レオリオはすっかり気落ちした。口説きのレオリオと言われた自信と自負ががらがらと音をたてて崩れていく。

何故だ。

レオリオは自問した。

これまで自分の口説き文句にきゃあきゃあ言わなかった女はいない。やはり相手が男だと勝手が違うのか。洋服選びで口説き損なったのは手痛い失点だった。肝心な時に自分でももどかしい程言葉が出てこなかった。だが、それ以外ではビシっときめたはずだった。きめたはずなのに…



おれ、パフェに負けたんだよなぁ…



たかだか一杯のチョコレートパフェに及ばなかった、その事実がレオリオの自負にとどめをさした。クラピカは美味しそうに食べている。

ふと、レオリオの脳裏に、旅団と対峙していた時のクラピカが蘇った。びりびりと張りつめて、壮絶な気に満ちていた。目の前には頬についたマヨネーズを指で擦って舐めている無邪気な顔がある。

ぼんやりとクラピカを眺めながら、レオリオも自分のサーモンサンドを手にとった。口に入れようとして無意識に中の生たまねぎを指でつまみ、皿に出した。

「たまねぎ、だめなのか?」

言われてレオリオは我に帰った。あらかた自分の分を食べ終わったクラピカがレオリオの皿を指差している。レオリオは苦笑いで答えた。

「生のたまねぎってな、ちょいとな。苦手なんだよ。」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞ。」

大真面目な顔でクラピカは生たまねぎのスライスをつまんだ。ひょいっとレオリオの口元に持っていく。レオリオはしかめっ面で首をふった。 クラピカがくすっと笑った。いたずらっ子のような目をしてたまねぎの端をかりっとかじる。と、首をかしげてにこっと笑い、また差し出してきた。

「お前なぁ〜っ。」

こんな可愛いことをされて、食べないわけにはいかなかった。レオリオはしょうがなくたまねぎを口に入れる。ろくに噛まず飲み下し、うえ〜っと舌をだした。

「いい子だ。」

クラピカがからかってくる。レオリオも負けていない。右頬を突き出して指で示す。

「ママ、御褒美。甘〜いのがいいなぁ。」

しれっとクラピカは受け流した。

「待ってろ。今パフェがくる。」
「げえっ。」

軽口をたたいて笑いながらレオリオはあれっと思った。

今まで自分が生たまねぎを嫌いなことに気付いた女がいただろうか。いや、そもそも、女と一緒の時に好き嫌いを悟られるようなヘマをやったことなぞ一度もない。昵懇になって熱愛中の時期だってそうだ。いつもビシっときめて粋にエスコートして…

不思議な気分だった。

自分はいつでも愛しいものを守り包み込む男でありたい、そう思ってきた。だがどうだ。おれは今、ぶっきらぼうだが優しい愛情に包まれて、身も心もまかせきっている。

パフェが運ばれてきた。クラピカが嬉しそうに綿菓子から取り組みはじめている。


お前もおれと同じように感じていてくれたらいいな…


しみじみとクラピカを眺めた。

なにげないクラピカの仕種や言葉がどれほど自分を支えてくれているだろう。彼の不器用な愛情表現を見つける度に、温かいものにくるまれるような幸福を感じる。


おれは少しでもお前の支えになっているだろうか。おれ達はお互いを包み込み、支えあっている、そう信じてもいいよな、クラピカ…


それが愛しあうということなのかもしれない。人はもともと独りきりで立たねばならないから、せめてともに歩む温かい手が欲しい。

クラピカは綿菓子を食べ終わり、大きな板チョコにとりかかっていた。ひょいと顔をあげるとレオリオがじっとみつめている。クラピカは目をぱちくりしてレオリオを見返した。


今、素直にこのことをお前に告げたらどんな顔をするだろう。それこそ、最高の口説き文句にちがいない。


「いや…」

レオリオは伊達眼鏡を押し上げ苦笑した。

「お前の服、結局買えなかったなぁ、と思ってよ。」


本音なんて、そうそういえるもんじゃねぇ…


レオリオは心の中で呟いた。それから、 頬杖ついてぼやきはじめる。

似合ってたんだがなぁ、特にあの薄紫の奴なんてなぁ、ああ、もったいねぇ。せっかくお前にプレゼントできると思ったのによ。ほんとに可愛かったんだぜ、あのスーツ着たお前、店員が見とれてたの知ってたか…

