ちらちらと白いものが舞いはじめた。ごつごつとした荒野の岩かげにクラピカは立つ。そっとセンリツが傍らに寄った。
「メリークリスマス、クラピカ。」
ポケットから何かを取り出し差し出す。
「クリスマスの御馳走はできないけど、はい、これ。」
受け取ってクラピカは口に放り込んだ。甘い味が口一杯広がる。首をかしげるクラピカにセンリツは微笑んだ。
「ヌガーよ。時間がある時に作っておいたの。私達の国ではね、これをクリスマスツリーに飾っておくの。イヴのパーティで子供達がツリーからはずして食べられるように。」
「…そうか…」
きっとレオリオも子供の頃、そうやってクリスマスを過ごしたのだな…
ふっとレオリオの面ざしが浮かんだ。それから、あ、と気がついた。忙しい合間をぬってセンリツがこれを作ったのは…
「センリツ…」
「もう一つ食べる?クラピカ。」
にこっとセンリツが笑う。まったくこの人にはかなわない。
「ああ、いただこう…ありがとう。」
ヌガーを口に入れながら、クラピカはレオリオを想った。
今頃はどこかで友達と騒いでいるだろうか。クリスマスパーティに行くと言っていた。レオリオのことだ。ずいぶんとめかしこんでいるだろう。案外伊達男だから、パーティではそれなりにもてている筈だ。退屈はするまい。着飾った女達にかこまれて退屈は…
退屈どころか女に声掛け放題のおいしい状況…
そりゃあレオリオに予定をいれてくれと言ったのは自分だが、きっと大学のパーティなんかだと山のように色んなタイプの女がいるわけで…
「あいつーっ、今頃鼻の下のばしてっ。」
絶対そうだ。普段の奴の行動パターンを考えるに、好みのグラマ−美人に声かけまくってにやけきっているにちがいない。まさか浮気はすまいが、へらへらと歯の浮くようなセリフをきっと吐いている。間違いない。女の腰とかに腕をまわし、それも一人や二人ならいざ知らず、女の群れの中で人生の春とかなんとかほざいて、人の苦労も知らずに、くそっ、あのスケベ男がぁっ。
ゆらりっとクラピカからすさまじいオーラが立ち昇った。チャリチャリとダウジングチェーンが何かに反応しはじめる。
「ちょっちょっと、クラピカ…」
「行くぞ、センリツ。奴がいる。」
こんなところで悠長にかまえている場合じゃない。とっとと賞金首、ふんづかまえて情報を吐かせて、それからあの浮気男め、とっちめてやる。
クラピカは滑るように素早く岩かげをぬって移動し始めた。呆気にとられていたセンリツも慌てて続く。
本当に恋心ってフクザツ…
肩をすくめるセンリツを目の端でとらえたクラピカは小さく笑うと合図を送る。それから二人は獲物に集中した。
☆☆☆☆☆☆
レオリオは大学で催されるクリスマスパーティに出席していた。彼氏、彼女持ちは当然二人だけのスウィートナイトを過ごしているわけで、このパーティはいわば大学主催の巨大合コンだった。男も女も洒落こみように気合いが入っている。レオリオの悪友連中もその例に違わなかった。浮き浮きと女性グループに視線を走らせている。
レオリオは行ってこい行ってこいと友人どもに手を振り、おれは可憐な壁の花になるの、とシャンパンを取って壁にもたれた。大学のホールはたいそうな賑わいだった。中央に大きなクリスマスツリーが立てられ、その周りに食べ物や飲み物をしつらえたテーブルがいくつも置かれている。ホールの壁も、ぐるりとやどり木のリースやら、ろうそくやらで華やかに飾られていた。なにより、出合いを求める男女の熱気がすごい。
まぁ、適当に腹ふくらませたら帰るか…
食費が浮くな、などと考えながらレオリオがシャンパンを口に含んだ時、女が声をかけてきた。なかなかのグラマ−美人である。おれ好みだなぁ、と苦笑しつつ、誘いを断る。すると、ものの数分もたたないうちに、今度はふわふわしたドレスに身を包んだ可愛い感じの女が数人、誘いをかけてきた。
「わりぃな。付き合いで出席してるだけで、恋人がいるんだ。」
そう断ってもなかなか引き下がらない。やっとのことで追い払うと、今度は別口が誘ってくる。レオリオは壁伝いに逃げ回るはめになった。
実のところ、レオリオはかなり目立っていたのだ。
濃紺のシャツとプラックスーツは体格のいいこの男の身体をすらりと引き立てていた。なんだかんだといって修羅場を切り抜けてきたレオリオにはそこらの男にはない匂いがある。加えて、いつもはずらしている伊達眼鏡をきっちりかけ、当人は単に落ち込んでいるだけなのだが黙って酒をすすっているものだから、女達の目には渋く写ったらしい。もしクラピカが横にいて、いつもどうりに軽くナンパしていたら、こうまでもてはしなかっただろう。世の中ままならないものである。
