また一息に空にする。
と、さすがにぐらりときた。
両肘ついて、レオリオは体をささえた。
「おれ様にべた惚れよ、よよとすがる女に言ってやったもんさ。
愛しているぜ、だが、おれって男は風なのさ、風を縛るこたぁ、誰にもできねぇ、悪く思うなってな」
風邪かなんかのまちがいだろう、嫌味のひとつも言いたくなるが、やはり黙ったまま
クラピカは酒をついだ。
まったく、ふらふらになっているくせ、舌だけはよくまわる。
苦々しさをクラピカはのみこんだ。法螺だとわかっていながら心のどこかで嫉妬して いる。
そんな自分自身が腹立たしかった。
クラピカとて、レオリオに浮いた話のひとつもなかった、などと考えるほどぬけては いない。
だが、こうあからさまに女の話を並べられて、おもしろいわけがなかった。
仮にも私はお前の恋人だぞ、そーゆー態度はないだろう、
恨めしかったが素直にいう のもしゃくにさわる。
かわりに黙って酒をそそぎ続けた。
かなり酔いのまわったレオリオはぼぉっとクラピカを眺めたまま黙ってしまった。
クラピカが話の続きをうながす。
「で、そのベタ惚れの女がどうしたのだ」
「あ、お、おお、そのえっっと・・イサドラはなぁ・・」
「イザベラじゃなかったのか」
「え、あ、そうだったかぁ・・・そのイサ・・イサ・・」
朦朧として、もはや話にならない。
「愛をわけた女の名前は忘れないタチなんじゃなかったのか」
「んー・・・おれが・・おれがなぁ、おれが惚れたのは後にも先にもたった一人よ。
くそっ、人の気もしらねぇですましてやがる。
焼きもちのひとつも焼いてみろってん だ・・・」
クラピカは驚いて目をみひらいた。
レオリオは誰に話しているのか定かではないらしい。 ぶつぶつと続けている。
「あぁ、初めて会った時からくそ生意気な口たたくヤツでよ、
すーぐ理屈ならべやが って、くどいのなんの、
素直じゃねぇからなぁ、あいつは」
とろんとした目でクラピカを眺めてそれからレオリオはふわりと笑った。
「美人だなぁ、最高に美人だよ。 他のヤツらなんざ目じゃねぇさ、
お前が笑ってくれるんなら、おれはどんなことだっ てしてやるよ」
クラピカはうろたえた。覚えず頬が赤くなる。
「だ・・誰のことをいっているのだ、さ・・さっきの話の続きか・・・」
レオリオは椅子の背もたれに両腕をかけ、なんとか意識をたもとうと頭をふっている。
「んー?なんだぁ、さっきの話ってな・・・」
「その栗色のイザベラがどうしたって」
「あー、イザベラ叔母かぁ、なんでお前、おれの親戚しってる」
クラピカが意外そうな顔をしてレオリオをみた。
「叔母?」
ふらつきながら、レオリオは苦笑いした。
「おれんち、女系でなぁ、気ぃ強くて、これがまたそろいもそろって乳も尻もバーン 、てなのばっかよ。
そいつらにどつかれてみろ、恐ぇのなんの・・」
し・・親戚の話をしていたのか・・
どうりで描写が微にいり細にわたっていたはずだ。
あきれてクラピカはまじまじとレオリオをみた。ついで、おかしさがこみあげてきた。
私は「叔母さん達」に嫉妬させられていたというわけか。
おもわずくすりと笑う。
それをみたレオリオも嬉しそうに笑った。
と、はずみでがくりと首がゆれ、眼鏡が落 ちた。
「あ、眼鏡」
クラピカはレオリオのそばにかがんで眼鏡を拾った。
レオリオの手がクラピカの髪に触れる。見上げるクラピカが優しく微笑んだ。
レオリオは愛おしそうに金色の髪を指にからめる。
「口説き文句、言いそこなっちまった・・・」
「言って・・・くれないか・・」
レオリオの指がクラピカの頬に、ついで唇に触れた。大きな瞳が揺れる。
「・・・お前の唇は・・・極上のマルサラ酒・・」
静かに唇が近づいた・・・
「うわぁっ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いや、フツー切るか、こんなとこで…
ってわけで(どんなわけだ)こまぎれアップ第三弾、よっぱらいと唇です。
これもかのハンターサイト「ウォンブル」に無理矢理押し付けた作品で、めり様がそりゃすんばらしい
イラストをくっつけてくれたのであります。リンクにあるので、もう、ソッコーGOな「ウォンブル」なのだ。
じつはこれ、イーヨの最初の小説なんです。それまで、エヴァの漫画本つくってたわしらは小説なんか
書いたことなかったのね。だから、結構思い出の作品だったり…ははは〜。
オフ本でもだしてたんですけど、完売しちゃっったんでネットにあげます。買って下さった方
ありがとうございました。この本には結構挿し絵つけたんですよね。何枚か。(その後の小説本から
どんどん挿し絵がなくなっていったのは御承知のとおりだったりだったりだったり…)
挿し絵もアップできたらいいっかな〜、などと思ってます。では、さきへつづけ〜。