俯いたクラピカがぽつりと言った。

「これがいい。」
「……え?」
「私はお前の服がいい。」

レオリオは思わず顔をあげた。クラピカはパフェをみつめながらぼそっと繰り返す。

「これがいいんだ。私と会う前のお前が着ていた服だから…」

クラピカは再びバニラアイスを口に運びはじめた。俯いた頬がわずかに赤くなっている。レオリオは身を乗り出した。

「なっなぁ、おれの服がいいって、その…」

愛の告白?と言いかけた口にチョコアイスがつっこまれた。

「つべこべうるさい。勿体無いから着てやるだけだ。他意はないっ。」

言葉と裏腹にクラピカはますます赤くなっている。ぷいっとそっぽを向くとまたパフェにとりかかった。レオリオはもごもごとチョコアイスの塊を飲み下すと嬉しそうにせがんだ。

「なぁ、もう一度言ってくれよ、なぁ。」
「何をだ。」

クラピカは知らんぷりでチョコのかかったバナナをぱくりと口に放り込んでいる。レオリオの落ち込みはいっきに吹っ飛んだ。口説きの自負など、もうどうでもよかった。喜びが胸の奥からこみ上げてくる。ふと、レオリオは何か思い付いたようににっと笑った。

「クラピカ、さくらんぼくれよ。」
「ああ、構わないが…甘いのは苦手なんじゃないのか?」
「いーや、そうでもねぇんだ。」

怪訝な顔をしたクラピカがさくらんぼを指でつまんだ。レオリオがテーブルに手をついてずいっと顔を寄せる。と、そのままクラピカの唇にキスをした。状況を把握できず固まっているのをこれ幸いに、レオリオは柔らかい唇と舌を堪能した。


「ん〜、甘くてうまい。」

レオリオは嬉しそうに付け加える。

「バナナとチョコ味。」
「ばばばばばかっ。こんなところで何をするっ。」

頭から湯気をださんばかりのクラピカの唇に、今度は本当のさくらんぼを入れてやる。

「もう一つくれねぇか。」
「断るっ。」

またキスされては大変と、クラピカは慌てて口を押さえてさくらんぼを飲み込んだ。テーブルから体を離し、椅子の奥に後ずさって クラピカは警戒している。毛を逆立てた猫のようになりながら、それでもパフェのグラスをしっかり抱えている様にレオリオは吹き出した。肩を震わせ笑うのでクラピカが噛み付いてきた。

「なにがおかしいっ。」
「だってよ、お前、おれ達恋人同士なんだぜ。キスくらいするだろ。」
「こっ恋人ど…」

クラピカの頬がみるみる上気する。わなわなとスプーンを震わせ突き出した。

「まっ真っ昼間のカフェでキキキキスなど…」
「海の見える丘じゃおれ達昼間からキスしてるぞ。」
「そっそれはそうだがっ。」

クラピカは赤くなってうろたえる。レオリオは心底愛おしそうにそんなクラピカを見つめた。自然と穏やかな笑みが口元に浮かぶ。

「おれはお前にぞっこんなんだよ。」
「おっお前はよくそんな恥ずかしげもなく…」
「お前はおれのものだって、お前を愛してるってここで叫んだっていい。」
「やっやめろっ。」

今にも立ち上がりそうになるのでクラピカは慌ててレオリオの手を掴んだ。おやっとレオリオは意外に思った。


もしかして、おれ、今こいつを口説けている…?


どうもクラピカにはダイレクトな口説き文句のほうが効くらしい。俄然、やる気になった。レオリオはにんまりするとクラピカの手を握り返した。

「パフェ食べるの、手伝ってやろうか。」

はっとしてクラピカはレオリオの手をはずした。

「甘いの嫌いだろうがっ。」

無愛想に答える。だが、動揺しているのは明らかだった。

「お前の唇なら甘いのも大好きだぜ。」
「生たまねぎでも食べていろっ。」
「蕩けるキスをしてくれよ。それなら生たまねぎだろうが生クリームだろうが全部食うさ。」
「直情的は奴だなっ。もう少し口説きようはないのか。」

