回転木馬
俯き加減にクラピカはただ歩いた。胸の中はわきたっている。
『おれは何が何でもハンターにならなきゃなんねーんだ、』
そんなことはわかっている。
『おれは合格するんだ。』
私だって同じだ。レオリオの言葉を思い出す度に苦いものがあがってくる。お前が必 死だということも、その理由もわかっている。わかってはいるが、それでも…
「ばかやろう。」
小さくクラピカは呟いた。
ふと気がつくと、町の中心からはずれた道を歩いていた。空はすでに金色の光を漂わ せはじめている。
クラピカは大きく息をつくと辺りを見回した。機械仕掛けの騒々し い音楽が聞こえる。クラピカは音のする方へ歩みをすすめた。
町外れにさびれた遊園地があった。
観覧車が乗る人もないままゆっくりと回っている。
門は開け放してあった。ペンキのはげた門をくぐり、クラピカは中へ入った。
ぽつり 、ぽつりと、家族連れやカップルが遊んでいる。乗客がいるときだけ、電気仕掛けの ミニ列車が汽笛を鳴らし、ちゃちなジェットコースターがごおっとうなった。ポップ
コーン売りがあくびをしている。
遊園地の中程にメリーゴーランドがあった。足をそちらへ向ける。
メリーゴーランドはじっと止まっていた。クラピカは低い柵に手をかけ、金色のはげ た白い馬やごてごてと飾り立てた馬車を眺めた。
突然、幼い日の記憶が蘇った。
あれはいくつの時だっただろう。
街に市がたつ日、日用品を買いにいく父親にせがん で連れていってもらった。
村をでた幼いクラピカはわくわくしていた。
街は大きくて人がたくさんいた。そしてずいぶんと騒々しかった。なにもかもが珍し かった。
市の隣に移動遊園地がきていた。大勢の人々がおもいおもいに遊んでいる。かしまし い音楽が鳴り響いていた。
移動遊園地のまん中で、人を乗せた馬の人形がクルクル回っていた。赤や青や黄色の 電球がキラキラしている。ぽかんと口を開けて見ていたクラピカに父親が笑いかけた。
「クラピカ、乗りたいのか。」
オルゴールが鳴り、金色のたてがみの白い馬に跨がったクラピカはクルクル回りはじ めた。
上に下に揺れながらクルクル回る。光がクラピカを包んでいた。
キラキラした電球の光の流れに乗って、クラピカは回った。父親が笑って見ていた。
父親の姿が見える度、手を振ってクラピカは叫んだ。
「父さん、クラピカはここだよ。」
一生懸命手を振った。
「父さん、父さん、クラピカはここだよ。」
父親は笑っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
冬の陽はとうに沈み、白い薄やみが降りてきていた。
けばけばしい色のペンキがあちこちはげた馬達も薄暮のベールに覆われはじめる。夕風が吹いて、柵がかたかた鳴った。動かないメリーゴーランドの傍らでクラピカは立
ちつくしている。足下に薄闇がはいよってきた。
メリーゴーランドもクラピカも、冬の夕暮れに沈んでいく。
「クラピカ、乗りたいのか。」
いきなり上から声が降ってきた。その声にクラピカは我に帰った。
見上げると、船に 帰ったはずのレオリオが立っている。
「レ…レオリオ。」
驚いて名を呼んだ、その時、 突然、辺りが光に包まれた。赤や青や黄色の電球がきらめく。
オルゴールが鳴り出し、メリーゴーランドが輝きはじめた。馬達に命が宿る。呆然とするクラピカにレオリオが笑顔を向けた。
「乗りたいのか。待ってろ、券買ってきてやる。」
言うが早いかレオリオはチケット売り場に走り出していた。ちぎった半券片手に駆け 戻ってくる。
「さあ、クラピカ。」
レオリオがクラピカの手を引く。
「レオリオ、私は…」
何か言いかけるが、かまわずレオリオはクラピカを引っ張って白い馬にひょいと乗せ た。そしてクラピカを抱きかかえるようにして馬の尻に跨がる。面喰らったクラピカ
は振り向こうとした。
「レ…レオリ…」
「いーからいーから。」
レオリオはぎゅっと後ろから抱きしめた。メリーゴーランドが回りはじめた。
上に下に揺れながら、レオリオの腕に抱かれたクラピカも回りはじめる。金のたてがみの白い馬に乗ってクルクル回る。光が流れる。いつしか、クラピカは幼いクラピカ
となっていた。
