ピカデレラ8
部屋に入ると、白い薄ものをまとったピカデレラが花の精のごとくふわりと新床に座っておりました。蝋燭の明かりに照らされたピカデレラの白い肌は少し紅潮して匂いたつようです。レオリオ王子は思わず見とれてドアの前で立ち尽くしてしまいました。ぼうっと立ったままの王子にピカデレラは少しはにかんだような笑みをむけます。レオリオ王子の喉がごくっとなりました。
レオリオ王子はゆったりとした足取りでベッドに歩み寄りました。ピカデレラは頬を染めて俯きます。
かっかっかわいいーーーっ。
王子は心で絶叫しました。しかし、ここでみっともない真似は出来ません。
なんといっても大事な初夜なのです。
レオリオ王子様って服を着ていても素敵だけど脱いでも素敵っ、と思ってもらえるようビシっと決めなければなりません。
飛びつきたい衝動をぐっと堪え、レオリオ王子はそっとピカデレラの手を取って口付けました。ハッと身を固くしたピカデレラを安心させるように、レオリオ王子は優しく額にキスをします。そしてピカデレラをベッドに横たえました。夜着に手をかけると、ピカデレラがわずかに震えました。
「大丈夫だから…」
レオリオ王子はピカデレラの耳元で囁きます。ピカデレラは潤んだ瞳で王子を見上げました。
ぐあっ。
王子は鼻血を噴きそうになるのを必死で耐えました。初めて触れるピカデレラの白い肌はしっとりと吸い付くようで、レオリオ王子は陶然としました。吐息が香しく頬に当たります。
ああ、胸がなくったって最高だ…
うっとりと首筋にキスを落としながら王子はピカデレラの肌を愛します。
ペッタンコでもすごくいい…にしてもほんっと胸ねぇ…
「………?」
いくらなんでも胸がなさすぎです。レオリオ王子は半身を起こしました。ピカデレラが不思議そうな顔をむけます。おそるおそる王子はピカデレラの夜着を取り去りました。輝くような白い肌に一瞬ぐらっときましたが、己を叱咤して王子はピカデレラを見つめました。
胸はまったくふくらんでいません。そして下腹部には見なれた己と同じものが…
がばぁっと王子は跳ね起きました。
「おっおおおおお男ーーーーーーーーーーっ。」
どたどたーん、とレオリオ王子はベッドから転げ落ちました。それから物凄い勢いで壁際までずり下がります。ふるふると震える指をレオリオ王子は突き出しました。
「おっおっおっお前、男だったのか〜〜〜〜っ。」
「男だぞ。」
全裸のままベッドに座っているピカデレラがきょとんと答えました。
「男だぞっておま…」
うろたえたレオリオ王子の声が掠れます。
「なんで女のドレスなんか着てるんだーーーーーっ。」
「上二人が姉なのだ。お下がりがくるから普通ドレスを着るだろうが。」
「着んわ、フツーっ。」
思わず声を荒げます。むっとしたピカデレラが王子を睨みました。
「そんなに私のドレス姿はおかしかったか。」
「だッ誰もそんなこと言ってねぇだろーがっ。」
「不細工なら不細工だと初めから言えばいいのだ。みっともない花嫁姿で悪かったな。」
「ばかやろ、素晴らしく綺麗だったよ。だから騙されたんだろーがっ。」
言ってしまってからハッとレオリオ王子は口を押さえました。こわごわピカデレラの方を窺うと、ゴォっと音がするほど怒りのオーラが上っています。ピカデレラはベッドの上にすくっと立ち上がると正面から王子をキッと見据えました。
「心外だ。騙したとは何だ。だから初めから妃にはなれんと私は言った。」
ウっと詰まったレオリオ王子をピカデレラはビシッと指差しました。
「それでもいいと言ったのはお前だっ。」
大きな瞳が燃えるようです。華奢かと思った白い肢体は鍛えられていてしなやかです。己の失態と失言も忘れ、レオリオ王子はその美しさに目を奪われておりました。
「それを騙したなどと貴様はぬかすかっ。」
呼び方が王子様、お前、しまいに貴様と変わったことにも気付かず、レオリオ王子は改めてピカデレラの魅力にとらわれておりました。
ああ、そうだ、おれが惚れたのはこの強くて澄んだ目の光だ…
国を癒す医者になれと言ってくれた、この深い瞳に惹かれたのではなかったか。男だの女だの、そういうことではなく、ピカデレラという存在自体に惚れたのではなかったか。