やどり木の下のキスまでせまられたレオリオは、辟易して中央のクリスマスツリーまで逃げ出した。そして、今さらながら苦笑する。本来なら、女にもてて迫られて、この上もなく幸福な状況であるはずなのに、それを鬱陶しく思う自分が不思議でたまらない。
それもこれも、あの金髪の天使に心を持っていかれたせいだ。ああ、もしあいつがここにいたら、おれはきっとグラマー眺めてにやけまくって、あいつを怒らせるんだ。そのうち例のチェーンでぐるぐる巻きにされて、案外このツリーに吊るされたりして…
やりかねねぇ、とレオリオは独りくつくつ笑った。それから、女を口説いている悪友連中を目で探し、合流した。騒ぎにまぎれているほうが、壁にくっついているよりよっぽど安全だ。
パーティはまだ始まったばかり。レオリオはただひたすらクラピカとの約束を果たす。彼が自分のもとに帰ってきた時、楽しくイヴを過ごしたと、なにも心配することはなかったと言えるように。
☆☆☆☆☆☆
ちゃりん、と鎖が揺れる。センリツが感歎ともなんとも言い難い表情でクラピカを見上げた。
「クラピカ…あなたって…」
「言うなっ。」
苦虫を噛み潰すとこんな顔になるのか、というくらいひどい顔でクラピカは呻いた。 クラピカの足下には男が目をまわしてひっくり返っている。
「私とて自分に嫌気がさしているところだ…」
思えばレオリオとの電話以来、クラピカのダウジングチェーンの感度が異様に上がったのが始まりだった。てがかりがあるとはいえ、長丁場になると覚悟を決めていたのが二週間前。ところが、チェーンは獲物の僅かな気配を探り出し、あれよあれよという間にここに追い詰めた。そして今日、レオリオのヤニさがった顔が浮かんだ途端、全ての能力が全開で発動した。相手は以前、手こずった挙げ句取り逃がしたことのある賞金首、かなりの手練だった。にもかかわらず、ものの数分で取り押さえ、聞きたい情報もすべて引き出した。今、ハンタ−協会の刑務所にぶち込むべく、引き取りの刑務官を待っている。
「恋心って…潜在能力…なのかしらね…」
「だから…言わないでくれ、頼む…」
どうやら男の口を割らせる時、とっとと吐かないとクリスマスが終わってしまうだろーがーっ、とかなんとか叫んだらしい。殺気とは違う異様な迫力に賞金首は思わず全てを吐いた。センリツは倒れ付している男に心から同情した。愛とも人の情とも無縁の世界で生きてきたこの男に、恋するクラピカのオーラはさぞかし強烈だっただろう。未知ほど恐ろしいものはない。
叫んだ本人は自覚がなく、眉間に皺をよせて唸っている。センリツは吹き出したくなるのを必死で堪えた。今ヘソを曲げられたら黒髪の恋人が可哀想。一刻もはやく彼を送りださなくちゃ。丁度ハンタ−協会の飛行船が空から降りてきた。センリツはクラピカを促した。
「ハンター証の提示をすませたら、あなたはすぐに行って。ここからなら車で三時間ほどでしょう?彼の街。」
「し…しかし…」
「あとの手続きは私がやっておくわ。近くの街までは彼らに送ってもらうから大丈夫。」
急いで、クリスマスイヴにまだ間に合うわ、と微笑むと、やっとクラピカの表情がなごんだ。
「すまない。センリツ。後を頼む。」
飛行船が着陸した。まだ気絶している男を引き渡すと、クラピカは車のキーをつかんで走り出そうとした。と、立ち止まってセンリツのところにかけ戻る。そして、躊躇いながら言った。
「その…さっきのヌガー、まだ余っているだろうか。」
怪訝な顔をするセンリツにクラピカは気まずそうな顔をする。
「美味しかったので…それに…帰れるとは思っていなかった…レオリオに何も…」
そこまで言ってかぁっと耳まで赤くする。
ああ、なんて人でしょう、この人は…
センリツは満面の笑顔でポケットのヌガーを差し出した。
「こんなものでよければ。」
「ありがとう。」
嬉しそうにクラピカはヌガーをポケットに収め、歩みかけて振り返る。
「センリツ、もし、あなたさえよければ、あなたの時間があれば…私達のところへ遊びに来てもらえないだろうか…」
新年を一緒に、その言葉にセンリツは目を見開いた。
「私もレオリオも待っているから、だから、連絡を…」
クラピカは照れくさそうに目を伏せた。それから、顔をあげてにこりと笑う。
「メリークリスマス、センリツ。」
くるりと踵をかえし、クラピカは車のある方向へ駆け出した。センリツはただ驚いてクラピカの後ろ姿を見つめる。
私が新年を誰かと一緒に?あなた達と一緒に?