金色の光の中に父親がいる。クラピカはクルクル回る。幼いクラピカ は父親に手を振った。
父さん、クラピカはここだよ。
一生懸命手を振った。キラキラ 輝くメリーゴーランドは回る。クラピカも回る。上に下に揺れながら、馬に乗ったクラピカは手を振る。
父さん、クラピカはここだよ。
光の中で父親も笑って手を振って いた。
「父さん、クラピカはここだよ…」
微かにもれたクラピカの呟きをレオリオは聞いた。レオリオには、ただ、抱き締める 腕に力を込めることしかできなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
クラピカはベンチに座っていた。メリーゴーランドの脇では、レオリオが係員にペコ ペコ頭を下げている。
「困るんだよね、一つの馬に大人二人に乗られちゃ壊れちまう、ましてあんたみたい にでかいのが…」
係員の小言が聞こえてくる。
「いやー、まいったまいった。」
頭をかきながらレオリオが走ってきた。クラピカの横にどかっと腰をおろすと、次は 何で遊ぶ?と笑いかける。クラピカは困ったような顔をした。
「船に帰らなかったのか?」
そう聞いた後、俯いて小さく付け加えた。
「嫌味じゃない。本当に、お前の邪魔になりたくないのだ…」
レオリオは決まり悪そうに空を仰ぐと、伊達眼鏡を押し上げた。
「その…さっきは悪かったよ。おれもなんか余裕なかった…」
「いや、私の方こそお前に詫びなければ。無理をいってすまなかった。」
お互い照れくさそうに見つめあって笑った。 急に レオリオが 笑みを消す。そして 言った。
「クラピカ、おれは…ハンター試験に合格したい。」
突然何を言い出すのかと、クラピカは困惑した。首をかしげながら答える。
「当然だ。私もそうだし、ゴンやキルアや他の受験生にしてもここまできて落ちるつ もりはなかろう。」
「いや、違うんだ。なんて言ったらいいか…」
レオリオは妙に言い淀む。眼鏡に手をあてたまま黙り込んだ。
「…わかっている。医者になるためにもお前は…」
「だから、違うって。いや、そりゃそうなんだが、それよりももっと、もっとだな、 切実な問題っつーかな…その…」
「?」
いぶかしそうな顔をするクラピカを横目で見て、レオリオは両手でぐしゃぐしゃと頭 を抱えた。
そして、やおらクラピカの肩掴むと、大きく息を吸い込んで怒鳴った。
「おれはお前と離れたくねぇんだっ。」
あっけにとられているクラピカにむかってたたみかけるように続ける。
「お前がハンターになっておれが落ちてみろ。お前はおれの手の届かねぇとこに行っ ちまう。」
それから肩を掴んでいた手を離すと無愛想にぷいと横を向いた。
「だから、必死に試験勉強してたんじゃねーか。」
そのくらい察しろ、と口のなかでぶつぶつ言う。
目を見開いていたクラピカは、そっぽを向いたレオリオの肩にこつんとおでこを押し当てた。
「レオリオ…私とて試験に合格する自信があるわけではない。ただ…今日は…」
肩にさらりとクラピカの金髪がかかる。レオリオも首をかたむけ、頭と頭をこつんと くっつけた。
「…おれとお前の初めてのデートだよな。」
「…ああ…」
二人の口元に微笑みが浮かんだ。
「あと、一時間半、だな。遊ぶぜ、クラピカ。まず、何に乗る?」
レオリオがクラピカにむきなおり、顔をのぞきこんだ。 遊園地のあちこちにはとりどりの灯りがともっている。鋼色の空に賑やかな光が浮かび上がっていた。
「まず、わたあめ、というものを食べてみたい。」
クラピカがにっこりする。
「よし、行こうぜ。」
立ち上がりかけたレオリオの腕をクラピカが引いた。
「待て。今日はお前の試験勉強の時間をフイにしてしまったからな。かわりに、試験合格のクルタのおまじないをしてやろう。」
「おまじない?」
クラピカは神妙な表情をしている。レオリオはベンチに座りなおした。
「目を閉じてくれ。」
「あ、あぁ。」
言われるままにレオリオは目を閉じた。と、その唇にクラピカの唇がそっと重ねられる。柔らかく包み込むようなくちづけだった。
「おまじないだ…」
そういってクラピカは唇を離した。ぽおっとした顔でレオリオはクラピカを見つめている。メリーゴーランドのオルゴールが聞こえてきた。電飾がクラピカの顔に光を投げかける。うっとりとレオリオは再びクラピカを求めて唇をちかづけた。つと、クラ