それなのに、おれは些細なことで愛しい人を傷つけた…
レオリオ王子は己を深く恥じました。男か女かということは、恋愛、ひいては婚姻においてものすごく重大な問題なのですが、ピカデレラの色香に迷った王子にとってはもうどうでもよくなっていました。
突然、ピカデレラがすとんとベッドに座り込みました。ふうっとため息をついて壁際の王子から視線をはずします。
「すまない。私を女と思っていたのなら、お前が戸惑うのも無理はないな…」
そして悲しげに俯きました。レオリオ王子は慌てました。
ヤバイッ、ものすごくヤバイ展開だっ。
物語りではこういった場合、たいてい恋人に傷つけられたほうが姿をくらますものなのです。そして残された恋人は取り返しのつかない己の所行を一生後悔して涙に暮れる人生を送らねばなりません。それは非常に困ります。焦ったレオリオ王子はどたばたとベッドのピカデレラに駆け寄りその手を取りました。
「おおおおれが悪かった。いや、ちょっとびっくりしただけなんだ。お前に惚れているのは嘘じゃねぇ。信じてくれ。だから別れるとか、どこかへ姿をくらますとか考えないでくれっ。」
ピカデレラは別れる気などさらさらなく、結婚もしたことだしセンリツのアドバイスどおりゆっくりと懐柔していけばいい、くらいに思っていたのですが、どうも王子は甚だしく勘違いしているようでした。
「どこへもいくな。そばにいてくれ。」
愛しているんだ、とレオリオ王子は必死で訴えます。本当に手を放すと、どこかへ消えてしまいそうな気がしておりました。ピカデレラは潤んだ瞳を王子にむけます。その愛らしさに先程背筋が凍る程睨み据えられたことも忘れて王子は惚けました。ピカデレラのさくらんぼのような唇が動きました。
「お前は女がいいのだろう?私は男だそ。」
「別にいいさ。」
レオリオ王子は熱っぽく囁きかけました。
「誰にでも欠点の一つくらいあるもんだ。」
ピカデレラのさくらんぼを啄みながら王子は掻き口説きました。
「なぁ…聞いてくれ。おれはお前にぞっこんなんだ…」
ピカデレラの大きな瞳から真珠のような涙がひと粒、ぽろりと落ちました。それからにっこりと笑います。花が咲くようなその笑みにレオリオ王子はクラリと目眩がいたしました。甘い吐息にもう腰が抜けそうです。ピカデレラの白い手がそっと王子のもみあげにふれました。
「…レオリオ…」
ピカデレラの細い指の感触と甘い囁き声が王子の頭の芯を蕩かします。こんなにも可愛く愛おしい存在がこの世にあるでしょうか。レオリオ王子はピカデレラをしっかりと抱きしめました。
「…そばにいてくれ…」
ピカデレラに覆いかぶさりながら、レオリオ王子はその唇に深く己の唇をあわせました。ゆらゆらとオレンジ色の燈火が二人の夜を彩ります。部屋には甘いため息と衣擦れの音だけが満ちていくのでした。
☆☆☆☆☆
こうしてノンケのレオリオ王子は惚れた弱味でピカデレラに転び、二人はめでたく結ばれました。ピカデレラは着慣れたドレスで過ごすことが多かったので、人々は妃が男だと全く気付きませんでした。そして皆、鼻の下を伸ばしたレオリオ王子のおのろけを微笑ましく思うのでした。
そうそう、ピカデレラの二人のお姉様とお義母さまのことを忘れていました。二人のお姉様はそれぞれその膂力をかわれ、ウボォお姉様は国境警備の幻影旅団へ、バショウお姉様はノストラード公爵の護衛団へと雇われていかれました。クロロお義母さまは行方しれずで、人づてに奇術師らしき風体の男に追われていたとかいなかったとか。
レオリオ王子とピカデレラは、国をよく治めました。王国は繁栄し、二人は末永く幸せに暮らしたということです。めでたしめでたし。
第一部・完
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ピカデレラ、第一部・おわりです。次は第二部・新婚旅行編。今度はキルアの実家にいくのです。はい、あの方達が姫君として出てきます。いや〜、それにしても、半年、更新忘れてるって、オレら、阿呆だわ。第二部はさくさく忘れずにいこうと思います、はい。(野望)