回転木馬





「田舎町にしては人通りが多いな。」
「ん…ああ。」
「やはり、空港があるせいだろうか。」
「ん…ああ。」
「こんな感じのいい店があるとは思っていなかった。」
「ん…ああ。」
「…うまいか?」
「ん…ああ。」


ハンター最終試験の地へむかう飛行船は、途中給油のため 、小さな空港に立ち寄っ た。そこで受験生達は夕食をかねた3時間の自由時間を与えられた。
レオリオとクラピカは、町の中央を貫く通りに面したレストランで、早い夕食をとっ ている。
小さな町にしては洒落た店構えで、土地の物を使ったうまい料理をだしてきた。二人 は窓際の席をとり、少し奮発して店おすすめのコースを頼んだ。 通りは、いそいそと家路をたどる人々、早々と一杯ひっかけに繰り出してきた者達、 家族や恋人と夕食を楽しみに出てきた人々で賑わっている。冬の 太陽が遅い午後の 柔らかな光を投げかけていた。平和な生活の風景だった。


ガラスごしの穏やかな夕方の眺め、刺繍で縁取りされた白いテーブルクロス、グラス に満たされたロゼワインが斜の陽光に淡く揺らめく。苛酷なハンター試験をくぐりぬ ける中で恋におちた二人の初めてのデートだった。そして、クラピカにとっては生ま れて初めての。

なのに、目の前の恋人ときたら、試験勉強に余念がない。道を歩く時 、レストランで食事を待つ間、食べている間でさえも、学生用の「世界の歴史」なる 本から顔をあげようとしなかった。今も、下をむいたまま、とうに空になったメイン ディッシュの皿をフォークでつついている。クラピカは酢キャベツをレオリオの皿に 載せてみた。フォークの先にキャベツが触るとそのまますくってばっくり食べる。そ してまた、皿をつつきはじめた。

クラピカはため息をついて通りに目をやった。

ガラス越しに一組の男女が腕をくんで楽し気に談笑しながら歩いてくるのが見える。 男は自分の肩ほどの背の女に軽くキスすると愛おしそうに微笑みかけ、女も幸福そう な笑みをかえした。そして再び談笑しながらクラピカの前を通り過ぎていった。

クラ ピカはまたため息をつく。

別にあんなふうに歩きたいとか、道でキスしたい、などと考えているわけではないのだ。だがもう少し、デートらしくしてくれてもバチはあた るまいに。目の前の男はひたすら世界史の暗記に励んでいる。
「でもまあ…」
クラピ カは気を取り直すことにした。船に残って試験勉強をする、というレオリオを強引に 引っ張り出してきたのだから。
「私につきあって出てきてくれただけでよしとするか 。」
なかば無理矢理自分を納得させ、皿の料理をかたづけた。


うまいはずなのに、味がしなかった。


黙々と食事はすすみ、ウェトレスがデザートの皿を持ってきた。コーヒーか紅茶の注 文をとる。

「私は紅茶をいただこう。レオリオ、お前は?」
「ん…ああ。」
「どっちにするのだ。おい。」
「ん…ああ。」
「おいっ。」
「あ?」

レオリオはやっと顔をあげてクラピカをみた。
事態がのみこめずぽかんとしている。クラピカはむすっとしてウェトレスの言葉を繰 り返してやった。

「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか、だ。」
「あ?あぁ、あ、エスプレッソ頼む。」
「申し訳ございませんが…」

ウェトレスが困った顔をした。クラピカが言葉をひきとる。

「コーヒーか紅茶、だ。ややこしい要求をだすな。」
「あ?あぁ、コーヒー。」

レオリオはへらへら若いウェトレスに笑いかけながらクラピカに言った。

「で、お前どっち?」
「私はもう頼んだ。デザート、きたぞ。」

にこりともせず、クラピカは自分の皿にむかう。

「何だよ。機嫌悪いな、お前。どうしたんだ。」

不思議そうに聞いてくる。

何が『どうしたんだ』だ。ムカムカするが、それでも何とか気を収めて会話を保とう とした。

「いい味だったな。これもなかなか洒落ているし。」

赤い木の実のソースがかかったタルトを口に運びながら料理を話題にする。レオリオ がへらっと笑った。

「なんだ、お前もやっぱ男だなぁ。たしかにいい足だったぜ。」
「…?なんの話だ?」
「だーかーらー、フリフリエプロンが洒落てっから、足がひきたつんだなぁ。だろ?」
「…足?」
「あのウェトレスの足。」
「…だっ誰が足の話をしている。」
「だって、お前がいい足してるって。」
「味だ!あ・じ!いい味をしていると言ったのだっ。」
「あ?」

しばらく間をおいてやっと勘違いに気付くとまたへらっと笑った。

「ああ、味か。わりぃわりぃ。」

そうして再び本に目を落とした。クラピカの中でなにかがブチリと切れた。黙って席 をたつと自分のぶんの勘定をレオリオの前に投げ出す。そして、驚いて顔をあげたレ オリオをひと睨みするとそのまま店を出た。





「おい、待てよ、待てって。クラピカ。」

大慌てで自分を追ってくる声がする。が、かまわずクラピカはずんずん歩いた。

「待てって。」

広場にさしかかったところで腕をとられた。

「何怒ってるんだ。おれが何かしたか。」

かっとなってクラピカは腕を振払った。

「何かしたか、だと?ああ、お前は何もしてはいない。本ばかり見ていたからな。もっとも女のこととなると話は別らしいが。」

今度はレオリオがむっとした。

「そーゆー言い方はねぇだろー。試験中なんだからしょうがねーじゃねーか。」
「ああ、私達はまだ受験生だからな。私と話す暇もないのだろう。」
「何からんでんだ。最終試験に落っこちたら今までの苦労はパァなんだぜ。おれはな 、何が何でもハンターにならなきゃなんねーんだっ。」
「それは私も同じだっ。」
「じゃなんで怒るんだ。おれは試験勉強してただけだろうがっ。」
「ああ、そうだな。試験勉強の邪魔して悪かった。食事も終わった事だし船に帰って 存分に勉強してくれ。」

嫌味たっぷりにクラピカがきりかえす。
しばらく二人は睨み合っていたが、レオリオがふいっと背をむけた。

「そうさせてもらうぜ。とにかく、おれは合格するんだ。」
「勝手にしろ。」

吐き捨てるように言うとクラピカも背をむけて歩き出した。