サンタクロースの魔法



よくお聞きよ、レオリオ。サンタクロースってのはね、本当にいるんだよ。
サンタはね、クリスマスが近付くと、皆の心に魔法をかけるのさ。大事な子に優しくしてやりたいって魔法さ。だから願いがかなうんだよ。目にはそりャ見えないけどね、サンタクロースはちゃんといるのさ。



「本当にすまない。約束していたのを…その…帰れそうにない…」

電話口でクラピカはバツが悪そうに言い淀んだ。

「いいって。仕事なんだろうが。」
「…すまない…」

二人で一緒にクリスマスを過ごす約束をしていたのだが、それが出来なくなったという電話だった。 珍しく神妙なクラピカにレオリオはふっと笑いを漏らす。そして気にするなと明るい声を出した。

「なんだ、らしくねぇぜ、殊勝すぎて後がこえぇ。」
「わっ悪かったな。人をなんだと思っている。申し訳ないと思えばこそこうして電話でっ。」
「照れるな照れるな。久しぶりにオレの声が聞きたかったんだろ。」
「ばっばっばっばかなことをっ。」
「仕事片付いたら帰ってこいって。オレに会いたいだろうが無理はするなよ。逃げやしねぇから。」

つついてからかってやると案の定プリプリ怒りはじめる。

ああ、クラピカ、そのほうがお前らしい、

そう思って笑いを噛み殺していると、ふいに真面目な声が返ってきた。

「レオリオ…その…クリスマスはちゃんと予定をいれて欲しい…」
「…は?」
「だから、友達とのパーティとか…いろいろあるだろう、催しが。必ず行ってくれ…」

唐突な物言いにレオリオは戸惑った。なんと答えていいかわからずに黙っていると、消え入りそうな声がした。

「…お前が一人で過ごしていると思うと…私が辛いのだ…」

心配しなくてもパーティの誘いはいくらでもあるから、と約束して電話を切った。内心、レオリオは驚いていた。


あいつ…オレのことを気遣ってくれたのか…


もともと、クルタにクリスマスなどない。この季節に浮かれて大騒ぎするのはレオリオだけなのだ。ただ、クラピカは、この異郷の風習をレオリオが相当楽しみにしている、と理解していた。だから、二十四日は必ず一緒に過ごすと約束したのだ。それなのに自分の都合でダメにした、やはり気が咎めたのだろう、メールではなくわざわざ電話をかけてきた。


まったく、珍しく電話してきたと思ったらこれだぜ。


しらず、ため息がもれた。

稼業がハンターだけに、お互いめったに電話はしない。特にレオリオは絶対にクラピカにかけない。かけるとしたら、メールを確認してかけなおすときだけだ。万が一、着信音のせいでクラピカの身に危害が及んだら、そう思うと恐ろしくて電話など出来なかった。

そのかわり、毎晩、愛のこもったメールを送っていた。返信は期待していなかった。愛しい恋人は危ない橋ばかり渡っていたし、なにより大変な照れ屋さんだったから。

それでもごくたまに、メールが返ってきた。文面は一言、「私もだ。」ただそれだけ。だが、情熱的な愛の言葉に対して「私もだ。」と答えてくれるのだから、レオリオは幸せだった。そのクラピカからの珍しい電話が、クリスマスと新年を一緒に過ごせなくなった、という連絡だったのだ。ため息がでるのも無理はない。


でも、あいつ、「行けなくなった」じゃなくて「帰れなくなった」って言ってくれたよな…


レオリオは微かに笑みを浮かべた。自分のところに来るのではなく、帰るのだとはっきり言った。そして、消え入るような声ですまない、と繰り返したのだ。


結構、こりゃ大進歩じゃねぇか。


初夏にがんばってプロポーズしたかいがあったというものだ。帰ると言ってくれたばかりか、優しい気遣いまで見せてくれた。もう充分だ。充分すぎるほど幸せじゃないか。あいつは必ず帰ってくるのだし…


レオリオはまた一つ、ため息をついた。ぽっかりと胸に穴が開いている。寂しさをどうすることもできなかった。

「愛と哀は同音語ってか。」

どっかとソファに座り込み、自嘲気味につぶやく。

「おれも相当女々しいぜ。」

それから携帯を手に取り、友人の番号を押した。クラピカとの約束どおり、クリスマスパーティの誘いを受けるために。クリスマスを賑やかに過ごすために。

「よっぽど辛ぇって…クラピカ。」

電話口にでた友人の後ろでは、どこぞの店先のクリスマスソングがかしましく鳴り響いていた。


☆☆☆☆☆☆


携帯を切ったクラピカはふうっと息をつくと目を伏せた。


あんな声をだして…


レオリオの気持ちが痛いほど伝わってきた。

落胆を隠そうとするレオリオ、自分を気遣ってわざと明るく受け答えするレオリオ。

レオリオが様々なクリスマスオーナメントやツリーを買い込んでいたことを知っている。きっと、自分と一緒に飾り付けをするつもりだったのだ。会話の端々にもれるレオリオの言葉から、幸せな色に包まれた幼いレオリオが透けて見える。クリスマスが彼にとって本当に特別なのだとわかっていたのに…



