ザ・パーフェクト・デイ





きっかけは一通のメールだった。




午後、授業の開いたレオリオが帰ってくると、クラピカが紅茶をいれていた。

「お、グッドタイミング。」
「お前の気が近付いてきたからな。」

まったく、念能力というのは役にたつのか何なのか。
こんなとき、レオリオはクラピカの凄まじさを垣間見る。クラピカは少し笑みを浮かべると、レオリオにティーカップを渡しながら言った。

「おかえり。」

レオリオは嬉しそうにへへっと笑う。

「ただいま。」

レオリオは幸福を噛みしめた。おかえり、ただいま、何の変哲もないが、二人にとってはなによりも大事なやりとりだ。

これでキスが加わりゃ完璧なんだが…

贅沢はいうまい。クラピカがレオリオのところに腰を落ち着けて一週間、夜はともかく、昼間はなかなかいちゃつかせてくれない。

ま、気長に仕込んでいくか。

椅子にかけ、紅茶を口に運んだとき、クラピカの携帯がなった。メールのようだ。紅茶カップを手にしたままクラピカは携帯を眺める。レオリオはどきんとした。


仕事の依頼なのか?もう行っちまうのかよ…


不安を悟られないよう何気ない風で問いかける。

「メールか?」
「ん?ああ、バショウからだ。」

バショウ?
そういえばノストラードの同僚にいたな、ひげともみあげが一体になったゴツい男が。

レオリオは別な意味で気になった。

「…で…何て…」
「たいした用ではない。世界旅行をするそうだ。」

意外にあっさりクラピカが携帯を手渡してきた。人のメールをみるのは気が引けるが、渡してくれたのだから、と画面を眺めてレオリオは目を剥いた。気の咎めはいっきに吹っ飛んだ。





「白い花のごとき君へ

 いきなりすまねぇ。ただ、くちなしの花を見て、ちょいとあんたを思い出した。
 今、おれは国に帰っている。丁度、梅雨っていってな、雨の時期にはいったところだ。
 雨に打たれて緑はいよいよ鮮やかだ。白い花がいい香りをさせている。くちなしの花だ。
 濃い緑の葉影に夢のように白い花弁が浮かんでいてな、けがれのないその姿はあんたによく似ている。
 かぐわしい香りはあんたの吐息だ。緑を打つ雨音に、おれはあんたの凛とした声を思い出す。
 おれは今からバイクで旅に出るが、この世界のどこかにあんたがいて、呼吸しているのが嬉しい。
 どこかで再会できるのを心から願っている。
                          
 くちなしや 白きかほりに 君が面
  
 ちっ、駄作だぜ。
                                      バショウ 」





くちなしの花だぁっ、きみがおもだとぉっ。


レオリオはわなわなと震えた。


ラッラブレターじゃねぇかっ。


当のクラピカは何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。レオリオはむかむか腹が立ってくるのを必死で抑え、クラピカに携帯を返した。

「よ…よくこんなメール、送ってくる奴なのか?バショウってな。」
「ああ、そういえばそうだな。やはり、グレイトハイカーというだけあって、変わったメールを送ってくる。文学が好きなのだろう。まあ、名文とはいいがたいが。」


駄文だぜ、駄文。


レオリオは心の中で罵った。救いはクラピカがラブレターだと全く気づいていないことだ。


よくもまあ、人の恋人に向かって花だの香りだのくさいことを…


そこまで考えて、はたと気づいた。


おれ…こいつを口説いたことあったっけ…


思い返せば、自分はクラピカ相手に気のきいた口説き文句の一つも言ったことがあったろうか。
出会ったのがハンター試験だったうえ、相手が男で勝手がわからず、どうもストレートに気持ちをぶつけてばかりだったような気がする。好きだ、愛している、それ以外の言葉を紡いだ覚えがない。


おれとしたことが不覚だった。こんなことで甘い恋人同士のシュチエーションが生まれようか。


これでもレオリオは女を口説くにかけてはそれなりの自負があった。甘い言葉とツボをおさえたエスコートで落とした女は数えきれない。その後の付き合いが続くかどうかはまた別として。


見てろよ、今度の週末、とびっきり甘い一日にしてやるぜ。


レオリオは心の中でぐっと拳を握った。


口説きのレオリオと言われたおれの底力をみせてやる。俳句くずれごときに遅れをとってたまるかよっ。


ティーカップの前で一人百面相しているレオリオをクラピカは不思議そうに眺めていた。




☆☆☆☆☆☆




土曜日の朝早く、レオリオは眠っている恋人の傍らをそっとぬけだしシャワーを浴びた。

グリーンノート系にムスクの入ったコロンを裸体にはたく。それから、念入りにヒゲをそり、もみあげを整えた。鏡にうつった自分に向かってにっと歯をみせ笑ってみる。

「よし、いい男だ。」

顎をひとなですると、レオリオは寝室へ戻った。恋人はまだ可愛い寝息をたてている。レオリオはクラピカを起こさないよう静かにクローゼットを開け、ジーンズをひっぱりだして身につけた。

人の気配と物音にクラピカはうっすらと目を開けた。寝ぼけ眼のさきにレオリオの背中がある。ざっくり編んだ黒いサマーセーターに腕をとおしていた。ぼんやりとクラピカはその背中を眺めた。大きくてたくましかった。この世でただ一つ、寄り掛かることのできる背中だった。クラピカは小さく安堵したように笑った。