ピカが唇をそらした。耳もとに小さく囁きかける。
「レオリオ、わたあめ食べたい。」
それから、いたずらっこのような目をしてクスリと笑った。レオリオも笑う。鼻の頭に軽くキスして立ち上がった。
「行くか。わたあめ買って観覧車のるぞ。」
「ああ、だが何故観覧車なのだ?」
「初デートの定番。なんたって密室だからな。」
レオリオが片目をつぶってみせる。
「ばっばかっ。」
二人は歩き出した。メリーゴーランドが回っている。
ふとクラピカが歩みを止め、それを眺めた。
キラキラと光りが流れ、馬達が回っていた。オルゴールが鳴っている。
クラピカは一歩、メリーゴーランドへ歩み寄った。
金色の光が流れる。馬達は回る。幼いクラピカは白い馬に乗って手を振っている。父親は日用品をつめた袋を背に負い笑っている。村では母親がパンを焼く竈に火をいれ
ただろう。久しぶりに、白いパンを焼いてくれると約束したのだ。帰ったら焼き上がったばかりの温かいパンが食べられる。村へ帰ったら…
クラピカはまた一歩歩み寄った。
村ではきっと竈の煙りがあがっている。帰ったら白 いパンをみんなで食べよう、村へ帰ったら…
光の中で父親を探す。馬達は回っている 。光の中で金色のたてがみを輝かせて回っている。
父親はどこだろう。
笑って手を振 っていた。
父親はどこだ。クラピカの視線が彷徨う。
父さん、クラピカはここだよ。
ぽつねんとクラピカは独りぼっちで立ちすくむ。
父さん、クラピカはここなのに…
「クラピカ、おれはここだ。」
はっとしてクラピカは声の主を見た。
レオリオが自分を見つめている。力強い眼差し をしていた。 目の前の男はすっと手を差し伸べると繰り返した。
「クラピカ、おれはここだ。」
揺るぎない声だった。 呆然とクラピカはレオリオを見つめる。レオリオはその手をとった。
「おれはここにいる。」
一瞬、クラピカは泣きそうな顏になった。そのまま俯いてしまう。肩が震えた。が 、はっきりとした声が返ってきた。
「レオリオ…クラピカはここだ…」
碧く澄んだ瞳が見上げてきた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「観覧車、行くぞ。」
半ば無理矢理レオリオはクラピカと腕を組む。
「なっなんで腕をくむのだっ。」
「デートじゃ腕くむものなの。つべこべ言わず、観覧車行くっ。」
クラピカはしぶしぶ腕をくみながらも憎まれ口をたたいた。
「たしかお前、魔獣に運んでもらった時、高いところは嫌いだと泣き言いってなかったか?」
「お前なぁ」
レオリオは体を傾けてクラピカにキスした。
「忘れたのか。おれの取り柄は」
「度胸がいいこと。」
二人同時に言って笑った。
メリーゴーランドのオルゴールが鳴っている。ペンキのはげた馬達がクルクル回る。
けばけばしい電飾に人々が照らされていた。
「行こう。レオリオ。」
クラピカは明るい顔でレオリオを見上げた。
「ああ。」
二人はまっすぐ前を見つめて歩き出す。腕につたわるぬくもりを、お互いに確かなものと感じながら。
最終試験まであと二日、穏やかに日が暮れていく。
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あとがき
え〜っと、初デートの二人です。ハンターとテニプリ(タカ不二)サイトの「こたつみかん」さんに無理矢理押し付けたブツでして、オフ本でも出してたんですが、在庫がほとんどなくなってきたので、通販はストップして、イベント売りのみに。でもって、遠方の方に申し訳ないんでサイトアップしとこうかと…。この話の続きが「オレアンダの咲く庭で」です。これもオフ本の在庫なくなってきたので、アップします。んで、裏に続きます。はやく大人コーナー、あけなきゃね、はっはっはっ…裏はオフ本にはしてませんので、まぁ…開いたらお楽しみっつーことで…たいしたことないけど…だって、わしらが書くんだもん…つっか、書いたんだもんね。おして知るべし、なのだよ〜。
「こたつみかん」さんにはイーヨのリンクからとべます。このSSにす〜んばらしいイラストつけてくださってるんですよ〜。いってみるべしみるべし。