「クラピカ。」

名前を呼ばれてクラピカは我に帰った。廊下の先にセンリツが立っている。

「いいの?クラピカ。」
「何のことだ。」

ぶっきらぼうに返事をしたあと、クラピカははっとした。センリツは黙って微笑んでいる。一瞬ためらった後、クラピカは素直に降参した。

「すまない。あなたにはお見通しだろう?ああ、レオリオはひどく落胆して、それが私にはかなりこたえている。情けないことに、かなり、だ。」

クラピカは自嘲気味に口の端をあげた。

「少し、あいつのところに長く留まり過ぎたのかもしれないな…長すぎた…」

初夏に失恋したと誤解して、その後真摯なプロポーズをされたクラピカは、ほだされてしばらくレオリオの側にいた。ほんのしばらくのつもりだったのに、一緒にいると離れ難くなった。仕事に必要な調査があったのは確かだが、それはレオリオの側でなくてもできるものだった。だが、それを言い訳にずるずると滞在を引き延ばしていた。

そして、気がつくと季節は変わり、レオリオの息遣いが日常に入り込んでしまった。誤算だった。

この身がこれほど脆くながされるとは。人を愛すると、こうも自身を律するのが難しくなるのか…

顔を曇らせるクラピカの腕をセンリツは優しく叩いた。

「いいえ、クラピカ。それが強さにもなるって、あなたが一番よく知っているでしょう?」

クラピカは額に手をあてた。見下ろすとセンリツはクスクス笑っている。

「…かなわないな、あなたには。」
「同じこと、バショウにも言われたわ。」

バショウの苦りきった顔を思い出して、クラピカも微かに笑みを浮かべた。

「ともあれ、我々はなすべきことに集中すべきだな。レオリオとのクリスマスはこの先何度でもあるが、奴を捕らえるチャンスは今しかない。」

クラピカはふっと表情を消し、歩み出した。手に現れた鎖がチャリと音をたてる。センリツは目をぱちくりさせてその背中を眺めた。


あらあら、クラピカ、今ノロケたってわかっているのかしら。


センリツはどこか嬉しそうな表情を浮かべる。


はやくあの賞金首を捕まえて情報を聞き出しましょう、そしてこの可愛い人を恋人の元に…


クラピカと知り合ってから、寂寥とした自分の人生がふくらみを持ちはじめている。


誰かを気遣うって案外幸せなことなのね、バショウ、それはあなたも同じでしょう?


世界のどこかでバイクを走らせているだろう友人にそっとセンリツは語りかけた。報われることのない恋心には同情するが、それでもクラピカを想っている彼は幸せだろう。ほいっとセンリツは気合いをいれると、クラピカの後を追った。


☆☆☆☆☆☆


クリスマス・イヴの当日、レオリオはソファテーブルの上に小さなツリーを飾った。買いこんだ大きなツリーとオーナメントはクラピカが帰ってきたら一緒に開けて飾ろう、そう思っている。季節外れになってもいい、無事に帰ってきてくれるなら、何も望まない。とはいえ…


レオリオは部屋を見回し、大きなため息をついた。


クラピカはいない。だのに、その気配はそこらじゅうにまだ残っている…


秋風がふく頃、クラピカは仕事に出ていった。寂しいと思ってはいけない、レオリオはそう己を戒めた。何故なら、彼はここへ帰ってくると約束してくれたのだから。他の誰でもない、レオリオだけのものになってくれると。

気を張っていたのだろう。すんなりとクラピカのいない生活がまわりはじめた。勉強にも集中した。週末の友人との馬鹿騒ぎも戻ってきた。



木々がすっかり葉を落とし、街が華やかなイルミネーションに彩られるようになると、急に寂しくなった。どこにいても、クラピカの姿を求めて目が彷徨う。同じ背格好の金髪を見かけると、違うとわかっていながら後を追った。一人、タダイマ、と呟きドアを開けてはしばらくぼんやりと部屋の中を眺めた。戸口に立ったまま、おかえり、と振り向いて微笑んでくれる恋人の姿を思い描く。クラピカのいない部屋は寒々としていた。

いつもどおり暮らしているはずなのに、クラピカの名残りがやたらと目につく。洗面台の赤いコップと赤い歯ブラシ、カップボードのマグカップ、ベッドの脇に畳んだままのチェリーピンクのパジャマ…

切なくて、胸に絞られるような痛みが走る。なのに片付けてしまいたくない…


情けねぇ。


ソファに身を沈め、レオリオは己の腑甲斐無さに呻きを上げた。


まるで、何もできねぇ鼻たれた小僧だ。しゃんとしろ、レオリオ。


そう己を叱咤した先から、向いの椅子でカップを口に運ぶクラピカを思い描いている。


あちゃ〜、おれも相当、重症だわ。


げんなりとした顔でレオリオはずるずるソファからずり落ちた。鼻先でクリスマスツリーが揺れる。ぼんやりと金色の小さな星飾りを眺めた。ふと、向いに座るクラピカの幻影が、亡き祖母の姿に変わった。