お前の背中は何だって似合うんだ…


サマーセーターを引っ張りおろしている背中を眺めながら、安心しきった顔でクラピカはまたとろとろと眠り込んだ。





身支度を終えたレオリオは、朝食のテーブルを整えるとエスプレッソをいれた。頭の中でシナリオを反すうしてみる。

夕べちょっといじめたから、クラピカの寝起きは絶対に悪い。 ぼんやりしているところにこのコーヒーの香り、喜ぶに違いない。 そこへ髪にキスして甘い声で、

ハニィ、夕べはよく眠れたか、

と。

なにせあれだけ熱い夜を過ごしたのだ。真っ赤になって恥ずかしがるあいつにこれを飲ませてやろう。


にやつきながらレオリオはいれたてのエスプレッソにたっぷり砂糖を入れた。

喉がやけるほど濃いコーヒーにたっぷりの砂糖は南の男のたしなみだ。だが、飲み慣れないあいつは戸惑うはず。そこへ肩を抱いて一言、

おれ達の甘い夜を思い出すかい、だけど、このエスプレッソよりも刺激的で甘いのはお前さ、クラピカ。

耳元に熱く囁いてやる。

そう、相手の反応を予測し、先取りして応対する、それが口説きの極意だぜ。



トレイにデミタスカップをのせるとレオリオは寝室のドアをノックした。

案の定、クラピカはベッドの上でぼうっとしていた。成りゆきで着てくれたチェリーピンクのパジャマに寝起きのぼさぼさ髪がたまらなく可愛らしい。

レオリオだけが知っている寝起きの悪いクラピカ。レオリオ以外の誰か、たとえゴンやキルアが深夜に寝室に乱入したところで、彼らはベッドの上から居住まいをただした端正な顔が自分達を迎えるのを見るだろう。

世界広しといえど、こんなクラピカの姿を知っているのはおれ一人だ…

レオリオは口元が緩んでくるのを慌てて引き締めた。

いかんいかん、こんなことだから、いつも口説くのに失敗するのだ。だが、今日はいつものおれではない、

レオリオはゆったりとした足取りで近付くと、ベッドの端に腰掛け、蜂蜜色のぼさぼさ頭にキスをした。

「おはよう、ハニィ、夕べはよく眠れたか。」
低い声で耳元に囁きかける。そして優しく肩を抱くともう一度耳元にキスを送った。

「愚にもつかんことを聞くな。」
うるさそうにクラピカは髪をくしゃくしゃかいた。

「眠ってたかどうか見ればわかるだろう。」
ふあぁっとクラピカは伸びをしながら大あくびをした。


やばい、こいつまだ半分寝ぼけてる。

レオリオは予想外の反応に少し焦った。まだ記憶を辿るほど頭がまわっていないらしい。だが、ぼうっとしているならそれで口説きようはいくらもある。

「寝起きのお前は可愛いな。」

そう言いながらデミタスカップのトレイを差し出す。コーヒーの香りにクラピカの顔がほころんだ。
なんだ、サービスいいな、とカップに手を伸ばす。ここぞとばかりにレオリオは畳み掛けた。

「おれのお寝坊子猫ちゃん。お前の甘い舌で御褒美くれるだろ。」
「なんだ、お前、これ飲みたいのか?」

クラピカが怪訝な顔でカップを差し出してきた。レオリオはまた焦った。

「あ、いっいや、これはお前のぶんだから飲んでくれ。」

変なやつだな、とクラピカはカップを口に持っていく。適度に冷めていたのでぐいっと一飲みにしてしまった。とたんに目を白黒させる。間髪いれず、レオリオが甘く低い声をだした。

「クラピカ、ハニィ。甘すぎたかい。だけど夕べのお前はもっと甘くて刺激的…」
「レオリオッ、まさかお前、毎朝こんな甘いコーヒー飲んでいたのかっ。」

クラピカの怒声にレオリオの言葉はかきけされた。

「食事の前に多量の糖を摂取するなど、言語道断だぞ。血糖値があがって食欲も失せるだろう。」
「あ…いや、でもおれ…メシちゃんと食ってるだろ…」
「それでも体にいいわけあるまい。まだ若いからそういうことを言っているが、生活習慣病の引き金にもなりかねん。だいたい、自分で飲むだけならまだしも、私にこんなものを持ってくるとはどういう了見だ。」

了見も何も、口説こうと思ってますとはまさか言えず、口をぱくぱくさせているレオリオにクラピカはずいっと詰め寄った。

「言っておくがな、人を寝坊呼ばわりする前に己の行動を顧みてはどうだ。週末だからといってあんなにされては私だって身が持たん。何度もやめろといっただろうが。」
「だ…だって、お前も結構よろこ…」
「なにぃっ、あくまで私の寝坊にお前の責任はないと言い張るのだなっ。」

なんでこんな展開になるんだ。レオリオはただうろたえていた。どうもクラピカの頭には「寝坊」という言葉だけが引っ掛かって「子猫ちゃん」は素通りしてしまったらしい。憤然としてクラピカはシャワーを浴びにいってしまった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

はいっ、新連載です。「クランベリー」「幸せのかたち」のつづきだと思って下さい。ってか、イーヨのレオクラ話は全部続いてるんですが、まぁ、一話ずつでも読めるようにしてるんで。
カムリ外伝さんへの捧げもので、かわりにイラストいただけるって強引に約束とりつけてたりして。カムリ外伝さんはすばらしく美しいイラスト描かれる方です。でも、残念ながらサイトはちょっと休止中。ガンダムシードでは活動なさっているので、GOです、GO。
さて、今回の話はずばり、レオリオ君、クラピカさんを口説く、です。しかし、ド抜けた鈍感クラピカさんをちゃんと口説けるンでしょうか。がんばれ、南国男。では、レオリオ君の口説きテクにしばしおつきあいを。