胸の奥から温かいものがじんわりとこみ上げてきた。最後に見せてくれたクラピカの笑顔は、ゴンやキルアや、レオリオに向ける笑顔と同じだった。
その笑顔を私にもくれるの?
「ありがとう、クラピカ。素敵なクリスマスプレゼント。」
小さく呟いて、センリツは滲みそうになる涙を誤魔化すように夜空を見上げた。ちらちらと雪が舞っている。
「ねぇ、可愛い人でしょう?」
傍らにぽかんとたつ刑務官に声をかける。
「凄腕のプラックリストハンターにしておくの、もったいないくらい可愛らしいの。」
ふふっと笑うと、刑務官は首を振った。
「…いや、ハンターって奴は変わった連中多いですからね。」
「その一人を街まで送って下さらないかしら。」
「かまいませんよ。」
刑務官は拘束した賞金首を荷物のようにストレッチャーで運びながらセンリツを迎え入れた。飛行船は再び夜空へ舞い上がる。暗い眼下に恋人の元へ急ぐクラピカの車のライトが見えたような気がした。
☆☆☆☆☆☆
「疲れた…」
上着も脱がず、レオリオはベッドへ倒れこんだ。傍らにはとてつもなく大きな、フワフワのモヘヤで編んだ靴下がある。律儀にクリスマスパーティのゲームまでこなした、その景品だった。
人ひとり入れそうな赤い靴下があたった時には、これをおれにどーしろって…と頭を抱えたが、やんややんやと囃し立てる皆の手前、捨てるわけにもいかない。しかたなく持ち帰った。
「な〜にが裸のねーちゃんを入れるのか、だよ。人の気もしらねぇで。」
疲れた…とまた呟くと、ポケットから携帯を取り出す。ゴンとキルアからメールがきていた。クラピカからの連絡はない。
「ま、期待しちゃいねぇけどな。」
枕元に携帯を放り、寝転がったまま服と靴下を脱ぎ捨てた。ゴソゴソ毛布の中にもぐりこむ。シャワーを浴びる元気もない。
布団にくるまって横を見ると、赤い巨大靴下があった。顔をあげると、クラピカのピンクのパジャマが目に入る。レオリオはむくりと起き上がり、両手を胸の前に組んだ。コホン、と咳払いをする。
「サンタさん、サンタさん、いい子にしていますから、どうかクラピカをください。ちゃんと生きた、元気な生クラピカがもらえますように。」
気紛れにお願いをしてみたが、なんだか真面目な気分になってきた。
「…いや…そんなことより、あいつがケガしてませんように。病気してませんように。無茶しないで…あいつがつらい思いしていませんように…サンタさん、あいつを…クラピカをお守り下さい…」
それからふと、我に帰り、ひとり赤面した。
「寝よ寝よ。」
再び布団にもぐって目を閉じる。
クリスマスはに魔法がかけられるというなら、ばーさん、どうか、クラピカを守って…
イヴの夜は静かに更けていく。いつしか、窓の外では雪が舞い始めていた。しんしんと、雪はすべての音を包み込んでいく。静かに、音もなく雪は降り積もる。
レオリオの部屋の窓の下でかすかに車のエンジン音が響いた。コツコツと階段をのぼる足音がする。カチリと鍵が開けられた。静まりかえった寝室にクラピカはそっと体を滑りこませる。レオリオはぐっすり眠っていた。
寝顔を覗き込み、優しく微笑む。起こすのはかわいそうだ。それに、クラピカもくたくただった。もう今夜はこのまま眠りたい。マントを足下に落とし、クラピカはレオリオの横にもぐりこんだ。ふかふかした肌触りにどっと睡魔がおそってくる。疲れ果てていたクラピカは、もぐりこんだところが袋のようになっていて、妙に派手な色をしていることに気がつかなかった。
レオリオや、よくお聞きよ。クリスマスが近付くとサンタは魔法をかけるのさ。クリスマスの奇跡は本当にあるんだよ、ねぇ…
しんしんと、雪が静かに降り積もる。サンタクロースの魔法が優しく夜を包みこんでいた。
おわり
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ふ〜っ、終わった。これ、オトナコーナー版、いる?はは、どーしよーね〜。どしてもオトナ版いるときゃメールか掲示板ででも要求してくだされ〜(逃げてる逃げてる)。
私はサンタクロースの魔法で「ゴジラ、モスラ、メカゴジラ」の機龍隊の帽子がほしいです。それからサウンドメカゴジラもください。サンタサン、サンタさん、それからゴジラ2004とリアルフィギアゴジラ、メカゴジラとそれからそれから…そして欲深い大人は何も貰えませんでしたとさ、めでたしめでたし。って、めでたくないわっ。