そういやぁ、あいつ、妙にばーさんに似たところ、あるんだよなぁ。おれを怒鳴り付けるときの口調とかなぁ…


二人の口調を思い出してレオリオはくすっと笑う。

レオリオの毋方の祖母は 胆の座ったゴッドマザーだった。祖母の部屋に行ってはおやつを貰うのがレオリオの日課で、生意気盛りになってもその習慣は変わらなかった。いつもくっついている悪友のピエトロも、ちゃっかりおやつとお茶を貰う。悪さをしては二人してたっぷり叱られ、たっぷり愛された。もう死んで何年になるか。


レオリオは目の前のクリスマスツリーを指でつついた。ちりん、と飾りのベルが音をたてる。

そういえば、クリスマスには必ず祖母はヌガーを作ってくれた。レオリオは出来上がったヌガーをキラキラした紙に包んでツリーに飾るのを手伝った。イヴの夜、子供達はその菓子をツリーから取って食べることができるのだ。ただ、ツリーの側を通りかかったレオリオやピエトロの口にこっそり入れられる飾りがあるので、祖母はいつも多めにヌガーを作ってくれていた。


あれはいくつのときだったか。八つか九つ。レオリオは出来上がったヌガーを紙に包みながら、サンタなんて子供じみている、と生意気な口を叩いていた。

「親がプレゼント用意してるなんて、ばればれだって。ま、おれら子供は得するからいいけどさ。」

クラスにまだサンタを信じている奴がいることのほうが、おれには信じられないね、などとわけしりな物言いをしてみる。すると祖母は、黒い目でじっとレオリオを見つめ、ひどく真面目な口調でいった。

「よくお聞きよ、レオリオ。サンタクロースってのはね、本当にいるんだよ。」

レオリオはポカンとした。からかわれているのかと思ったが、そうでもないらしい。祖母の黒い目がキラキラしている。この目が黒耀石のように輝く時は、祖母が本気のときなのだ。

「サンタはね、クリスマスが近付くと、皆の心に魔法をかけるのさ。大事な子に優しくしてやりたいって魔法さ。だから願いがかなうんだよ。目にはそりャ見えないけどね、サンタクロースはちゃんといるのさ。」

レオリオは口をぱくぱくさせたままだった。

いい年して、いったい何を言い出すのだろう、うちのばーさんは。だが、あの目はマジだ、ぜってーマジ、

レオリオは黙ってヌガーを紙に包んだ。祖母は嬉しそうに続ける。

「レオリオ、真面目にサンタを信じてごらんな。いつかお前の願いがかなうに違いないよ。クリスマスの奇跡ってねぇ。」

ほっほっほっと祖母は笑った。


うっわ〜っ。


レオリオは内心、頭を抱えた。


クリスマスの奇跡って、これだから年寄りは。だいたい、優しい気持ちだけで奇跡がおこりゃあ、世話ねぇっての。優しさより金額だよなぁ、プレゼントの金額、親との駆け引き。

おれら子供にはそれが重要、と言いそうになったがぐっとこらえた。 祖母が少女のように浮き浮きしているとき、下世話なことを言おうものならエライ目にあう。そのことだけは嫌と言うほど知っていた。ばーさんの杖でまたケツをぶたれたらたまらない…



ソファからずり落ちたまま、レオリオは笑った。

すぐおれをぶん殴るとこもあいつとばーさんは良く似てやがる。

レオリオはまた、小さなツリーをつついた。チリンチリンとベルが鳴る。

「…サンタさん。おれ、ばーさんのクリスマスヌガー食いてぇ。それとなぁ、あいつに会いてぇ…会いてぇなぁ、クラピカ…」


な、無理だろう?無理なんだよ…


ぽつりと呟き、レオリオはのろのろと身を起こした。そろそろクリスマスパーティに出かける準備をしなければならない。

「見てろよ、クラピカ。おめぇが惚れなおすくれぇめかしこんでだなぁっ…」

で、何しろってよ。女ひっかけるわけいかねぇだろーがっ。

一人でツッコミつつレオリオはクローゼットを開けた。

「だから…おめぇのこと考えながら部屋で酒飲んでるほうがいいんだよ、おれは…」

女々しいと笑いたけりゃ笑え、ぶつぶつとここにはいないクラピカに文句を呟きながらレオリオは身支度をはじめた。



☆☆☆☆☆☆

続くか、続くかいっ、ってきゃ〜、怒鳴らないで〜。塚不二終わってなくって、向こう続きにするんでバランスとろうかな〜、なーんてなっ。続きは25日クリスマス当日にて〜。あと30分ですな…イヴが終わるの…(大汗小汗)