赤い顔のままクラピカはパフェのグラスに顔を埋めるようにしてレオリオを睨んだ。レオリオはにっと笑った。

「口説いて欲しい?」
「ばっばか、言葉のあやだ。」

急いでクラピカはパフェをほおばりだす。レオリオはテーブルの上に両腕を組んでクラピカをみつめた。

女を口説くテクニックなんざもう用はない。こいつの口説き方を知っているのはおれ一人だ。初志貫徹、口説いて口説いて口説きまくってやる。

「今度はちゃんと聞けよ、おれの口説き文句。」
「今度はって、いつお前が私を口説いた。」

目を伏せたままアイスクリームをつついているクラピカにレオリオは囁くように語りかけはじめた。

「白磁の肌をふちどるのは黄金の輝き、揺れる度に光りがこぼれ、おれの心に満ちてくる…」
「レオリオ、それは本屋で声をかけてきたあの男のせりふだろう?」

あきれたようにクラピカがスプーンを振った。ナンパ野郎だったが洒落たこと言うと思ってな、とレオリオは笑う。ぷっとクラピカも笑い出した。

「真面目に口説いてんだぞ。黙って聞け。」

ことさら顔を引き締めるレオリオにクラピカはくすくす笑いながらチョコソースを舐めた。

「じゃあ、続けてくれ。」

よし、聞けよ、とレオリオは歌うように続ける。

「強い意志と知性の宿るその瞳は深く静かな碧い湖、だが、澄み切った眼差しの奥底に燃える緋色の情熱を知るのはおれ一人…」
「気障だな。」

バニラアイスの塊を口にいれながら、それでもクラピカは嬉しそうな顔をした。

「おれの名を呼ぶその声は梢をわたる風、ふいにあらわれ、そしてすりぬけていく…」

クラピカはいつしかうっとりとしていた。レオリオの低い声が心地いい。

「人を拒む氷の美貌の、引き結ばれた唇がほころぶとき、それは早春の陽光となり、おれを包む…おれだけの花のかんばせ…」
「お前がそんな文学的な表現を使えるとは思わなかった。」
「ま、な。」

レオリオはひょいとサマーセーターの袖口をめくってみせた。肘の部分に口説き文句を書いた紙が仕込んである。

「下調べが大変だったんだぜ。」

クラピカは口に入れたオレンジを噴き出しそうになった。むせながら笑うクラピカにレオリオは楽しそうだ。


こうやっておれの側で笑っていてくれよ、ずっと…


やっと顔をあげたクラピカにレオリオは微笑みかけた。


おれの側にいろよ…


「ん?」
「いんや。」

レオリオは眉をあげる。

「本音ってのはなかなか言えねぇもんだな、と思ってな。」

なんだ、その本音とは、と聞きたがるクラピカを、パフェ食え、とはぐらかしながらレオリオは自分のサーモンサンドを口に運んだ。もちろん、生たまねぎを抜いてクラピカの皿に入れてから。楡の葉っぱが風に吹かれて、木漏れ日がきらきらテーブルで揺れた。

「クラピカ…」
「んー?なんだ。」

グラスの中のコーンフレークをすくいながらクラピカが答えた。


名を呼んだら答えが返ってくる。今はそれだけでいい…


レオリオは気持ちよさそうにまた名を呼んだ。

「ク・ラ・ピ・カ・」
「なんだ。うるさいな。」
「クラピカー。」
「だからなんだっ。」

レオリオはへへっと笑って伊達眼鏡を押し上げる。


一応、今日のデートは成功かな。口説きはまあ、五分五分ってとこで。それにまだ夜がある。おもいっきりロマンティックナイトにしてやるぜ。一日の終わりをビシっと決めてこそ、パーフェクトデイってもんだ。


ほとんどパフェを食べ終わり、満足そうにクラピカは伸びをした。行くか?と問いかけるクラピカに、もう少しここにいようぜ、と答えてレオリオはゆったり足を組んだ。優しい風が吹いてくる。楡の葉がさらさら揺れる。穏やかに二人は目を見交わした。澄み切った碧い眼差しをどこまでも深くレオリオは受け止める。初夏の陽の光彩に包まれて、輝く時を二人は過ごしていた。



☆☆☆☆☆☆



ある時、クラピカの仕事先に赤いばらの花束と、やはり赤いリボンのついた大きな箱包みが届けられた。警戒したボディガードの面々がじっくり調べた。

赤いばらには爆発物も仕掛けもなかった。
そして赤いリボンの箱包みと、中身のメッセージカードとうす紫色のサマーウールスーツにも。




愛しいクラピカ、おれの愛の美神よ
今度の休暇にはおれ達で選んだこのスーツを着て帰ってきてくれ。
すみれ色の光をまとったお前をこの胸にかき抱きたい。
その日を身を焦がして待ち望む、おれは哀れな愛の奴隷だ。
焼け付くようなお前の口付けがほしい。
お前がいない寂しさで凍てついた心を熱い唇と舌で溶かしてくれ。
いつでもお前だけを愛している。
                 お前だけのもの、レオリオ




その後、歴戦のハンター、クラピカが同僚達にさんざんからかわれたのはいうまでもない。

おわり

☆☆☆☆☆☆☆

ふう〜、終わった。いや〜、甘かったですね、クラピカさんが食べてるパフェなみに甘かったです。あと一話、後日談つけます。裏?裏っすか?う〜ん、御希望あれば書くってことで、今は考えてないんですけどね〜、だって苦手なんだもん…あとは御希望次第っす…うむむ。